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第三章・傾国の王女

♢大公領編 229.世界の意思

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 港町ルーシェでの数日間、私とカイルはカジノで遊んだりお土産を買ったりと遊んでばかりのように見えるが、実は社会にも貢献していた。
 私達が暴れたあの後、ルーシェ沖に放置されていた最後の海賊船から様々な作戦の指示書や契約書が、町の自警団によって押収された。
 それにより鉱山事故や行方不明事件などの様々な事件の真相が明らかになっただけでなく、リベロリア王室がバックについているとも判明し、繰り返されていた数多の犯罪に皇帝陛下は御立腹。なんと皇帝自らリベロリア王国に乗り込んで大粛清を行ったらしい。
 わざわざ、リベロリア王国に行った経験があり空間魔法を使える魔導師を宮廷魔導師を御前に召喚し、リベロリア王国に瞬間転移。リベロリア王室の方々が言い訳をする間も無く皆殺しにしたらしいのだ。
 その姿はまさに戦場の怪物と呼ぶに相応しい恐ろしい姿で、一目見ただけで歴戦の戦士達でさえも戦意喪失する程だとか。
 リベロリア王室を皆殺しにした後、皇帝はリベロリア王国の民に問うた──
『我が帝国の属国となるか、ここで滅ぶか。好きな方を選ばせてやろう』
 その問いにリベロリア王国の民は属国になると即答。その早すぎる決断が王国滅亡の未来を回避したのだ。そうして、皇帝が他国で大暴れしたとなり、ケイリオルさんは仕事がまた増えたと頭を抱えていた。
 といった流れで、海賊達──……リベロリア王国の結末はまさに勧善懲悪。悪はやはりそれ相応の報復を受けるのだ。
 この報せを聞いて、私達は密かに喜びあっていた。だって私達の事は新聞に何にも書いてなかった。世間的に私達はこの件に無関係となったのだ。つまりは大勝利である。
 個人的には、皇帝に私の利用価値を示して殺されないように保険をかけないといけないのだけど……いかんせんあの一件では私達も暴れすぎた。もしあの一件に関わっていると皇帝にバレたらタダでは済まない。
 だから今回はこれでいいのだ。勝利案件でいいのだ。

 皇宮に戻って来た数日後には大公領についての調査を依頼しようとまた城の大書庫を訪れた。しかし、受付の方に合言葉を告げたところ、『申し訳ございません、実は今、外部からのご依頼はお断りしてまして……』と断られてしまった。
 二ヶ月後とかには受付再開の目処が立ってるそうなので、仕方無いかと大公領の調査は後回し。とりあえず妖精や妖精の祝福について勉強して気長に待つ事にした。
 まぁ……二ヶ月後には速攻ダッシュで依頼しに行くつもりだけど。
 そんな八月の日々からはや一ヶ月半。暑い夏を終え、九月も終わりに近づいている。氷の国ことフォーロイト帝国では早くも秋が訪れており、肌寒さが顕著になって来た頃。
 ケイリオルさんからお呼び出しの手紙を受け取り、指定通りわざわざ正装でイリオーデと二人で彼の元を尋ねる。手紙に書いてあった場所は、いわゆる叙任式や叙爵式を執り行うような第二の謁見の間。
 そこに到着すると、ケイリオルさんが手をひらひらと振ってこちらに駆け寄って来た。

「この度はお忙しい中、御足労いただき感謝申し上げます」
「おはようございますケイリオル卿。ちなみに本日はどのような用件で……?」
「少し早めの誕生日のプレゼント…………いや、遅めのプレゼントと言うべきでしょうか。それをお渡しすべく、こうしてこのような場までお越しいただいたのです」
「プレゼントですか」
「プレゼントです」

 しかし何故謁見の間に? わざわざこんなドレスまで着て?
 次々と湧いてくる疑問。どういう事なのかとイリオーデと目を合わせ、首を傾げる。そんな私達を見て、「ふふ」と上品な笑いを零し、

「では主役が到着された事ですし、早速叙任式の方に移りましょうか」

 ささ、あちらへ。とケイリオルさんが示した方は、謁見の間の最奥にある玉座だった。

「はい。……え? 叙任式?」

 頷いてから、一歩踏み出そうとして立ち止まる。

「そうです。貴女にお贈りするものは──とても優秀な人材ですから」

 人材? 私に?? それもケイリオルさんが優秀だと太鼓判を押す程の人材ですって?
 何故そんな優秀な人材を手放すの……ただでさえケイリオルさんは忙しいのに……どうしてよりにもよってそんな、自分の首を締めるような真似を…………?

「何やら色々と誤解されてそうな予感がしますが、兎にも角にも式を執り行いましょう。実を言うと、この部屋も陛下に頼み込んで無理に使わせていただいている状態でして。あまり、長時間居座る事は出来ないのですよ」

 ケイリオルさんに背中を押され、玉座まで連れて行かれる。しかしそこに座る事はなく、その前で私は立っているよう指示された。イリオーデは斜め後ろで控えておくように言われたようだ。つまりはいつも通り。
 しかし……何で皇帝に無理を言うなんて無茶な真似までして私に人材を与えようとするのかしら、この人は。本当にケイリオルさんはよく分からないわ。

「──では。これより、フォーロイト皇族に仕えし『影』の叙任式を執り行います」

 影? 何それ初耳なんだけど。

「フォーロイト帝国第一王女、アミレス・ヘル・フォーロイト殿下に仕える為、数々の試練を勝ち抜きその価値その力を示した者よ。汝が仕えし主君の御前に平伏せよ」

 朗々とケイリオルさんが語る。すると正面の扉が開いて、そこから見覚えのある黒衣を着た男が入室し、私の前で跪いた。

「諜報部所属、偽名コードネームルティよ。汝はこの御方を主君と定め、その生涯をこの御方のみに捧げると誓うか」

 だよね? これってアルベルトだよね!?
 見覚えのある黒衣に見覚えのある顔。私の推測はズバリ当たっていて、ケイリオルさんは目の前の男の事をルティと呼んだ。
 何が何だか分からなくて、私達はぽかんとしていた。しかしその間にもケイリオルさんはどんどん進行していく。

「はい。誓います」
「この御方こそが汝の生涯の主君。汝が仰ぎ見るべき光。汝、この御方の眩き威光を支える影となれ」
「はっ!」

 何も知らない私達を置いて、叙任式は進行する。ケイリオルさんが何かやたらとカッコイイ文言を口にすると、アルベルトは頭を垂れて返事した。
 その後暫し沈黙が降り注いだかと思えば、ケイリオルさんが音も無く近づいてきて、

「『汝、我が影となりて我が志に追従するか』と、仰って下さい」
「え? えっと……汝、我が影となりて我が志に追従するか」

 色っぽい声で囁くように耳打ちして来た。とりあえず言われた通りに口にすると、

「我が存在の総てを主君に捧げます」

 アルベルトが待ってましたとばかりに言葉を紡ぐ。するとケイリオルさんがまたもや耳打ちをして来て、

「『汝の命、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう』と、続けて下さい」
「騎士の叙任式とそっくりの文言ですね」
「えぇ、まぁ。この手の言葉は往々にしてこの系統ですからね」

 二人でコソコソと話す。騎士の叙任式の文言と一文字違いの文言に、つい本音が口をついて出てしまったのだ。

「汝の命、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう」

 気を取り直して言われた通りの言葉を口にすると、視界の端に虫の居所が悪そうなイリオーデの姿が。
 どうしたのかしら、お腹でも痛いのかな?

「我が名、アルベルト──フォーロイト帝国が諜報部所属、偽名コードネームルティ。我が身命が尽きるその日まで。我が力、我が心が打ち砕かれるその時まで。この身総てを主君の影として捧げる事、我が存在の総てに懸けてここに誓います」

 その美しく整った顔を上げて、彼は私を真っ直ぐ見つめて宣言した。
 影というのはイマイチよく分からないけれど、多分これはアルベルトが私の味方になるという事なのだろう。何がどうなって、どういう流れでそうなったのかは知らないが、アルベルトが仲間になってくれるのはとても助かる。
 だってつまり、わざわざ諜報部に依頼しに行かなくても気軽に調査とかを頼めるようになるのよね? ずるい考えかもしれないけれど、それだけアルベルトが有能なんだから仕方無い。

「我が影、偽名コードネームルティよ。汝がこれより私の影となり、その命を捧げる事──この誓いにおいて許します」

 ケイリオルさんがまたもや耳打ちして次の言葉を教えようとしてくれたのだが、私はこれまでの流れから多分こうだろう……と次の言葉を予測して口にした。
 するとそこでケイリオルさんの体がピタリと止まり、彼の口からは「よくご存知で……」と小さな驚愕が漏れ出ていた。
 いつかイリオーデにも告げた言葉。まさか嫌われ者の野蛮王女な私が、これをもう一度口にする時が来るなんて思いもしなかった。

「……──御意のままに。我が主君マイ・レディ

 まるでいつかのどこかで見た執事キャラのように、アルベルトはニコリと微笑んだ。ゲームの、それもハッピーエンドで見たサラのような笑顔だった。
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