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第三章・傾国の王女
269.俺は彼女に恋焦がれ、
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「ローズ、一体いつの間に王女殿下とあんなに仲良くなったの? 俺だってまだまだ全然仲良くなれてないのに」
「えっと……アミレスちゃんから友達になろうって言って貰えて……そうだ、お兄様! あのねっ、私ね──」
ローズは随分とまあ、可愛い顔で輝く笑顔を作った。
「アミレスちゃんの事が、本気で好きになっちゃったんです」
「………………え?」
この時俺は、とても間抜けな顔をしていただろう。
ローズが……王女殿下を本気で好きになった? 本当に二人の間で何があったの?!
俺は、ローズが本気で誰かを好きになった事に驚き、その相手が王女殿下だという事に困惑していた。
えっと、その……つまりあれかな? ローズが俺の恋敵になる……って事? 何それ泥沼修羅場じゃん。
「アミレスちゃんがね、私達の居場所になるって言ってくれたんです。それが本当に嬉しくて、私、つい泣いちゃったんですよ……でも、そんな時もアミレスちゃんは優しく静かに寄り添ってくれて……あんなのもう、好きにならない方が無理がありますよぅ」
頬に手を当て、ローズは蕩けた顔で熱の篭ったため息を吐く。
ああ、これ本気だ。ローズの兄だから俺には分かる。これは本気なやつだ。
「ずっと思い悩んでいたのに、アミレスちゃんに少し話しただけですっかり悩みがすっかり無くなりました。本当に、今とっても心が晴れやかなんです!」
うーむ。こんなにも幸せそうなローズを見ると、二重の意味で嫉妬しちゃうなあ。
俺には出来なかった事……ローズを元気にしてくれた王女殿下にと、王女殿下と仲良くなったローズにと。そんな内容で二重の意味に嫉妬してしまう。
……でも、そうか。相談ねぇ…………俺も彼女に相談したら、仲良くなれるのかな。
そんな淡い期待を抱くも、彼女に相談を持ちかけるタイミングが全くと言っていい程無い。王女殿下は一日中ローズと一緒だし、それ以外の時はあの怖い騎士と怖い侍女が二人して鬼のような形相で王女殿下の後ろにいるから。
俺みたいなヘタレ野郎には、王女殿下に声をかける事すら出来なかったのだ。
「はぁ……どうするよ……あと数日もしたら即位式だし、それが終わったら王女殿下は帝都に帰っちゃうじゃんかぁ……」
深いため息を吐きながら、暗い廊下をとぼとぼ歩く。ここ数日悶々と悩み続けていてあまり眠れなくて。だから夜の散歩をしていた。
昔から暗い部屋に篭ってたから、夜目はきく方だ。一応廊下にも等間隔で明かりがあるし、魔石灯は持たずにぼーっとしていた。
その時、進行方向から灯りが近づいてくるのが分かった。
こんな時間に誰だろう、と目を凝らすと。
暗闇の中、キラキラと輝く白銀の髪が見えた。それを見て、俺は息を呑んだ。
「王女殿下。このような夜中にどうされましたか?」
まさかこんな時間に、こんな所で会えるなんて。
これって運命じゃないかな? なんてふざけた事は流石の俺でも考えない。夢見がちだけど、そこまで身の程知らずでもない。
「眠れなくて、ちょっと散歩してましたの。公子はどうされたんですか?」
えっ、同じだ……いや待て落ち着くんだ俺。こんな時間に散歩する理由なんて往々にしてそうだろう。
勘違いなんてするな、運命だなんて勘違いしちゃ駄目だぞ、俺。
「俺も似たようなものです。でもまさか、王女殿下にお会い出来るなんて思ってなかったので、嬉しいです」
と、伝えてから俺は意を決して王女殿下に提案する。
「せっかくこんな夜中に会ったんですから、立ち話もなんですし……場所を移して少し話でもしませんか?」
この時、緊張から凄くドキドキしていた。偶然にも怖い騎士や怖い侍女がいないこの機会、王女殿下との距離を縮めるには絶好の機会だろう!
王女殿下は「構いませんわよ」とにこやかに了承して下さった。ここからもほど近いし、談話室なら暖炉もあって丁度いいか。とそこに案内する。
談話室からすぐの所に厨房があるので、先に談話室に王女殿下を案内してから、俺は厨房で急いでホットミルクを作り、それを持って走って談話室まで戻った。
ホットミルクを受け取った王女殿下は、それに少し口をつけてから柔らかく頬を綻ばせて、
「温かくて美味しいですね」
と言ってくれた。
「昔からよくローズと一緒に飲んでいたもので……いわゆる秘伝の味? みたいなものなんです。王女殿下のお口にも合ったようで良かったです」
「へぇ、秘伝の味ですか……何が入ってるんだろう……」
よし掴みは上々だ! このまま王女殿下と少しでも仲良くなる。せめて顔見知りから知り合いぐらいまではランクアップしてみせるぞ!
王女殿下との共通の話題がローズの事しか思いつかず、とにかく俺はローズの話で場を繋いでいた。そんな中、俺はずっと気になっていた事を尋ねる事にした。
「ここ数日、ローズと何をしているんですか?」
ローズが、何気に全然教えてくれなかったからね。ならもう王女殿下に聞くしかない。
「ひ、み、つ、です♡」
はぁ? 何それ可愛い……可憐さの中に未成熟な艶やかさもあって、実に魅力的な不安定さを醸し出している。
え、急に何。もしかして気持ちがバレた上で弄ばれてる?
俺は王女殿下と会話しつつもその裏で悶々とする。
……普通さ、自分の事が好きだって分かってる相手とこんな風に二人きりになったりしないよね? 流石にバレてないよね、バレてないって信じよう。
無理に自分を納得させ、「……相談したい事があるんですが」とおもむろに切り出しては無理やり話題を変えた。
「ローズから、王女殿下に相談したら悩みが少し解決したって聞いて……つまらなくて、長い話ですけど大丈夫ですか?」
「勿論大丈夫ですよ。力になれるかは分かりませんが、愚痴の聞き役ぐらいにはなれるかと」
ありがとうございます、と告げて俺は口を切る。
「実は……俺は本来、公子だなんて呼ばれていい立場の人間じゃないんです。俺はディジェル領の人間としては不出来な人間…………血筋だけの人間、それが俺でして」
これは別に話さなくてもよかったんだけど、何せこの内容が後の相談に繋がるので……王女殿下に聞かせる話ではないと思いつつも、淡々と語った。
「ディジェル領の人間が妖精の祝福で強靭な肉体を持つ事はご存知ですよね」
「えぇ。実際に戦って、それは実感しました」
「この領地に生まれてくる人間は妖精の祝福で、強靭な肉体を持って生まれるのです。ですが……俺は違っていて」
こう話したところ、王女殿下がどういう事だとばかりに小首を傾げた。
可愛いなぁ…………と思いつつ、どうすればより簡単に俺の体の事を彼女に伝えられるかと悩んでいた時、視界の端に火かき棒を見つけた。
丁度いいなとそれを手に取り、袖を捲って露わになった腕に叩きつける。
熱が宿っていないだけマシだけど……うん、痛い。俺の体はごく普通のものだからちゃんと痛いなあ。
「なっ……! 何をしてるんですか公子!?」
「大丈夫ですよ、ただの打撲です。それにこれぐらいの怪我、ディジェル領の人間ならすぐ治りますから」
とは言ったものの。俺はディジェル領の人間でありながら、出来損ないの烙印を押された者。
治る筈の無い痣を不安げに凝視する王女殿下の表情が、みるみるうちに暗くなってゆく。彼女は、全然治らない俺の腕を訝しげに見ていた。
「……この怪我は治りませんよ。だって俺は、普通の人間ですから」
にこりと笑ってネタばらしをすると、王女殿下はハッと息を呑んだ。
「俺はテンディジェルの人間ですが……残念ながら、強靭な肉体も強力な自然治癒力も持ち合わせず生まれた、ディジェル領の出来損ないなんです」
俺はあくまでも明るく話す。王女殿下に余計な心配などをかけないようにと、平然と淡々と語り続ける。
「原因不明の半端者……それが、俺なんです。おかしな話ですよね。妹のローズはドジだから戦えないけど、その体はきちんとディジェル領の人間らしい強靭な肉体です。外から来た母さんはともかく、父さんも伯父様も強靭な肉体を持ってるんですが、俺だけは。何故か外の世界の人達と同じ平凡な肉体なんです」
何故か話が進むにつれて険しくなる王女殿下のお顔。何をそんなに深刻に考えていらっしゃるのか……やっぱりこんな話、急にされたから困っちゃったのかな。
確かに重い話だからなぁ。だから少しでも重く聞こえないよう明るく話してるんだけど……。
「まあ、だから俺は至って普通の人間……というか出来損ないの普通以下の人間でして。それなのに、ローズと一緒にいる為にと伯父様の仕事を手伝ってただけで周囲から秀才だとか持て囃されるようになって。それが理由で、噂だとフリードル殿下の側近候補だとかに選ばれてるらしいんです」
こんな面白くもない話を長々としていたのは、王女殿下に『相談』するにあたって、前提として俺の事を知っておいて貰おうと思ったからだ。
……決して、下心とかで俺の事を知って貰いたいという訳ではない。
キリッと顔を作っては、「ここで相談したい事がありまして」と更に続ける。
「フリードル殿下がお求めなのはきっと、強靭な肉体を持つディジェル領の民です。それなのに、多少記憶力がいいだけの出来損ないの俺が側近になるなんて畏れ多くて……いくら俺でも身の程は弁えてますし。なので王女殿下には是非とも、角の立たないお断りの方法について何か助言頂ければと……!」
俺はじっと王女殿下を見つめていた。
王女殿下はどこか驚いたような、困惑するような複雑な表情になっていた。どうしたんだろうか、そんなに難しい相談だったのかなこれ。
でもまぁ、王女殿下からすれば、実の兄の側近になりたくないからどう断ればいいか教えろ……って相談内容だもんな。そりゃあ困惑するよね。
申し訳無い思いのまま王女殿下の返答を待つ。彼女は、暫く間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「……どうしても兄様の側近になるのが嫌なら、兄様が口出し出来ない理由を作るのが一番でしょう。公子が大公になる──とか」
「俺が、大公に……ですか」
あー……やっぱりそれしかないのかな。一応、側近候補の噂を聞いた時に考えなかった訳ではないけど……フリードル殿下の妹の王女殿下までもがそう言うのなら、これしかやっぱり方法は無いのかな。
「はい。さしもの兄様でも、大公ともあろう存在を側近にする事は無いかと」
「成程、一応このまま順調に行けば、俺もいずれ大公になるらしいんですけど…………まあ、その。フリードル殿下の側近選びには間に合いませんし、そもそも俺みたいな出来損ないが大公になんて……」
大公位は世襲制なので、どれだけ俺が出来損ないでも俺はいずれ大公位に即位する事になるだろう。
原則として、大公位は“テンディジェルの男”が即位するもの。
現大公の伯父様が、三十年程前に立て続けに戦死したお爺様達に代わって大公になり、その次が伯父様の弟の父さん。父さんの息子は俺しかいないので、父さんの次は自動的に俺が即位する事になる。
そういう決まりだから、俺はどうせいつかは大公になる。でもそれはあくまでもまだ先の話であって……フリードル殿下の側近選びには間に合いそうにもない。
いっその事、父さんの即位式に乱入して代わりに即位しちゃう? ハハハハ、俺にそんな度胸があったらとっくに何か行動を起こしてるよねー……。
「えっと……アミレスちゃんから友達になろうって言って貰えて……そうだ、お兄様! あのねっ、私ね──」
ローズは随分とまあ、可愛い顔で輝く笑顔を作った。
「アミレスちゃんの事が、本気で好きになっちゃったんです」
「………………え?」
この時俺は、とても間抜けな顔をしていただろう。
ローズが……王女殿下を本気で好きになった? 本当に二人の間で何があったの?!
俺は、ローズが本気で誰かを好きになった事に驚き、その相手が王女殿下だという事に困惑していた。
えっと、その……つまりあれかな? ローズが俺の恋敵になる……って事? 何それ泥沼修羅場じゃん。
「アミレスちゃんがね、私達の居場所になるって言ってくれたんです。それが本当に嬉しくて、私、つい泣いちゃったんですよ……でも、そんな時もアミレスちゃんは優しく静かに寄り添ってくれて……あんなのもう、好きにならない方が無理がありますよぅ」
頬に手を当て、ローズは蕩けた顔で熱の篭ったため息を吐く。
ああ、これ本気だ。ローズの兄だから俺には分かる。これは本気なやつだ。
「ずっと思い悩んでいたのに、アミレスちゃんに少し話しただけですっかり悩みがすっかり無くなりました。本当に、今とっても心が晴れやかなんです!」
うーむ。こんなにも幸せそうなローズを見ると、二重の意味で嫉妬しちゃうなあ。
俺には出来なかった事……ローズを元気にしてくれた王女殿下にと、王女殿下と仲良くなったローズにと。そんな内容で二重の意味に嫉妬してしまう。
……でも、そうか。相談ねぇ…………俺も彼女に相談したら、仲良くなれるのかな。
そんな淡い期待を抱くも、彼女に相談を持ちかけるタイミングが全くと言っていい程無い。王女殿下は一日中ローズと一緒だし、それ以外の時はあの怖い騎士と怖い侍女が二人して鬼のような形相で王女殿下の後ろにいるから。
俺みたいなヘタレ野郎には、王女殿下に声をかける事すら出来なかったのだ。
「はぁ……どうするよ……あと数日もしたら即位式だし、それが終わったら王女殿下は帝都に帰っちゃうじゃんかぁ……」
深いため息を吐きながら、暗い廊下をとぼとぼ歩く。ここ数日悶々と悩み続けていてあまり眠れなくて。だから夜の散歩をしていた。
昔から暗い部屋に篭ってたから、夜目はきく方だ。一応廊下にも等間隔で明かりがあるし、魔石灯は持たずにぼーっとしていた。
その時、進行方向から灯りが近づいてくるのが分かった。
こんな時間に誰だろう、と目を凝らすと。
暗闇の中、キラキラと輝く白銀の髪が見えた。それを見て、俺は息を呑んだ。
「王女殿下。このような夜中にどうされましたか?」
まさかこんな時間に、こんな所で会えるなんて。
これって運命じゃないかな? なんてふざけた事は流石の俺でも考えない。夢見がちだけど、そこまで身の程知らずでもない。
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えっ、同じだ……いや待て落ち着くんだ俺。こんな時間に散歩する理由なんて往々にしてそうだろう。
勘違いなんてするな、運命だなんて勘違いしちゃ駄目だぞ、俺。
「俺も似たようなものです。でもまさか、王女殿下にお会い出来るなんて思ってなかったので、嬉しいです」
と、伝えてから俺は意を決して王女殿下に提案する。
「せっかくこんな夜中に会ったんですから、立ち話もなんですし……場所を移して少し話でもしませんか?」
この時、緊張から凄くドキドキしていた。偶然にも怖い騎士や怖い侍女がいないこの機会、王女殿下との距離を縮めるには絶好の機会だろう!
王女殿下は「構いませんわよ」とにこやかに了承して下さった。ここからもほど近いし、談話室なら暖炉もあって丁度いいか。とそこに案内する。
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「温かくて美味しいですね」
と言ってくれた。
「昔からよくローズと一緒に飲んでいたもので……いわゆる秘伝の味? みたいなものなんです。王女殿下のお口にも合ったようで良かったです」
「へぇ、秘伝の味ですか……何が入ってるんだろう……」
よし掴みは上々だ! このまま王女殿下と少しでも仲良くなる。せめて顔見知りから知り合いぐらいまではランクアップしてみせるぞ!
王女殿下との共通の話題がローズの事しか思いつかず、とにかく俺はローズの話で場を繋いでいた。そんな中、俺はずっと気になっていた事を尋ねる事にした。
「ここ数日、ローズと何をしているんですか?」
ローズが、何気に全然教えてくれなかったからね。ならもう王女殿下に聞くしかない。
「ひ、み、つ、です♡」
はぁ? 何それ可愛い……可憐さの中に未成熟な艶やかさもあって、実に魅力的な不安定さを醸し出している。
え、急に何。もしかして気持ちがバレた上で弄ばれてる?
俺は王女殿下と会話しつつもその裏で悶々とする。
……普通さ、自分の事が好きだって分かってる相手とこんな風に二人きりになったりしないよね? 流石にバレてないよね、バレてないって信じよう。
無理に自分を納得させ、「……相談したい事があるんですが」とおもむろに切り出しては無理やり話題を変えた。
「ローズから、王女殿下に相談したら悩みが少し解決したって聞いて……つまらなくて、長い話ですけど大丈夫ですか?」
「勿論大丈夫ですよ。力になれるかは分かりませんが、愚痴の聞き役ぐらいにはなれるかと」
ありがとうございます、と告げて俺は口を切る。
「実は……俺は本来、公子だなんて呼ばれていい立場の人間じゃないんです。俺はディジェル領の人間としては不出来な人間…………血筋だけの人間、それが俺でして」
これは別に話さなくてもよかったんだけど、何せこの内容が後の相談に繋がるので……王女殿下に聞かせる話ではないと思いつつも、淡々と語った。
「ディジェル領の人間が妖精の祝福で強靭な肉体を持つ事はご存知ですよね」
「えぇ。実際に戦って、それは実感しました」
「この領地に生まれてくる人間は妖精の祝福で、強靭な肉体を持って生まれるのです。ですが……俺は違っていて」
こう話したところ、王女殿下がどういう事だとばかりに小首を傾げた。
可愛いなぁ…………と思いつつ、どうすればより簡単に俺の体の事を彼女に伝えられるかと悩んでいた時、視界の端に火かき棒を見つけた。
丁度いいなとそれを手に取り、袖を捲って露わになった腕に叩きつける。
熱が宿っていないだけマシだけど……うん、痛い。俺の体はごく普通のものだからちゃんと痛いなあ。
「なっ……! 何をしてるんですか公子!?」
「大丈夫ですよ、ただの打撲です。それにこれぐらいの怪我、ディジェル領の人間ならすぐ治りますから」
とは言ったものの。俺はディジェル領の人間でありながら、出来損ないの烙印を押された者。
治る筈の無い痣を不安げに凝視する王女殿下の表情が、みるみるうちに暗くなってゆく。彼女は、全然治らない俺の腕を訝しげに見ていた。
「……この怪我は治りませんよ。だって俺は、普通の人間ですから」
にこりと笑ってネタばらしをすると、王女殿下はハッと息を呑んだ。
「俺はテンディジェルの人間ですが……残念ながら、強靭な肉体も強力な自然治癒力も持ち合わせず生まれた、ディジェル領の出来損ないなんです」
俺はあくまでも明るく話す。王女殿下に余計な心配などをかけないようにと、平然と淡々と語り続ける。
「原因不明の半端者……それが、俺なんです。おかしな話ですよね。妹のローズはドジだから戦えないけど、その体はきちんとディジェル領の人間らしい強靭な肉体です。外から来た母さんはともかく、父さんも伯父様も強靭な肉体を持ってるんですが、俺だけは。何故か外の世界の人達と同じ平凡な肉体なんです」
何故か話が進むにつれて険しくなる王女殿下のお顔。何をそんなに深刻に考えていらっしゃるのか……やっぱりこんな話、急にされたから困っちゃったのかな。
確かに重い話だからなぁ。だから少しでも重く聞こえないよう明るく話してるんだけど……。
「まあ、だから俺は至って普通の人間……というか出来損ないの普通以下の人間でして。それなのに、ローズと一緒にいる為にと伯父様の仕事を手伝ってただけで周囲から秀才だとか持て囃されるようになって。それが理由で、噂だとフリードル殿下の側近候補だとかに選ばれてるらしいんです」
こんな面白くもない話を長々としていたのは、王女殿下に『相談』するにあたって、前提として俺の事を知っておいて貰おうと思ったからだ。
……決して、下心とかで俺の事を知って貰いたいという訳ではない。
キリッと顔を作っては、「ここで相談したい事がありまして」と更に続ける。
「フリードル殿下がお求めなのはきっと、強靭な肉体を持つディジェル領の民です。それなのに、多少記憶力がいいだけの出来損ないの俺が側近になるなんて畏れ多くて……いくら俺でも身の程は弁えてますし。なので王女殿下には是非とも、角の立たないお断りの方法について何か助言頂ければと……!」
俺はじっと王女殿下を見つめていた。
王女殿下はどこか驚いたような、困惑するような複雑な表情になっていた。どうしたんだろうか、そんなに難しい相談だったのかなこれ。
でもまぁ、王女殿下からすれば、実の兄の側近になりたくないからどう断ればいいか教えろ……って相談内容だもんな。そりゃあ困惑するよね。
申し訳無い思いのまま王女殿下の返答を待つ。彼女は、暫く間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「……どうしても兄様の側近になるのが嫌なら、兄様が口出し出来ない理由を作るのが一番でしょう。公子が大公になる──とか」
「俺が、大公に……ですか」
あー……やっぱりそれしかないのかな。一応、側近候補の噂を聞いた時に考えなかった訳ではないけど……フリードル殿下の妹の王女殿下までもがそう言うのなら、これしかやっぱり方法は無いのかな。
「はい。さしもの兄様でも、大公ともあろう存在を側近にする事は無いかと」
「成程、一応このまま順調に行けば、俺もいずれ大公になるらしいんですけど…………まあ、その。フリードル殿下の側近選びには間に合いませんし、そもそも俺みたいな出来損ないが大公になんて……」
大公位は世襲制なので、どれだけ俺が出来損ないでも俺はいずれ大公位に即位する事になるだろう。
原則として、大公位は“テンディジェルの男”が即位するもの。
現大公の伯父様が、三十年程前に立て続けに戦死したお爺様達に代わって大公になり、その次が伯父様の弟の父さん。父さんの息子は俺しかいないので、父さんの次は自動的に俺が即位する事になる。
そういう決まりだから、俺はどうせいつかは大公になる。でもそれはあくまでもまだ先の話であって……フリードル殿下の側近選びには間に合いそうにもない。
いっその事、父さんの即位式に乱入して代わりに即位しちゃう? ハハハハ、俺にそんな度胸があったらとっくに何か行動を起こしてるよねー……。
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