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第三章・傾国の王女

225.暗躍はおしまい?2

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「ならば何故、貴女様は世界平和を望むのですか? 成し遂げられぬ事と知っても尚」
「何て言えばいいのかしら……人間、誰しも無理だと分かっていても夢を見るものでしょ? 届かない星にだって手を伸ばすし、勝ち目の無い戦いにだって意地で挑んだりもするし、不可能だと分かっていてもそれでも挑戦せずにはいられない……それと同じようなものだよ、私のこれは」
「…………成程。流石は王女殿下です。とても、素晴らしいお心持ちかと不肖私めも思います。そして申し訳ございません、何度も質問を重ねてしまい」

 アミレスによる人間だからどうしても諦められない事もある──なんて力説に納得したのか、イリオーデは口を閉ざして一歩下がった。

「まぁ、そういう事だから……カイルとは目指せ世界平和~って事で色々と話し合ってるの。今回もその一環でね」
「ふむ……事情は分かったのじゃ。でも気に食わんものは気に食わん。これからは我も連れてゆけ。お前が望むのなら、我もその世界平和とやらに力を貸してやらん事もないからの」

 ナトラはアミレスの赤いドレスの裾を掴み、留守番を拒む子供のような瞳を向けた。

(ナトラが参戦したら大公領の内乱も確実に何とかなるだろうけれど……その代償に死傷者ゼロは叶わなさそう。竜種だからか、例え人間の姿をしていてもナトラは強すぎるし)

 アミレスは葛藤する。ひとまずは目先の事、ディジェル大公領の内乱における戦力としてナトラを投入するか否か……それは絶大な効果を期待出来るものの、同時にそれ相応の犠牲をも覚悟しなければならない。
 スコーピオンに『この戦いで死者は出させない』と宣言した以上、アミレスとしては過剰戦力とも呼べるナトラを戦力に加える事は重大な問題なのだ。

(…………ナトラには悪いけれど、やっぱり大公領の件には巻き込めないなぁ。ハイリスクハイリターン過ぎて、まず先にスコーピオンとの約束を守れなさそう。それは良くないものね)

 一人で悶々とするアミレスを眺めて、この目指せハッピーエンド計画にて蚊帳の外の者達は思う。

(なんじゃ、我天才ゆえ分かるぞ……これ絶対アミレスは我の言葉を無視するやつじゃ。そんな気がしてならないのじゃ。だっていつもそうだぞ、こやつは)

 ナトラもアミレスの事をよく分かっている。シュヴァルツから教わったぶりっ子演技を駆使してもアミレスは落ちなかった。
 据わった目でジトーッとアミレスを睨んでみるも、アミレスは未だ思考の海を泳いでいるので、それに気づかない。

(世界平和ねぇ。アイツなら確かにやりかねんな。ぼくとしては死ぬ程興味無いしクソ喰らえな思想だが……なんっか違ぇ気がする。アミレスが目指してやがるのは、一体何なんだ……?)

 顎に手を当てて、シュヴァルツも頭を働かせた。この中で唯一、表層だけとはいえアミレスの心理を見たこの悪魔おとこは、アミレスが非道に成りきれないどうしようもないお人好しである事をよく知っている。
 何せアミレスは以前、見ず知らずの悪魔の囁きを信じて本当に命を懸けて竜を救ったのだから。いつも当たり前のように自分を犠牲にするアミレスならば、世界平和もやりかねない。そう思うものの……それと時を同じくして彼の頭にその言葉が引っかかる。
 確かにアミレスなら世界平和を目指していてもおかしくはないが、だがそれは何だか違う気がする。そんな妙な違和感が、シュヴァルツの中に残る。

(アミレスは世界平和を望んでいるのか……オレも、何か力になれればいいんだが。そしたらオレだって……)

 一緒に出掛けたり出来るのだろうか──。と考えた所で、マクベスタはハッとなり口元を押さえ、

(今度は大丈夫だよな? まだ声には出てないよな?)

 不安に冷や汗を浮かべる。ちらりとシュヴァルツやイリオーデの方を見ても、何かを聞き取ったような様子は無い。安心から、マクベスタはホッと肩を撫で下ろした。

(王女殿下が星に手を伸ばすのであれば、私はその土台となればいい。私はただ、王女殿下の支えとなるよう務めるだけだ。でも……今回のように数日間も一言も無く姿を消されるのは、何故かとても、胸が軋む。騎士としてお傍にいられないからだろうか)

 覚えの無い胸の痛みに苛まれるイリオーデ。それが一体何によるものなのか、彼には分からなかった。

(ふむふむ。姫さんは未来に起こる大公領の内乱とやらにコイツ等を巻き込みたくないみたいだな。…………つーか。その大公領とやらってこの国の南の方にあるあそこ、だよな。俺達でさえも近づけねぇ場所じゃねぇか……!)

 フォーロイト帝国南方に大きく領地を構えるディジェル大公領。別名、妖精に祝福された地。
 そして。人間の裏と果てと隣に存在する異界、魔界と妖精界と精霊界。それぞれに住む魔族、妖精、精霊は──これでもかという程に仲が悪かった。
 価値観の相違や種族としての在り方の違いから、互いを嫌いあっている。それがこの三つの種族なのである。ただ一つこの三つの種族に共通する事があるとすれば……魔族も妖精も精霊も、生みの親たる神々を非常に嫌っている。それだけがこの三つの種族の共通点だ。
 それはともかく。とにかく仲が悪いので、エンヴィー達とも言えど容易にはその地に足を踏み入れる事が出来ない。足を踏み入れた瞬間に妖精に目をつけられて面倒事に発展する事間違い無しだ。
 だからエンヴィーは不安を覚えた。自分達が近づけないだけならまだいいのだが、もし万が一、アミレスに与えられた精霊王からの祝福──……星王の加護ステラに妖精が気づいたら。

(もしそうなったら確実に面倒な事になるよな。それが妖精女王の耳にでも入った時には、姫さん達全員に災難が降り掛かるだろうなー…………そん時は、妖精共と全面戦争かねェ)

 不敵な笑みを浮かべて、エンヴィーは目を細めた。
 かの妖精界を統治する妖精女王は、綺麗なものや美しいものに目がなかった。数千年前、当時の魔王と精霊王と妖精女王がある神の下に一堂に会する事があった。その時、神々すらも嫉妬してしまうような精霊王のあまりの美しさに完全に骨抜きになり、妖精女王は数千年近く精霊王に言い寄っている。
 不幸中の幸いは、妖精女王本体は人間界……ひいては他の世界に干渉出来ない事だろう。その幸いにより、妖精女王が精霊王への求愛をやめないという事実だけが残り、実際の行動に移された事はほぼゼロに近い。
 だがそれもいつまで続くか分からない。精霊王シルフがある制約を破棄したならば、連鎖的に魔界と妖精界に課せられた制約もどれか一つ、破棄される事だろう。
 これは賭けであった。もし万が一、妖精女王が他の世界に干渉出来るようになってしまえば、シルフにとって悩みの種が増える。だがそれでもシルフは制約を破棄するしかなかったのだ。
 ただ妖精女王に言い寄られるだけならよかった。だがその妖精女王が一番の爆弾なのだ。
 例によって妖精女王は精霊王に惚れていて、そして彼女は酷く嫉妬深──いや、純粋な存在だった。
 己が欲するものは全て手に入ると信じてやまない純粋さ。故に、精霊王ワタシのものに手を出す者は許さない……なんて妄言を平然と吐く。
 そもそも、妖精とはその生来の純粋さから誰彼構わず奇跡を弄んではイタズラをする。それの長であり、妖精界で最も純粋な狂気を持つ者こそが妖精女王なのだ。
 そんな妖精女王がもし、精霊王シルフに愛される人間アミレスの存在を知ってしまったら──嫉妬のあまり、制約など関係無しに大暴れする事必至。ただでさえ狂いに狂っているアミレス達の運命やら奇跡を、更に狂わせる可能性がある。
 最悪の場合、アミレスを手にかけて人間界の破滅を齎すやもしれない。そんな嫌な想像ばかりがエンヴィーの脳裏を駆け巡る。

(つっても、姫さんはあの地に行く事を止めないだろうからな。俺達が何を言おうとも、姫さんはまた勝手にどこか遠くに行きやがる。……ホント、俺達の気も知らないで)

 アミレスを止める事を、エンヴィーはもう諦めていた。それは不可能なのだと理解した上で、対策を講じる事にした。

(我が王に伝えとくか、姫さんがそのうち妖精共が唾つけた地に行こうとしてるーって。それまでにあの制約を破棄出来れば、きっと妖精共から姫さんを守る事だって出来る。問題は時期だな…………制約の破棄まで最速でも下弦程はかかる。姫さんがあの地に行くのがいつかによるよな……)

 悩ましい、と小さく唸る。ひっそりとアミレスに視線を向けて、エンヴィーはため息と共に思考を切り上げた。
 下弦程、というのは人間界基準で考えると約半年程の事である。精霊界は限りなく人間界に近い時の流れであるものの、暦らしい暦は存在せず。上弦の月と下弦の月の二つの分類しかないのだ。

(まー何にせよ、俺達で姫さんの事を守るのには変わりねぇし。我が王もその為なら許してくれるっしょ)

 ひんやりと、宝石の無機質な冷たさを指先に感じる。エンヴィーは丁度この日の昼頃にアミレスより贈られた耳飾りに触れ、柔らかく微笑んだ。
 そして決意する。もし万が一、最悪の事態が訪れたなら──その時は。その身を犠牲にしてでも制約を犯そうと。当然シルフに怒られる事になるだろうが、アミレスの為なら許してくれる筈だ。
 そうエンヴィーは信じて心に決めたのだ。
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