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第三章・傾国の王女
243.いざ大公領へ4
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♢♢
ケイリオルさんの試験をクリアし、無事に三人で大公領に向かう事を許可されたので、私は意気揚々と荷物を纏めていた。
準備中のナトラの刺すような視線が痛かったな。
そしてついに訪れた出発日。最後の悪あがきとばかりに、ナトラとシュヴァルツが「アミレスの誕生日を祝えぬなどふざけておるのじゃ!!」「このままだと、おねぇちゃんはぼくの誕生日も祝ってくれないじゃんか!」と騒ぐ。
シュヴァルツの誕生日は一月一日。めちゃくちゃ私の旅程と被っている。それがどうにも気に入らないようで。
じゃあその日もカイルを呼び出して、一旦帰ってくるから。と宥めてようやくシュヴァルツは大人しくなった。不貞腐れてはいたけど。
そう、何を隠そう──私の誕生日問題については、カイルの力を借りる事で解決したのだ。
何でも、カイルが私の誕生日当日だけ一時的に東宮に転移させてくれるらしいのだ。それで東宮に戻って、ありがたくも誕生日を祝ってもらい、誕生日が終わればまた元の場所に戻り、帰路につく。
大まかにはそんな流れになった。
それでなんとか皆を説得し、私はついに東宮を出発する時を迎えた。これからイリオーデとアルベルトと二人で御者の引く馬車に乗るんだけど……アルベルトが何故か女装している。『この方が怪しまれないので』と言っていた。
その為、とんでもねぇ黒髪清楚美人が私の目の前にいる。
「おねぇちゃんに何かしたらお前等どっちもブッ殺すからな!!」
「末代まで我の呪いで苦しめてやるからな、覚悟しておくのじゃ」
「……イリオーデ、ルティ。当然、分かってるだろうな」
お見送り組が物騒な言葉を吐く。シュヴァルツとナトラはまぁいつも通りだからいいとして、マクベスタどうしたの。そんな顔して……寒いからお腹痛いのかな?
「マクベスタ、お腹痛いなら見送りなんかしてないで、もう中に戻ってていいのよ?」
「いや、何の話だ?」
「だってお腹痛いからそんな険しい顔してるんでしょう」
「…………特に腹痛などはない。顔は……生まれつきだ」
「生まれつき?! そんな事はないでしょう!」
だって貴方の笑顔知ってるもの! と主張すると、はぁ。とマクベスタは落胆したようなため息を一つ。
お腹痛いって大勢の前で言われたのが恥ずかしかったのかしら。気が利かなくてごめんよマクベスタ……。
「主君、そろそろ出発の時間です」
「そうね。それじゃあ行ってきます。ナトラ、シュヴァルツ、マクベスタ、留守番よろしくね」
騒ぐ私に、どこからそんな声が出てるんだと疑問の中性的なハスキーボイスで、アルベルトが出発を促す。
普段は執事服の彼だが、今はカツラを被り侍女の制服を着て化粧もしているようで、もう侍女にしか見えない。諜報部の変装技術どうなってるのよ。
イリオーデにエスコートされ、しっかり皇家の紋章の入った最上級の馬車に乗り込む。後からイリオーデとアルベルトも乗って来て、私の向かいに二人共座った。
うわぁ、絵になるなぁ……なんていう風に二人を暫く眺めていたものの。一時間もすれば流石に暇を覚える。
加えて、イリオーデもアルベルトも自発的に発言するタイプではなかった。つまり──馬車の中はとても静かなのである。
「イリオーデ、ルティ。貴方達に折り入って話があるのだけど」
「は、何なりと」
「いくらでもお相手になりましょう」
私が無駄に重々しく切り出したからか、二人は非常に真剣な面持ちとなっていた。しかし、これはそれなりに重要な問題だからこれぐらいの空気感でいいわ。
すぅ、と軽く息を吸って、改めて私は口を開く。
「──しりとりしましょう」
「「…………」」
ぽかんとする二人。しかしすぐさまハッとなり、イリオーデはおずおずと口を開いた。
「しりとり、とは…………幼い子供達が雨の日などに軒下で行う、あの……しりとりですか?」
「待て、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君がわざわざこのようなご提案をしたんだ。これには何か深いお考えがある筈だ。そもそも俺達の知るそれと、主君の語るそれが違う可能性だってある」
「……確かに一理ある。王女殿下自ら仰ったのだ。まさか、誰にでも出来るしりとりという言葉遊びに何か特別な意味が……」
「何せ主君直々のご提案だからね」
「ああそうだな……」
何を言ってるのかしら、この人達は。十三歳の王女がしりとりしようって言ったんだから、それはもうただしりとりがしたいだけに決まってるでしょう。
あまりにも馬車での時間が退屈で、何より静寂が辛くて。
だから少しでも空気を変えようと、しりとりしようって提案しただけなのに。
「……ふっ、やるじゃない。よくそれに気づいたわね。そう、私はこのしりとりを通して、貴方達に新たな発見をして欲しかったのよ」
こうなったら全力で乗っかろう。誤解を解くのも面倒だからね!
一体しりとりを通して何を発見させようとしているのか、それを言ってる本人が一番理解していないのだが、
「流石は王女殿下。貴女様は、ただ答えを与えるのではなく、己で考える機会を与えて下さるのですね」
「主君の下僕として、必ずや新たな発見を成してみせます」
何故かこの二人には通じているらしい。何をどう解釈したらその発言に至るのか、後学の為に小一時間問い詰めたい所をぐっと堪え、しりとりの火蓋を切って落とす。
「兎にも角にも、しりとりを始めましょうか。とりあえず私スタートで……しりとりの『り』から。リンゴ、はい次はイリオーデね」
まずはセオリー通りにリンゴスタートだ。私の右斜め前にいたイリオーデに次は貴方よと告げると、イリオーデは真剣な表情で悩んだ末、
「蛇女怪」
まさかの神話から引用して来た。天空神話に出てくる蛇の能力を持つ美しき女怪。それが、ゴーゴルなのである。大体は私達の知る所でもある、ギリシャ神話のゴルゴーンとも変わらないようだ。
それにしても。少なくともしりとりで使われる事は滅多に無いであろう単語ね。……イリオーデったら、ただのしりとりでどうしてその単語を選んだの?
「次は俺か…………ルナティクス・ティール」
「何それ?」
「闇魔法の一つです。相手の視界を完全に奪う事が出来ます」
「強っ……」
それはともかく、どうして魔法名? イリオーデもアルベルトも、やけに回答が張り切ってるわね。そんなに私の口八丁を真に受けてしまってるの? 二人共純粋過ぎない??
「ごほん……そうね、ルビー」
まぁとりあえずはね。簡単な所から攻めないと。
「魔群蜂」
「ミッドナイト・ロスチャイルド」
またか。もう、貴方達はその方向性でいくのね?
魔群蜂はその名の通り群れを成す蜂の魔物で、アルベルトの言ったものは……私は知らないものの、多分闇魔法のうちの一つなんだろう。しらんけど。
これまた、普通にしりとりをやってる分には一生お目にかからないような。そんな単語だ。
「……ドリシュヴァート渓谷」
そっちがそのつもりなら私だって、普通なら出ないような単語でやってやろうじゃない。
そんな謎の対抗心から、我が国の北東方面にある大きな渓谷の名前を出してみる。しかしイリオーデは顔色一つ変えずに、淡々と口を開く。
「幻妖精」
「リバイバル・メモリア」
何だ、なんなんだその謎の語彙力。もしかして二人共、若干縛りプレイしてない? どうして個人で縛りルールを課しているのよ。やるなら皆縛らなきゃ不公平じゃない。
「アンドルフ・セクト」
とは言いつつも、私は自分に縛りルールを課さない。だって特定ジャンルだけとか無理だもの。私は満遍なく色々と覚えるタイプなので!
ちなみにこれは偉人の名前である。どこかの国を作った偉大な人らしい。
「飛蟲竜」
「ボンドレズ」
今度は魔物と地名ね。ちなみにこの飛蟲竜という魔物私達の知るようなトンボではなく、見れば確実に吐くような気持ち悪さの空飛ぶクソでかい蟲の魔物である。その禍々しさから竜の名を借りているだけであって、竜要素は一ミリも無いらしい。
図鑑の絵でしか見た事がないものの、分かりやすくいえばアフリカゾウ並の大きさらしいので実際に見たら相当気持ち悪いと思う。
幸いにも熱帯雨林にしか生息しないとの事なので、年中他国と比べたら寒い我が国ではまずお目にかからない。本当に良かった。この国が寒い国で。
ボンドレズは……どこだったかな、どこかの国にある美しい湖の名前がそんな感じだった気がする。
イリオーデもアルベルトも博識だなあ本当に。
こうして、記憶力に自信のある私VS博識なイリオーデVS博識なアルベルトのしりとりは続いていった。
移動中の暇潰しで始めたにしては非常に白熱した戦いとなり、私達は何と、今日泊まる場所に着くまでずっとしりとりで盛り上がっていたのだった。
ケイリオルさんの試験をクリアし、無事に三人で大公領に向かう事を許可されたので、私は意気揚々と荷物を纏めていた。
準備中のナトラの刺すような視線が痛かったな。
そしてついに訪れた出発日。最後の悪あがきとばかりに、ナトラとシュヴァルツが「アミレスの誕生日を祝えぬなどふざけておるのじゃ!!」「このままだと、おねぇちゃんはぼくの誕生日も祝ってくれないじゃんか!」と騒ぐ。
シュヴァルツの誕生日は一月一日。めちゃくちゃ私の旅程と被っている。それがどうにも気に入らないようで。
じゃあその日もカイルを呼び出して、一旦帰ってくるから。と宥めてようやくシュヴァルツは大人しくなった。不貞腐れてはいたけど。
そう、何を隠そう──私の誕生日問題については、カイルの力を借りる事で解決したのだ。
何でも、カイルが私の誕生日当日だけ一時的に東宮に転移させてくれるらしいのだ。それで東宮に戻って、ありがたくも誕生日を祝ってもらい、誕生日が終わればまた元の場所に戻り、帰路につく。
大まかにはそんな流れになった。
それでなんとか皆を説得し、私はついに東宮を出発する時を迎えた。これからイリオーデとアルベルトと二人で御者の引く馬車に乗るんだけど……アルベルトが何故か女装している。『この方が怪しまれないので』と言っていた。
その為、とんでもねぇ黒髪清楚美人が私の目の前にいる。
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「……イリオーデ、ルティ。当然、分かってるだろうな」
お見送り組が物騒な言葉を吐く。シュヴァルツとナトラはまぁいつも通りだからいいとして、マクベスタどうしたの。そんな顔して……寒いからお腹痛いのかな?
「マクベスタ、お腹痛いなら見送りなんかしてないで、もう中に戻ってていいのよ?」
「いや、何の話だ?」
「だってお腹痛いからそんな険しい顔してるんでしょう」
「…………特に腹痛などはない。顔は……生まれつきだ」
「生まれつき?! そんな事はないでしょう!」
だって貴方の笑顔知ってるもの! と主張すると、はぁ。とマクベスタは落胆したようなため息を一つ。
お腹痛いって大勢の前で言われたのが恥ずかしかったのかしら。気が利かなくてごめんよマクベスタ……。
「主君、そろそろ出発の時間です」
「そうね。それじゃあ行ってきます。ナトラ、シュヴァルツ、マクベスタ、留守番よろしくね」
騒ぐ私に、どこからそんな声が出てるんだと疑問の中性的なハスキーボイスで、アルベルトが出発を促す。
普段は執事服の彼だが、今はカツラを被り侍女の制服を着て化粧もしているようで、もう侍女にしか見えない。諜報部の変装技術どうなってるのよ。
イリオーデにエスコートされ、しっかり皇家の紋章の入った最上級の馬車に乗り込む。後からイリオーデとアルベルトも乗って来て、私の向かいに二人共座った。
うわぁ、絵になるなぁ……なんていう風に二人を暫く眺めていたものの。一時間もすれば流石に暇を覚える。
加えて、イリオーデもアルベルトも自発的に発言するタイプではなかった。つまり──馬車の中はとても静かなのである。
「イリオーデ、ルティ。貴方達に折り入って話があるのだけど」
「は、何なりと」
「いくらでもお相手になりましょう」
私が無駄に重々しく切り出したからか、二人は非常に真剣な面持ちとなっていた。しかし、これはそれなりに重要な問題だからこれぐらいの空気感でいいわ。
すぅ、と軽く息を吸って、改めて私は口を開く。
「──しりとりしましょう」
「「…………」」
ぽかんとする二人。しかしすぐさまハッとなり、イリオーデはおずおずと口を開いた。
「しりとり、とは…………幼い子供達が雨の日などに軒下で行う、あの……しりとりですか?」
「待て、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君がわざわざこのようなご提案をしたんだ。これには何か深いお考えがある筈だ。そもそも俺達の知るそれと、主君の語るそれが違う可能性だってある」
「……確かに一理ある。王女殿下自ら仰ったのだ。まさか、誰にでも出来るしりとりという言葉遊びに何か特別な意味が……」
「何せ主君直々のご提案だからね」
「ああそうだな……」
何を言ってるのかしら、この人達は。十三歳の王女がしりとりしようって言ったんだから、それはもうただしりとりがしたいだけに決まってるでしょう。
あまりにも馬車での時間が退屈で、何より静寂が辛くて。
だから少しでも空気を変えようと、しりとりしようって提案しただけなのに。
「……ふっ、やるじゃない。よくそれに気づいたわね。そう、私はこのしりとりを通して、貴方達に新たな発見をして欲しかったのよ」
こうなったら全力で乗っかろう。誤解を解くのも面倒だからね!
一体しりとりを通して何を発見させようとしているのか、それを言ってる本人が一番理解していないのだが、
「流石は王女殿下。貴女様は、ただ答えを与えるのではなく、己で考える機会を与えて下さるのですね」
「主君の下僕として、必ずや新たな発見を成してみせます」
何故かこの二人には通じているらしい。何をどう解釈したらその発言に至るのか、後学の為に小一時間問い詰めたい所をぐっと堪え、しりとりの火蓋を切って落とす。
「兎にも角にも、しりとりを始めましょうか。とりあえず私スタートで……しりとりの『り』から。リンゴ、はい次はイリオーデね」
まずはセオリー通りにリンゴスタートだ。私の右斜め前にいたイリオーデに次は貴方よと告げると、イリオーデは真剣な表情で悩んだ末、
「蛇女怪」
まさかの神話から引用して来た。天空神話に出てくる蛇の能力を持つ美しき女怪。それが、ゴーゴルなのである。大体は私達の知る所でもある、ギリシャ神話のゴルゴーンとも変わらないようだ。
それにしても。少なくともしりとりで使われる事は滅多に無いであろう単語ね。……イリオーデったら、ただのしりとりでどうしてその単語を選んだの?
「次は俺か…………ルナティクス・ティール」
「何それ?」
「闇魔法の一つです。相手の視界を完全に奪う事が出来ます」
「強っ……」
それはともかく、どうして魔法名? イリオーデもアルベルトも、やけに回答が張り切ってるわね。そんなに私の口八丁を真に受けてしまってるの? 二人共純粋過ぎない??
「ごほん……そうね、ルビー」
まぁとりあえずはね。簡単な所から攻めないと。
「魔群蜂」
「ミッドナイト・ロスチャイルド」
またか。もう、貴方達はその方向性でいくのね?
魔群蜂はその名の通り群れを成す蜂の魔物で、アルベルトの言ったものは……私は知らないものの、多分闇魔法のうちの一つなんだろう。しらんけど。
これまた、普通にしりとりをやってる分には一生お目にかからないような。そんな単語だ。
「……ドリシュヴァート渓谷」
そっちがそのつもりなら私だって、普通なら出ないような単語でやってやろうじゃない。
そんな謎の対抗心から、我が国の北東方面にある大きな渓谷の名前を出してみる。しかしイリオーデは顔色一つ変えずに、淡々と口を開く。
「幻妖精」
「リバイバル・メモリア」
何だ、なんなんだその謎の語彙力。もしかして二人共、若干縛りプレイしてない? どうして個人で縛りルールを課しているのよ。やるなら皆縛らなきゃ不公平じゃない。
「アンドルフ・セクト」
とは言いつつも、私は自分に縛りルールを課さない。だって特定ジャンルだけとか無理だもの。私は満遍なく色々と覚えるタイプなので!
ちなみにこれは偉人の名前である。どこかの国を作った偉大な人らしい。
「飛蟲竜」
「ボンドレズ」
今度は魔物と地名ね。ちなみにこの飛蟲竜という魔物私達の知るようなトンボではなく、見れば確実に吐くような気持ち悪さの空飛ぶクソでかい蟲の魔物である。その禍々しさから竜の名を借りているだけであって、竜要素は一ミリも無いらしい。
図鑑の絵でしか見た事がないものの、分かりやすくいえばアフリカゾウ並の大きさらしいので実際に見たら相当気持ち悪いと思う。
幸いにも熱帯雨林にしか生息しないとの事なので、年中他国と比べたら寒い我が国ではまずお目にかからない。本当に良かった。この国が寒い国で。
ボンドレズは……どこだったかな、どこかの国にある美しい湖の名前がそんな感じだった気がする。
イリオーデもアルベルトも博識だなあ本当に。
こうして、記憶力に自信のある私VS博識なイリオーデVS博識なアルベルトのしりとりは続いていった。
移動中の暇潰しで始めたにしては非常に白熱した戦いとなり、私達は何と、今日泊まる場所に着くまでずっとしりとりで盛り上がっていたのだった。
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