上 下
313 / 765
第三章・傾国の王女

277.戦いの前に

しおりを挟む
 久々に男装した気がする。
 魔法薬で髪の色を金色にして、後ろで一つ結びにする。サラシで胸を潰してシャツとズボンを身に纏い、襲撃者らしいローブを羽織って変装は完了。
 そこでおまけに口元を覆う等の覆面をしたら……もう私が誰だか分からない事だろう。
 しかし……うむ。ソワソワとしながら私の着替えを見守っていたローズが、今も尚随分と目を輝かせている。

「はわわわぁ~~~~っ! 男装の麗人だぁ……!」

 着替えてる間も、こんな感じの事をずっと言ってた。ものの試しにウインクなどしてみたところ、ローズは「はうっ!」と胸元を押さえている。
 なんだろう、ちょっと楽しいなこれ。

「そろそろ行きましょうか、レディ。お手をどうぞ」
「えっ、え!?」

 何となく、王子様ムーブをしてみた。するとローズが頬を赤くしてモジモジとし始めたのだが、とにかく可愛い。
 なんて考えながらローズをエスコートし、部屋を出て少し歩くと開けた部屋に辿り着いた。そこには既にイリオーデとアルベルトが立っていて。
 二人も魔法薬で髪の色を変えて、更には変装もしているので中々に元の姿からは変わっていた。
 イリオーデは髪を紫色に変えて、長髪を結えずそのまま流しているようだ。アルベルトはまず女装をやめてから、黒髪を白色に変えているらしい。
 それだけでも印象がかなり変わるものだ。相変わらず二人揃って美形ではあるのだけど。

「王女殿下、そのお姿は……」

 イリオーデがこちらに気づいて目を丸くする。その隣でアルベルトも灰色の目をぱちくりとさせていた。

「じゃじゃーん、男装してみました! 久しぶりにしたけど……ふふっ、似合ってるでしょ? 私ってば男装も似合うんだから」

 以前男装した時は金髪のカツラを被っていたから、今回もそれに合わせて金髪にしてみたけど……相変わらず我ながらよく似合っている。
 ふふん。とドヤ顔で胸を張る私を見て、イリオーデは随分と温かい頬笑みを浮かべた。それはもう、思春期の女の子なんて一発でノックアウトしてしまいそうな笑顔である。

「金色の御髪も、まるで空に輝く太陽のごとき輝きと美しさにございますれば……我が瞳などその眩さに焼かれてしまいそうです」

 急にどうした。いや言う程急ではないんだけど。かなりいつも通りなんだけど……どうしてそんないい笑顔で褒め言葉を口にするのよ。
 イリオーデの怒涛の褒め言葉に、私の隣でローズが激しく首を縦に振っている。度々「わかります」「そうなんですよ」と言った呟きも聞こえて来る。
 そんな、饒舌なイリオーデに続くとばかりに口を開いたアルベルトだったが、彼は少し毛色が違った。

「金色…………騎士君が言った通りにとても美しいものなのでしょう。俺も、見てみたかったです」

 その表情からは彼の物悲しい思いが伝わってくる。アルベルトの眼は赤色以外の色が判断不可能で、ほとんどがグレースケールで眼に映るらしいのだ。
 何とか治してあげられたらいいんだけど、師匠もこればかりは難しいって言ってたし……。ミカリア辺りに頼めばなんとかなるのかなぁ。
 今度ミカリアに手紙でも出してみようかな。帝国の王女からの手紙なら、多分ミカリアの元に届いてくれる事だろう。

「何度も言うようだが、私の名前はイリオーデだ。いい加減覚えろ。それはともかく……少し雰囲気の変わられた王女殿下のお美しさについて、私が口頭で説明してやる事もやぶさかではないが」
「いいのか? それじゃあ頼んでもいいかな」
「任せろ」

 いつの間にか、イリオーデとアルベルトが変な方向に話を進めていた。イリオーデの富んだ語彙力と叙情的な語り口調が、色を認識出来ないアルベルトに様々な色についての情報を伝えている。
 ……内容は、私の容姿についてだが。
 それにしても仲良いわね、この二人。本当に仲が良いわ。主の私を差し置いて仲良くなるとかちょっとどうかと思うけど……私とも仲良くなろうよ、ねぇ。

「あの、アミレスちゃん。ルティさんって女性だよね? なんというか、男装にしては男性らしすぎる……というか」

 ローズがこっそりと耳打ちして来た。

「あぁ、うん。ルティは元々男性だよ。訳あってずっと侍女の格好をしてたけど」
「え!? で、でも……アミレスちゃんはルティさんにお世話を任せてるんだよね……?」
「表向きにはそういう事になってるけど、実際には世話なんて任せてないよ。全部自分でやってるから」
「ぜんぶ、じぶんで?」
「だって自分で大抵の事は出来るんだもの、自分でやった方が良くないかしら?」

 王女が全部自分でやってると言ったからか、ローズはぽかんとした顔で小さな口を丸くしていた。
 少し間を置いてから、「……なる、ほど?」とゆっくり私の発言を噛み砕いて理解してくれたようだった。しかし程なくしてハッとなり、ローズは改めて私に詰め寄って来た。

「ねぇアミレスちゃん! もも、もしかして……今までずっと、この領地に来るまで大人の男性二人と旅してたの?!」
「そうだけど……別に何も無かったよ? もし刺客が来ても全然余裕で対処出来たと思うし……」
「そういう事じゃないのぉ!」

 ローズに両肩を揺さぶられる。流石はディジェル領の人ね……見た目からは想像つかない力の強さだわ。ローズみたいな細腕の少女でさえもこの強さとは、本当に恐れ入るわね妖精の祝福。

「男は狼なんだよ、野獣なんだよ! アミレスちゃんみたいな可憐で美しいお姫様はあっという間にパクっとされちゃうんだからぁ!」
「えぇ……狼程度なら瞬殺出来ると思……う、けど……」

 ここで私はある事実に気がついた。
 もしかして、これってさ──。

「……まさかとは思うけど、皆はずっと、私がイリオーデ達に襲われないかって心配してたの?」

 出発前のマクベスタとハイラの様子を思い出す。確かに二人共、『男二人と』旅に出る事に難色を示していた。
 あの時は割と本気で、そんな少人数の護衛で大丈夫なのかと心配されているのだと思っていたし、何ならつい数秒前までそう思ってた。もしかしなくてもあれってそういう意味で反対してたの?!
 全然気づかなかった……いやでもさ、あのイリオーデとアルベルトが? ──はは、ナイナイ。

「お呼びですか、王女殿下?」
「何かお申し付けがあれば承りますよ、主君」

 私がうっかり呼んでしまったが為に二人がこちらに意識を向けて来た。この時私は、二人へと返事をするよりも先に本音が転び出てしまったのだ。

「こんなイケメン達がたかだが十三とかの子供を? いやいや……マジで有り得ないわ……」

 歳の差だって十歳くらいあるのよ。彼等はもう立派な大人なんだし、何よりこの圧倒的な顔面だ。私のような子供相手にどうこうしようなどという気さえ起きない事だろう。
 もし万が一彼等がロリコンだったならその限りではないと思うけど、多分そんな事はないと思うので問題はない。
 なんだ、やっぱりマクベスタとハイラの杞憂じゃないの。そもそも忠誠心も深い彼等がそんな主に手をかけるような真似をする訳ないじゃないの~~。
 恐ろしい事実に気づいてしまったが、しかし私はこれを簡単に解決。見事悩みを一つ減らすに至った。

「……一体何の話ですか?」
「俺達が何か至らぬ事をしでかしてしまったのでしょうか……?」

 先程から情緒不安定な私の様子を見て流石に心配になってきたらしく、イリオーデ達は眉尻を下げてこちらを見つめている。

「何でもないよ。ちなみに後学の為に聞きたいんだけど、貴方達は小さい女の子とかって好き?」

 何を思ったのか、私はこのような質問を投げかけていた。
 するとどうだろう。イリオーデは『小さい女の子…………??』と考えていそうな困惑した面持ちになり、アルベルトは『どういう意図をもって主君はこんな質問を?』と深く思い悩んでいる様子だった。

「深い意味は無いのよ。ただ、うん。二人の守備範囲が気になったというかなんというか」
「「守備範囲」」

 二人は声を重ねた。

「こと色恋においては、いわゆる恋愛対象がどれ程の系統・年齢層まで含まれるのか……と言った使い方をされる言葉ですよね、アミレスちゃん」
「わぁ、ローズも詳しいわね」
「ふふ。本ばかり読んで生きてきましたので」

 自慢げに語るローズを見て、微笑ましい気持ちになる。ついうっかり使ってしまったが、どうやらこの世界でも守備範囲は同じような使われ方をしているらしい。

「恋愛対象……つまり王女殿下は我々に、自身より遥かに歳下の少女を色恋の対象として見られるのかどうかと問うてらっしゃるのですね。ようやく理解が追いつきました」

 イリオーデが私の質問の意図を汲んでくれたようで、彼の結論にアルベルトも「やるじゃないか、騎士君」と感嘆していた。それに、イリオーデは相変わらず「イリオーデだ」と突っかかっているけど。
 ……それにしても、イリオーデとアルベルトはいつもあのやり取りしてるなぁ。そんなに覚えにくい名前って訳でもないのに、何でアルベルトは何回も間違えるんだろう。
 アルベルト、かなり記憶力も物事の吸収もいい方なのに……どうして?

「正直な話、私にはまだ恋というものの経験が無いので答えようがありません。申し訳ございません、王女殿下」

 伏し目がちにイリオーデが答える。
 この顔で初恋もまだだなんて。嘘でしょ……この顔で、ただの一度も?!

「俺も同じです。弟の事があったのでそれどころじゃあなくて──ああ、でも。主君がお望みとあらば、恋愛の真似事でも色仕掛けでも何でもやりますよ」
「……そんな事、全く望んでないわ。貴方達の尊厳を軽視するような命令なんて、する訳ないじゃない」

 私はムスッとしながら反論してしまった。しかしこれは、アルベルトからそんな風に思われていたのかと怒ったのではなく、かつてアルベルトにそういった非道な事を強要していた、どこぞのクソ貴族に対しての怒りだ。
 アルベルトがこんな事を当然のように口にするようになってしまった経緯に、私は怒りを抱いたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...