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第三章・傾国の王女

226.暗躍はおしまい?3

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「………ところでさ、アミレス。お土産は渡さなくていいのか?」
「あっ! そうだそうだよ、お土産! 皆に買ってきたんだ~っ」

 カイルはこれまでの流れをずっと傍観していたのだが、彼もここに来てついに言葉を発した。
 ──何でお前が取り仕切るんだよ。と言いたげな留守番組の刺すような視線をいくつも感じ、カイルは(マジで何で俺こんなに殺意向けられてんの? 俺が何かした??)と露骨に困惑している。
 したんだよな、これが。しかしカイルはどちらかと言えば被害者なのだ。

「はい、これがまずナトラの分」
「これは……干からびた果物が瓶に詰められとるの」
「ドライフルーツね。貿易が盛んな港町らしく、この国じゃ食べられないような果物もあるから、ナトラが喜ぶかなって」
「……我、決して単純な訳ではないぞ? ないのじゃが…………これは嬉しいのじゃ。我を置いてどこかをほっつき歩いておった事も、小指の爪程なら許してやるわい」
(それ、ほとんど許さないって事じゃないの)

 ハハハ……と乾いた笑いの裏で、アミレスは思わず冷静に突っ込んだ。気を取り直して、続いてはシュヴァルツに包みを渡す。

「シュヴァルツにはこれかな」
「えー! 可愛いー! おねぇちゃん、ぼくが新しいリボンが欲しいの覚えててくれたの?」
「うん。勿論覚えてたよ」

 包みの中を見て笑顔を輝かせたシュヴァルツ。期待に満ちた瞳と共にパッと顔を上げると、アミレスは笑顔を作って返事した。

(だって突然、『ぼくそろそろ私服のリボンを新調しようと思うんだよねぇ。青とかぁ、レースとかも似合うかなっ?』なんて聞かれたら誰だって覚えてるわよ。インパクトのあまり)

 シュヴァルツの持つ包みから取り出された、青色の生地に黒いレースのあしらわれた大きなリボン。
 この悪魔は人間シュヴァルツのロールプレイを非常に楽しんでいて、シュヴァルツの時にしか出来ないようなぶりっ子や、フリフリの服やリボンにレースなども楽しんでいた。
 なので、シュヴァルツは私服の胸元にある大きな黒いリボンをそろそろ新調しようと考え、どうせなら青色のものにしたいなと以前零していた。
 悪魔的には、今度部下の蜘蛛人アラクネ共になんかいい感じのやつを作らせるしとりあえず先にコイツの意見を聞いておくか。ぐらいのつもりで言っていたのだが、その質問をアミレスが覚えていて、かつ、お土産を買う時にたまたまシュヴァルツのイメージに合致するリボンを見つけたものだから。
 お土産として、それを購入するに至ったのだ。

「…………マジで嬉しいわ。何だぁ、これ……?」

 ボソリとシュヴァルツが零す。その表情はシュヴァルツらしからぬ、かと言って悪魔らしい訳でもない、そんな喜び溢れるような抑えきれないはにかみであった。
 思いのほか、アミレスが過去の話をわざわざ覚えていて、こうしてプレゼントしてくれた事が嬉しかったようだ。

「えーと、これ……がマクベスタの分かな」
「! ああ。ありがとう、アミレス」

 手渡されたのは綺麗な装飾が施された両手に乗る程の大きさの箱。ようやく自分の番か──。そう、密かに心躍らせるマクベスタは、お土産を受け取ってすぐに「開けてもいいか?」と聞いて、アミレスがいいよと頷いたらすぐに箱を開けた。
 その中にあったのは手のひらサイズの瓶。少しばかり水色がかった液体が並々と入っている。

「そちらは香水になります。それもマクベスタのイメージで作った世界に一つだけの香水よ。私の誕生日に香油をくれた事を思い出したのと、たまたま港町で香水専門店を見つけたからちょっと作ってみたの」
「……オレの、イメージで。お前が?」
「うん。マクベスタっぽい感じにしたよ。(カイルを抑えるの)めっちゃ頑張った!」

 作ってる時本当にカイルが口うるさかったけどね! と内心でひっそり暴露する。アミレスがマクベスタイメージの香水を作ると決めた途端、カイルは水を得た魚のようにはしゃぎ、何故かアミレス以上の熱量でオリジナル香水作りに挑んでいた。
 しかしその熱量のお陰もあって、マクベスタイメージの香水は無事完成したのだ。

「そうか、そうなのか……ありがとうアミレス。これから大事な場面…………いや、普段から使わせて貰おう」
「作った時に私も試しに嗅いでみたけれど、本当にいい匂いだったから。期待してもいいわよ?」
「はは、そこまで言うなら期待しておくよ」

 マクベスタの年相応な微笑みが眩く、カイルの目に映る。

「ヴッッッ」
(ゲームでも見れなかったんだが、マクベスタのこんな笑顔……! 公式が最大手とはこの事を言うのか…………?!)

 何故かこのタイミングでダメージを受けて悶絶するカイルに、ナトラやエンヴィーが不審な目を向ける中。
 最後にと、イリオーデへのお土産をアミレスは取り出した。

「イリオーデにはこちらの短剣ナイフをプレゼントします」
「……っ! ありがたき、幸せにて。王女殿下より賜りましたこの短剣ナイフ、子々孫々まで受け継がれる家宝に──」
「重い重い。普通に剣として使ってちょうだい?」

 仰々しく、まるで宝剣でも賜るかのごとく短剣ナイフを受け取ったイリオーデは、宝物のようにその短剣ナイフを抱き締めていた。
 しかしアミレスより使えと命じられたので、一度鞘から抜いて利き手で持ちクルクルと手遊びしては、

(手に馴染むのに、時間はかからなさそうだ。非常に勿体ないが、王女殿下は普通に剣として使えと仰っているのだから……懐剣として常に持ち歩こう。お守り、というやつだな)

 その得物を己が使えそうかどうかを簡単に確かめた。実際に使うつもりはあまり無さそうだが。
 流石は帝国の剣たるランディグランジュ家の騎士。一通りの得物は扱えると自負するぐらいなのだから、短剣ナイフと言えど簡単に扱えてしまう。
 静かに短剣ナイフを鞘に収めて、イリオーデはやはり喜びを顔に滲ませてそれを懐に入れた。これを予見していたかのように、私兵団団服の内側には小さめの武器などが収納出来るようになっているのだ。
 この事に勿論イリオーデも気づいていたので、

(流石は王女殿下だ。ありとあらゆる可能性を考慮してこのような機能をも団服に設けて下さるなんて。この団服を身に纏っていると、まるで王女殿下の慈愛の御心に包み込まれているような気分になる──……)

 いつもの発作が起こっていた。いつもより少し気持ち悪さが増しているが、概ねいつも通りである。

(これで皆へのお土産は渡せたと。シルフへのお土産は師匠に頼んだし、ハイラとメイシアにはまた今度会った時に渡そう。ディオ達に買った詰め合わせのお菓子セットは明日にでも渡しに行こうかな……食べ物だから賞味期限とかあると思うし)

 アミレスが持つお土産が入っていた袋の中には、まだいくつかのお土産が残る。ハイラとメイシアに買ったお土産は食べ物ではないので、すぐに渡さなければならない理由は無い。しかしディオリストラス達私兵団へと買ったお土産は食べ物なので、あまり日を置く事が出来ないのだ。
 他にも東宮で働く者達へのお土産や、この作戦のMVPアルベルトへのお土産、魔法薬を貰ったお礼にとケイリオルにもお土産を買っていたアミレスは、今後数日間各家を訪問したりしてお土産を渡し歩く事に。
 ただ諜報部に所属するアルベルトだけは接触が難しく、お土産を渡す事が後回しになってしまったのであった。


♢♢♢♢


 ──精霊界は中心部、星の城にて。
 多くの上位精霊が忙しなく駆け回り、各属性の最上位精霊もまた、共通の目的に向けて奔走する。その中心にて不機嫌に顔を歪めるのはその世界で最も美しい存在、精霊王。
 精霊界で最も美しく、精霊界で最も面倒臭い存在。
 精霊界創世の時よりずっとこの世界を統治し、精霊達を見送って来た存在に、精霊達が逆らえる訳もなく。最上位精霊達はかの存在による理不尽に耐える日々を送っていた。
 もっとも──彼等彼女等が精霊王の理不尽に応じるのは、ひとえに、精霊王を心から信頼し、敬愛しているからなのだが……本人達はそれを頑なに認めない。認めたがらないのだ。
 そんな精霊王による理不尽は、基本的に気の置けない仲の相手に向けられる。なので、一部の最上位精霊達が極端に理不尽な目に遭っているのが現状であった。

「もうやだぁああああああああああ! 書類仕事ばっかりで! 頭がパンクする!! 大空を飛び回りたい!!!!」
「ほんまになぁ……そろそろ休ませて欲しいわぁ……」
「休む暇があるなら働ケ、って言うだろうね我が王ハ」
「もー、何これちょーツラすぎ!! 我が王は好きラブだけど仕事はマジ嫌いラブレスなんだけど! ねーねー、ニグちんルメちんアズちん。ウチもう帰っていいっしょ?」
「「絶対駄目」」
「自分だけ逃げられると思わんときや、ハーツ。死ぬ時は一緒やで?」
「えぇーーー?」

 翼の最上位精霊ウィニグ、風の最上位精霊ハノルメ、鏡の最上位精霊ミラアズ、愛の最上位精霊ハーツが気の遠くなる書類の山を前に絶望する。
 理不尽の被害者その一からその四まで。彼等彼女等は精霊王による理不尽の被害者……その氷山の一角に過ぎない。
 最上位精霊達に任された仕事は通常業務。精霊界の統治及び運営に関する書類の整理や作製、そして処理だった。
『いつもの仕事までやってたらいつまで経っても制約の破棄に乗り出せない。だからこっちは君達が代わりにやっておいて』
 サラリと、流れるように何体かの最上位精霊にこの通り仕事を押し付けて、シルフは制約の破棄の方に取り掛かっている。
 そもそも制約とは各界と天界との間で取り決めた約束事を指す。つまり、制約の破棄とは神々との約束を破る事なのだ。
 当然神々からすれば約束を破られたら困る。しかし神々と言えども『制約を破棄する事は出来ない』という項目を作る事は出来なかった。がそれを許さなかった。
 なのでその代わりに、制約の破棄には七面倒臭い手順を踏ませる事にした。約一つの制約を破棄する為に必要な手順、およそ百個。それを全て正確に寸分の狂い無くこなしてようやく一つの制約が破棄されるのだ。
 神々は思った。

 ──こんなめんどくさい手順を踏んでまで制約破棄したいとも思わんだろ。だって超めんどいし。

 その慢心が仇になった。数万年の時を経て精霊達の神々への嫌悪は山のように積み重なり、制約の穴をついて強引に制約を破棄するまでに至るなど、さしもの神々と言えども予知出来なかった。
 まさか精霊達が、真っ先に『制約の破棄には然るべき手順を踏む必要がある。』という項目を破棄し、その後に『制約はひと月につき二つまで破棄可能。』という項目を破棄しようとしている事を、神々は知らない。
 何せ神々はそもそも精霊も、魔族も、妖精も、本来彼等の子である存在達への興味関心をほとんど失っていたから。
 数千年に一度たまーに会うだけの相手を記憶に留めておく必要性が、神々には感じられなかった。
 故に神々は気づかない。従順な道具だと思っていた精霊こども達が、堂々と神々おやに歯向かおうとしている事に。そしてその隙をつく為に、こうしてシルフ達精霊は毎日必死に制約を破棄する準備をしているのだ。
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