上 下
292 / 765
第三章・傾国の王女

256.暗躍はお手の物です。3

しおりを挟む
「主君。時間は有限ですし、夜中に何かをなさるという事も理解出来ます。しかし、今日のようにいつどこで不測の事態が訪れるやも分からない以上、一人で何かをなさるのはおやめください」

 泳がせていた視線をまっすぐ私に向けて、アルベルトは諌言を呈する。

「いついかなる状況であろうとも、俺は主君のお傍に馳せ参じます。主君のご意志のままに動きます。ですのでどうか、俺を……俺達を呼んでください。例え行く先がこの世の果てであろうとも、俺はどこまでもお供しますから」

 その時、私は自分の耳を疑った。
 だってこの台詞は、内容に多少の違いはあれど……彼の弟サラが言う筈のものだから。
 ゲーム一作目で、ハミルディーヒ王国とフォーロイト帝国との戦争に参加しなくてはならなくなったミシェルちゃんに、サラが平気なフリをして伝えた台詞。
『ミシェルさん。もし何かあれば、僕を呼んで。どんな時でも、例えどこにいても、絶対に君の元に駆けつけるから。戦場でも地獄でもどこへだって駆けつけてみせるから』
 この時、サラは既にミシェルちゃんに心を奪われていた。しかしサラはあくまでもフォーロイト帝国から来たスパイで、ミシェルちゃんは彼の監視対象だ。
 ミシェルちゃんの味方になるという事は祖国を裏切る事であり、彼自身が処分を免れないような命令違反だった。それでもサラはミシェルちゃんを愛してしまったが為にこの台詞を吐いたのだ。
 サラが一世一代の覚悟で口にしたその台詞を、彼の実の兄の口から聞く事になるなんて。
 それだけ、アルベルトが私の味方として私に尽くしてくれている証拠なのだろう。

「……──ありがとう、アルベルト。これからはちゃんと呼ぶようにするね」

 心強い味方がいる事に安堵し、喜びから私の頬は自然と緩んだ。
 暖炉の灯りだけが頼りの暗い部屋の中、アルベルトと微笑み合う……かと思われたのだが。アルベルトが途中で思い出したかのように顔をまた赤くして、「すみませんっ!」と言って慌ててふためきながら顔を逸らしたのだ。
 パチパチと熱を生む暖炉の火に照らされて、アルベルトの真っ白な顔はまるで夕焼けのように濃く赤くなっていた。

「ふふっ、アルベルトは純粋なのね。可愛い」
「へっ?! 純粋というか、その……女神を相手に下賎な俺なんかがって懺悔が……」
「女神? 懺悔??」

 マクベスタやイリオーデみたいにからかうのが楽しいタイプの人だ。と思って悪戯心がにょきっと生えたのだが……アルベルトは珍妙な供述をした。

「主君のおみ足を直視するなど、人間には到底許されぬ行為です」
「いやそんな事はないわよ?」
「なので俺は決してそのような大罪を犯さぬようにと、気をつけていたのです」
「何で人の足見ただけで大罪扱いされるのよ」

 アルベルトが暴走し始めた。神妙な顔で一体何を言っているのか。

「正直な話、主君のおみ足を前にどうすればいいか分からなかったのです。俺はどうやら変態のようで……」
「変態なの、貴方」
「はい。変態です」

 まさかのカミングアウトだった。なんとアルベルトは変態らしいのだ。
 ……変態かぁ。確かにアルベルトってそこそこ変わった人だけど、変態ではないわよね。それなら、嬉々として執事服を着せたがる私の方が変態だと思うけどな。

「変態ってどういう系統の変態なの? 罵倒されたりして喜ぶタイプの変態? それとも別のタイプ?」

 真面目な顔して聞く内容ではないわね、これ。

「罵倒……は分かりません。主君からのお叱りであれば確かに悦ぶやもしれませんが……」

 貴方もそんな真面目な顔で答えなくていいのよ、アルベルト。

「あくまでも変態だと自称するのね」
「もしそうでなかったとしても、浅ましき身で主君のおみ足を直視してしまったのですから俺は変態です。紛う事なき変態です……」
「…………何かごめんね? つい好奇心でどんな系統なのかとか聞いちゃって」

 あまりにもアルベルトがしょんぼりとしながら語るものだから、流石の私と言えども申し訳なくなってしまって。
 結局アルベルトの変態疑惑? は有耶無耶になり、その後程なくしてアルベルトはとぼとぼ自室に戻って行った。
 私は私で、悪い事したなあと罪悪感に襲われながら就寝したのであった。


♢♢


 時は少し遡り、アミレスがこっそり抜け出して散策を始める前の話……。

 影の中を疾走し、アルベルトは移動していた。程なくして、彼の手に持つ座標を指す魔導具が目的地に近づいた事を示す。
 意外な事に、影の亜空間でも魔導具は機能する。それによって彼は目的地に近づいた事を知り、手頃な影から外に出る。
 彼が出た場所は大きな森の中にある大木の下。そこからほんの数分歩いた場所に、ぽつんと建つコテージのようなもの。
 吹雪の中そのコテージに向かって、扉を五度叩く。
 アルベルトが頭や執事服についた雪を払って待っていると、中からひっそりと声が聞こえて来た。

「誰だ」
「──鏡よ鏡、世界で一番悪辣なのは誰?」
「……それはお前だよ」

 短い問答を経て、その扉は開かれた。
 扉を開いたのはワインレッドの髪の男。随分とまあ眠たそうな重たい瞼を擦りながら、その男──ヘブンはアルベルトを迎え入れた。

「お前があの王女サマの使いか。また変な奴を寄越しやがって……」
「……俺の前で主君を貶すとか馬鹿なの? 主君の協力者じゃなかったら今すぐここで半殺しにするのに」

 悪態をつくヘブンにアルベルトが殺意を向ける。
 どれだけ腹が立とうとも、アルベルトは人を殺さない。アミレスとの口約束があるから、絶対に人は殺せないのだ。
 なので、半殺しである。完全に殺さない限り、半殺ししちゃってもいいよね? というのがアルベルトの自論である。

(…………前から思ってたが、あの王女の周り……信者みたいな奴が多くねェか? この計画について話す時にも何度か殺意感じたからな。あのガキもその周りもイカれてやがるな)

 ヘブンはうんざりしながらコテージの中に入っていく。アルベルトは扉を閉めて、ヘブンの後ろをついてゆく。
 廊下を進めば進む程ワイワイと聞こえてくる人々の談笑。やがて辿り着いたのは談話室のような開けた部屋。
 暖炉の前では数名の男女が、軽食片手に楽しげに会話していた。
 その中の一人が、金色に染った髪を揺らしてアルベルトの方を見上げる。

「おっ、ルティ! お前等もついに来たんだな!」
「……どうもこんばんは、カ……ええと」
「ルカだよルカ。金髪だから分かりずらいだろうけどな!」
「ああ、そうだった。見た目云々じゃなくて、単純に名前を忘れていただけですけど」
「酷ぇ!?」

 こんな天気なのに随分と元気よくアルベルトを迎えたのはルカ──……もといカイルだった。
 現地集合という形になっていたカイルは、二日前にここに到着していた。それから数日間カイルは持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、ヘブン達との共同生活を送っていた。
 その結果、貴族や王族を嫌うスコーピオンの面々とも打ち解けてしまったのだ。圧倒的コミュ力おばけである。

「ルカ君と……スコーピオンの人間も全員いるね。ならいいんだ。それじゃあ早速情報共有といこうか」
(──早く、主君の元に戻りたいし)

 そう言って、アルベルトはのっけから本題に入った。
 スコーピオンからこの計画に参加したのは、ヘブン、ラスイズ、ノウルーの頭目と幹部の三名と、ヘブン直々に選んだ腕の立つスコーピオンの幹部候補三名、マノ、ホウミー、オバラ。
 マノは小柄な体の少年……に見えるが彼はドワーフ族の青年であり、ホウミーとオバラは褐色肌に長い耳を持つダークエルフと呼ばれる種族の双子の姉妹だった。
 とにかく即戦力で。とアミレスに言われた為、このように戦いに長けた者達をヘブンは用意したのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

処理中です...