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第三章・傾国の王女

閑話 ある少女は夢を観た2

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『あぁ。そりゃ面接とかが面倒臭いからだな。そんな就活関係の作業やる時間あったら普通に仕事した方がいいだろ? うちは基本、人事担当が色んな企業とか場所巡って良さげな人間見つけたら意地でもスカウトする。地獄の果てまで追いかけてスカウトする。とかいうエグい変則スタイルでやってるしなァ……採用募集は向こう十年ぐらいやらなさそうだわ』

 そんな理由で……でもそれで運営事務局として成り立っている程に、優秀な人材が集まっているのだろう。
 都市運営事務局というネームバリューも相まって、きっとスカウトも軒並み成功しているんだろうな。

『……うん? でもお兄さんは新卒で入社したんですよね。どうやって入社したんですか?』
『そりゃスカウトされたからだけど。大学時代に趣味でプログラム作ってたら、それを教授に見られて『ちょっとこれ借りてもいいかい?』とか言われてノーパソ没収されて……教授がそれを事務局の知り合いに勝手に見せたらしくてな、その日以来事務局の人事担当に付き纏われるようになった』
『付き纏われる……?!』
『さっきも言っただろ、目をつけたら地獄の果てまで追いかけてスカウトするんだよ事務局の人事担当は』

 相当大変だったのだろう。お兄さんは遠い目で語った。
 付き纏われるようになってから二週間近くの間人事担当の男性から逃げ回る日々を送っていたと。
 『人事担当が男だったのが不幸中の幸いだったな……女だったら殺してたかもしれん』なんて物騒な事を言うぐらい、お兄さんはその人事担当の方に追い詰められていたのだと。

『俺としては適当な中堅企業に入社して悠々自適なオタクライフを送るつもりだったんだが、事務局の給料がめちゃくちゃよかったのと、『就活しなくていいから! 君はもう卒業後すぐうちに来てくれ!』という言葉に感銘を受けてな……ついには首を縦に振ってしまった』
『その人事担当の方、お兄さんが他の企業に取られるのが相当嫌だったんでしょうね』

 あの事務局の人事担当の方にそこまでさせるなんて、このお兄さんは本当に、あたしが思っているよりもずっと凄い人なんだな。

『有給も前もって言っておけば取らせてくれるし、職場は女が少ないし、俺の仕事も簡単なやつだし……最高の職場だよ』
『仕事……お兄さんはどんな仕事をしてるんですか? 後学の為に教えて下さい!』
『後学って。俺から学ぶ事とか何もねぇと思うけどな』

 いえいえそんな事は! とメモとペンを手に身を乗り出す。

『俺の仕事……は、そうだな。話せる範囲だとプログラム作成と管理だよ。俺、プログラマーとしてスカウトされたからな』
『プログラム管理?』
『二年ぐらい前から導入された学生都市内専用健康管理アプリ、ヴィータってあるだろ?』
『ありますね。あたしも、周りの人達も皆愛用してます。本当に便利であれ無しではもう生きられない! ってぐらいお世話になってますね』
『あれ作って管理してんの、俺』
『…………え?』

 導入から二年、今や学生都市で生活するおよそ十五万人の市民全員が毎日のように利用しているという、あのヴィータの製作者……? こんな若いお兄さんが?
 健康管理からスケジュール管理に他者とのメッセージのやりとりに学校からの連絡……他にも登録しておけば、学生都市内の様々なお店のお得情報などまで、全てがそのアプリ一つで賄えてしまう便利なアプリ。
 何よりも特筆すべきはその秘匿性。メッセージや情報が漏洩した事は現時点で一度もなく、利用者の希望や些細な意見にもすぐ応えてくれる。その為か、一度使えばもうやめられないアプリと呼ばれる程。
 これは学生都市の住民に支給される携帯端末ケータイでのみ使用可能なアプリであり、かつ同じ携帯端末ケータイ同士でしか繋がらないので、これだけが……唯一あの人に知られる事の無いあたしのプライベートだった。
 この端末内で調べられた事や入力された事は何があってもあの人に知られない。本当に有難い限りだ。

『えっと……本当にいつもお世話になってます』
『わざわざお礼を言われる程の事じゃねぇよ。俺はただ俺の仕事してるだけだし…………だから、頼むからそういう目で俺を見るな』

 感謝を伝えたところで、急にお兄さんが不機嫌になる。

『そんな目、って……?』
『俺に好意的な目だよ。アンタは自分の事にいっぱいいっぱいで俺に興味無さそうだったから、これまで大丈夫だったんだが…………どんな形であれ、俺に好意なんて持たないでくれ。貴重なアンディザ仲間は大事にしてぇんだよ』

 苦々しく吐き捨てた後、お兄さんは険しい顔で『俺はそろそろ仕事に戻るから』と言って席を立ってしまった。
 ……よく、分からないけど。あたしは嫌われてしまったのかもしれない。お兄さんの逆鱗に触れるような事をしてしまったみたいだから。
 確かにお兄さんの言う通り、あたしはお兄さんに少なからず好意を抱いていた。
 だってお兄さんは、初めてあたし自身を見てくれたから。その上でズケズケとあたしの事情に口を出して、あたしが異常だって事に気づかせてくれたから。
 他にもたくさん……色んなことを教えてくれたり、『アンディザ』と出会わせてくれたり。あたしの人生を変えてくれた人だから。
 ああ、そっか。あたしは──お兄さんの事が好きなんだ。
 でも駄目だ。お兄さんは好意的な目で見るなと言っていた。それに、お兄さんは多分…………女性が苦手、というか嫌いなんだろう。過去に何があったのかあたしが知る筈も無いんだけど、多分女性絡みのトラブルに巻き込まれたのかな。
 だからさっきだってあんな事を言ったんだ。

『初恋なのに、告白出来ないって……こんな気持ちなんだ……』

 お兄さんが推している『アンディザ』の『マクベスタ』のように、歯がゆい気持ちになる。
 ……でも、お兄さんは好意的な目で見られたくないと言っていた。なら、あたしはこれからもお兄さんとゲームの話をしたりする為にこの恋を捨てよう。お兄さんが好きだから、お兄さんと一緒にいたい。
 その為にこの恋を終わらせて、お兄さんの『アンディザ仲間』になるんだ。
 早くゲームをプレイして、クリアしないと。
 そう決めてからは数日間、本当に空き時間という空き時間を全てゲームに費やした。あの人への報告うそもかかさず、ゲームをプレイした。
 そしてあれから一週間が経ち、ついに『アンディザ』をクリアしたあたしは意気揚々といつものカフェに向かった。
 一週間ぶりのカフェ。お兄さんはいるだろうか、いるといいな。
 いつものドリンクを注文し、ドリンク片手にいつもの席に向かうとそこにはお兄さんがいた。 『お兄さん』と声をかけると、

『あぁ、久しぶり』

 お兄さんはイヤホンを外してあたしの方を見た。
 よかった、まだお兄さんには嫌われていないみたい。

『あのですね、お兄さん。実はあたし……』
『ん?』

 ホッと胸を撫で下ろして向かいの席に座り、あたしはゲーム機を取り出した。そしてゲーム画面をお兄さんに見せつける。

『ゲーム、完全クリアしました!』
『おお、マジか。どうだった? アンディザは面白かったか?』
『はい。つらいシーンもあったけど、でも凄く面白かったです』
『そうかそうか。そりゃ良かったぜ』

 先程までの退屈そうな顔が嘘のように、お兄さんは楽しそうな表情となった。
 すると突然お兄さんがずい、と身を乗り出してきて、心臓がドキッと音を生む。

『で、全部プレイし終わって誰が一番好きだった?』
『えっ? えと……ミカリアと、フリードル……かな』
『うぉぉ……意外な所いったなぁ。俺はてっきりカイル辺り行くと思ってたんだが。でもあれだな、どっちもまぁまぁな溺愛キャラだし納得ではある』
『カイルもサラもアンヘルもロイもセインカラッドもマクベスタも好きだけど、特に好きだったのはミカリアとフリードルでした』
『そっか。アンディザを好きになってくれたみたいで本当に嬉しいよ』

 初めて見るお兄さんの無邪気な笑顔。
 それを見たあたしの心臓はドキドキと高鳴り、顔まで熱くなってくる。慌てて下を向いたけれど、顔から熱が引く気配は無い。
 見られちゃダメだ。お兄さんにだけは見られちゃいけない。お兄さんにこの気持ちを知られたら、あたしはもうお兄さんと一緒にはいられない──。

『なぁ、アンタのスマホ鳴ってるけど』
『っ! そ、そうですね……!』
『……?』

 プルルッ、と誰かからの着信を告げるあたしのスマホ。画面にはあの人の名前。
 慌てて電話を繋げて、『もしもし』と口にする。

『──■■■、元気? 今どこで何してるのかしら。またカフェに入り浸ってるの? いくら気に入ったからっていつもカフェに行ってたら勉強にも集中出来ないじゃないの。今どこにいるのか知らないけど、早く家に帰って勉強なさい。お母さんはあなたの為に言ってるのよ?』

 通話越しに聞こえてくる、いつもの調子。あたしの為あたしの為って……本当にいつもそう。
 誰が、いつ、そんな事頼んだかしら。

『……うん。今日はもう家に帰って、勉強するね』
『そうしなさい。あなたがちゃんと勉強して、いい会社に就職してくれる事がお母さんの願いだからね』
『分かってるよ。それじゃあね』

 下唇を噛みながら、半ば無理やり通話を切る。
 せっかく一週間振りにお兄さんと会えたのに……そんなやるせなさから、はぁ。とため息をついたら、

『あのさ、アンタ……もうちょっと自分の為に生きてみたらどうなんだ?』

 お兄さんは驚く事を口にした。

『自分でも自分がおかしいって事はもう分かってんだろ? なら、もう他の誰でもない自分の為に生きろよ。もっと我儘に、自由に生きたらいいだろ』
『もっと我儘に、自由に…………』
『親の言いなりになんかならずに、心ゆくままに生きたらいいと思うけど』
『でも、今更そんなの……』
『相当洗脳されてるっぽいしなぁ。はぁ、しゃーねぇな。乗りかかった船だ、俺もある程度は協力してやるよ。毒親からの脱出』
『え……?』
『言っただろ。俺、同志は大切にする主義なんだよ。アンタが自由になりたいっていうのなら、俺も協力してやるよ。まー、とどのつまりアンタ次第だな』

 アンタが望むなら、自由になる手伝いもしてやる。そう、お兄さんは真摯な姿勢を見せた。あまりの温度差に驚き、声が出ない。
 ……自由になれるの? もうあんな痛い思いをしなくてもいいの? お母さんの機嫌を伺って生きる必要も、あたしの人生を全て決められる必要もないの?
 あたしも──普通に、なれるの?
 目頭が熱くなる。あたしは、ゆっくりと頭を下げて、彼に告げた。

『お願いします。どうか、あたしを、自由にしてください』
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