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第三章・傾国の王女

245.ある私兵団の任務

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「よぉ、お前等。腹立つ事にめ~っちゃ多忙なおねぇちゃんに代わってぼくが仕事届けに来てやったぞぉ!」

 バンッと扉を開け放ち堂々と人の家に侵入したのは、侍女メイド服に身を包み、大きな箱を両手で抱えた傲岸不遜の少年。
 いつものぶりっ子笑顔もなく、シュヴァルツは『機嫌が悪いです』と大きく書かれているかのような顔で、輩のようにとある者達の元を訪れていた。

「あのな、シュヴァルツ。扉を足で開けんじゃねぇよ」
「見ての通り両手塞がってるんだから仕方ねーだろ。壊さなかっただけ褒めて欲しいっつの」
「口悪ッ! オレ達にだけシュヴァルツ口悪い!!」
「口悪いのは元からですぅ~、ぼくはおねぇちゃんの前でだけ猫被ってるんですぅ~~」
(それ、絶対誇る事じゃないでしょ…………)
(程度の低い争いだなぁ)

 シュヴァルツが訪れたのはアミレス直属の私兵団の元。先述通り、シュヴァルツはアミレスの代わりに彼等に仕事を届けに来たのである。
 のっけから態度の悪いシュヴァルツをディオリストラスが諭そうとし、そこに更にジェジが突っかかる。
 その場に居合わせたユーキは呆れたように息を吐き、同じくしてラークは微笑ましくそれを見守る。

「んで、殿下からの仕事めいれいって何だ。俺達は何をすればいい?」
「あーそうそう。これが目的なんだった。えーっとねぇ……クラリスとバドールはいないな、よし」

 キョロキョロと辺りを見渡して、シュヴァルツは特定の人物がいない事を確認する。

「何で二人がいたらまずいんだ?」

 階段を降りてきて、ぬるっとシャルルギルが会話に混ざる。

「おねぇちゃんが、『二人にはある程度計画が進むまで絶対内緒で!』って言われてるから。あと、超極秘特別任務だとも言われたよ」
「「超極秘特別任務ぅ……?」」
「『これの成功には私兵団皆の協力が不可欠なの!』っておねぇちゃんが言ってた。話聞いた限りだと、ぼくはイマイチ理解出来なかったけどな」

 疑問に声を揃えるディオリストラスとラーク。その間もシュヴァルツは淡々と箱の中を物色する。
 そして「あった。これ見て」と言って一束の紙を取り出して机の上に置くと、その場にいた私兵団の五人は一斉にそれを覗き込んだ。

「──バドールとクラリスの……」
「結婚式を」
「「盛大に挙げちゃおう計画!?」」

 ラーク、シャルルギル、ディオリストラス、ジェジの四人が次々にその紙にでかでかと記された文言を口にする。
 ユーキに至っては、「えぇ……?」と心からの困惑を漏らしている。

「毎度おなじみ、超お人好しおねぇちゃんのお節介だよ。この前メアリード伝に、バドールがクラリスに求婚プロポーズしたがってるって聞いたらしくて、そのお膳立てと諸準備をやろうって張り切ってた。自分も忙しい癖にね」

 どこか不満げな様子で、シュヴァルツは事の背景を語る。

「『くそっ、じれってーな! 私、あの二人をいい感じの雰囲気にして求婚プロポーズの機会を作りたい!』って、やたらと楽しそうにこの計画立ててたよ」

 なんかおねぇちゃんの推しカップル? の一つらしいよ。とシュヴァルツは付け加える。それを聞いた一同は、(推しカップル……??)と眉を顰めた。

「相変わらず殿下の考えは読めねぇな……」
「本当に……私兵の結婚式を挙げたがるって、皇族の価値観はよく分からないな……」
「だが、もし本当にあの二人が結婚するとして、自主的に結婚式を挙げるとは思えない。そう考えると王女様が二人の結婚を挙げて二人の門出を祝ってくれるというのは、俺達としても嬉しい事じゃないか?」
「シャルの言う通り……なんだけど、お願いだから急に的を射た事言わないで。シャルがまともな事言ってるとこっちが不安になるんだ」
「何でだ」

 ディオリストラスやラークがアミレスの奇想天外っぷりにたまげていると、シャルルギルが珍しくまともな事を口にした。
 酷い話ではあるが、ラークはそれにもかなり驚いていた。

「とりあえずバドにぃとクラねぇの結婚式するんでしょ、オレさんせー!」
「別にまだやるって決まった訳じゃないでしょ……本人達が結婚するって決めた訳でも無いのに」
「じゃあどうやって結婚式するんだ? オレはバドにぃ達の結婚式したいんだけど!」
「はぁ……馬鹿はちょっと静かにしててよ……その辺も含めて、王女かのじょはそいつを寄越したんでしょ」

 ユーキの長い前髪の隙間から、一瞬、宝石のような輝きを放つ瞳がシュヴァルツを捉えた。
 退屈そうに欠伸をしていたシュヴァルツはその視線に気付き、空いた手で指をくるくると動かして紙の束を空中に浮かべ、更にはパラパラとそのページを捲った。
 その様子にぽかんとするディオリストラス達に向け、シュヴァルツは気だるげに口を開く。

「えーっとぉ……どの道バドールがクラリスに求婚プロポーズするのは確定で、私兵団の給料とどっかの店での給料を合わせると、そろそろシャンパー商会で結構お高めの指輪とかを買えるぐらいには貯まってるだろうから、多分そう遠くないうちに求婚プロポーズするでしょ」

 懐から、毒々しい色の棒付き飴を取り出し、それを小さな舌で舐めながらシュヴァルツは説明する。

「んで、ここから先が本題。バドールが無事に求婚プロポーズ出来るようその背中をお前等が押してやれ。求婚プロポーズに相応しい場や空気のセッティング、見かけによらず繊細なバドールのメンタルケアや後押しまで色々とやれ」

 最後に、まるで指さすかのように棒付き飴を紙の束へと向けた。「よーぅし説明終わりー」と一息ついて、シュヴァルツは棒付き飴を堪能する。

「……マジ? それ全部俺達でやるのか?」
「俺達の雇用主は無茶振りが好きだね」
「バドールとクラリスの恋のキューピットになれと、そういう事か。任せろ今の賢い俺ならば天使にもなれる」
「シャル兄、天使を何だと思ってんの……?」
「よく分かんねぇけどオレ達でバドにぃとクラねぇが結婚出来るよう手伝えばいいんだな! 任せろ!」

 ワイワイと乗り気になり盛り上がる一同。その様子を退屈そうに眺めるシュヴァルツは、うげぇ~と息を漏らす。

(天使とかマジでやめてほしーんだけどぉー。あのクソ共の名前聞いただけで全身の毛が逆立つっつぅか、殺意が……)

 悪魔の発生はまだ不明瞭だが、一説によると──天使という存在の影から生み出された悪性の化身。堕天した天使の成れの果て。天使による魔族殲滅戦争、魔族同士の生存競争、飽くなき進化の末に生まれた魔族の最終兵器。
 そのように言い伝えられている。
 故に、魔族は天使を酷く嫌っている。ただでさえ天使という存在が嫌いなのに、そもそも天使はその名の通り神の使い。神々への深い憎悪を持つ魔族が天使を嫌うのは自明の理。
 既に何度も天使と悪魔の全面戦争を行い、その度に痛み分けでその終結をズルズルと後伸ばしにして来た。
 この悪魔も数千年前から何度も天使と戦い、その度に魔族側だけ制約の影響を受け苦渋を飲まされていた。
 なので、シュヴァルツは憎き存在の名が出て来て気を悪くしたのだ。

「ま、なんでもいいか。とにかく今から役割分担するから、ちゃんと話聞けよ~」

 棒付き飴を噛み砕き、シュヴァルツは気持ちを切り替える。

「この場にいないのはエリニティとメアリードとルーシアンか。お前等の性格とか頭の事考えると……実働班はラーク、ユーキ、メアリード辺りが妥当かァ。ジェジとシャルルギルは馬鹿だけど口は堅いから話が漏れる心配は無いが、嘘つけねぇからな……二人はあくまでも裏方に徹しろ。エリニティとルーシアンには追々別で指示を出すとして、ディオリストラスはー……」

 真剣な面持ちで、シュヴァルツは役割分担を考える。これは決して、アミレスの考えた役割分担ではない。アミレスはあくまでも計画を立てて、近頃東宮の掃除にも飽きてきたとぼやくフットワークの軽いシュヴァルツに一任しただけ。
 この、私兵団それぞれの性格等を考慮した役割分担は、シュヴァルツ自身が考えこの場で決めたものなのである。

「俺は?! 俺は役割何もねぇのか?!」
「……お前は……うん、意外と街の人間と仲良さそうだから市場調査でもして来たらいいと思う。人気のデートスポットとか……他にも、式場はおねぇちゃんが押さえると思うし、なんなら作りそうな勢いだし……どんな感じの雰囲気が人気か調べて、式場はその調査結果とクラリスの好みを反映すればいい。よし」
「よしじゃねぇ。なんで俺だけそんな雑なんだよ!」
「仕方ないじゃーん。一瞬何も思いつかなかったんだから」

 ズバッとシュヴァルツの本音に切り裂かれ、ディオリストラスは心にダメージを受けた。「何も…………」とヘコむディオリストラスの背中を、ユーキが優しく擦り慰める。

「ハイッ! しつもーん!」
「はい質問どうぞー」

 ビシッと天に向け真っ直ぐ伸ばされたジェジの右手。まるで生徒と教師かのようなやり取りである。
 ジェジは体と一緒に顔を傾けて、疑問を口にする。

「裏方って何すりゃいーの?」
「それは俺も気になる。具体的に何をすればいいんだ? やっぱり具体的な事をすればいいのか?」

 先程シュヴァルツより裏方作業を言い渡された二人が、その具体的な内容の説明を求める。
 あぁ、と思い出したように息を零したシュヴァルツは、椅子の上で足を組み、更に手を組んでふんぞり返り説明する。

「役割としては場のセッティングとか、そういうのになると思う。バドールとクラリスがなるだけ二人きりに──それっぽい、いい感じの雰囲気になるよう自然に誘導する感じの役割をぼくは想定した」
「誘導?」
「ゆーどー?」

 シャルルギルとジェジが声を揃えると、シュヴァルツはこくりと頷いて話を続けた。
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