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第三章・傾国の王女
234.世界の意思5
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「……──では、僕はこの辺りで。この度はたいへんご迷惑をおかけしましたと、王女殿下にお伝え下さいまし。一応、僕の方で国教会の方に大司教の派遣を要請しておきますね。王女殿下の容態を診ていただく必要がありますので」
お詫びにもなりませんが、何か健康に良い物を後日お贈り致します。と付け加えて恭しく腰を曲げる。
叶うなら彼女が目を覚ますまで見守っていたいのだが、生憎と仕事が山積みで、あまり休みすぎるといくつもの部署の機能が停止してしまうんですよね。
仕方無いよね……陛下が元々あった各部署を統括する最高機関元老院を解体して、その代わりとばかりに各部統括責任者なんて前例の無い役職を作り、全てを私に押し付けて来たのですから。
その為、仕事量が異常なのだ。本来複数人(それも元老院に参席する程の優秀な者達)で処理すべき多くの仕事が全て私一人の元に舞い込む。
一日でも休めば簡単に仕事が溜まる。今みたいに催事の準備なども並行していれば尚更。なので仕方無く、彼女の事は彼等に任せて僕は仕事に戻る事にした。
……どうか、彼女の事をよろしくお願いします。
僕には名前を呼ぶ事も出来ない、大事な大事な人。いつか僕が面と向かってその名を呼べる日まで、どうか。
絶対に死なないでくれ。今度こそ、貴女にちゃんと──……愛してると言わせて欲しい。
陛下の代わりになれるなどとは思わないけれど、少しだけでも彼の代わりに貴女に愛を伝えたい。自業自得で情けない後悔ばかりの僕だけど…………ようやく取り戻せたこの親愛を、貴女に伝えたいんだ。
後ろ髪を引かれる思いのまま東宮を出て、城に戻り、僕は仕事に励んだ。あんな悪夢を見たというのに、寧ろ調子が良い。
あのような結末にだけはならないようにしなければ。そんな目標が出来たからだろう。
その日の夕方。期日の近い仕事を一通り片付けた後、陛下に今日の叙任式について報告に向かった。
僕の報告に、彼は酷く興味無さげに「そうか」とだけ短く返事をしていた。陛下は、まるでただの相槌のように同じ言葉を繰り返す。
だが途中で、少しだけ言葉を発してくれた。
「何故あの女に貴重な人材を与えてやらねばならないのか、本当に分からん。人材こそ無限にある訳ではないのだぞ」
不満ダダ漏れですね、陛下。
「それはそうですが、王女殿下の件に関しては本来与えられるべきものを与えただけですし。来年度に我が国で三年振りの国際交流舞踏会が行われる事が大陸議事会で決まったのですから、王女殿下には少しでもフォーロイトの名に恥じぬ風格というものを身につけていただかないと」
「舞踏会に関しては、私の預かり知らぬ所で議事会の古狸共が勝手に決めただけだ。風格がどうのと言うが、あの女をパーティーに参加させなければ良いだけの話ではないのか?」
「ですが、舞踏会に王女殿下が不参加では体裁を保てないかと。何せ彼女は、たった三人の皇族のうちの御一人なのですから」
「チッ……居ても居なくても変わらんだろう、忌々しきあの女など……」
彼女の事を考えさせられ、更に不機嫌さを増す陛下の顔。彼女が居ても居なくても変わらない……なんて事、僕には同意すら出来ない。
絶対に陛下には面と向かって言えないけれど、僕は彼女が生きていてくれないと困る。何せ僕の今の望みは、陛下も彼女もフリードル殿下も、皆が幸せになってくれる事だから。
「……ケイリオル。何か心境の変化でもあったのか」
一通り報告し終わった時、陛下から藪から棒にそう問われた。
驚いた。まるで他者に興味を持たないあの陛下が、部下の些細な変化に気づくなんて。今夜はちょっと豪華な料理を用意しましょうかね……。
「そう見えますかね」
「まるで昔のお前に戻ったようだ」
「陛下……『僕』はお嫌いですか?」
「さあな。どれもこれも大して変わらんだろう」
(──お前はお前でしかないのだから)
僕の眼の事を知っているからこそ、陛下はあえて口にはせず心の中にそれを留めたのだろう。
透過の魔眼を何だと思っているのやら……そういうのは、ちゃんと口にして欲しいんだけどなって昔から言ってるのに。三十年経っても変わらないな、貴方は。
ふふっ、と懐かしさから笑いが零れてしまう。
「陛下、心境の変化がどうのと問うてきたのは貴方ですよ?」
「皇帝に楯突くとはいい度胸だな」
「あっ…………すみません調子に乗りました申し訳ございません」
陛下の鋭い睨みがこちらに向けられたので、とりあえず平謝りする。
「陛下が僕の事を想像以上に見て下さっていた事が嬉しくて、つい年甲斐もなく気分が舞い上がっておりました」
ああ。やっぱり僕は、貴方の事も大好きなんだ。僕となっても、私であっても。貴方が思うように僕は僕だから。
アーシャも、アミレスも、フリードルも──貴方も。全員が本当に大事で、かけがえの無い存在だ。
これ以上失う前に気づけて良かった。本当に良かった。
「……本当に昔に戻ったかのようだな。その妙な気色悪さも懐かしく感じる」
「ふふ、たまには良いではありませんか。ついでに陛下も御一緒に如何ですか?」
「黙れ異端児。お前は本当に昔からそうだな……私を巻き込むなと何度言えば理解するんだ」
「僕と同じかそれ以上に、貴方も僕を巻き込んでましたけどね」
「…………」
「…………」
これはー……不味いですね。彼の目が完全に据わってますね。久々に彼とこうやって楽しく話せた事が嬉しくて、ついうっかりやりすぎてしまった。
我が表情筋も、今やだらしなく崩れてますし。
「──ケイリオル。三ヶ月休み無しと十日間の激務ならどちらが良いか」
「あっはは~……いやぁ…………」
「成程どちらもか。フッ、強欲な奴め。良かろうどちらもくれてやる。喜べ、皇帝自らお前に特別な贈り物を用意してやろう」
「げっっ!?」
こんな時ばっかり楽しそうな悪どい笑顔を作るんだよなぁ、この人は! どこまでも本当に氷の血筋らしさの塊だね貴方は!!
「無論、皇帝の側近たるお前は逃げ出したりせんだろう?」
「うっ……」
「精々励むといい。俺の為ならば、お前は何だってやるのだろう。期待してやらん事もないぞ」
「貴方って人はぁ~~っ、もう…………はぁ、頑張ります……」
やらないとか言っておきながら結局やってるじゃないか。貴方の口から『俺』なんて言葉を聞いたの、二十年振りとかですよ。
それは嬉しいですけど、三ヶ月休み無しで十日間激務かぁ…………過労で死なない事を祈ろう。
この先暫くの地獄を悟り、自分の執務室に向かう道中にて、僕は静かに空を仰いでいた。
♢♢
「──ん……わたし、また倒れて……」
重い瞼をこじ開けると、見知った天井が視界に映った。
世界の強制力と思しきものに押し負けて意識を落とされてしまったみたいなんだけれど……多分、イリオーデとかが東宮まで連れ戻ってくれたんだろうな。
ドレスだって脱がされている事から、どこかのタイミングで侍女の誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「王女殿下……! お目覚めになられましたか」
「主君!」
体を起こしていると、少し離れた所からイリオーデとアルベルトが駆け寄って来て。
「おはよう二人共。ちなみに私、どれぐらい寝てたの?」
「約一日です。見ての通り今はまだ昼前でして……何はともあれ、王女殿下が無事にお目覚めになって良かったです」
「何か必要なものがあればご用意致しますので、何なりとお申し付けください。主君」
一日か。昼頃に叙任式の帰りで倒れたみたいだから、確かに一日ぐらい眠っていたのね。仕事があるからもう少し早く起きたかったなぁ……。
「アミレスー! 目覚めたのじゃな!?」
ドォンッッ、と扉が破壊される音が轟いた。
「我、お前の事が心配で心配ですごーく耳を澄ましておったのじゃ。そしたらイリオーデ達の声が聞こえて……良かった、お前が目覚めてくれて」
どうやらナトラは私の事を心配して、イリオーデ達の声を聞いてここまで走って駆けつけてくれたらしい。
でも扉……私の部屋の扉が…………。
この轟音を聞いて他の人達も部屋までやって来た。最初にやって来たシュヴァルツも「えっなんで扉粉々になってんの……?」とたまげながら入室していた。
その次に来たカイル、マクベスタ、師匠の三人もまた、粉々になった扉に疑問符を浮かべていた。
そして、最後に来て粉々の扉を見て顔を青ざめさせた侍女達にごめんねと謝る。後でちゃんと業者に頼んで扉を修理して貰うから……ごめんね、悩みの種を増やして。ほんとにごめん。
そうやって東宮の人達が大集合した私の部屋にて、ナトラが私の体に抱き着いてこちらを見上げてくる。
「アミレス、本当にもう起きて大丈夫なのか? まだあと二十日程は余裕があるのじゃぞ??」
「え、何の話? 私起きちゃ駄目だったの……?」
「たったの一日でお前の体が回復する筈がない! だって前は目覚めるのに三週間もかかっておったじゃろ!」
「えぇ……それはあの時がおかしかっただけであって、今は別に大丈夫だよ。心配かけてごめんね、ナトラ。皆も」
倒れたのにすぐに目覚めた私を不審に思ったようで、ナトラは何度も大丈夫なのかと確認して来た。そんなナトラに何度も大丈夫だよと返事して、イリオーデから私が倒れた後の話を聞く事に。
どうやら、この件を受けてケイリオルさんがわざわざ国教会に大司教の派遣を要請してくれたらしく、早くても明後日には誰か来てくれるだろう。との事らしい。
とりあえず何が原因で倒れたのか分からない以上、大司教が来るまで絶対安静! と私は皆に釘を刺されてしまった。
原因はなんとなく分かってるんだけどね。でもこれ、皆には話せないだろうし……だからもう、皆の言葉に従う事にしたのだ。
「あ、そうだ。丁度皆いる事だし、一応紹介しておくね」
ちょいちょいとアルベルトを手招きする。
ススス……と静かに寝台のすぐ側まで来たアルベルトに皆の注目が集まる。
「彼の名前はアル──……っごほん、ルティ。昨日付けで私の部下になった人です」
「ご紹介にあずかりました。主君の下僕、ルティと申します」
「多分彼もこれから東宮にいる事が増えるだろうし、皆も仲良くしてね」
ついうっかり彼の本名を言いそうになってしまった。焦って軌道修正したけど大丈夫かしら?
そんな簡単な紹介を終えて、アルベルトも東宮の一員となった。また後で改めてアルベルトを呼び出して、調査のお礼がてらの港町お土産を渡そう。
そして、何とかして……世界の意思──ゲームの強制力に抗う為の手段を見つけなければ。それがある限り私のハッピーエンドなど夢のまた夢だ。だからゲームの強制力に抵抗する方法が必要なのである。
頼むから見つかって。そう、心の中で強く祈った。
お詫びにもなりませんが、何か健康に良い物を後日お贈り致します。と付け加えて恭しく腰を曲げる。
叶うなら彼女が目を覚ますまで見守っていたいのだが、生憎と仕事が山積みで、あまり休みすぎるといくつもの部署の機能が停止してしまうんですよね。
仕方無いよね……陛下が元々あった各部署を統括する最高機関元老院を解体して、その代わりとばかりに各部統括責任者なんて前例の無い役職を作り、全てを私に押し付けて来たのですから。
その為、仕事量が異常なのだ。本来複数人(それも元老院に参席する程の優秀な者達)で処理すべき多くの仕事が全て私一人の元に舞い込む。
一日でも休めば簡単に仕事が溜まる。今みたいに催事の準備なども並行していれば尚更。なので仕方無く、彼女の事は彼等に任せて僕は仕事に戻る事にした。
……どうか、彼女の事をよろしくお願いします。
僕には名前を呼ぶ事も出来ない、大事な大事な人。いつか僕が面と向かってその名を呼べる日まで、どうか。
絶対に死なないでくれ。今度こそ、貴女にちゃんと──……愛してると言わせて欲しい。
陛下の代わりになれるなどとは思わないけれど、少しだけでも彼の代わりに貴女に愛を伝えたい。自業自得で情けない後悔ばかりの僕だけど…………ようやく取り戻せたこの親愛を、貴女に伝えたいんだ。
後ろ髪を引かれる思いのまま東宮を出て、城に戻り、僕は仕事に励んだ。あんな悪夢を見たというのに、寧ろ調子が良い。
あのような結末にだけはならないようにしなければ。そんな目標が出来たからだろう。
その日の夕方。期日の近い仕事を一通り片付けた後、陛下に今日の叙任式について報告に向かった。
僕の報告に、彼は酷く興味無さげに「そうか」とだけ短く返事をしていた。陛下は、まるでただの相槌のように同じ言葉を繰り返す。
だが途中で、少しだけ言葉を発してくれた。
「何故あの女に貴重な人材を与えてやらねばならないのか、本当に分からん。人材こそ無限にある訳ではないのだぞ」
不満ダダ漏れですね、陛下。
「それはそうですが、王女殿下の件に関しては本来与えられるべきものを与えただけですし。来年度に我が国で三年振りの国際交流舞踏会が行われる事が大陸議事会で決まったのですから、王女殿下には少しでもフォーロイトの名に恥じぬ風格というものを身につけていただかないと」
「舞踏会に関しては、私の預かり知らぬ所で議事会の古狸共が勝手に決めただけだ。風格がどうのと言うが、あの女をパーティーに参加させなければ良いだけの話ではないのか?」
「ですが、舞踏会に王女殿下が不参加では体裁を保てないかと。何せ彼女は、たった三人の皇族のうちの御一人なのですから」
「チッ……居ても居なくても変わらんだろう、忌々しきあの女など……」
彼女の事を考えさせられ、更に不機嫌さを増す陛下の顔。彼女が居ても居なくても変わらない……なんて事、僕には同意すら出来ない。
絶対に陛下には面と向かって言えないけれど、僕は彼女が生きていてくれないと困る。何せ僕の今の望みは、陛下も彼女もフリードル殿下も、皆が幸せになってくれる事だから。
「……ケイリオル。何か心境の変化でもあったのか」
一通り報告し終わった時、陛下から藪から棒にそう問われた。
驚いた。まるで他者に興味を持たないあの陛下が、部下の些細な変化に気づくなんて。今夜はちょっと豪華な料理を用意しましょうかね……。
「そう見えますかね」
「まるで昔のお前に戻ったようだ」
「陛下……『僕』はお嫌いですか?」
「さあな。どれもこれも大して変わらんだろう」
(──お前はお前でしかないのだから)
僕の眼の事を知っているからこそ、陛下はあえて口にはせず心の中にそれを留めたのだろう。
透過の魔眼を何だと思っているのやら……そういうのは、ちゃんと口にして欲しいんだけどなって昔から言ってるのに。三十年経っても変わらないな、貴方は。
ふふっ、と懐かしさから笑いが零れてしまう。
「陛下、心境の変化がどうのと問うてきたのは貴方ですよ?」
「皇帝に楯突くとはいい度胸だな」
「あっ…………すみません調子に乗りました申し訳ございません」
陛下の鋭い睨みがこちらに向けられたので、とりあえず平謝りする。
「陛下が僕の事を想像以上に見て下さっていた事が嬉しくて、つい年甲斐もなく気分が舞い上がっておりました」
ああ。やっぱり僕は、貴方の事も大好きなんだ。僕となっても、私であっても。貴方が思うように僕は僕だから。
アーシャも、アミレスも、フリードルも──貴方も。全員が本当に大事で、かけがえの無い存在だ。
これ以上失う前に気づけて良かった。本当に良かった。
「……本当に昔に戻ったかのようだな。その妙な気色悪さも懐かしく感じる」
「ふふ、たまには良いではありませんか。ついでに陛下も御一緒に如何ですか?」
「黙れ異端児。お前は本当に昔からそうだな……私を巻き込むなと何度言えば理解するんだ」
「僕と同じかそれ以上に、貴方も僕を巻き込んでましたけどね」
「…………」
「…………」
これはー……不味いですね。彼の目が完全に据わってますね。久々に彼とこうやって楽しく話せた事が嬉しくて、ついうっかりやりすぎてしまった。
我が表情筋も、今やだらしなく崩れてますし。
「──ケイリオル。三ヶ月休み無しと十日間の激務ならどちらが良いか」
「あっはは~……いやぁ…………」
「成程どちらもか。フッ、強欲な奴め。良かろうどちらもくれてやる。喜べ、皇帝自らお前に特別な贈り物を用意してやろう」
「げっっ!?」
こんな時ばっかり楽しそうな悪どい笑顔を作るんだよなぁ、この人は! どこまでも本当に氷の血筋らしさの塊だね貴方は!!
「無論、皇帝の側近たるお前は逃げ出したりせんだろう?」
「うっ……」
「精々励むといい。俺の為ならば、お前は何だってやるのだろう。期待してやらん事もないぞ」
「貴方って人はぁ~~っ、もう…………はぁ、頑張ります……」
やらないとか言っておきながら結局やってるじゃないか。貴方の口から『俺』なんて言葉を聞いたの、二十年振りとかですよ。
それは嬉しいですけど、三ヶ月休み無しで十日間激務かぁ…………過労で死なない事を祈ろう。
この先暫くの地獄を悟り、自分の執務室に向かう道中にて、僕は静かに空を仰いでいた。
♢♢
「──ん……わたし、また倒れて……」
重い瞼をこじ開けると、見知った天井が視界に映った。
世界の強制力と思しきものに押し負けて意識を落とされてしまったみたいなんだけれど……多分、イリオーデとかが東宮まで連れ戻ってくれたんだろうな。
ドレスだって脱がされている事から、どこかのタイミングで侍女の誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「王女殿下……! お目覚めになられましたか」
「主君!」
体を起こしていると、少し離れた所からイリオーデとアルベルトが駆け寄って来て。
「おはよう二人共。ちなみに私、どれぐらい寝てたの?」
「約一日です。見ての通り今はまだ昼前でして……何はともあれ、王女殿下が無事にお目覚めになって良かったです」
「何か必要なものがあればご用意致しますので、何なりとお申し付けください。主君」
一日か。昼頃に叙任式の帰りで倒れたみたいだから、確かに一日ぐらい眠っていたのね。仕事があるからもう少し早く起きたかったなぁ……。
「アミレスー! 目覚めたのじゃな!?」
ドォンッッ、と扉が破壊される音が轟いた。
「我、お前の事が心配で心配ですごーく耳を澄ましておったのじゃ。そしたらイリオーデ達の声が聞こえて……良かった、お前が目覚めてくれて」
どうやらナトラは私の事を心配して、イリオーデ達の声を聞いてここまで走って駆けつけてくれたらしい。
でも扉……私の部屋の扉が…………。
この轟音を聞いて他の人達も部屋までやって来た。最初にやって来たシュヴァルツも「えっなんで扉粉々になってんの……?」とたまげながら入室していた。
その次に来たカイル、マクベスタ、師匠の三人もまた、粉々になった扉に疑問符を浮かべていた。
そして、最後に来て粉々の扉を見て顔を青ざめさせた侍女達にごめんねと謝る。後でちゃんと業者に頼んで扉を修理して貰うから……ごめんね、悩みの種を増やして。ほんとにごめん。
そうやって東宮の人達が大集合した私の部屋にて、ナトラが私の体に抱き着いてこちらを見上げてくる。
「アミレス、本当にもう起きて大丈夫なのか? まだあと二十日程は余裕があるのじゃぞ??」
「え、何の話? 私起きちゃ駄目だったの……?」
「たったの一日でお前の体が回復する筈がない! だって前は目覚めるのに三週間もかかっておったじゃろ!」
「えぇ……それはあの時がおかしかっただけであって、今は別に大丈夫だよ。心配かけてごめんね、ナトラ。皆も」
倒れたのにすぐに目覚めた私を不審に思ったようで、ナトラは何度も大丈夫なのかと確認して来た。そんなナトラに何度も大丈夫だよと返事して、イリオーデから私が倒れた後の話を聞く事に。
どうやら、この件を受けてケイリオルさんがわざわざ国教会に大司教の派遣を要請してくれたらしく、早くても明後日には誰か来てくれるだろう。との事らしい。
とりあえず何が原因で倒れたのか分からない以上、大司教が来るまで絶対安静! と私は皆に釘を刺されてしまった。
原因はなんとなく分かってるんだけどね。でもこれ、皆には話せないだろうし……だからもう、皆の言葉に従う事にしたのだ。
「あ、そうだ。丁度皆いる事だし、一応紹介しておくね」
ちょいちょいとアルベルトを手招きする。
ススス……と静かに寝台のすぐ側まで来たアルベルトに皆の注目が集まる。
「彼の名前はアル──……っごほん、ルティ。昨日付けで私の部下になった人です」
「ご紹介にあずかりました。主君の下僕、ルティと申します」
「多分彼もこれから東宮にいる事が増えるだろうし、皆も仲良くしてね」
ついうっかり彼の本名を言いそうになってしまった。焦って軌道修正したけど大丈夫かしら?
そんな簡単な紹介を終えて、アルベルトも東宮の一員となった。また後で改めてアルベルトを呼び出して、調査のお礼がてらの港町お土産を渡そう。
そして、何とかして……世界の意思──ゲームの強制力に抗う為の手段を見つけなければ。それがある限り私のハッピーエンドなど夢のまた夢だ。だからゲームの強制力に抵抗する方法が必要なのである。
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