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第三章・傾国の王女

264.私は理想に恋をした。

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「私だって同じです。ああそうだ、この際折角なんですから友達になりましょう、友達! 恥ずかしながら、こんな身分で対等な女友達というものがいなくて。憧れてたんです、対等な女友達というものに」
「とっ…………友達ですか……!?」

 お友達! 王女殿下と!! そう気分が高揚するのも束の間、そんなの畏れ多いと私は戸惑う。

「で、でも……お相手は王女殿下ですし……」

 王女殿下のお友達になりたい私と、そんなの半端者には畏れ多いとお断りしたい私がせめぎ合う中、私がボソリと呟くと。

「私は確かに王女ですけれど、同時に公女は歳上でしょう? つまりプラマイゼロですわ!」
「プラマイゼロ……」

 王女殿下の小さく桃色に彩られる口元から、予想だにしなかった言葉が出てきた。偏見でしかないのだけど、プラマイゼロなんて言葉、大雑把な人しか使わないと思っていた。
 実は私が思っていたより、プラマイゼロという言葉は格式高い言葉だったのかもしれない。
 なんて少し考え事をしていると、

「……こんなふざけた事を言ってでも、貴女と友達になりたかったのです。駄目、ですか?」

 王女殿下は上目遣いで小首を傾げた。
 かっっ、かわぃぃい~~~~~~~~!!
 何これ、なにこれぇ! 王女殿下、こんなに可愛いのにいつもはあんなにかっこよくて綺麗なんてずるいよ! 完璧だよ最強だよ!!
 いわゆる『萌え』というものへの胸の高鳴り。この時、王女殿下が凄く可愛くて、その可愛さのあまり声にならない黄色い叫び声が出そうになった。

「~~~~っ! は、はぃっ! 喜んで!!」

 心臓があまりにも強く鼓動するものだから、私はほとんど何も考えずに答えてしまった。すると王女殿下はホッとしたように胸を撫で下ろして、

「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいわ。私の事は是非とも名前で呼んでちょうだいね?」

 ニコリと笑窪を作っていた。
 ……………………なまえ? 名前って、王女殿下の、お名前? それを私が……私が!?
 ギョッと王女殿下を見ると、期待に満ちたキラキラとした目で私を見つめてくる。でもどうしてか、この期待は不快ではない。

「あ、ああ……アミレス、様」

 悩んだ末に何とかそのお名前を口にする。しかし、

「友達に様なんてつけるの?」

 王女殿下は少し拗ねたように頬を膨らませた。
 仕草の一つ一つが尊い……王女殿下が尊いわ!

「うぅ……アミレス、さん」
「他人行儀じゃない?」

 まだ駄目なの?! で、でもこれ以上の呼び方なんてそんな…………。

「アミレス、ちゃん」

 呼び捨てなんて言語道断。ならばもうこれしかないと、緊張からドキドキする。
 すると王女殿下──……アミレスちゃんは嬉しそうに笑った。

「じゃあそれでこれからはよろしくね、公女……って友達なのに公女って呼ぶのはおかしいわ、何とお呼びしたらいいかしら?」

 これはもしや私の事を名前で呼んでもらうチャンス! アミレスちゃんは私の事もお兄様の事も、公女や公子と呼ぶ。
 せっかく光栄にも友達にならせてもらったんだもの、ここは勇気を出して名前で呼んで下さいと──、愛称で呼んでほしいと伝えるんだ!

「それなら、あの。ローズって呼んでほしいです」

 きゃー! 言っちゃった!

「公子が貴女の事をそう呼んでたわね。いいの? 私もそう呼んでしまって」
「はい! 寧ろそう呼んでほしいです!」
「分かったわ、ローズって呼ばせてもらうね。これから友達として仲良くしましょう、ローズ!」
「……っ! はい……じゃあなかった、うん! よろしくね、アミレスちゃん」

 アミレスちゃんにローズって呼んでもらえた。
 今まで家族にしか呼ばれた事のなかった愛称……友達なんて全然いなくて、呼んでもらいたいと思う相手もいなかったから、家族以外にこう呼ばれたのは初めてだ。
 ああ……嬉しいなぁ。心がポカポカとする。好きな人に名前を呼んでもらえるのって、こんなにも嬉しいんだなぁ。
 これまでたくさんの物語を読んで来たけれど、物語に書いてあった通りだ。好きな人に微笑みかけられたり、名前を呼んでもらえたり……そんな些細な事が全て愛おしくて。
 一目惚れで始まったこの初恋は一生モノの宝物になる。
 そんな、漠然とした確信があった。

 嬉しい気持ちのまま、アミレスちゃんと世間話に興じる。
 なんと、アミレスちゃんも『赤バラのおうじさま』を知っていたのだ! 好きな人と好きな作品が一緒でついつい舞い上がってしまい、私は興奮から早口で捲し立ててしまった。
 途中でお兄様の『ローズは興奮するとちょっと周りが見えなくなるからなぁ』という言葉を思い出して、ハッと我に返る。
 は、恥ずかしい……アミレスちゃん相手にやらかしてしまうなんて……っ!
 顔に熱が昇る。気持ち悪いとか思われてないかな? ウザがられちゃったかなぁ……? と不安になるも、アミレスちゃんは凄く楽しそうに微笑むばかり。私が早口で捲し立てるとだいたい皆引き気味に苦笑いするのに、アミレスちゃんは楽しそうに私の話を聞いてくれた。
 こんなの好きになるしかないじゃないっ!!

「ねぇ、ローズ。ちょっと聞きたい事があるのだけど……」
「なあに?」

 暫く休み無しで語り合って少し疲れたからと小休止を挟んだ時、アミレスちゃんがおもむろに切り出した。その問いかけが、私を緊張状態へと引き連れてゆく。

「街の人達が貴女の事を歌姫って呼んでたけど、あれはなんだったの?」
「っ!」

 アミレスちゃんの疑問はもっともだ。だって街であんなにも歌姫だなんだと言われたら、彼女だって気になるだろう。
 果たして、素直に話すべきなのかな……私が半端者の歌姫で、今はもう何も出来ない約立たずだって事を話して……アミレスちゃんに失望されたらどうしよう。
 でも彼女に嘘はつきたくないし、隠し事もしたくない。
 失望されてもいい。アミレスちゃんに対して不誠実であるぐらいなら、私は失望される方を選ぶ。
 意を決して、私は長くなりそうな自分語りを始めた。
 私が情けない話をしている間も、相変わらずアミレスちゃんはとっても真面目に話を聞いてくれた。その表情に、度々憤りや悔しさが滲んでいて……それを見る度に私は少しばかり溜飲が下がる思いだった。
 そうやって、歌姫わたしの話を終えた。するとアミレスちゃんが意を決したように顔を上げて、

「ねぇ、ローズ。私と一緒に帝都に行かない?」

 驚くべき言葉を口にした。
 それに私は、……え? と素っ頓狂な声を漏らしてしまう。そんな私に向けて、アミレスちゃんは真剣な面持ちで更に続ける。

「ここにいたら歌う事を強要されて、貴女が歌いたい歌を好きなように歌えないのでしょう? それなら帝都に来たらいいよ」
「でも、私達は、ディジェル人だから。外の人達から倦厭されてるって、お兄様も言ってたよ。外にも私達の居場所は無いって……」

 ありがたい提案だった。夢にも見なかった提案だった。でも、駄目なのだ。私達はどこにも居場所は無いから。
 それでもアミレスちゃんからそんな言葉を聞けただけで本当に嬉しかった。外に居場所が無いと自分で口にして、自分で勝手にショックを受けているんだけど……アミレスちゃんの言葉でそれが和らぐ。
 俯きながら呑気にそんな事を考えていた時──暗雲の立ち込める私の世界に、希望のごとき光が射し込んだ。

「居場所が無いのなら、私が外での貴女達の居場所になる。他の誰にも絶対に文句は言わせないし、貴女達の事を守り抜いてみせる。だから、私の所においで。アミレス・ヘル・フォーロイトの名にかけて……私の傍を、貴女が一番貴女らしくいられる場所にしてみせるわ」

 まるで、物語のクライマックスのようだった。ああでも、間違いなく今この時が私の人生の最高潮クライマックスだと確信出来る。
 私よりも幼くて、小さなお姫様が──……お姫様を窮地から救い出す王子様のように手を差し伸べてくれた。
 私達を守ると、救うと言ってくれた。お兄様はともかく、半端者で毒にも薬にもならない私に……アミレスちゃんは優しく『私の所においで』と言ってくれた。
 私が一番私らしくいられる場所になると……彼女にとって何の得も無い事まで誓ってくれた。
 もう、苦しまなくていいんだ。処刑執行を待つ死刑囚のように、ただただ終わりを待たなくてもいいんだ。
 これから先も、お兄様と一緒に、生きてていいんだ…………っ!

「あり、がと……っ! まもる、とか……いば、しょになるなんて、はじめて……いわれた……っ!!」

 目頭が熱くなる。嗚咽混じりの言葉と一緒に、ぐちゃぐちゃの感情が溢れ出した。
 アミレスちゃんは突然泣き出した私に少し驚きつつも、すぐ横に移動して来てハンカチーフを貸してくれた。そして、私が落ち着くまでずっと隣で寄り添ってくれた。
 ……ああ、だめだ。私、もう──。
 涙が落ち着いて来た頃合で、私はギュッと胸が締め付けられたような感傷に浸る。その時、トクン、トクン…………と静かにされど熱く鼓動する胸の音を耳に覚えた。
 とっても優しくて、とっても可愛くて、とってもかっこよくて、とっても綺麗で、とっても温かい人。
 理想あこがれだから一目惚れした。ずっと夢見ていた物語の主人公みたいな、幻想的な遠い遠い世界の人だから好きになった。
 暗い暗い夜の世界で人々を導き照らすお星様みたいな、決して手の届かない人。
 こんなのは決して叶わないものだから、抱いてはいけないものだって分かっているのに。お兄様の応援をするって決めたのに。

 ……──すき。好き。大好き。

 私は、彼女に本気で恋をしてしまった。
 今も隣で優しく微笑みかけてくれている、心優しい女の子。例え歌えなくても、半端者だったとしても私の事を受け入れてくれるこの女の子に、私は恋をしてしまった。
 お兄様を応援し、手伝おうと思っていたけれど……駄目だ、そんなの出来ない。私だってアミレスちゃんの事が好きだから。例えお兄様相手でもこの想いだけは譲れない!
 例え手の届かないお星様みたいな人でも、私は、手を伸ばさずにはいられなかった。
 どうにかしてこの一等星を掴みたい。例えそれが叶わずとも……せめて、せめてその傍に在りたい。
 そんな強い初恋おもいに支配される。
 だからごめんね、お兄様。
 私は、これからアミレスちゃんの傍にいられるよう頑張るね。でもそれはお兄様の為じゃなくて私自身の為になっちゃうかもしれない。
 こんないつまでも迷惑ばかりで自分勝手なわたしを、許して下さい。

 …………大好きなアミレスちゃんと過ごせる時間は、例えお兄様と言えども簡単には譲れないわ!
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