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第三章・傾国の王女

267.鈍色の天才2

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「……──公子。貴方は自分が出来損ないだと、本当にそう思ってるのですか?」

 例えローズが不幸に遭わずとも彼が自信を持てるように、私はとにかく言葉をぶつける事にした。
 貴方自身が知らずとも、私は貴方の才能を知っているから。もしも貴方がある種のコンプレックスからその才能に気づけずにいるのなら、私が無理やりにでもそれに気づかせるまでだ。

「ええ、まぁ……ディジェル領の人間なら持ってて当然の肉体を持ってない、いわゆる異端者なので」
「もしかして、今までそうやって謗られて来たのですか?」
「そんな事は無いですよ。皆俺の体の事は分かってますから、わざわざそれを口にする事は無かったんです。ただ……『レオナード様は体が弱いんですから』って最初から何も期待されず、ただ失望され続けているだけで」

 ────は? 
 その時、私は言葉も出なかった。ここの領民はどれだけこの兄妹を蔑ろにすれば気が済むんだ?
 レオナードは天才だ。彼の才能が日の目を見ないなど国家の損失と言っても過言ではない程の天才だ。もしその代償で彼の体が平凡的なものだったのだとしても……それを補って余りある才能があるのに。
 何故、本来持つべきものを持たないというだけでレオナードが失望されなければならないの?
 そう領民への怒りが煮え立った瞬間。私はある事に気がついた。
 ……──アミレスと一緒だ。アミレスも、本来持つべきものを持たない所為で、不遇な扱いを受けてきた。
 家族から見放され、それでも認められようと努力すれば野蛮だなんだと罵られ、訳も分からず疎まれてきた。
 氷の魔力を持たず、水の魔力を持って生まれた事は特に後悔はしてないし、寧ろ感謝している。
 だから私はもうこの事は吹っ切れたけれど、レオナードはきっとまだ吹っ切れてないんだ。
 まだ、それを欠陥だと思っているんだ。
 ならば同じ境遇にある人間として、決してそんな事はないと教えてあげないと。お節介だなんだと言われても構わない。ここで彼にこれを伝えなければ絶対に後悔するから。

「公子、貴方はわたくしが帝都で出来損ないの野蛮王女と呼ばれている事はご存知ですか?」
「……え? 知らない……です。帝都では王女殿下ともあろう方が、そんな風に呼ばれているんですか!?」

 まるで相談を始めた時のレオナードのように、私は切り出した。王女らしく振る舞うのも忘れ、私自身の言葉として。

「はい。こちらはご存知かと思いますが、私は皇族でありながら氷の魔力ではなく水の魔力を持って生まれました。つまりは出来損ない、皇族の恥晒しなのです。公子は私をさも出来た人間のように語りますが……元々は、私も貴方が言うような出来損ないなんですよ」

 信じられない、とでも言いたげな顔ね。
 驚きから言い淀むレオナード。おずおずと、彼は口を開いた。

「……でも、王女殿下はあんなにも強くて、聡明で。出来損ないなんかじゃないですよ」
「そりゃあ、私は人生の半分以上の時間を努力に費やしましたから。家族に認められたくて、周りを見返したくて……例え野蛮だ偽善者だと罵られようとも、私自身の意思を曲げるような真似だけはしたくなかったので、とにかく努力の日々を過ごしてきたのです」
「努力…………」

 俯いて、レオナードはボソリと呟いた。

「それしか、私には出来なかったから。本来持つべきものを持たずに生まれ、冷遇されるのなら……そんなもの関係無いぐらい強くなって周りを黙らせてやろうと。私の事を容易に害せないようにしたんです。その結果が、野蛮王女という呼び名です。そんな私を、貴方は出来損ないだと思いますか?」
「……いいえ。とても、凄い方と思います」
「ありがとうございます。そう、例え元が出来損ないであったとしても本人の努力や才能次第でどうとでもなるのです。私がそのいい例でしょう」

 私はホットミルクの入っていたコップを机に置いて立ち上がり、レオナードの前で膝を折った。俯く彼の顔を覗き込む形で、私は更に続ける。

「いいですか、公子。貴方は出来損ないなどではありません。寧ろその逆、天才なのです。貴方が短所だと思っているそれは短所なのではなく、貴方の長所が突出しているが故の代償だったのです」

 とある日に私も師匠から言われた。『姫さんの魔力が水の魔力なのは、きっとその戦闘に関する才能が溢れてるから、強くなりすぎないようにっていうバランス調整なんすよ』って……これを聞いて、私は水の魔力と向き合えた。
 それが真実であろうが偽りであろうが関係無い。師匠がくれたあの言葉のお陰で、アミレスとして私は自身の欠陥と向き合い受け入れる事が出来たのだから。
 それを彼に告げ、師匠が私に他の誰にも負けないぐらいの才能があると教えてくれたように、更に彼に伝えたい。
 貴方自身もまだ知らない、その天賦の才能を!

「貴方には、世界中の誰もが羨み喉から手が出る程欲する強大な才能があります! 貴方は例え強靭な肉体が無くとも、その頭脳とその言葉だけで世界中の人間と渡り合えます。貴方に強靭な肉体が無いのは、出来損ないだからではなく不要だからなのです。貴方は、出来損ないなんかじゃないんですよ!!」

 勢いよく立ち上がり、彼の顔を両手で挟んで上を向かせた。
 目と目を合わせるならこうするしか無いと思って。こうすればきっと、レオナードも私の言葉を信じてくれると思った。そうやって、目を合わせて心に語りかけるように、私は強く言い切った。

「……で、も…………俺は、半端者で……何一つ、取り柄の無い男、で。貴女みたいな努力も、何も出来ない出来損ない、で…………っ」

 今にも泣き出しそうな揺らぐ瞳と震える声で、レオナードは言葉を紡ぐ。何だかその姿が、どうしたらいいのか分からないと泣く幼い子供に見えて……。
 彼の顔を挟んでいた両手を下ろして、彼を抱き締めた。レオナードの肩の上で、耳元に囁く。

「そんな事ないですよ。貴方は立派な人です。まだその才能に気がついていないだけで、出来損ないなんかじゃないんです」
「俺、俺に……本当に、そんな才能が、あるん……ですか」
「ありますとも。私が断言します、貴方は本当に才能に満ちた方ですよ。私の言葉が信じられませんか?」
「…………いえ。貴女に、そう言われたら……本当にそうなのかも、って思えてきました」

 レオナードから珍しく前向きな言葉が返って来た。もう安心かと思い、私は彼から離れる。

「ローズと過ごしていると、自然と公子の話になりまして……ローズから聞きましたよ。幼少期から大公の手伝いをして、ディジェル領の発展に貢献して来たと」
「えっ? 俺の話……?!」

 レオナードが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。ふふ、と軽く笑いながら私は頷いた。

「はい。ローズが『自慢のお兄様なんです!』と言って嬉しそうに色々と話してくれまして。公子は努力出来ないなんて言ってましたけど……子供ながらに領地に貢献するのは簡単な事じゃないですし、それって公子が沢山努力した証そのものでしょう? これまでのディジェル領の政策について伺う機会もありましたが、本当に公子の領地と領民への愛が伝わる内容でしたわ」

 レオナードがシスコンなように、ローズも中々のブラコンだった。そんなローズから世間話に聞かされたのはほとんどレオナードの事。
 ローズはレオナードがいかに領地と領民と愛し、貢献して来たかを熱弁していた。大人顔負けの政策がいくつも出来ているのだから、てっきりレオナードは初めから天才で才能も当然自覚しているものと思っていたのだけど……まさかの無自覚でその辣腕を奮っていたなんて。
 本当に驚いたわ。無自覚天才って恐ろしいわね……。

「ぇ、あ…………っ」

 金魚のように耳まで赤くして、レオナードはパクパクと口を動かしていた。
 何だろう、恥ずかしがってるのかな。まぁ確かに自分がやって来た事を突然褒められると照れちゃうものね。分かるわ、その気持ち。

「ぁあ~~~~~~~~っ! こんな風に褒められたの、初めてだってぇ……しかも王女殿下からとか…………!!」

 火が出そうな程真っ赤になった顔を両手で隠して、レオナードがもごもごと叫ぶ。
 暖炉の火に照らされて、顔どころか全身が赤く見えてしまって。ゲームでは、爽やかで頼れるお兄さんポジションだったから……なんだか思春期の男の子みたいな姿を見られてオタク心が疼く。
 この場にカイルがいたら絶対騒ぐ事だろうと、アンディザの強火オタクの事を想像しては笑い声がこぼれ落ちた。

「あ、あの……王女殿下。実は、お願いしたい事があるんですが……よろしいですか?」
「内容にもよりますが、構いませんよ」

 まだ火照る顔でレオナードはスーッ……と深呼吸をして、

「俺にも、ローズと同じように接してくれませんか? いつまでも王女殿下に敬語を使わせる訳にもいかないな……とここ数日間思っていたんです」

 キリッとした表情で言い放った。
 ローズは対等な女友達なんだが……つまりレオナードの事も対等な女友達として扱えと? え、女友達でいいの? 一緒にタピる感じの友達になりたい……って事?!
 まさかレオナードにそんな願望があったとは……ゲームのレオナードと目の前にいるレオナードは違うんだから、きっとそういう事もあるわよね、うん。

「……オーケイ分かったわ! それならレオって呼んでもいいかしら?」

 ここは王女としての度量を見せる場だと思った。なのでサムズアップして私はこれを快諾する。ローズと同じ接し方をお望みだったので、ローズ同様愛称で呼ぶ事にした。
 前世ではレオって呼んでたから、どうせならレオと呼びたいと思ったのだ。
 みるみるうちに輝くレオの表情。ああ、やっぱり兄妹だなぁ……ローズとそっくりじゃない。

「ありがとう……ございます。嬉しいです」

 眩しっ! 何この笑顔眩しい!! ローズのお兄ちゃんなんだからきっと歌も上手いよね……歌のおにいさんか何かかしらこの人。爽やかイケメンが過ぎるわ。
 ……当然だけど、ゲームの時とは違う笑顔ね。今思い返せば、ゲームの笑顔はとても機械的なものだったのだと思う。
 最愛の妹が死ななかったらこんな感じだったのね。やっぱりローズを死なせる訳にはいかないなぁ。何としてでも守らないと。

「じゃあ私の事も名前で……」

 性別に関係せず、友達が増えるのはいい事だ。
 アンディザのオタクとしてはレオとも仲良くなれるのは本当に嬉しい。と、思っていたら。

「あ、それはちょっと無理です。急に名前呼びとか難易度高いし……俺みたいなヘタレには無理…………!」
「何でぇ?!」

 急に真顔になったレオが何故か私の名前を呼ぶ事は拒否してくれやがった。
 友達になりたいって言ったのはそっちじゃないの! 何で名前呼びは駄目なのよ友達になーろーうーよー! お互いあだ名でよーぼーうーよー! その方が仲良くなーれーそーうーじゃーんーーっ!!
 頬に朱を射し視線を彷徨わせるレオを見て、何故か私が唇を尖らせる。
 これから数分後、アルベルトが阿修羅のような顔で談話室に入室し、「もう就寝時間ですよ」と言いながら私を抱き上げ寝室に強制送還。
 レオをその場に放置したままお別れとなってしまった。

「ねぇアルベルト。貴方、どんどん私を運ぶ手際が良くなってない?」
「お褒めに与り光栄です。目を離した隙に姿を消す主君がいるからでしょうか」

 というかアルベルトさん怒ってない? 何で? そんなに勝手に歩き回ったの駄目だった?
 まぁ、数日前に怒られたばっかりだし仕方無いか……。

「「はぁ…………」」

 寝室に向かう最中、私とアルベルトのため息は綺麗に重なった。
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