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第三章・傾国の王女

263.私は理想に夢を見た。

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「短い間ではあるけれど、よろしくお願いします。それと……お久しぶりですね、公子。お元気でしたか?」
「っぇえ!? お、俺の事、覚え……て……?!」
「……? はい。勿論」
「あ、ありがとうございます光栄です!!」

 少し勝ち誇った気分でにんまりとしていた私。しかし、なんと王女殿下はたった一度会っただけのお兄様の事を覚えていたみたいなのだ!
 確かにお兄様は世界で一番かっこいいお兄様だけど……でもほんの数分話しただけの相手を、お忙しい王女殿下が覚えているなんて。
 恋する乙女のように喜びはにかむお兄様の横顔を見て、私は複雑な気持ちになった。大好きなお兄様の初恋を応援したい気持ちもあるんだけど、でも、私にとってもこれが初恋かもしれないから……。
 そうは思っていても、私は女だしそもそも存在意義を失ったお先真っ暗な存在だ。ならば大人しく身を引いて、大事な大事な宝物としてこの初恋は胸の奥にそっと閉じ込めよう。
 ……とは決めたものの。

「お兄様っ! 何ですか、何なのですかあの方は! 本当に私達の理想そのものっ、というか小説の中からそのまま出てきたようなお姫様は!!」
「だから言っただろう、きっとローズも一目惚れするって。本当に俺達の理想と完全に一致するよね……俺も、初めて見た時なんかもう、言葉を完全に失ってただただ見蕩れていたからな」

 私は興奮冷めやらぬまま、お兄様に向けて捲し立てた。
 王女殿下の前ではずっと我慢していた感想を、身振り手振りお兄様に伝える。私とそっくりな感性のお兄様は私の言葉に激しく同意してくれていた。
 きゃー! と、普段お兄様が街の女性達に向けられるような黄色い叫び声を上げて、私はお兄様と二人で王女殿下の事を語っていた。
 その後、王女殿下がうちの騎士団の団長達と戦って、なんと勝ってしまった。本当に妖精のお姫様とかなんじゃないかなって思うような、まさに風の姿だった。
 大胆不敵に笑う姿はまさに英傑。長髪とドレスをふわりと舞わせて戦う姿はまさに東方の御伽噺。『剣舞の姫』という小説の主人公が現実にいたら、きっとこんな感じなんだろうなあ。と思わず妄想する。
 ──ここで私は決めた。何があっても絶対に王女殿下とお近づきになる! そしてあわよくばお兄様を見初めて貰って、私は王女殿下の妹になるんだ!
 私の初恋は暴走した。理想が煌めき増大し、それは初恋という名分を得て暴れ馬のように手綱を握れなくなった。

 晩餐の時なんかは食事が手につかなかった。何せずっと王女殿下を眺めていたから。
 だって仕方無いでしょ~! 王女殿下ったら食事をする姿まで本当に美しいんだもの!
 王女殿下だけもはや別世界の美しさで……神話を描いた絵画かな? とお兄様と小声で話していた程。
 その翌日も更に翌日も、私は王女殿下と関わりたい一心で行動を共にした。勿論、お兄様も一緒に。
 街や名所の案内を頑張り、何とか王女殿下にお兄様の事を少しでも知って欲しいと思い、さりげなくお兄様の事もアピールしてみた。
 王女殿下の私達兄妹への態度はとても好意的だった。王女殿下は私達の話をニコニコと聞いてくれていた。私達兄妹が話していると、慈愛に満ちた目で見守っているみたいだった。
 皇太子殿下は常に無表情で、でも不機嫌な事は分かりやすい人だったから……王女殿下が相当演技力に富んだ人でなければ、多分、あの好意的な態度は嘘ではないのだと思う。
 つまり脈アリって事だ! お兄様はとってもかっこよくて頭もいい。テンディジェルの天才児だから、きっと王女殿下のお役にも立てる。
 何よりお兄様は一途だから、相手を裏切るような真似はしない。だから王女殿下にももっと気に入って貰える事でしょう!

 ……ただ少し不安なのが、王女殿下の護衛騎士の方。
 初日の騎士団との戦いでその実力を示し、そしてあの切れ長の瞳が特徴的な端正な顔立ち。街や名所の観光をしている時も、強い男性を好む領民の女性達から彼は大人気だった。
 この領の人達は、妖精の祝福の影響か強い人や美しい人に惹かれやすい。だからお兄様も私もかなりの人気で、昔から求婚が絶えなかった。
 でも私はその全てを断っていた。当然だよね。お兄様は私のお兄様だし……それに、私達の事を腫れ物のように扱う領民と結婚したいなんて思わない。
 だから全て断って来たが、しかし領民は強気で肉食、積極的な人が多い。歌う時以外はほとんど城から出ない私とは違い、伯父様の手伝いで出掛ける時が多いお兄様は度々領民の女性に既成事実目当てで襲われた。
 いくらお兄様がかっこいいからってほんっと嫌になっちゃう! 結婚は愛する人とするものなのに、そんな既成事実で無理やり縛るようなやり方を取るなんて!
 そう思っては、だからうちの領民は野蛮だって言われるのよ。と性根の悪い私は心の中でボヤいていた。
何だか凄く話が逸れてしまったけど、とにかくうちの領民は本当に面食いで手が早い。

 初日の戦い以降、とにかく注目の的な王女殿下達。流石の領民も王女殿下相手に間違いを起こすつもりはないみたいなんだけど、その侍女と護衛騎士は違った。
 領民の男性達は黒髪美人の侍女の方に、領民の女性達は端正な顔立ちの護衛騎士に、それぞれ熱い視線を向けるようになっていた。
 普通の男性なら、あんなにも分かりやすい好意を向けられると鼻の下を伸ばす事だろう。しかし護衛騎士の方はあれだけの黄色い歓声と熱視線を全て無視。
 妖精の祝福の影響か整った顔立ちの人が多い領民達には目もくれず、護衛騎士の方はずっと王女殿下を見ていた。
 あれは黒だ。真っ黒だ。私の乙女心がそう言っている。どう考えてもあの護衛騎士の方は王女殿下以外に興味が無い。つまり──お兄様の恋敵ライバルだ!
 気難しそうな侍女の方も護衛騎士の方同様、ずっと王女殿下の事だけを気にしていたようだった。ただこちらは、領民の男性達から近寄られたりした時には殺意を隠そうともせず、鋭く『こっち見るなクソ共が』と言わんばかりの睨みをきかせ、雄々しい領民達を一瞬で黙らせていた。
 何かあったの? と王女殿下が侍女の方に尋ねると、侍女の方は何事も無かったようにニコリと微笑み「虫けらが湧いておりまして……」と返事した。
 怖い。そしてこちらも確実に真っ黒だ。私の乙女心がそう言っている。つまりこの方も──お兄様の恋敵ライバルだ!

 困ったものだ。お兄様はとっても魅力的でかっこいいのだけど、恋敵が強大だ。果たしてお兄様が彼等を超える事が出来るのか……と思い悩んでいる時。
 そんな考えは否応なしに一気に吹き飛ばされた。

「ローズニカ様! 次はいつ頃にお歌を聞かせてくださるのですか?」
「ローズニカ様ー! 可愛いー!」
「また歌を聞かせてください!」
「我等が歌姫、ローズニカ様!」

 高齢な方々や幼い子供。王女殿下達に色目を使わない人達が、私の姿を見てわぁっ、と湧き上がるような期待を込めた目でこちらを見てくる。
 やめて、そんな目で私を見ないで。期待なんてしないで、私を信じないで!
 もう無理なの、もう嫌なの。私は皆の期待に応えられない。皆の信頼に応えられないの。
 だからお願い、そんな風に歌姫わたしを呼ばないで──。
 その後、私はどうにも上手く喋る事が出来ず、王女殿下のお相手はお兄様に任せてずっと黙り込んでいた。午後は天気が荒れるからと早めに城に戻り、王女殿下とお別れしてすぐに自室に向かい、ベッドに倒れ込んだ。
 ……さいあくだなぁ。王女殿下の前であんな惨めな姿を見せちゃった。私の所為でお兄様への心象も悪くなっちゃったらどうしよう。お兄様の足を引っ張ってしまったらどうしよう。
 そんな情けない後悔を繰り返していると、

「ローズニカ様、お客様が……」
「お客様?」

 侍女が来客を報せた。ゆっくりと体を起こしながら誰が来たのかと聞き返すと。

「王女殿下が、ローズニカ様に用事があると」

 侍女が思いもよらない名前を挙げた。
 何で、どうして王女殿下が私の部屋に!?
 その瞬間私は飛び起きて、侍女と共に大慌てで準備を始めた。ベッドでごろごろしていたから私の髪はボサボサで、ドレスも皺になっている。
 ドレスを着替え、時間が無いので簡単に身嗜みを整えて深呼吸をする。私はドキドキと鼓動するそれを何とか落ち着かせながら扉を開き、王女殿下を部屋に招き入れた。

「まさか、こんな風に王女殿下と二人きりでお話しできるなんて思いもしませんでした。夢のようです」

 向かいに座る王女殿下を前に、夢心地だと心境をこぼす。すると王女殿下はとても柔らかく微笑んで、

わたくしも、公女とお話しできて嬉しいですわ」

 また胸がきゅんっと高鳴る言葉を私にくれた。
 ここで私はささやかな願望を抱いた。王女殿下に、名前で呼んで欲しい。今みたいな他人行儀な感じではなく、もっと親しく接してほしいと。

「……あの、王女殿下。私は王女殿下よりも身分が低いので、どうか侍女の方にしているように接して下さい。私は……王女殿下に畏まられるような人間でもないので」
「うーん……分かりました。じゃなくて、分かったわ。その代わり、公女も私には敬語をやめて下さいね?」
「えっ! そ、そんな。私、普段から家族にも敬語なんですよぅ……?」

 予想外の言葉に、私はおろおろとしてしまった。
 まさか王女殿下から敬語をやめろと言われるなんて……王女殿下からの申し出だからちゃんとお受けした方がいいのかな。
 うぅ、どうしたらいいの……?
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