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第三章・傾国の王女

280.星は流れ落ちる

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 ついに戦いが始まった。
 既に一度戦う姿を領民に見られている私とイリオーデとアルベルトは、得意の武器ではあるものの普段とは少し違った戦い方や動きを意識していた。
 だがそれでも、やはり私の従者達は強かった。
 少しやりずらさを感じている筈なのに、二人はそんな様子を一切感じさせぬ戦いを繰り広げていた。
 私・イリオーデ・アルベルト・カイルで正面から来る大軍を相手にし、右翼からの敵はヘブン・ノウルー・ホウミー、左翼からの敵はラスイズ・マノ・オバラが担当する事になった。
 なお、カイルは時々魔法で挟撃対策班に支援したりもしている。
 これだけの人数差がありながら、未だ健闘を演じる事が出来ているのもひとえに皆のお陰である。
 私やイリオーデは一度見られているからあまり魔法を使えないのだけど、その代わりとばかりにカイルやアルベルトやヘブンが魔法を駆使して戦ってくれているようなのだ。

 カイルは……まあ、いつも通りめちゃくちゃな魔法をどんどん連発していた。あんなに初っ端から全開で魔力は大丈夫なのかな……。
 アルベルトは宣言通り影分身をして、その分身達が別々の武器を手に暗殺未遂を繰り返している。しかし困った事に、どの分身も十人ぐらい倒すと投げたボールを取って来た犬のように、褒めて欲しそうに私の元にやってくるのだ。
 こんな状況で毎回言葉を考える余裕もなく、私は最初こそ『流石! 天才!』と褒めていたのだが、回を重ねるごとに『えらい!』とか『すごい!』とか……どんどん適当になっていってしまった。
 アルベルトがそのような事をしているからか、イリオーデが途中から張り合うように気絶した領民達の山を作るようになった。
 イリオーデは毎回褒めて褒めてと駆け寄ってくるタイプではないのだが、事が終わってから褒めて欲しいと無言で訴えて来るので……戦いが終わってから、成果を上げて偉い。と褒めてあげなければ。

 ヘブン達の方は、カイルがたまに様子を教えてくれるのだ。
 なんでもヘブンがノウルーの水の魔力を活用し、鏡の魔力でそれを鏡にしてはありとあらゆる魔法攻撃を反射させ、物理で迫ってくる敵を次々ミラーハウスに閉じ込めるなんて芸当をやっているそうなのだ。
 なんとも恐ろしい話である。その他の敵は次々とホウミーが弓矢で撃ち抜いて、傷口から体に変な植物を寄生させているとか。
 続いてラスイズ達の方はというと……ほとんどオバラの独壇場らしい。風の魔力を活用して身の丈程ある大剣を振り回し、竜巻のようなものさえも起こしているとか。
 オバラを狙った魔法攻撃はラスイズが火の魔力で相殺し、物理攻撃はマノが二本の槍で返り討ちにしているようなのだ。
 本当に、分かってはいたけど強すぎないかしらスコーピオン……こんな人達がチートアイテムを手に入れて強化されたら、そりゃあフォーロイト帝国とハミルディーヒ王国の戦争の代わりとなるテロだって起こせるわよ。
 帝都を混沌の境地に叩き落としただけはあるわ。

「ローズニカ様を返せぇええええ!!」

 ずっと周りを見ていたけど、私も勿論戦ってるよ。
 絶えずこうして領民が斬りかかってくるものだから、

「無理」

 きちんと返事をし、全て一撃で落とす。我ながら律儀というかなんというか……毎度返事する必要、絶対ないよね。
 それにしてもカイルがくれたこの変声魔導具、本当に便利ね。まさかフリードルみたいな声になるとは思ってなかったけど。これがあるから、声を出しても正体はバレなさそうだ。
 アルベルトの影分身やカイルの援護のお陰もあって、案外大軍の相手も何とかやれている。イリオーデも凄い活躍してるし、私の出番はもう無いかなぁ。

「ぐはっ」
「ギャーッ!?」

 後ろから襲いかかって来た人達に、無言で回し斬りをお見舞いする。
 しまった、思い切り胴体切っちゃった……返り血が……。

「……ま、いいか。汚れてもいい服だし」

 覆面にべったりとついた返り血にため息をつき、気を取り直して私も戦いにゆく。
 それにしても、何か違和感を感じる。どうして彼等はこうも無鉄砲……いや、無策に特攻してくるのか。何か作戦があるとは思えない動きで、数打ちゃ当たる戦法のような感じさえもする。
 向こうにはレオがいるのに、そんな事が有り得るのかな。レオならてっきり最短距離でローズを奪還しに来ると思ってたんだけど……今の所、要塞前で特攻して来た人達を返り討ちにするだけで済んでいる。
 とんでもない作戦を仕掛けられているものと思っていたので、少し動揺してしまったぐらいだ。

「──ちょっ、俺狙いかよ!?」

 考え事をしながら近寄って来た人を片っ端から切り伏せる作業をする事数分。突然、要塞の方からカイルの叫び声が聞こえて来た。
 慌ててカイルの方を見ると、何とそこには彼を包囲する紅獅子騎士団の姿が。
 右翼隊にも左翼隊にも姿がないみたいだったから、この大軍の中にいるとは思ってたけど、まさかカイルを集中狙いするなんて。
 そうか、これがレオの作戦か! この布陣は全て、厄介な魔導師カイルを真っ先に潰す為のものだったって事!?
 流石に突然の事だったからか、はたまた大きな魔法をぶっぱなした直後だったからか、カイルは反応が遅れて紅獅子騎士団の攻撃を食らってしまった。
 だがすんでのところで急所は躱し、翼の魔力で空に飛び上がった──が、しかし。それを予想していたかのように戦場に突風が吹き荒れた。
 風があまりにも強く、カイルは上手く飛べずそこで紅獅子騎士団の者に撃ち落とされた。

「ッ……くっそ、これは流石にキツイっつの……!」

 血をドクドクと流しながら、カイルは頬に冷や汗を浮かべていた。突風の所為で変装が少し解け、魔法薬で変えられた彼の金髪が陽のもとに晒される。
 カイルの前に紅獅子騎士団団長のモルスさんが立ち、すかさず剣を振り下ろそうとした所で、

「ルカ!!」

 白夜でその一撃を受け止めた。突然横から割って入った私に、モルスさんは少し驚いていた。
 よかった、間に合った。これでも一応全力疾走だったんだけど、それなりに距離が離れていた上に障害が多くて。
 いや、御託はいい。今はとにかく手負いのカイルを連れてこの包囲網を突破する事が最優先だ。

「ルカ、大丈夫?!」
「るか……ああ、うん。ルカ……そうだな、ルカだ。俺は平気だ。悪ぃな、少しミスっちまった」

 カイルは少し眉尻を下げてヘラヘラと笑う。

「お前も、襲撃者一味の者か。ならば諸共首を獲るだけの話だ!」

 モルスさんが殺気を放つ。それに触発され、私も本気で戦う気になった。元よりモルスさん率いる紅獅子騎士団の面々を一度に相手するとなると、本気でなければならなかった。
 殺すつもりはなかったけど、殺るしかないのなら殺らなければ。
 まずは後ろで負傷しているカイルに、小声で「今のうちに逃げて」と伝える。そしてカイルが「……すまん、頼んだ」と言って瞬間転移で逃げたのを確認してから、モルスさんに対抗するように私も殺気を放つ。
 カイルを逃がした事に悔しさを露わにする暇もなく、氷の血筋フォーロイトの殺気にあてられた紅獅子騎士団の面々に向け、私はある男のように言葉を紡いだ。

「ハンッ、やれるものならやってみろ。お前達如きにそのような事が成せるならな」

 白夜を構え、私は皇帝のように威圧的に口を動かした。それは変声魔導具の影響もあって皇帝感が増し、聞いた者に大なり小なりの緊張や恐怖を与える言葉となっていた。
 一部の騎士を除き、紅獅子騎士団の面々は私の放つプレッシャーにたじろぐ。
 ……だからこそモルスさん達一部の強者の凄さが分かる。私渾身のプレッシャーにも無反応だなんて。
私もまだまだって事ね。

「……我々の目的はあの魔導師だ。ローズニカ様と王女殿下の居場所を吐けば、お前の命だけは見逃そう」
「それを私に言えと? フッ、馬鹿馬鹿しい。何故我が目的を貴様らに話してまで生き残らねばならんのか……甚だ疑問だな」

 モルスさんの言葉に、私は鼻で笑うような態度をとった。この態度特に理由はない。皇帝ならこうしそうだと思ったからやっただけだ。

「ならば死ね、大罪人よ」
「──嫌に決まってるだろ」
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