上 下
300 / 765
第三章・傾国の王女

264.私は理想に恋をした。

しおりを挟む
「私だって同じです。ああそうだ、この際折角なんですから友達になりましょう、友達! 恥ずかしながら、こんな身分で対等な女友達というものがいなくて。憧れてたんです、対等な女友達というものに」
「とっ…………友達ですか……!?」

 お友達! 王女殿下と!! そう気分が高揚するのも束の間、そんなの畏れ多いと私は戸惑う。

「で、でも……お相手は王女殿下ですし……」

 王女殿下のお友達になりたい私と、そんなの半端者には畏れ多いとお断りしたい私がせめぎ合う中、私がボソリと呟くと。

「私は確かに王女ですけれど、同時に公女は歳上でしょう? つまりプラマイゼロですわ!」
「プラマイゼロ……」

 王女殿下の小さく桃色に彩られる口元から、予想だにしなかった言葉が出てきた。偏見でしかないのだけど、プラマイゼロなんて言葉、大雑把な人しか使わないと思っていた。
 実は私が思っていたより、プラマイゼロという言葉は格式高い言葉だったのかもしれない。
 なんて少し考え事をしていると、

「……こんなふざけた事を言ってでも、貴女と友達になりたかったのです。駄目、ですか?」

 王女殿下は上目遣いで小首を傾げた。
 かっっ、かわぃぃい~~~~~~~~!!
 何これ、なにこれぇ! 王女殿下、こんなに可愛いのにいつもはあんなにかっこよくて綺麗なんてずるいよ! 完璧だよ最強だよ!!
 いわゆる『萌え』というものへの胸の高鳴り。この時、王女殿下が凄く可愛くて、その可愛さのあまり声にならない黄色い叫び声が出そうになった。

「~~~~っ! は、はぃっ! 喜んで!!」

 心臓があまりにも強く鼓動するものだから、私はほとんど何も考えずに答えてしまった。すると王女殿下はホッとしたように胸を撫で下ろして、

「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいわ。私の事は是非とも名前で呼んでちょうだいね?」

 ニコリと笑窪を作っていた。
 ……………………なまえ? 名前って、王女殿下の、お名前? それを私が……私が!?
 ギョッと王女殿下を見ると、期待に満ちたキラキラとした目で私を見つめてくる。でもどうしてか、この期待は不快ではない。

「あ、ああ……アミレス、様」

 悩んだ末に何とかそのお名前を口にする。しかし、

「友達に様なんてつけるの?」

 王女殿下は少し拗ねたように頬を膨らませた。
 仕草の一つ一つが尊い……王女殿下が尊いわ!

「うぅ……アミレス、さん」
「他人行儀じゃない?」

 まだ駄目なの?! で、でもこれ以上の呼び方なんてそんな…………。

「アミレス、ちゃん」

 呼び捨てなんて言語道断。ならばもうこれしかないと、緊張からドキドキする。
 すると王女殿下──……アミレスちゃんは嬉しそうに笑った。

「じゃあそれでこれからはよろしくね、公女……って友達なのに公女って呼ぶのはおかしいわ、何とお呼びしたらいいかしら?」

 これはもしや私の事を名前で呼んでもらうチャンス! アミレスちゃんは私の事もお兄様の事も、公女や公子と呼ぶ。
 せっかく光栄にも友達にならせてもらったんだもの、ここは勇気を出して名前で呼んで下さいと──、愛称で呼んでほしいと伝えるんだ!

「それなら、あの。ローズって呼んでほしいです」

 きゃー! 言っちゃった!

「公子が貴女の事をそう呼んでたわね。いいの? 私もそう呼んでしまって」
「はい! 寧ろそう呼んでほしいです!」
「分かったわ、ローズって呼ばせてもらうね。これから友達として仲良くしましょう、ローズ!」
「……っ! はい……じゃあなかった、うん! よろしくね、アミレスちゃん」

 アミレスちゃんにローズって呼んでもらえた。
 今まで家族にしか呼ばれた事のなかった愛称……友達なんて全然いなくて、呼んでもらいたいと思う相手もいなかったから、家族以外にこう呼ばれたのは初めてだ。
 ああ……嬉しいなぁ。心がポカポカとする。好きな人に名前を呼んでもらえるのって、こんなにも嬉しいんだなぁ。
 これまでたくさんの物語を読んで来たけれど、物語に書いてあった通りだ。好きな人に微笑みかけられたり、名前を呼んでもらえたり……そんな些細な事が全て愛おしくて。
 一目惚れで始まったこの初恋は一生モノの宝物になる。
 そんな、漠然とした確信があった。

 嬉しい気持ちのまま、アミレスちゃんと世間話に興じる。
 なんと、アミレスちゃんも『赤バラのおうじさま』を知っていたのだ! 好きな人と好きな作品が一緒でついつい舞い上がってしまい、私は興奮から早口で捲し立ててしまった。
 途中でお兄様の『ローズは興奮するとちょっと周りが見えなくなるからなぁ』という言葉を思い出して、ハッと我に返る。
 は、恥ずかしい……アミレスちゃん相手にやらかしてしまうなんて……っ!
 顔に熱が昇る。気持ち悪いとか思われてないかな? ウザがられちゃったかなぁ……? と不安になるも、アミレスちゃんは凄く楽しそうに微笑むばかり。私が早口で捲し立てるとだいたい皆引き気味に苦笑いするのに、アミレスちゃんは楽しそうに私の話を聞いてくれた。
 こんなの好きになるしかないじゃないっ!!

「ねぇ、ローズ。ちょっと聞きたい事があるのだけど……」
「なあに?」

 暫く休み無しで語り合って少し疲れたからと小休止を挟んだ時、アミレスちゃんがおもむろに切り出した。その問いかけが、私を緊張状態へと引き連れてゆく。

「街の人達が貴女の事を歌姫って呼んでたけど、あれはなんだったの?」
「っ!」

 アミレスちゃんの疑問はもっともだ。だって街であんなにも歌姫だなんだと言われたら、彼女だって気になるだろう。
 果たして、素直に話すべきなのかな……私が半端者の歌姫で、今はもう何も出来ない約立たずだって事を話して……アミレスちゃんに失望されたらどうしよう。
 でも彼女に嘘はつきたくないし、隠し事もしたくない。
 失望されてもいい。アミレスちゃんに対して不誠実であるぐらいなら、私は失望される方を選ぶ。
 意を決して、私は長くなりそうな自分語りを始めた。
 私が情けない話をしている間も、相変わらずアミレスちゃんはとっても真面目に話を聞いてくれた。その表情に、度々憤りや悔しさが滲んでいて……それを見る度に私は少しばかり溜飲が下がる思いだった。
 そうやって、歌姫わたしの話を終えた。するとアミレスちゃんが意を決したように顔を上げて、

「ねぇ、ローズ。私と一緒に帝都に行かない?」

 驚くべき言葉を口にした。
 それに私は、……え? と素っ頓狂な声を漏らしてしまう。そんな私に向けて、アミレスちゃんは真剣な面持ちで更に続ける。

「ここにいたら歌う事を強要されて、貴女が歌いたい歌を好きなように歌えないのでしょう? それなら帝都に来たらいいよ」
「でも、私達は、ディジェル人だから。外の人達から倦厭されてるって、お兄様も言ってたよ。外にも私達の居場所は無いって……」

 ありがたい提案だった。夢にも見なかった提案だった。でも、駄目なのだ。私達はどこにも居場所は無いから。
 それでもアミレスちゃんからそんな言葉を聞けただけで本当に嬉しかった。外に居場所が無いと自分で口にして、自分で勝手にショックを受けているんだけど……アミレスちゃんの言葉でそれが和らぐ。
 俯きながら呑気にそんな事を考えていた時──暗雲の立ち込める私の世界に、希望のごとき光が射し込んだ。

「居場所が無いのなら、私が外での貴女達の居場所になる。他の誰にも絶対に文句は言わせないし、貴女達の事を守り抜いてみせる。だから、私の所においで。アミレス・ヘル・フォーロイトの名にかけて……私の傍を、貴女が一番貴女らしくいられる場所にしてみせるわ」

 まるで、物語のクライマックスのようだった。ああでも、間違いなく今この時が私の人生の最高潮クライマックスだと確信出来る。
 私よりも幼くて、小さなお姫様が──……お姫様を窮地から救い出す王子様のように手を差し伸べてくれた。
 私達を守ると、救うと言ってくれた。お兄様はともかく、半端者で毒にも薬にもならない私に……アミレスちゃんは優しく『私の所においで』と言ってくれた。
 私が一番私らしくいられる場所になると……彼女にとって何の得も無い事まで誓ってくれた。
 もう、苦しまなくていいんだ。処刑執行を待つ死刑囚のように、ただただ終わりを待たなくてもいいんだ。
 これから先も、お兄様と一緒に、生きてていいんだ…………っ!

「あり、がと……っ! まもる、とか……いば、しょになるなんて、はじめて……いわれた……っ!!」

 目頭が熱くなる。嗚咽混じりの言葉と一緒に、ぐちゃぐちゃの感情が溢れ出した。
 アミレスちゃんは突然泣き出した私に少し驚きつつも、すぐ横に移動して来てハンカチーフを貸してくれた。そして、私が落ち着くまでずっと隣で寄り添ってくれた。
 ……ああ、だめだ。私、もう──。
 涙が落ち着いて来た頃合で、私はギュッと胸が締め付けられたような感傷に浸る。その時、トクン、トクン…………と静かにされど熱く鼓動する胸の音を耳に覚えた。
 とっても優しくて、とっても可愛くて、とってもかっこよくて、とっても綺麗で、とっても温かい人。
 理想あこがれだから一目惚れした。ずっと夢見ていた物語の主人公みたいな、幻想的な遠い遠い世界の人だから好きになった。
 暗い暗い夜の世界で人々を導き照らすお星様みたいな、決して手の届かない人。
 こんなのは決して叶わないものだから、抱いてはいけないものだって分かっているのに。お兄様の応援をするって決めたのに。

 ……──すき。好き。大好き。

 私は、彼女に本気で恋をしてしまった。
 今も隣で優しく微笑みかけてくれている、心優しい女の子。例え歌えなくても、半端者だったとしても私の事を受け入れてくれるこの女の子に、私は恋をしてしまった。
 お兄様を応援し、手伝おうと思っていたけれど……駄目だ、そんなの出来ない。私だってアミレスちゃんの事が好きだから。例えお兄様相手でもこの想いだけは譲れない!
 例え手の届かないお星様みたいな人でも、私は、手を伸ばさずにはいられなかった。
 どうにかしてこの一等星を掴みたい。例えそれが叶わずとも……せめて、せめてその傍に在りたい。
 そんな強い初恋おもいに支配される。
 だからごめんね、お兄様。
 私は、これからアミレスちゃんの傍にいられるよう頑張るね。でもそれはお兄様の為じゃなくて私自身の為になっちゃうかもしれない。
 こんないつまでも迷惑ばかりで自分勝手なわたしを、許して下さい。

 …………大好きなアミレスちゃんと過ごせる時間は、例えお兄様と言えども簡単には譲れないわ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

処理中です...