上 下
305 / 775
第三章・傾国の王女

269.俺は彼女に恋焦がれ、

しおりを挟む
「ローズ、一体いつの間に王女殿下とあんなに仲良くなったの? 俺だってまだまだ全然仲良くなれてないのに」
「えっと……アミレスちゃんから友達になろうって言って貰えて……そうだ、お兄様! あのねっ、私ね──」

 ローズは随分とまあ、可愛い顔で輝く笑顔を作った。

「アミレスちゃんの事が、本気で好きになっちゃったんです」
「………………え?」

 この時俺は、とても間抜けな顔をしていただろう。
 ローズが……王女殿下を本気で好きになった? 本当に二人の間で何があったの?!
 俺は、ローズが本気で誰かを好きになった事に驚き、その相手が王女殿下だという事に困惑していた。
 えっと、その……つまりあれかな? ローズが俺の恋敵ライバルになる……って事? 何それ泥沼修羅場じゃん。

「アミレスちゃんがね、私達の居場所になるって言ってくれたんです。それが本当に嬉しくて、私、つい泣いちゃったんですよ……でも、そんな時もアミレスちゃんは優しく静かに寄り添ってくれて……あんなのもう、好きにならない方が無理がありますよぅ」

 頬に手を当て、ローズは蕩けた顔で熱の篭ったため息を吐く。
 ああ、これ本気マジだ。ローズの兄だから俺には分かる。これは本気マジなやつだ。

「ずっと思い悩んでいたのに、アミレスちゃんに少し話しただけですっかり悩みがすっかり無くなりました。本当に、今とっても心が晴れやかなんです!」

 うーむ。こんなにも幸せそうなローズを見ると、二重の意味で嫉妬しちゃうなあ。
 俺には出来なかった事……ローズを元気にしてくれた王女殿下にと、王女殿下と仲良くなったローズにと。そんな内容で二重の意味に嫉妬してしまう。
 ……でも、そうか。相談ねぇ…………俺も彼女に相談したら、仲良くなれるのかな。
 そんな淡い期待を抱くも、彼女に相談を持ちかけるタイミングが全くと言っていい程無い。王女殿下は一日中ローズと一緒だし、それ以外の時はあの怖い騎士と怖い侍女が二人して鬼のような形相で王女殿下の後ろにいるから。
 俺みたいなヘタレ野郎には、王女殿下に声をかける事すら出来なかったのだ。

「はぁ……どうするよ……あと数日もしたら即位式だし、それが終わったら王女殿下は帝都に帰っちゃうじゃんかぁ……」

 深いため息を吐きながら、暗い廊下をとぼとぼ歩く。ここ数日悶々と悩み続けていてあまり眠れなくて。だから夜の散歩をしていた。
 昔から暗い部屋に篭ってたから、夜目はきく方だ。一応廊下にも等間隔で明かりがあるし、魔石灯ランタンは持たずにぼーっとしていた。
 その時、進行方向から灯りが近づいてくるのが分かった。
 こんな時間に誰だろう、と目を凝らすと。
 暗闇の中、キラキラと輝く白銀の髪が見えた。それを見て、俺は息を呑んだ。

「王女殿下。このような夜中にどうされましたか?」

 まさかこんな時間に、こんな所で会えるなんて。
 これって運命じゃないかな? なんてふざけた事は流石の俺でも考えない。夢見がちだけど、そこまで身の程知らずでもない。

「眠れなくて、ちょっと散歩してましたの。公子はどうされたんですか?」

 えっ、同じだ……いや待て落ち着くんだ俺。こんな時間に散歩する理由なんて往々にしてそうだろう。
 勘違いなんてするな、運命だなんて勘違いしちゃ駄目だぞ、俺。

「俺も似たようなものです。でもまさか、王女殿下にお会い出来るなんて思ってなかったので、嬉しいです」

 と、伝えてから俺は意を決して王女殿下に提案する。

「せっかくこんな夜中に会ったんですから、立ち話もなんですし……場所を移して少し話でもしませんか?」

 この時、緊張から凄くドキドキしていた。偶然にも怖い騎士や怖い侍女がいないこの機会、王女殿下との距離を縮めるには絶好の機会だろう!
 王女殿下は「構いませんわよ」とにこやかに了承して下さった。ここからもほど近いし、談話室なら暖炉もあって丁度いいか。とそこに案内する。
 談話室からすぐの所に厨房があるので、先に談話室に王女殿下を案内してから、俺は厨房で急いでホットミルクを作り、それを持って走って談話室まで戻った。
 ホットミルクを受け取った王女殿下は、それに少し口をつけてから柔らかく頬を綻ばせて、

「温かくて美味しいですね」

 と言ってくれた。

「昔からよくローズと一緒に飲んでいたもので……いわゆる秘伝の味? みたいなものなんです。王女殿下のお口にも合ったようで良かったです」
「へぇ、秘伝の味ですか……何が入ってるんだろう……」

 よし掴みは上々だ! このまま王女殿下と少しでも仲良くなる。せめて顔見知りから知り合いぐらいまではランクアップしてみせるぞ!
 王女殿下との共通の話題がローズの事しか思いつかず、とにかく俺はローズの話で場を繋いでいた。そんな中、俺はずっと気になっていた事を尋ねる事にした。

「ここ数日、ローズと何をしているんですか?」

 ローズが、何気に全然教えてくれなかったからね。ならもう王女殿下に聞くしかない。

「ひ、み、つ、です♡」

 はぁ? 何それ可愛い……可憐さの中に未成熟な艶やかさもあって、実に魅力的な不安定さを醸し出している。
 え、急に何。もしかして気持ちがバレた上で弄ばれてる?
 俺は王女殿下と会話しつつもその裏で悶々とする。
 ……普通さ、自分の事が好きだって分かってる相手とこんな風に二人きりになったりしないよね? 流石にバレてないよね、バレてないって信じよう。
 無理に自分を納得させ、「……相談したい事があるんですが」とおもむろに切り出しては無理やり話題を変えた。

「ローズから、王女殿下に相談したら悩みが少し解決したって聞いて……つまらなくて、長い話ですけど大丈夫ですか?」
「勿論大丈夫ですよ。力になれるかは分かりませんが、愚痴の聞き役ぐらいにはなれるかと」

 ありがとうございます、と告げて俺は口を切る。

「実は……俺は本来、公子だなんて呼ばれていい立場の人間じゃないんです。俺はディジェル領の人間としては不出来な人間…………血筋だけの人間、それが俺でして」

 これは別に話さなくてもよかったんだけど、何せこの内容が後の相談に繋がるので……王女殿下に聞かせる話ではないと思いつつも、淡々と語った。

「ディジェル領の人間が妖精の祝福で強靭な肉体を持つ事はご存知ですよね」
「えぇ。実際に戦って、それは実感しました」
「この領地に生まれてくる人間は妖精の祝福で、強靭な肉体を持って生まれるのです。ですが……俺は違っていて」

 こう話したところ、王女殿下がどういう事だとばかりに小首を傾げた。
 可愛いなぁ…………と思いつつ、どうすればより簡単に俺の体の事を彼女に伝えられるかと悩んでいた時、視界の端に火かき棒を見つけた。
 丁度いいなとそれを手に取り、袖を捲って露わになった腕に叩きつける。
 熱が宿っていないだけマシだけど……うん、痛い。俺の体はごく普通のものだからちゃんと痛いなあ。

「なっ……! 何をしてるんですか公子!?」
「大丈夫ですよ、ただの打撲です。それにこれぐらいの怪我、ディジェル領の人間ならすぐ治りますから」

 とは言ったものの。俺はディジェル領の人間でありながら、出来損ないの烙印を押された者。
 治る筈の無い痣を不安げに凝視する王女殿下の表情が、みるみるうちに暗くなってゆく。彼女は、全然治らない俺の腕を訝しげに見ていた。

「……この怪我は治りませんよ。だって俺は、ですから」

 にこりと笑ってネタばらしをすると、王女殿下はハッと息を呑んだ。

「俺はテンディジェルの人間ですが……残念ながら、強靭な肉体も強力な自然治癒力も持ち合わせず生まれた、ディジェル領の出来損ないなんです」

 俺はあくまでも明るく話す。王女殿下に余計な心配などをかけないようにと、平然と淡々と語り続ける。

「原因不明の半端者……それが、俺なんです。おかしな話ですよね。妹のローズはドジだから戦えないけど、その体はきちんとディジェル領の人間らしい強靭な肉体です。外から来た母さんはともかく、父さんも伯父様も強靭な肉体を持ってるんですが、俺だけは。何故か外の世界の人達と同じ平凡な肉体なんです」

 何故か話が進むにつれて険しくなる王女殿下のお顔。何をそんなに深刻に考えていらっしゃるのか……やっぱりこんな話、急にされたから困っちゃったのかな。
 確かに重い話だからなぁ。だから少しでも重く聞こえないよう明るく話してるんだけど……。

「まあ、だから俺は至って普通の人間……というか出来損ないの普通以下の人間でして。それなのに、ローズと一緒にいる為にと伯父様の仕事を手伝ってただけで周囲から秀才だとか持て囃されるようになって。それが理由で、噂だとフリードル殿下の側近候補だとかに選ばれてるらしいんです」

 こんな面白くもない話を長々としていたのは、王女殿下に『相談』するにあたって、前提として俺の事を知っておいて貰おうと思ったからだ。
 ……決して、下心とかで俺の事を知って貰いたいという訳ではない。
 キリッと顔を作っては、「ここで相談したい事がありまして」と更に続ける。

「フリードル殿下がお求めなのはきっと、強靭な肉体を持つディジェル領の民です。それなのに、多少記憶力がいいだけの出来損ないの俺が側近になるなんて畏れ多くて……いくら俺でも身の程は弁えてますし。なので王女殿下には是非とも、角の立たないお断りの方法について何か助言頂ければと……!」

 俺はじっと王女殿下を見つめていた。
 王女殿下はどこか驚いたような、困惑するような複雑な表情になっていた。どうしたんだろうか、そんなに難しい相談だったのかなこれ。
 でもまぁ、王女殿下からすれば、実の兄の側近になりたくないからどう断ればいいか教えろ……って相談内容だもんな。そりゃあ困惑するよね。
 申し訳無い思いのまま王女殿下の返答を待つ。彼女は、暫く間を置いてからゆっくりと口を開いた。

「……どうしても兄様の側近になるのが嫌なら、兄様が口出し出来ない理由を作るのが一番でしょう。公子が大公になる──とか」
「俺が、大公に……ですか」

 あー……やっぱりそれしかないのかな。一応、側近候補の噂を聞いた時に考えなかった訳ではないけど……フリードル殿下の妹の王女殿下までもがそう言うのなら、これしかやっぱり方法は無いのかな。

「はい。さしもの兄様でも、大公ともあろう存在を側近にする事は無いかと」
「成程、一応このまま順調に行けば、俺もいずれ大公になるらしいんですけど…………まあ、その。フリードル殿下の側近選びには間に合いませんし、そもそも俺みたいな出来損ないが大公になんて……」

 大公位は世襲制なので、どれだけ俺が出来損ないでも俺はいずれ大公位に即位する事になるだろう。
 原則として、大公位は“テンディジェルの男”が即位するもの。
 現大公の伯父様が、三十年程前に立て続けに戦死したお爺様達に代わって大公になり、その次が伯父様の弟の父さん。父さんの息子は俺しかいないので、父さんの次は自動的に俺が即位する事になる。
 そういう決まりだから、俺はどうせいつかは大公になる。でもそれはあくまでもまだ先の話であって……フリードル殿下の側近選びには間に合いそうにもない。
 いっその事、父さんの即位式に乱入して代わりに即位しちゃう? ハハハハ、俺にそんな度胸があったらとっくに何か行動を起こしてるよねー……。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...