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第三章・傾国の王女
閑話 ある少女は夢を観た
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───キンキンと耳を刺すように響く、誰かの怒鳴り声。
それが聞こえる時、決まって体が痛くなる。最初はお腹。次は背中、その後は胸元、お尻、太もも……あちこちが痛くなる。
そして、あたしは懇願するように何度も言葉を繰り返す。
『ごめんなさい。次はちゃんとするから。ごめんなさい』
涙ながらに謝ると、その人は満足したように頬を緩ませ、被害者面してあたしを抱き締めた。その後の言葉はいつも同じ。
『私の方こそごめんなさい。でもこれは全て、あなたの為なのよ──■■■』
あたしの為である事に間違いは無いのだろう。だけどそれは結局のところこの人の自己満足でしかないわけで。
私の娘はこんなにも立派に育ったんですよ、私の教育の賜物なんです。
そう世間に自慢し賞賛されたいが為にやっている承認欲求と自己顕示欲の成れの果てのような行為。
『あなたの為にやっている』と言えば全てが正当化されるとでも思っていたのか……脳内お花畑の、なんちゃって真面目エリート母親な自分に酔いしれていただけの馬鹿な人。
ああ、でも。そんな馬鹿な人の言葉を、怒りを、罰を恐れて…………あたしはずっとずっとあの人に従っていた。
怖かった。あんな人でもあたしにとって唯一の家族だったから、もし逆らって失ってしまったらどうしようと。
この考えに至る事さえもあの人の調教の賜物なのだろう。あたしは立派な母親の奴隷に成長した。あの人が望むように動き話し生きる、あの人の欲を満たす為の道具。
それが、顔も名前も覚えていない、あたしだった。
いつまでかな。二十歳になる少し前まではそれが普通と信じて疑わなかった。皆そうなのだと、誰もが親に人生を束縛されて生きているのだと思っていた。
だけど、それは間違いだった。あの人から前もって許可を貰って立ち寄った大学近くの人でいっぱいのカフェ。
そこで偶然にも相席する事になってしまったサラリーマンのお兄さんが、『辛気臭い顔してるな、アンタ』と失礼な事を言ってきた。
それが、お兄さんとの出会いだった。
このお兄さんはあたしの話を真剣に聞いてくれて、その上で『それどう考えても毒親ってやつじゃねぇか。アンタ洗脳されてんだよ、母親に』とあたしの人生を全てぶっ壊すような事を言った。
それからというもの、あの人には『あのカフェが気に入った』と言って何度も許可を貰い、会社の昼休みにカフェに来ているというお兄さんとよく会って話すようになった。
お兄さんと話していると、常に周りの人達の視線が凄かったんだけど、お兄さんはそれにも慣れているのか全く気にもとめず色々と話してくれた。
まず初めに普通の家庭というものを教えてもらった。次に普通の親というものを教えてもらった。その次に普通の子供を教えてもらった。
お兄さんは、『まぁ……俺とて普通の家庭で育った訳ではないから、こんなの俺の理想でしかないんだけどな』とため息混じりに語る。
それでもあたしからすれば全てが不可思議だった。まるで別の世界のような話にも聞こえた。何もかもがあたしと違う。世の中の人達は、そんな風に暮らしているの?
何もしていないのに、親から愛して貰えるの? 痛い罰じゃなくて、小説や絵本にあるような普通のなんでもない愛を、どうしてあたしは駄目であなた達だけ貰えるの?
ずるい、ずるい。どうしてあたしは……皆が当たり前にやっている事や享受している全てを、ただ親指を噛んで羨ましがらなければならないの?
『あたしだって……普通になりたい。普通の人として、普通に恋をして、普通に愛されたい。どうしてあたしは普通じゃないの…………?』
膝の上で握り拳を作り、震わせていると。
『愛されたいねぇ……ふむ、なぁアンタ、ゲームとかってやる?』
『え? ゲーム、はほとんどやった事ない。お母さんが、ゲームなんて人にとって有害だって、やらせてくれなくて』
『うわぁ……他所の家の事に口出しするのもあれだが、マジで聞けば聞く程典型的な毒親だな』
『それで、どうして急にそんな事を?』
『ああそうだ、本題に入るぞ。アンタ──恋愛ゲームとか興味あるか?』
『……恋愛、ゲーム?』
ニヤリ、とお兄さんは笑った。
『恋愛ゲームと言っても、女性向け恋愛シミュレーションではなく恋愛ADVの方。つまりは乙女ゲームってヤツだ。乙女ゲームってのはその性質上基本的に逆ハーだからな、大勢の男から愛される……なんて疑似体験が出来ない事もない』
『!』
その乙女ゲームとやらの事はよく分からないけれど、お兄さんの最後の言葉──大勢の男から愛される疑似体験というものに、あたしは強く反応していた。
性別はこの際関係ない。誰かから……たくさんの人から愛して貰えるというだけで、あたしが興味惹かれるには十分だった。
『その様子だと興味はあるみたいだな。よし、アンタどんな男が好みなんだ、何でもいいから言え』
『えっと……好み……? 絵本の王子様みたいな人……とか?』
『王子かよし来た任せろ!!』
途端にやる気に満ちた顔つきになり、ガタッと勢いよく立ち上がったお兄さんは店中から注目を浴び、少し恥ずかしそうに視線を泳がせて着席した。
しかし程なくして鞄の中を漁り、謎の箱とゲーム機らしきものを取りだしたのだ。お兄さんはその箱から小さな冊子を出して、ペラペラと捲る。
『えー、こちらに見えますがアンディザの俺の推し、真面目✕純情王子のマクベスタ・オセロマイト。見た目も性格も完璧王子様な、俺の推しです』
『は、はぁ……』
『自分の住んでた国が滅んだっつーくそ重い過去があってなー……それ以来大事な人を失う事を極端に恐れるようになってよ、ヒロインに全然気持ちを打ち明けられなくて、ずっともどかしい両片想いを続ける俺の推し。どう、マクベスタはアンタの好みか?』
『えと……』
ペラペラペラペラと高速で捲し立てられて頭がこんがらがる。
『とりあえず次行くか。次はコイツ、冷酷残忍✕溺愛王子のフリードル・ヘル・フォーロイト。王子様というよりかは覇王とかそっちのが似合うドS通り超えて残酷な男だな。でもなぁ……落ちてからがやばいのよ、コイツ。もうほんっとに溺愛と独占欲がやばくてさぁ~~、ギャップ萌えだな、ギャップ萌え』
『ギャップ萌え』
『そうギャップ萌え。んで次は……コイツだな。スパダリ✕運命王子のカイル・ディ・ハミル。アンディザ無印でまさかの運命枠だったスパダリ王子だな。この二作目では何せメインが追加組だったもんで運命要素はちと減ったが、逆にスパダリ要素が増したまさにスパダリオブスパダリ! 理想の男って感じの奴だな』
『スパダリ』
さっきから知らない言葉が次々に聞こえて来る。
お兄さんが何を言っているのか半分以上分からないけど、こんなにも楽しそうなお兄さんは初めて見たから、とりあえず頑張って話を聞いていた。
『百聞は一見にしかずって言うしな……よし、俺のやつ貸すからプレイしてみてくれよ。ほらこれ、ソフトと本体』
『で、でもこれ……お兄さんのじゃあ……』
『大丈夫大丈夫。普段から布教用に予備のソフトと予備の本体持ち歩いてて、それも予備のやつだからさ。気にせず心ゆくまでプレイしてくれたまえ』
『布教……?』
よく分からないままゲーム機とソフトと充電器を渡されて、その日からあたしは暇さえあればゲームをするようになった。
あの人から離れて今は一人暮らしをしているけれど、その代わりとばかりにあの人に逐一何をしたかなどを報告するように言われているし、何か買い物したらレシートの写真を送るようにも言われている。
結局の所、あたしはあの人に縛られたままだった。
だがしかし、あたしはあの人に何も報告せずにゲームに没頭した。そう──ついにあたしは、あの人に反抗したのだ。
勉強していたと嘘をついて、大学で講義の合間にやったり、昼にご飯を食べながらやったり。
最初は何が何だか分からなくて戸惑っていたけれど、慣れた頃にはあたしもそのゲーム……『アンディザ』にどハマりしていた。
沢山の人達にいっぱい愛されるゲーム。度々バッドエンドっていう辛い展開もあったけれど…………それが寧ろハッピーエンドを引き立てていて、あたしは何度か大学でプレイしていて泣いてしまった。
あたしもこんな風に愛されたいな。あの人みたいな痛い愛じゃなくて、普通に生きて普通に貰える優しい愛が欲しい。
そう、強く心に思うようになったのだ。
『そこ、値間違ってるぞ』
『あ。本当だ……お兄さんって本当に頭いいですよね』
『地方の実家を出て一人暮らしする為にここの大学に進学して来たからな。そこそこ勉強はしたさ』
『……そういえば、お兄さんってどんな会社で働いてるんですか? いつもここで会うから、近所の会社だとは思うけれど…………この辺りって学生都市だからあんまり会社は無いような』
お兄さんと出会ってからはや二ヶ月。あたしは二日に一度ぐらいのペースであのカフェでお兄さんと昼に会い、ゲームの事を教えてもらったり、こうして勉強を見てもらったりしていた。
いつもスーツ姿でカフェに来ては、珈琲と軽食を食べているこのお兄さんが、一体どこで何をしている人なのか……そういえばあたしはまだ知らなかったのだ。
それにしても、お兄さんもしかして先輩だったりする? ここの大学って言ってたし…………。
『言ってなかったか? 学生都市を管理する機関……まぁあれだ、アンタ等に分かりやすく言うと、都市運営事務局だよ。俺、そこの職員』
『え?! 事務局って……この都市区画全部を管理してる、あの事務局?!』
『おう。新卒で入社してから三年目のピチピチの新人よ』
『本当に凄く優秀な人なんですね…………』
『おいコラ何でそんな愕然としてやがる』
この学生都市は十年程前から国が注力している一大プロジェクトそのもので、多くの研究施設や病院などの公共機関に、二つの姉妹大学とそれに連なる付属高校が一つ、更に付属中学校が二つと付属小学校が二つ、最後に保育園が五つもある超大型学生都市なのだ。
国が都市の開発と発展を推進しているだけあって、この都市……それも学校ではなく都市そのものの運営機関で働く人は超優秀、まさにエリート中のエリートと呼ばれている。
そんな運営機関に新卒で入社して働いているなんて。だって運営事務局なんて、今のところ大手企業で働いていた人をスカウトした……とかその手の採用しかした事ないって聞くぐらい、超極狭な門って言われてるのに!
そもそも新卒採用なんてやってるの? うそ、本当に??
『……あたし、お母さんから卒業後は事務局みたいな手堅い職場に勤めなさいって言われてて……ここの大学に入学して、事務局が採用なんてしてないって聞いて、凄く困惑した覚えが……』
いい高校、いい大学、いい職場。その名前を出すだけでステータスとなるような高学歴に高収入な道を進むよう、あの人はあたしに何度も繰り返していた。
だからあたしも勉強は人一倍頑張ったし、自信があったんだけど、このお兄さんはあたしなんかよりもずっと優秀な人らしい。
だから、採用募集も行っていない事務局に新卒で入社するなんて事が出来たのだろう。
それが聞こえる時、決まって体が痛くなる。最初はお腹。次は背中、その後は胸元、お尻、太もも……あちこちが痛くなる。
そして、あたしは懇願するように何度も言葉を繰り返す。
『ごめんなさい。次はちゃんとするから。ごめんなさい』
涙ながらに謝ると、その人は満足したように頬を緩ませ、被害者面してあたしを抱き締めた。その後の言葉はいつも同じ。
『私の方こそごめんなさい。でもこれは全て、あなたの為なのよ──■■■』
あたしの為である事に間違いは無いのだろう。だけどそれは結局のところこの人の自己満足でしかないわけで。
私の娘はこんなにも立派に育ったんですよ、私の教育の賜物なんです。
そう世間に自慢し賞賛されたいが為にやっている承認欲求と自己顕示欲の成れの果てのような行為。
『あなたの為にやっている』と言えば全てが正当化されるとでも思っていたのか……脳内お花畑の、なんちゃって真面目エリート母親な自分に酔いしれていただけの馬鹿な人。
ああ、でも。そんな馬鹿な人の言葉を、怒りを、罰を恐れて…………あたしはずっとずっとあの人に従っていた。
怖かった。あんな人でもあたしにとって唯一の家族だったから、もし逆らって失ってしまったらどうしようと。
この考えに至る事さえもあの人の調教の賜物なのだろう。あたしは立派な母親の奴隷に成長した。あの人が望むように動き話し生きる、あの人の欲を満たす為の道具。
それが、顔も名前も覚えていない、あたしだった。
いつまでかな。二十歳になる少し前まではそれが普通と信じて疑わなかった。皆そうなのだと、誰もが親に人生を束縛されて生きているのだと思っていた。
だけど、それは間違いだった。あの人から前もって許可を貰って立ち寄った大学近くの人でいっぱいのカフェ。
そこで偶然にも相席する事になってしまったサラリーマンのお兄さんが、『辛気臭い顔してるな、アンタ』と失礼な事を言ってきた。
それが、お兄さんとの出会いだった。
このお兄さんはあたしの話を真剣に聞いてくれて、その上で『それどう考えても毒親ってやつじゃねぇか。アンタ洗脳されてんだよ、母親に』とあたしの人生を全てぶっ壊すような事を言った。
それからというもの、あの人には『あのカフェが気に入った』と言って何度も許可を貰い、会社の昼休みにカフェに来ているというお兄さんとよく会って話すようになった。
お兄さんと話していると、常に周りの人達の視線が凄かったんだけど、お兄さんはそれにも慣れているのか全く気にもとめず色々と話してくれた。
まず初めに普通の家庭というものを教えてもらった。次に普通の親というものを教えてもらった。その次に普通の子供を教えてもらった。
お兄さんは、『まぁ……俺とて普通の家庭で育った訳ではないから、こんなの俺の理想でしかないんだけどな』とため息混じりに語る。
それでもあたしからすれば全てが不可思議だった。まるで別の世界のような話にも聞こえた。何もかもがあたしと違う。世の中の人達は、そんな風に暮らしているの?
何もしていないのに、親から愛して貰えるの? 痛い罰じゃなくて、小説や絵本にあるような普通のなんでもない愛を、どうしてあたしは駄目であなた達だけ貰えるの?
ずるい、ずるい。どうしてあたしは……皆が当たり前にやっている事や享受している全てを、ただ親指を噛んで羨ましがらなければならないの?
『あたしだって……普通になりたい。普通の人として、普通に恋をして、普通に愛されたい。どうしてあたしは普通じゃないの…………?』
膝の上で握り拳を作り、震わせていると。
『愛されたいねぇ……ふむ、なぁアンタ、ゲームとかってやる?』
『え? ゲーム、はほとんどやった事ない。お母さんが、ゲームなんて人にとって有害だって、やらせてくれなくて』
『うわぁ……他所の家の事に口出しするのもあれだが、マジで聞けば聞く程典型的な毒親だな』
『それで、どうして急にそんな事を?』
『ああそうだ、本題に入るぞ。アンタ──恋愛ゲームとか興味あるか?』
『……恋愛、ゲーム?』
ニヤリ、とお兄さんは笑った。
『恋愛ゲームと言っても、女性向け恋愛シミュレーションではなく恋愛ADVの方。つまりは乙女ゲームってヤツだ。乙女ゲームってのはその性質上基本的に逆ハーだからな、大勢の男から愛される……なんて疑似体験が出来ない事もない』
『!』
その乙女ゲームとやらの事はよく分からないけれど、お兄さんの最後の言葉──大勢の男から愛される疑似体験というものに、あたしは強く反応していた。
性別はこの際関係ない。誰かから……たくさんの人から愛して貰えるというだけで、あたしが興味惹かれるには十分だった。
『その様子だと興味はあるみたいだな。よし、アンタどんな男が好みなんだ、何でもいいから言え』
『えっと……好み……? 絵本の王子様みたいな人……とか?』
『王子かよし来た任せろ!!』
途端にやる気に満ちた顔つきになり、ガタッと勢いよく立ち上がったお兄さんは店中から注目を浴び、少し恥ずかしそうに視線を泳がせて着席した。
しかし程なくして鞄の中を漁り、謎の箱とゲーム機らしきものを取りだしたのだ。お兄さんはその箱から小さな冊子を出して、ペラペラと捲る。
『えー、こちらに見えますがアンディザの俺の推し、真面目✕純情王子のマクベスタ・オセロマイト。見た目も性格も完璧王子様な、俺の推しです』
『は、はぁ……』
『自分の住んでた国が滅んだっつーくそ重い過去があってなー……それ以来大事な人を失う事を極端に恐れるようになってよ、ヒロインに全然気持ちを打ち明けられなくて、ずっともどかしい両片想いを続ける俺の推し。どう、マクベスタはアンタの好みか?』
『えと……』
ペラペラペラペラと高速で捲し立てられて頭がこんがらがる。
『とりあえず次行くか。次はコイツ、冷酷残忍✕溺愛王子のフリードル・ヘル・フォーロイト。王子様というよりかは覇王とかそっちのが似合うドS通り超えて残酷な男だな。でもなぁ……落ちてからがやばいのよ、コイツ。もうほんっとに溺愛と独占欲がやばくてさぁ~~、ギャップ萌えだな、ギャップ萌え』
『ギャップ萌え』
『そうギャップ萌え。んで次は……コイツだな。スパダリ✕運命王子のカイル・ディ・ハミル。アンディザ無印でまさかの運命枠だったスパダリ王子だな。この二作目では何せメインが追加組だったもんで運命要素はちと減ったが、逆にスパダリ要素が増したまさにスパダリオブスパダリ! 理想の男って感じの奴だな』
『スパダリ』
さっきから知らない言葉が次々に聞こえて来る。
お兄さんが何を言っているのか半分以上分からないけど、こんなにも楽しそうなお兄さんは初めて見たから、とりあえず頑張って話を聞いていた。
『百聞は一見にしかずって言うしな……よし、俺のやつ貸すからプレイしてみてくれよ。ほらこれ、ソフトと本体』
『で、でもこれ……お兄さんのじゃあ……』
『大丈夫大丈夫。普段から布教用に予備のソフトと予備の本体持ち歩いてて、それも予備のやつだからさ。気にせず心ゆくまでプレイしてくれたまえ』
『布教……?』
よく分からないままゲーム機とソフトと充電器を渡されて、その日からあたしは暇さえあればゲームをするようになった。
あの人から離れて今は一人暮らしをしているけれど、その代わりとばかりにあの人に逐一何をしたかなどを報告するように言われているし、何か買い物したらレシートの写真を送るようにも言われている。
結局の所、あたしはあの人に縛られたままだった。
だがしかし、あたしはあの人に何も報告せずにゲームに没頭した。そう──ついにあたしは、あの人に反抗したのだ。
勉強していたと嘘をついて、大学で講義の合間にやったり、昼にご飯を食べながらやったり。
最初は何が何だか分からなくて戸惑っていたけれど、慣れた頃にはあたしもそのゲーム……『アンディザ』にどハマりしていた。
沢山の人達にいっぱい愛されるゲーム。度々バッドエンドっていう辛い展開もあったけれど…………それが寧ろハッピーエンドを引き立てていて、あたしは何度か大学でプレイしていて泣いてしまった。
あたしもこんな風に愛されたいな。あの人みたいな痛い愛じゃなくて、普通に生きて普通に貰える優しい愛が欲しい。
そう、強く心に思うようになったのだ。
『そこ、値間違ってるぞ』
『あ。本当だ……お兄さんって本当に頭いいですよね』
『地方の実家を出て一人暮らしする為にここの大学に進学して来たからな。そこそこ勉強はしたさ』
『……そういえば、お兄さんってどんな会社で働いてるんですか? いつもここで会うから、近所の会社だとは思うけれど…………この辺りって学生都市だからあんまり会社は無いような』
お兄さんと出会ってからはや二ヶ月。あたしは二日に一度ぐらいのペースであのカフェでお兄さんと昼に会い、ゲームの事を教えてもらったり、こうして勉強を見てもらったりしていた。
いつもスーツ姿でカフェに来ては、珈琲と軽食を食べているこのお兄さんが、一体どこで何をしている人なのか……そういえばあたしはまだ知らなかったのだ。
それにしても、お兄さんもしかして先輩だったりする? ここの大学って言ってたし…………。
『言ってなかったか? 学生都市を管理する機関……まぁあれだ、アンタ等に分かりやすく言うと、都市運営事務局だよ。俺、そこの職員』
『え?! 事務局って……この都市区画全部を管理してる、あの事務局?!』
『おう。新卒で入社してから三年目のピチピチの新人よ』
『本当に凄く優秀な人なんですね…………』
『おいコラ何でそんな愕然としてやがる』
この学生都市は十年程前から国が注力している一大プロジェクトそのもので、多くの研究施設や病院などの公共機関に、二つの姉妹大学とそれに連なる付属高校が一つ、更に付属中学校が二つと付属小学校が二つ、最後に保育園が五つもある超大型学生都市なのだ。
国が都市の開発と発展を推進しているだけあって、この都市……それも学校ではなく都市そのものの運営機関で働く人は超優秀、まさにエリート中のエリートと呼ばれている。
そんな運営機関に新卒で入社して働いているなんて。だって運営事務局なんて、今のところ大手企業で働いていた人をスカウトした……とかその手の採用しかした事ないって聞くぐらい、超極狭な門って言われてるのに!
そもそも新卒採用なんてやってるの? うそ、本当に??
『……あたし、お母さんから卒業後は事務局みたいな手堅い職場に勤めなさいって言われてて……ここの大学に入学して、事務局が採用なんてしてないって聞いて、凄く困惑した覚えが……』
いい高校、いい大学、いい職場。その名前を出すだけでステータスとなるような高学歴に高収入な道を進むよう、あの人はあたしに何度も繰り返していた。
だからあたしも勉強は人一倍頑張ったし、自信があったんだけど、このお兄さんはあたしなんかよりもずっと優秀な人らしい。
だから、採用募集も行っていない事務局に新卒で入社するなんて事が出来たのだろう。
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