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第三章・傾国の王女

279,5.ある歌姫の決心

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 どうして、私は何も出来ないのでしょうか。
 なんて無力で無価値な存在なのでしょうか。

 アミレスちゃんの話を聞いて、私は自分自身の無力さに辟易した。
 お兄様から聞いていたから、領民の皆がお父様とお母様の事で怒っているのは知っていた。でも、まさか内乱を起こそうとしていたなんて。
 下手すれば内乱に私も巻き込まれて大怪我を負う可能性があるからって、アミレスちゃんは私を連れ出した。
 そしてあの轟音も、侵入者も全てアミレスちゃん達の仕業なのだと聞いて……私は酷く困惑した。どうしてそんな事をしたの? と。
 だけどすぐにその気持ちを上回る感情が心に生まれた。

「……ごめんね、アミレスちゃん」

 気がつけば、求めていた言葉があっさりと口から溢れ出ていた。私は彼女にそんな事をさせてしまった心苦しさを、今になってようやく感じたのだ。
 アミレスちゃんは私よりも小さな女の子なのに。とっても心優しいお姫様なのに。
 ……私が、彼女を戦場に立たせてしまった。
 いくら高貴なる血筋の方と言えども、事実彼女がとても強くても。彼女は本来国を挙げて守られるべき存在なのに。
 この領地のいざこざに巻き込んで、挙句解決の為に利用し戦わせる事となってしまった。その事が、負い目となって心を抉る。

「私達の問題に、アミレスちゃんを巻き込んでごめんなさい。本当は私達が解決しなきゃいけない事なのに、貴女に押し付けてしまってごめんなさい」

 深く頭を下げて、私は限りなく誠意を込めて謝った。
 どれだけ負い目を感じようとも、今の私にはこうして謝る事しか出来ない。
 彼女が私達を思ってしてくれた事はとても嬉しい事だし、実際とても助かる。だけどやっぱり手放しでは喜べないの。
 だって好きな人が私達の為に戦うと言ってくれたのだ。物語が大好きな身としては胸がときめく状況だと思うけど……でも今は全然胸がときめかない。
 彼女を危ない場所に立たせてしまった負い目が、そのときめきを全て無かった事にしているのだろう。
 今は、彼女への申し訳無さが絶え間なく押し寄せてくる。

「大事な友達を守るのは、当然の事でしょう?」

 そんな私に、アミレスちゃんは優しく微笑みかけてくれた。

「アミレスちゃん……っ」
「だから私達の行動を負担に思わないで。こんなの、私達が勝手にやってる事なんだから」

 涙が溢れ出す。あの日と同じように、彼女は私の事を抱き締めて宥めてくれた。
 アミレスちゃんの優しさに包まれて、罪悪感も浄化されてゆくようで……私は、そんな優しい彼女に感謝の言葉一つも言えない自分が嫌になった。

「ありがとう、私達を守ってくれてありがとう……!」

 彼女を巻き込んだ私にこんな事を言う資格があるのかどうか分からない。
 だけど、私はどうしても今感謝の言葉を伝えたかった。私達を守ろうと思い行動してくれた事が、本当に嬉しかった。
 私とお兄様の事を気にかけてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。受け入れてくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。
 全身を抉る茨に足を搦めとられ、底辺で身動きも取れずに破滅を待っていた私に……手を差し伸べてくれてありがとう。
 私とお兄様に、希望をくれてありがとう。

 アミレスちゃんへの想いを強くして、また恋焦がれる。
 男装の麗人となったアミレスちゃんに見蕩れたり、衝撃の事実に愕然としたり。とにかくアミレスちゃんが無防備過ぎて心配になってきた。
 アミレスちゃんは自分の魅力を分かってない。街ですれ違えば誰もが振り返り視線を奪われるような美貌に、空より広く海より深い優しさを持つとても魅力的な女の子。
 そんなの、誰だって好きになってしまう。男の人は狼なんだから、アミレスちゃんが手玉に取られないか心配でならないわ。
 どうしてあんなに無防備なのかなぁ……うちの騎士団と渡り合えるぐらい強いのに、どうして? あの無自覚無防備っぷりは…………なんだろう、まるで自分になんて誰も興味無いって言いたげな。
 そんな有り得ない話があるのだろうか。アミレスちゃん程の魅力的な女の子が、全くの無自覚なんて。周りの人達はこれまで一体何をしていたのかな。
 なんて頭を悩ませていたのだけど、アミレスちゃんの騎士と侍女(男性だったらしい)の方々の発言に、私は引い──……唖然とした。
 そして強く思ったのだ。アミレスちゃんを守らないと! アミレスちゃんの純潔は私が守る!! と。

 それから少しして、アミレスちゃんの協力者だという人達を紹介して貰ったり、やたらとアミレスちゃんとの距離が近いルカという声の大きい人も紹介された。
 どうしてこう、アミレスちゃんの周りには容姿の整った男性が多いのかなとモヤモヤしつつ、ついに迎えた戦いの時。
 アミレスちゃんと二人で話していた時に、ルティさんが大軍が迫って来ていると彼女に伝えに来た。
 それまでは普通に話していたのに、その報告を聞いた途端、アミレスちゃんの表情が一変した。冷たく、勇ましい顔つきとなった彼女はその場で何か魔法を発動し、くるりとこちらを振り向いた。

「ローズ、さっき言った通り絶対にここから出ちゃ駄目よ? ここにいる限りは私達が絶対に守るから」

 アミレスちゃんは私が体を冷やさないようにと暖炉や布や椅子を用意して、更にはなんと結界まで張ってくれたようなのだ。
 絶対に守る──。そう断言し、アミレスちゃんは私に向けてニコリとまた笑いかける。

「うん……」
「それじゃあ行ってくるね」

 ただ、頷く事しか出来なかった。
 でもアミレスちゃんの背中が遠ざかっていくのを見ていて、私の口は自然と言葉を押し出していた。

「アミレスちゃんっ! あの、その……無理はしないでね」

 頑張ってね、とは言えなかった。言ってはならなかった。
 だから無理はしないでと……これが今の私に言える唯一の言葉だから。

「皆がいるから大丈夫よ」

 にっと歯を見せて笑い、彼女は親指を立てた。私はとにかくアミレスちゃんの無事を祈って、その背を見送った。
 ……外から戦いの音が聞こえて来る。鉄格子の窓からこっそり外を見ると、明らかに不利な人数差でも決して諦めずに戦う、アミレスちゃん達の姿があった。
 それと同時に目に映る、何かに取り憑かれたかのような領民達の姿。誰もが血を流し、武器を構え、そして命を削り合う。
 近いようで遠かった光景が、私の目の前にはあった。
 こんな状況でも、どうして私は何も出来ないのだろうか。多くの人々が傷つき争うような恐ろしい光景を見て、足が竦むだけなのか。
 何故、何かを成そうとも思わなかったのか。

「……私の存在価値って、なんだろう…………」

 外から聞こえてくる雄叫び、剣戟、爆発音、轟音、絶叫。
 まさしく今起きている戦争に近いものを目の当たりにして、足が竦み、体の震えが止まらない。
 皆はそれぞれの意思のもと頑張ってるのに……こうして守られてるだけで何も出来ない自分に嫌気がさし、窓際で座り込んで肩を丸めていた。
 視界が揺らぐ。ポタリ、ポタリと冷たい地面に水滴が落ちる。

「わた、わたし……は、なんのために、いきてるの……っ」

 情けない。悔しい。苦しい。悲しい。
 絶え間ない自責から、嗚咽を漏らした時だった。

『──そんなの決まってるじゃない。愛する人へ愛を歌う為よ。アナタは愛する人の為に歌って初めて、真の意味で歌姫になれるのよ』

 頭の中に、知らない誰かの声が響いた。
 完璧に調律されたピアノのように美しく、透き通るような音。その誰かは、私の言葉に答えるように更に続けた。

『フフ。アナタが真の意味で歌姫となる時を楽しみにしてるわよ、可愛い可愛いアタシの歌姫ちゃん。アナタの激情を全て込めた最高のうた、待ってるわ♡』

 楽しげな声音だった。その声は脳内に響き渡り、徐々に薄れてゆく。
 今の声は誰だったんだろう。そう疑問に思うと同時に……先程の言葉が反芻される。
 私は歌う為に生まれた。愛する人の為に愛を歌って、ようやく初めて真の意味で歌姫になれる。
 そう、あの声は言っていた。

「…………アミレスちゃんの為なら、もう一度歌えるのかな。アミレスちゃんのレッスンをしていた時も、少しだけなら歌えたし、もしかしたら……」

 皆の為に歌おうとしても、私の声は出なくなってしまった。だけど、アミレスちゃんの為なら……初恋の彼女ひとの為ならば、私はもう一度歌えるかもしれない。
 彼女に無事でいて欲しいから。少しでも彼女の力になりたいから。
 無力な私にだって、好きな人の為に何か出来るって証明したかったから。
 だから私は──、

「歌おう……アミレスちゃんの為に!」

 この有り余り溢れ出す愛を歌おう。
 守られてばかりは嫌だ。私だってアミレスちゃんの為に何かしたい。
 きっと、きっと、今度は大丈夫。頭の中にアミレスちゃんの笑顔を思い浮かべると、不思議と歌えるような気がしてきたから。
 だから大丈夫。私はもう一度歌える。
 こんな所で蹲ってる場合じゃないと立ち上がった時には、自然と涙も止まっていた。
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