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第三章・傾国の王女
250.ようこそ、ディジェル領へ3
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「して、時に王女殿下。此度は何故各騎士団の腕の立つ者をご所望になられたのでしょうか?」
紅の団長さんが疑問を提起する。どうやらセレアード氏から詳しい説明を受けた訳ではないようだ。
「皆様に集まって頂いたのは、恥ずかしながら私の我儘によるものなのです」
「我儘……?」
「はい。実は私も剣を持つ人間でして……でも、この長旅であまり剣を振れず、少し体が鈍ってしまったのです。なので皆様に、私共が感覚を取り戻すお手伝いを頼もうかと思ったのです。身勝手で申し訳ございません」
「そんなとんでもない! かのフォーロイト家の御方と剣を交えるなど、我々臣民にとって光栄の至りでございますとも。その申し出、我が紅獅子騎士団は喜んで受けさせていただきます」
「本当ですか? ありがとうございます」
すると紅の団長さんが蒼の団長さんと黒の団長の方を向いて、「お前達はどうなんだ?」と彼等の答えを引き出してくれた。二人の団長さんは少し間を置いてから小さく頷き、これにて三つの騎士団の団長が手合わせしてくれる事になった。
その後は早かった。とりあえず誰と誰が手合わせをするか……という話になり、人数も丁度いいので私達がそれぞれ一つずつ騎士団のお相手をする事を提案すると、流石に先方はぎょっとしてこちらを見ていた。
まあ、余興のようなものですから! と適当に言いくるめて私達はプチ作戦会議を再度開く。
その結果。私が紅獅子騎士団、イリオーデが黒狼騎士団、アルベルトが蒼鷲騎士団と戦う事に。
そして更に、私達は得物ではない武器で戦う事にした。理由としては、正体を隠すつもりではいるものの……計画実行の際に戦い方などで正体がバレてしまう恐れがあるからだ。
なので各々の得意武器ではなく、慣れない武器で殺さない程度に全力で潰しにかかる。そういう作戦となった。「慣れない武器なら、うっかりやりすぎる事も無いでしょう」というアルベルトの発案だった。
ちなみにそれぞれの武器はこの通り。私が魔法時々短剣(アルベルトから借りた)で、イリオーデはなんと両手剣(アルベルトから借りた)、アルベルトは両手に長剣の二刀流となった。
私達三名のうち一人が子供、それも王女な事と一人が侍女な事から、彼等は少し躊躇いがちだったが……。
「遠慮なさらないで。やるからには何事も真剣勝負、そうでしょう? この戦いでどれだけ負傷しようとも私は貴方達を一切責めません。寧ろ、それだけ弱い私自身を責めるでしょうから」
にこやかに宣言すると、紅の団長さんがハッとしたように目を丸くし、すぐさま勇ましい騎士団長の顔つきへと変貌した。
さて、最初は私の戦いだ。全部同時にやっては大変な事になる恐れもある。なので私VS紅獅子騎士団、アルベルトVS蒼鷲騎士団、イリオーデVS黒狼騎士団の順番で簡単な手合わせをする……という形に落ち着いた。
レオナードやローズニカさんも見てる事だし、ちょっと張り切っちゃおうかな!
髪をポニテールに結わえ、私は気合いを入れて眼前の相手を見据えた。
♢♢
闘技場の中でも主賓のみが座る事を許される、一際目立つ観客席にて。レオナードとローズニカは固唾を飲んで闘技場を眺めていた。
「お兄様、どうするんですか? このままだと王女殿下が本当に紅獅子騎士団と戦う事になってしまいますわ!」
「どうする、って言われても……王女殿下がそう決めたのなら俺達にはどうにも出来ないよ」
「あんなにも繊細で儚いお体で、あんな屈強な騎士達の相手をするなんて……っ!」
(どうせこうなるって分かってはいたけど、ローズもあっさりと彼女に一目惚れしたなあ)
レオナードは苦笑し、アミレスに熱視線を送りながらも顔を青くするローズニカの横顔を見つめる。
時は少し遡り、アミレス一行がセレアードの案内で闘技場に向かった後。その場に暫し取り残された二人は、きゃあきゃあと乙女のように騒いでいた。
『お兄様っ! 何ですか、何なのですかあの方は! 本当に私達の理想そのものっ、というか小説の中からそのまま出てきたようなお姫様は!!』
『だから言っただろう、きっとローズも一目惚れするって。本当に俺達の理想と完全に一致するよね……俺も、初めて見た時なんかもう、言葉を完全に失ってただただ見蕩れていたからな』
興奮気味にローズニカはレオナードに詰め寄った。
しかし、レオナードは喜色を隠そうともせずヘラヘラとしている。相当、アミレスにもう一度会えた事が嬉しいようだ。
『目が覚めるような美人とはあの方のような人の事を言うのでしょうね……あの天使のような微笑みが目に焼き付いて離れませんわ!』
『分かる、分かるよ……俺もあの時そうだったから』
『言動の全てが儚くも凛々しく、まさに妖精のお姫様とでも形容すべき可憐で神々しい方でしたわ!』
『うんうん。特にあの透き通るような銀色の髪……月明かりに輝くあの髪が本当に綺麗だったんだ』
『月明かり……ですって……そんなの最強の組み合わせじゃないですか! お兄様ばっかりずるいです羨ましいですぅーっ!』
ポカポカポカ、とローズニカがレオナードにじゃれつく。レオナードは締りのない顔で『いいだろう~』と自慢するばかり。その様子を見た彼等の侍女は、(またか……)と慣れた光景に顔色一つ変えなかったとか。
そんな感じで見事兄妹揃って理想の人への一目惚れを果たした訳で。二人はこれから始まるアミレスと紅獅子騎士団の戦いに気もそぞろだった。
この兄妹は忘れていた。かの少女がただ儚いだけの少女なのではなく──……氷の血筋の人間である事を。
「では王女殿下、そちらからどうぞ行動して下さいませ」
「あら、いいのかしら? ではお言葉に甘えさせていただくとするわ」
紅獅子騎士団団長、モルスが先攻を譲ると、アミレスはニコリと笑って数歩後退った。
(王女殿下も剣を持つとの事だが……剣はどこに? 帯剣している様子はないが……)
決して警戒を緩める事はなく、冷静に観察する。否、彼は警戒を緩めなかったのではなく、緩める事が出来なかったのだ。
明らかに異質な眼前の少女にモルスの本能が警鐘を鳴らす。
このような闘技場に似つかわしくない優雅なドレスで、武器なんてまず触った事もなさそうな……温室育ちの箱入り娘に見える少女が、何故──こんなにも堂々とした出で立ちで闘技場の中心に立てるのか。
その銀色の髪と寒色の瞳が、彼女が何者であるかを思い出させる。迫り来る恐怖から目を逸らす事を許さないのだ。
「では、参りますわ」
「──っ!?」
アミレスの表情からにこやかな笑みが消滅する。それと同時に彼女と相対する紅獅子騎士団の三名は悪寒を覚え、
「上だッ!!」
「「?!」」
無数の剣に囲まれた事に気がついた。彼等三名を取り囲むように瞬時に現れた、揺らぐ水の剣。それは凄まじい勢いで一直線に彼等へと降り注いだ。
(王女殿下が氷の魔力を持たないという話は聞いていたが、それにしても水の魔力を使いこなしすぎではないか……!? これ程の数の造形維持、普通ならば成熟した魔導師が数年かけて辿り着く境地だぞ!)
普通ならば確かにそうだろう。しかし、生憎と彼女は普通ではなかった。
何故なら彼女は──氷の血筋なのだから。
「なっ……なんだ、あれ……?!」
水の剣を必死にいなすカコンが、化け物でも見たかのような声をもらす。それと同時に観客席から湧き上がるどよめき。
その視線の先には、水で巨大な弓を作りそこから剣の形をした矢を何本も同時に放とうとするアミレスの姿があった。
「これやるの久しぶりだなぁ──水圧砲!」
まるで空気を抉るように。高速で回転し、その速度と威力を増す超高水圧の水の矢はモルスの卓越した剣技によって、全て明後日の方向へと弾かれてしまった。
モルスの剣には、彼の火の魔力が纏われていて。彼が既に本気である事が見て取れる。
(え、嘘っ……あれ弾くの? 流石は騎士団長ね……でもこうでなくっちゃ!)
(まずいな……遠慮なくと言われても、相手は王女殿下だから多少は手加減を、などと考えていたが……そんな生温い事をほざいていられる相手ではないようだ。これ程の実力者相手に手加減なんてした日には、私の騎士団長としての名誉は失墜する事だろう)
アミレスは無邪気に楽しそうに笑い、モルスは久々の強敵に笑った。
「これ、もしかして王女殿下って凄く強いんじゃあ……」
「そうみたいだな……そう言えば、あの皇帝陛下の娘であのフリードル殿下の妹君だもんな。そりゃあ強い筈だ……」
ローズニカとレオナードは開いた口が塞がらない様子だった。紅獅子騎士団との戦いだというのに、あんなにも楽しそうに笑う姿を見て観客達は彼女への印象を改めた。
外から来た『ひ弱そうな王女』から、『フォーロイトらしい狂った王女』へと。
「王女殿下の魔法はいつ見ても至高の芸術だ。この世のどんな絵画や彫刻であろうとも、王女殿下御自身や王女殿下の魔法の放つ尊さと輝きには到底適わないな」
「それには激しく同意するよ、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君のあの笑顔……ああ、なんて素晴らしい笑顔なんだ。それを向けられるのがワタシではなく何処の馬の骨とも知れぬ輩なのが気に食わないけど」
「……確かに。我々との戦いの時も王女殿下は楽しんで下さっていたが、あそこまで楽しそうな笑みを浮かべている姿はあまり見かけないな。我々では新鮮味に欠けるのだろうか」
「新鮮味のある戦いってどんなものなんだろう。全く思いつかないな……」
闘技場から観客席へと続く通路にて、イリオーデとアルベルトが真剣な様子で頭を抱える。
この二人はアミレスの勝利を信じて疑わない。故にこうして関係の無い事に意識を割く余裕があるのだ。
「では続いてはこちらから参りましょう。お覚悟を!」
モルスはそう宣言すると同時に、強く地面を蹴った。
ディジェル人と呼ばれるこの領地の者達は誰もが強靭な肉体を持つ。その中でも、彼のように騎士団長の座にまで上り詰める程の者に至っては、
「速っ!?」
人の身でありながら、目にも止まらぬ速さで動く事とて出来てしまうのだ。
瞬く間に目と鼻の先まで距離を詰められたアミレスは、それを知覚した瞬間に水の剣を作りモルスの一撃をすんでのところでいなした。
(あっぶなぁ~! 師匠と特訓してなかったら今の絶対反応出来なかったわよ!? それにしても一撃が重すぎないかしら、いなしたのにまだ手に衝撃が残ってるなんて……師匠と特訓してなかったらやばかったわね、これ)
(まさか今のを対応されてしまうとは……剣を持つという事はやはり本当らしい。さてどうしたものか……フォーロイトの相手は中々に厳しいぞ)
胸中でそれぞれの感想を抱く中、紅獅子騎士団団長モルスの強さをよく知っている領民は誰もが唖然としていた。
何せ強靭な肉体を持つ訳でも無い幼い王女が、モルスの一撃を初見で凌いで見せたのだから。
紅の団長さんが疑問を提起する。どうやらセレアード氏から詳しい説明を受けた訳ではないようだ。
「皆様に集まって頂いたのは、恥ずかしながら私の我儘によるものなのです」
「我儘……?」
「はい。実は私も剣を持つ人間でして……でも、この長旅であまり剣を振れず、少し体が鈍ってしまったのです。なので皆様に、私共が感覚を取り戻すお手伝いを頼もうかと思ったのです。身勝手で申し訳ございません」
「そんなとんでもない! かのフォーロイト家の御方と剣を交えるなど、我々臣民にとって光栄の至りでございますとも。その申し出、我が紅獅子騎士団は喜んで受けさせていただきます」
「本当ですか? ありがとうございます」
すると紅の団長さんが蒼の団長さんと黒の団長の方を向いて、「お前達はどうなんだ?」と彼等の答えを引き出してくれた。二人の団長さんは少し間を置いてから小さく頷き、これにて三つの騎士団の団長が手合わせしてくれる事になった。
その後は早かった。とりあえず誰と誰が手合わせをするか……という話になり、人数も丁度いいので私達がそれぞれ一つずつ騎士団のお相手をする事を提案すると、流石に先方はぎょっとしてこちらを見ていた。
まあ、余興のようなものですから! と適当に言いくるめて私達はプチ作戦会議を再度開く。
その結果。私が紅獅子騎士団、イリオーデが黒狼騎士団、アルベルトが蒼鷲騎士団と戦う事に。
そして更に、私達は得物ではない武器で戦う事にした。理由としては、正体を隠すつもりではいるものの……計画実行の際に戦い方などで正体がバレてしまう恐れがあるからだ。
なので各々の得意武器ではなく、慣れない武器で殺さない程度に全力で潰しにかかる。そういう作戦となった。「慣れない武器なら、うっかりやりすぎる事も無いでしょう」というアルベルトの発案だった。
ちなみにそれぞれの武器はこの通り。私が魔法時々短剣(アルベルトから借りた)で、イリオーデはなんと両手剣(アルベルトから借りた)、アルベルトは両手に長剣の二刀流となった。
私達三名のうち一人が子供、それも王女な事と一人が侍女な事から、彼等は少し躊躇いがちだったが……。
「遠慮なさらないで。やるからには何事も真剣勝負、そうでしょう? この戦いでどれだけ負傷しようとも私は貴方達を一切責めません。寧ろ、それだけ弱い私自身を責めるでしょうから」
にこやかに宣言すると、紅の団長さんがハッとしたように目を丸くし、すぐさま勇ましい騎士団長の顔つきへと変貌した。
さて、最初は私の戦いだ。全部同時にやっては大変な事になる恐れもある。なので私VS紅獅子騎士団、アルベルトVS蒼鷲騎士団、イリオーデVS黒狼騎士団の順番で簡単な手合わせをする……という形に落ち着いた。
レオナードやローズニカさんも見てる事だし、ちょっと張り切っちゃおうかな!
髪をポニテールに結わえ、私は気合いを入れて眼前の相手を見据えた。
♢♢
闘技場の中でも主賓のみが座る事を許される、一際目立つ観客席にて。レオナードとローズニカは固唾を飲んで闘技場を眺めていた。
「お兄様、どうするんですか? このままだと王女殿下が本当に紅獅子騎士団と戦う事になってしまいますわ!」
「どうする、って言われても……王女殿下がそう決めたのなら俺達にはどうにも出来ないよ」
「あんなにも繊細で儚いお体で、あんな屈強な騎士達の相手をするなんて……っ!」
(どうせこうなるって分かってはいたけど、ローズもあっさりと彼女に一目惚れしたなあ)
レオナードは苦笑し、アミレスに熱視線を送りながらも顔を青くするローズニカの横顔を見つめる。
時は少し遡り、アミレス一行がセレアードの案内で闘技場に向かった後。その場に暫し取り残された二人は、きゃあきゃあと乙女のように騒いでいた。
『お兄様っ! 何ですか、何なのですかあの方は! 本当に私達の理想そのものっ、というか小説の中からそのまま出てきたようなお姫様は!!』
『だから言っただろう、きっとローズも一目惚れするって。本当に俺達の理想と完全に一致するよね……俺も、初めて見た時なんかもう、言葉を完全に失ってただただ見蕩れていたからな』
興奮気味にローズニカはレオナードに詰め寄った。
しかし、レオナードは喜色を隠そうともせずヘラヘラとしている。相当、アミレスにもう一度会えた事が嬉しいようだ。
『目が覚めるような美人とはあの方のような人の事を言うのでしょうね……あの天使のような微笑みが目に焼き付いて離れませんわ!』
『分かる、分かるよ……俺もあの時そうだったから』
『言動の全てが儚くも凛々しく、まさに妖精のお姫様とでも形容すべき可憐で神々しい方でしたわ!』
『うんうん。特にあの透き通るような銀色の髪……月明かりに輝くあの髪が本当に綺麗だったんだ』
『月明かり……ですって……そんなの最強の組み合わせじゃないですか! お兄様ばっかりずるいです羨ましいですぅーっ!』
ポカポカポカ、とローズニカがレオナードにじゃれつく。レオナードは締りのない顔で『いいだろう~』と自慢するばかり。その様子を見た彼等の侍女は、(またか……)と慣れた光景に顔色一つ変えなかったとか。
そんな感じで見事兄妹揃って理想の人への一目惚れを果たした訳で。二人はこれから始まるアミレスと紅獅子騎士団の戦いに気もそぞろだった。
この兄妹は忘れていた。かの少女がただ儚いだけの少女なのではなく──……氷の血筋の人間である事を。
「では王女殿下、そちらからどうぞ行動して下さいませ」
「あら、いいのかしら? ではお言葉に甘えさせていただくとするわ」
紅獅子騎士団団長、モルスが先攻を譲ると、アミレスはニコリと笑って数歩後退った。
(王女殿下も剣を持つとの事だが……剣はどこに? 帯剣している様子はないが……)
決して警戒を緩める事はなく、冷静に観察する。否、彼は警戒を緩めなかったのではなく、緩める事が出来なかったのだ。
明らかに異質な眼前の少女にモルスの本能が警鐘を鳴らす。
このような闘技場に似つかわしくない優雅なドレスで、武器なんてまず触った事もなさそうな……温室育ちの箱入り娘に見える少女が、何故──こんなにも堂々とした出で立ちで闘技場の中心に立てるのか。
その銀色の髪と寒色の瞳が、彼女が何者であるかを思い出させる。迫り来る恐怖から目を逸らす事を許さないのだ。
「では、参りますわ」
「──っ!?」
アミレスの表情からにこやかな笑みが消滅する。それと同時に彼女と相対する紅獅子騎士団の三名は悪寒を覚え、
「上だッ!!」
「「?!」」
無数の剣に囲まれた事に気がついた。彼等三名を取り囲むように瞬時に現れた、揺らぐ水の剣。それは凄まじい勢いで一直線に彼等へと降り注いだ。
(王女殿下が氷の魔力を持たないという話は聞いていたが、それにしても水の魔力を使いこなしすぎではないか……!? これ程の数の造形維持、普通ならば成熟した魔導師が数年かけて辿り着く境地だぞ!)
普通ならば確かにそうだろう。しかし、生憎と彼女は普通ではなかった。
何故なら彼女は──氷の血筋なのだから。
「なっ……なんだ、あれ……?!」
水の剣を必死にいなすカコンが、化け物でも見たかのような声をもらす。それと同時に観客席から湧き上がるどよめき。
その視線の先には、水で巨大な弓を作りそこから剣の形をした矢を何本も同時に放とうとするアミレスの姿があった。
「これやるの久しぶりだなぁ──水圧砲!」
まるで空気を抉るように。高速で回転し、その速度と威力を増す超高水圧の水の矢はモルスの卓越した剣技によって、全て明後日の方向へと弾かれてしまった。
モルスの剣には、彼の火の魔力が纏われていて。彼が既に本気である事が見て取れる。
(え、嘘っ……あれ弾くの? 流石は騎士団長ね……でもこうでなくっちゃ!)
(まずいな……遠慮なくと言われても、相手は王女殿下だから多少は手加減を、などと考えていたが……そんな生温い事をほざいていられる相手ではないようだ。これ程の実力者相手に手加減なんてした日には、私の騎士団長としての名誉は失墜する事だろう)
アミレスは無邪気に楽しそうに笑い、モルスは久々の強敵に笑った。
「これ、もしかして王女殿下って凄く強いんじゃあ……」
「そうみたいだな……そう言えば、あの皇帝陛下の娘であのフリードル殿下の妹君だもんな。そりゃあ強い筈だ……」
ローズニカとレオナードは開いた口が塞がらない様子だった。紅獅子騎士団との戦いだというのに、あんなにも楽しそうに笑う姿を見て観客達は彼女への印象を改めた。
外から来た『ひ弱そうな王女』から、『フォーロイトらしい狂った王女』へと。
「王女殿下の魔法はいつ見ても至高の芸術だ。この世のどんな絵画や彫刻であろうとも、王女殿下御自身や王女殿下の魔法の放つ尊さと輝きには到底適わないな」
「それには激しく同意するよ、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君のあの笑顔……ああ、なんて素晴らしい笑顔なんだ。それを向けられるのがワタシではなく何処の馬の骨とも知れぬ輩なのが気に食わないけど」
「……確かに。我々との戦いの時も王女殿下は楽しんで下さっていたが、あそこまで楽しそうな笑みを浮かべている姿はあまり見かけないな。我々では新鮮味に欠けるのだろうか」
「新鮮味のある戦いってどんなものなんだろう。全く思いつかないな……」
闘技場から観客席へと続く通路にて、イリオーデとアルベルトが真剣な様子で頭を抱える。
この二人はアミレスの勝利を信じて疑わない。故にこうして関係の無い事に意識を割く余裕があるのだ。
「では続いてはこちらから参りましょう。お覚悟を!」
モルスはそう宣言すると同時に、強く地面を蹴った。
ディジェル人と呼ばれるこの領地の者達は誰もが強靭な肉体を持つ。その中でも、彼のように騎士団長の座にまで上り詰める程の者に至っては、
「速っ!?」
人の身でありながら、目にも止まらぬ速さで動く事とて出来てしまうのだ。
瞬く間に目と鼻の先まで距離を詰められたアミレスは、それを知覚した瞬間に水の剣を作りモルスの一撃をすんでのところでいなした。
(あっぶなぁ~! 師匠と特訓してなかったら今の絶対反応出来なかったわよ!? それにしても一撃が重すぎないかしら、いなしたのにまだ手に衝撃が残ってるなんて……師匠と特訓してなかったらやばかったわね、これ)
(まさか今のを対応されてしまうとは……剣を持つという事はやはり本当らしい。さてどうしたものか……フォーロイトの相手は中々に厳しいぞ)
胸中でそれぞれの感想を抱く中、紅獅子騎士団団長モルスの強さをよく知っている領民は誰もが唖然としていた。
何せ強靭な肉体を持つ訳でも無い幼い王女が、モルスの一撃を初見で凌いで見せたのだから。
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