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第三章・傾国の王女

285.幕を下ろしましょう。

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 要塞に残していた荷物をアルベルトにこっそり回収してもらい、私達は一度、スコーピオン達が潜伏していた森の中の拠点に移動する。
 カイルやヘブン達と合流してから、こっそりと転移したのである。突然現れたシルフに、ヘブン達は口を揃えて「いや誰だよ」と驚いていた。
 まぁ、この見た目だけなら私もいや誰だよって感じなんだけどね。私の中でのシルフはもふもふキュートな猫ちゃんだから…………。
 森の中の拠点に辿り着くと、私とイリオーデとアルベルトは急いで着替えた。ローズとは別の場所に放置されてました感を出す為に、特殊メイクと血糊塗れの姿に戻ったのだ。
 着替え終わると、この姿にシルフはギョッとしていた。「何でそんなわざわざ汚れようとするの……?」と眉尻を下げてこちらを見てくる。
 仕方の無い事なのよ。と説明してカイルの元に向かうと、そこには汚された服を綺麗にしたくて仕方無い……とばかりに貧乏ゆすりをしているイリオーデ達が。

「さて。何かいい感じに縛ってちょうだい、ルカ」
「俺!?」
「縛る……?!」

 捕らわれの身なんだから縛られてないとおかしいじゃない。そう思い縛ってどうぞと両手を差し出したところ、カイルは唾を飛ばして驚愕し、シルフは素早く詰め寄って来た。

「何でそんな事する必要があるの? そもそもっ! 縛ってとか、アミィはそんな変な趣味はしてないでしょ!」
「け、計画に必要な事だから……」
「必要だからって他人に体を縛らせるなんて、そんなの絶対に駄目! ボクが許さない!!」
「体を縛るだけなのに、シルフの許可が必要なの……?」

 捲し立てるシルフの剣幕に気圧され、私は困惑を漏らした。
 暫く会わないうちに、シルフがまるで束縛激しい系彼氏みたいな……そんなちょっぴり面倒臭い感じになった。

「そんなに言うなら、シルフが縛ってよ。とにかく私達が拘束されてる必要があるんだから」
「えっ」
「何をそんなに驚くの? シルフが駄目とか許さないとか言うから頼んだのに」
「えっ……と……ボク、が? アミィを、縛る。アミィを…………」

 急にどもり始めたかと思えば、シルフはおもむろに変身し、先程見た言葉に出来ないような美貌へと戻った。
 その瞬間を見て、ヘブン達は開いた口が塞がらないまま呆然とし、カイルに至っては二度目となる「誰ぇ!?」という叫び声を上げていた。

「──ごほん。他の誰かにやらせるぐらいならボクがやるのが一番だもんね。ウン」

 情緒不安定にも程がある。そわそわしながら、どこからともなく謎の縄を出すんじゃない。というか何その光る縄。

「あ、ごめんね。精霊界から引っ張り出したから光ってたみたい。すぐに消えるから気にしないで」

 私の視線に気づいたらしいシルフが、軽く説明しながら私の手首を縛る。一応ちゃんと縛られてるんだけど、しかし全然痛くはない。
 それにしても、何でわざわざ元の姿に戻ったんだろう……あまりにも綺麗で、目を合わせ辛いな。
 まず私の手足が縛られ、その後苦い顔をしながらもイリオーデとアルベルトは大人しく手足を縛られた。ちなみにシルフは縄を出すだけで、二人を縛るのはカイルに任せていた。
 カイルが妙に手際良く二人を縛りながら、「何で俺ってこんな役回りばっかなんかなぁ……」とため息を吐いたのを私は見逃さなかった。

 その後、手足を縛られた私達をカイルがいい感じの木陰に転移させ、そこで眠るフリをしつつ誰かが来るのを待っていた。
 暇だったから待ち時間にしりとりしてたんだけど、ここから更に盛り上がる! って時に限って領民が私達を見つけたので、慌てて意識を失っているフリをした。
 領民達から大丈夫かと何度も心配され、それに何度も平気と返事をしていた時。要塞に雪崩れ込んだ領民達によって保護されたローズが、レオと一緒にこちらに駆けてくる姿が見えた。
 その目尻に涙を溜めてローズは私に飛びついた。ぎゅーっと私を抱き締めて、彼女はぐすっと鼻を鳴らす。

「アミレスちゃんが無事でよかったぁ……!」

 どうやら心配をかけてしまっていたらしい。ローズの後頭部を撫でながら、「心配かけてごめんね」と謝ってると、

「っはぁ……王女殿下。よかった、無事で……!!」

 遅れて到着したレオが、肩で息をしながらふにゃりと笑った。
 覚悟していたのに胸が痛む。こんなにも心配してくれる人達を騙し、あんな凄惨な争いを起こしてしまった罪悪感が、今更心臓に絡みつきそれを締め付ける。

「迷惑かけてごめんね、レオ」

 私に出来る精一杯の言葉と思いを込めた、心からの謝罪。レオはこれにキョトンとしていた。
 何の話? とでも言いたそうな顔だった。
 レオとローズに挟まれる形で歩く。左側にレオ、右側にローズというまさに両手に花状態。更に後ろにはイリオーデとアルベルトまでいる。
 両手どころではなく背中にも花。
 ローズにがっちりと腕をホールドされたまま領主の城に戻り、まずは着替えや手当てなどするように言われた。何せ今の私達は見た目だけなら重傷だから。
 これが全て特殊メイクなどによるものだとバレてはならないので、必死に自分達で手当てしますと説得し、私達は無事にバレる事無く着替える事が出来た。
 自室に入ると、セツが私の帰りを待ち侘びていたのか、勢いよく飛びついて来たのだ。
 さっきからやけに飛びつかれるなぁ。セツに顔をぺろぺろされながら、そう小さく笑いをこぼした。

 カイルによる特殊メイクを落とし、替えのドレスに着替え、わざとらしく無意味な手当ての跡を残し、私はセツと一緒に部屋を出た。部屋の前には私よりもずっと早く着替えを終えたらしいイリオーデとアルベルトが立っていた。
 二人共、着ていた服は汚れたままなので仕方なく着替えた模様。
 イリオーデは以前私が押し付けプレゼントしたお洒落なコートに、ソードベルトを腰に巻いて愛剣を帯びていた。やっぱり凄く似合う……彼の誕生日に有無を言わさず、『いつかどこかのタイミングで着てくれたらそれでいいから!』と言って押し付けて本当によかった。見られる日が来て本当によかった。
 アルベルトは相変わらず女装しているのだが……なんとハイネック縦セーター、ふわりと広がるスカート、黒髪に映える柔らかい色合いのストール、前に流した三つ編みというザ・未亡人スタイルだった。何だ、未亡人の化身か……とてもじゃないが、現職執事の成人男性とは思えない。

「……二人共超似合ってるよ。私が画家なら、間違いなく貴方達の姿絵を後世に残すわ」

 本当は口の動くがままに感想を述べたかったのだが、なけなしの王女のプライドがそれをなんとか阻止する。

「……っ!」
「お褒めに与り恐悦至極。王女殿下にお喜びいただけた事が、私にとっての最も良き褒美にございます」

 ぱぁあああっと輝くアルベルトの顔。私の言葉を噛み締めるように少し俯きモジモジとするアルベルトとは打って変わって、イリオーデは端正な顔に微笑みを描き顎を引いて頭を下げた。

「皆様お着替えや手当ての方はお済みですか?」
「ああ、はい。お待たせしました」

 その時丁度城の侍女がやって来て、私達を食堂に案内すると言って歩き出した。その道中、カイルが破壊した吹きさらしの道を見て、思わず二度見した。
 食堂に着くと、そこには既にテンディジェル一家がいた。どうやら、実際に攫われた私達からも話が聞きたいらしいのだ。
 さてどうにかしてはぐらかさないと。初っ端から騙す気満々ライアーな私は、いつもの笑顔で着席した。
 さあ、どこからでもかかって来なさい! 私の二枚舌が火を吹くわ!

「まず始めに。我々領民と領地の問題に賓客たる王女殿下を巻き込んでしまった事、ここに深くお詫び申し上げる」

 まさかの初手謝罪。
 あんぐりとする私に向け、大公が深く頭を下げた。それに続くよう、セレアード氏とヨールノス夫人も頭を下げる。更にはレオとローズだけでなく、壁際に控える侍女や兵士達までもがこちらに頭を見せるのだ。
 流石に気圧され、私も少しオロオロとする。

「い、いえお気になさらず。私は至って無事ですから」

 ローズのお陰だけどね!

「しかし……我々が問題から目を逸らし、解決を先延ばしにしていたが為にこの事件は起きてしまった。この罪は重く、我々は当然の裁きを受ける所存にて」
「罪だなんて、そんな」
「帝国の宝たる唯一の王女殿下。例え結果的に無事だったとしても、貴女様を危険に晒してしまっただけでも我々には償いようのない罪なのです。ですのでどうか、我々を裁いて下さいまし。我々は、その罰を粛々と受け入れます」

 大公の決意は固いようだった。私がどれだけ気にするな、と言っても聞いてくれないだろう。
 ……ここはもう、彼等の望むままに罰を与えた方がいいのかもしれない。そうする事で彼等の罪悪感が少しでも和らぎ、思い詰めないでくれるのなら。
 何より王女としての体裁もある。ここで彼等を罰しなければ、きっと私がとやかく言われる事になるだろう。
 それはとても面倒だ。こんな自分勝手な理由で彼等に罰を与えるなど、どうかしてるのは重々承知の上だ。とにかく今は……彼等を後悔や罪悪感から救おうじゃないか。

「──分かりました。貴方達に罰を与えます」

 告げると、どこかホッとしたような表情をしながらも、セレアード氏とヨールノス夫人は固唾を呑んでいた。

「とは言えども。わたくしには特殊審判権などございませんし、貴方達にもっともらしい罰を与える力もございません。なので、わたくしなりに考えた罰を与える事を了承なさい」

 特殊審判権というものは特権階級に与えられた権利で、なんと法の裁きを待たずに自己判断でその場で相手を処罰する事が出来る代物なのだ。
 現在、帝国でこれを与えられているのはケイリオルさんただ一人だと言う。
 え? この前勝手にその場で処罰を下してなかったかって? あの時は一応領地の領主の了承のもと行った事だから、ギリギリ黒寄りのグレーでモーマンタイなのだ。各領の領主には、領地で起きた一定基準までの犯罪に対して処罰執行権がある。
 以前の毒殺未遂事件に関しては、被害は出ていない上、一定基準にギリ含まれるものだったので……私がその場で迷わず処刑を選んだのだ。
 ただ、今回に関してはその一定基準など軽く超える事件だった。私の誘拐事件とか、そもそも大規模な争いとか。そんなもの、私には扱いきれない。
 閑話休題。なので、この場で彼等を責任者として処罰する事は出来ない。やるなら法的制裁しかない為、かなりの手間暇がかかる。
 その点、私が与えようとしている罰は処罰でも法的制裁でもないので問題無いのである。あくまでも越権行為にならない範囲での罰にとどめるつもりなのだ。
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