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第三章・傾国の王女
223.交渉決裂?7
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「ほぉー……姫さんが俺に似合うってこれ選んでくれたんですよね?」
「そうだよ」
チラリと横目でこちらを見て、師匠はニンマリと破顔した。すると突然今着けている耳飾りを外して、私が贈った耳飾りを耳に着けた。
そして、プレゼントを貰った子供のような無邪気な笑顔をこちらに向けて、
「どうっすか? ちゃんと似合ってます?」
髪を少し耳にかけ、耳飾りをこちらに見せてくれた。
何、この乙女ゲームみたいな状況。絶対ここあれじゃない、イベントCGつきでキラキラとしたエフェクトと共に描写されるシーンじゃない。
──うん? イベントCG……あったわ。こんな感じのイベントあったわ、アンディザに。
確か……一作目のカイルのルートだったかしら。カイルとミシェルちゃんが一緒にハミルディーヒ王国の王都で行われている祭りを歩いて回ってる時、二人がお互いに出店で買ったアクセサリーを贈り合うシーンがあった。
そこでカイルがピアスを着けていた事から、ミシェルちゃんはその手の耳飾りを贈った。カイルの瞳の色に近い緑色の耳飾り。
それを貰ったカイルが──……それまでの人生で、純粋な好意や普通の贈り物というものを受け取った事が無かったカイルが、ミシェルちゃんからの贈り物に喜びはにかむシーン。
『どうだ? 君の想像通り、俺に似合っているか?』
そんな事を言いながら、カイルはミシェルちゃんに尋ねていた。
そうそう。台詞もイベントCGも丁度こんな感じで…………。
「あっ、うん! もうめっちゃバッチリ!!」
何でカイルのルート、それも一作目で起きたイベントが今ここで師匠と起きるのかな?! そんな驚きと困惑からかなり適当な返事となってしまった。
「これからも着けさせて貰いますね、これ」
「ああでも、やっぱり普段着けてる物の方が服と合うし、無理に着ける必要は……」
「無理とかじゃなくて、俺がこれみよがしに着けたいだけですから」
師匠はキラリと光るような笑みを浮かべて、先程外した自分の耳飾りを箱にしまい、服の裾に入れた。そこって収納スペースなんだ。それ手を降ろした瞬間に中の物落ちたりしないの?
師匠って絶対モテるんだろうなぁと思いながらも、シルフへのプレゼントを代わりに渡して欲しいと頼んだ。シルフが人間界に来てくれないと私では渡せないので、精霊界にいつでも行ける師匠に頼むしかない。
どこかホッとしたような表情を作り、二つ返事で師匠は引き受けてくれた。師匠に包装されたネックレスを渡して、港町観光を再開しようと歩き出す。
相も変わらず周りの女性達の熱視線を集めている師匠と並んで歩いた時、突然後ろから「すみません」と声をかけられた。師匠と共に振り向くと、そこには。
「スミレ様、ですよね。ようやく見つけましたよぅ」
「俺達が会いに来た理由は貴女が一番分かってるだろう、一緒に来てもらってもいいか?」
スコーピオンの幹部らしき男が二人。どちらも取引の場にいたから見た事のある顔だ。
ああようやく返事が貰えるのか。あんまりいい返事は期待してないけれど、返事が聞けるのと聞けないのとでは断然前者の方が良い。
「姫さん、コイツ等昨日の夜にあの集団の中にいましたよ」
「ええ、そうだと思うわ。だって彼等はスコーピオンの一員だもの」
師匠が耳打ちして来たのでそれには小声で返し、厚かましくもスコーピオンの彼等に一つだけ提案する。
「連れのルカはいませんけど、代わりにこちらの方を連れて行ってもいいですか?」
師匠を同行させてもいいかと聞くと、二人は顔を見合わせて眉を顰める。しかし程なくして、
「………それぐらいなら、多分」
「問題無いと思う」
彼等の判断で大丈夫だと言ってくれた。なら問題は無いと、私達は大人しく彼等の後ろをついて行った。
一日ぶりのカジノ・スコーピオン。しかし今回は正面入り口ではなく関係者専用の裏口みたいな所から入った。普通の客でもVIPルームに行く客でも入れなさそうな、完全な裏側。緩く駄弁るスコーピオンの構成員らしき人達とも何度かすれ違ったのだが、毎度好奇の視線を向けられた。
そうやって長い廊下を歩き、何度か階段を登ったのち、一つの部屋へと案内された。気弱そうな幹部の男が「ボス、彼女を連れて来ましたよぅ」と扉を叩くと、中からは「おう」と短い返事が帰って来た。
それを受けて私達をここまで案内してくれた二人の幹部が扉を開いた。部屋の中ではヘブンが長椅子にどっかりと座り、別の長椅子にはミアちゃんとシャーリーちゃんが並んで座り、お菓子を食べている。
扉が開き、そこから入って来た私に気づいたようで、ミアちゃんはパッと笑顔を輝かせて駆け寄って来た。
「おねえちゃん! ランスロットさま!」
「こんにちは、ミアちゃん。怖い夢とか見てない? ごめんね、昨日はあんな景色を見せてしまって」
「怖い夢? 今日の夢はね、ランスロットさまとお出かけする夢だったよ!」
「……えーっと。そのランスロットさまは絵本の? それともこのヒト?」
「おねえちゃんのランスロットさまだよ。ごめんね、おねえちゃんのランスロットさまなのに、あたしがお出かけしちゃって……」
「いや、いいのよ? 私が謝られる理由が全く分からないわ。そもそも師匠は私のものではないし」
「え?」
「え?」
視線を合わせた状態で、二人で交互に首を傾げた。そして私はミアちゃんの純粋な目と暫し見つめ合っていた。
……大丈夫だったならいいか。うん。あんな屍の山を見せてしまった事への罪悪感が凄かったから、ミアちゃんの心の傷にならなかったのなら良かった。
夢に師匠が出て来たみたいだし、もしかして師匠の美形力であの夜の光景がかき消されたのかしら。確かに突然見たら暫く記憶から離れない程のインパクトだものね、師匠の顔面は。
「ねぇミア、このお姉さんがわたし達を助けてくれた人なの?」
「うんっ。あともう一人王子様みたいなおにいちゃんもいたんだけど………」
シャーリーちゃんがとことことやって来て、ミアちゃんの服の裾を引っ張った。そのつぶらな瞳は上向きに開かれていて、私達を映している。
「おにいちゃんは少し、体の具合が悪くてお休みしてるの」
「そうなんだ……おにいちゃんにお大事にって伝えてくれる?」
「いいわよ。きっとおにいちゃんも喜ぶと思うわ」
ミアちゃんは優しいなぁ。と頭を撫でる。宿に戻ったらカイルにちゃんと伝えてあげよう。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございました。ミアとヘブンからたくさん話を聞いて。わたしが助かったのはおねえちゃん達のおかげだって」
シャーリーちゃんは礼儀正しく背を曲げて、感謝の言葉を口にした。貴族という訳でもないこんなにも小さな女の子がこれ程に綺麗なお辞儀を出来るなんて、凄くちゃんとした教育を受けているのだろう。
……この子は、ヘブン達に相当大事にされて来たのね。
「貴女達が無事で何よりよ」
シャーリーちゃんの頭も少しだけ撫でて、立ち上がる。そして外行きの笑顔を作ってからヘブンの方を向いて、
「さて…………お返事を聞かせて貰ってもいいかしら?」
本題に移った。どうせ断られるんだろうから座る必要も無いかと立ったまま話を振ったのだけど、ヘブンは幹部の一人に向けて「レニィ、客用のやつ持ってこい」と指示して、私には上手側の長椅子に座るようにそちらを指をさしていた。
どういう心変わり? と疑心を隠しきれないまま、とりあえず言われた通りに師匠と一緒に腰を降ろし、ジトーっとヘブンを見つめてみる。
数日前とは明らかに違う待遇。シャーリーちゃんとミアちゃんは先程座っていた場所に戻り、自分達が食べていたであろうお菓子を分けてくれた。この子達の厚意を無下にするなんて事、私には出来ない。なのでお菓子をその場で静かに食べながら、再度ヘブンを睨んでみる。
するとそこで先程レニィと呼ばれた幹部の男がティーセットを載せたトレイを手に戻って来て、私と師匠の前に珈琲が並々注がれたティーカップとソーサーを置いた。
「何これ」
「多分、珈琲よ。うちの国では珍しいから師匠は知らないかも」
「うわにっげぇ、これ人間の飲み物じゃねぇーだろ……」
「師匠の舌には合わなかったみたいだね」
どうやら慣れない苦味がダイレクトで来たようで、鋭い目で珈琲を睨む師匠。精霊さんの口には合わなかったか……と微笑ましい気持ちになり、私も珈琲をまず一口。前世で飲んだ事があったのかな、ふと懐かしい味だなと思った。
横目に師匠を見上げると、「ええー、姫さんはこれ飲めるんすか?」とたまげていた。今度メイシアに頼んで珈琲を仕入れて貰おう。そして珈琲も美味しいんだよーと皆に布教しようかな。
「なァ、そろそろ本題に入ってもいいか?」
不機嫌ですよと書いてあるような表情で、ヘブンは頬杖をついていた。先に本題に移ったのは私なのに、珈琲のくだりで完全に水を差してしまっていたわ。
ティーカップをソーサーに置き、どうぞと笑みを作る。ヘブンは組んでいた足を元に戻して──、
「……まず、最初に。シャーリーを助けてくれた事、感謝する」
頭を下げた。多分彼にとって最も屈辱的な王侯貴族へ頭を下げるという行為を、ヘブン自ら進んでやっている。しかもヘブンに続くように、幹部二人も私に向けて頭を下げている。
目を疑うような光景だった。
「オレ達は、スコーピオンは、受けた恩を決して忘れない。恩には恩で返すのがオレ達の信条だ。例え、相手が憎き貴族や皇族だろうがそれは変わらねぇ」
何だか流れが変わったわ。この感じだと、まるで取引に応じてくれるような……。そんな早とちりから少しそわそわしつつ、私は彼の次の言葉を待つ。
ぐっと膝の上で握り拳を作り、少し引き攣った顔でヘブンは言葉を絞り出した。
「…………オレ達がオレ達である為に、お前の取引に応じる事にした。スミレ──……いや、アミレス・ヘル・フォーロイト。お前の言う計画に、オレ達を使え」
喜びが湧き上がる。まさか、まさか本当に取引に応じてもらえるなんて。ここに来るまで、というかつい先程まで絶対無理だと思っていたから……こうして取引が成立した事が嬉しくて仕方が無い。
特に下心とかそういうのは無かったのだけど、シャーリーちゃん達を助けた事がここまで結末を変える事になるなんて。本当に偶然に偶然が重なった故の、最も望ましい最良の結果。
喜びからついにやけてしまいそうな顔を必死に正して、私は彼に向けて手を差し出す。貴族が嫌いな彼に、握手を求めてみたのだ。我ながら浮かれすぎである。
「そう。良い返事が聞けて嬉しいわ。これから暫くの間、持ちつ持たれつでよろしく」
「チッ……握手とか柄じゃねェんだよ…………」
そうは言いつつも、ヘブンは嫌々握手に応じてくれた。
その後は今後の事を軽く話し合った。私はもう帝都に戻るから、どうやって連絡を取り合うかとか、ある程度の今後の計画などを決めたのだ。
連絡についてはヘブンの魔力を使って可能となった。なんとヘブンの持つ魔力が鏡の魔力というもののようで、事前に己の魔力を纏わせておいた鏡同士でのみ、長距離間での会話などが可能になるらしい。いや凄いわね鏡の魔力……。
ヘブンは小型の持ち運べる鏡をこちらに渡して、「決行日が決まったら連絡しろ。それまでに間に合うよう、こちらも大公領に向けて出発する」と言った。
なので大公領の内乱の具体的な日時を私が調べる事に。これはまたアルベルトに依頼するしかないわね。と、皇宮に戻ったら諜報部をリピートする事にした。
三十分程話し合いをして、ある程度計画が固まったので私はお暇する事にした。彼等の精神衛生の為にそろそろ皇族は退散しようかなって。
ミアちゃんとシャーリーちゃんによる手を振りつつの可愛いお見送りの中、部屋を出てカジノを出る。
本当はスキップしたいぐらいなんだけど、その気持ちをぐっと堪えて、駆け足で宿屋まで戻る。カイルにも早く報告したい。多分今頃寝てるんだろうけど、とにかく叩き起してでも伝えたい。
貴方のお陰で無事にスコーピオンに協力してもらえる事になったよ。って感謝を伝えたい。
「カイルーーっ! 聞いて聞いてあのね!!」
「ぇ……なに、うるさ……っ」
壊れそうな勢いで宿のカイルの部屋の扉を開け、寝台で眠るカイルに語りかける。眠そうに目元を擦るカイルにスコーピオンとの交渉結果を報告した。まだ寝ぼけているのか返事が「よかったじゃん」と適当だったけれど、それでもいい。
港町ルーシェに来た目的はこれにて達成されたから。そんな晴れやかな気持ちのまま私は皇宮に戻ったのであった。
「そうだよ」
チラリと横目でこちらを見て、師匠はニンマリと破顔した。すると突然今着けている耳飾りを外して、私が贈った耳飾りを耳に着けた。
そして、プレゼントを貰った子供のような無邪気な笑顔をこちらに向けて、
「どうっすか? ちゃんと似合ってます?」
髪を少し耳にかけ、耳飾りをこちらに見せてくれた。
何、この乙女ゲームみたいな状況。絶対ここあれじゃない、イベントCGつきでキラキラとしたエフェクトと共に描写されるシーンじゃない。
──うん? イベントCG……あったわ。こんな感じのイベントあったわ、アンディザに。
確か……一作目のカイルのルートだったかしら。カイルとミシェルちゃんが一緒にハミルディーヒ王国の王都で行われている祭りを歩いて回ってる時、二人がお互いに出店で買ったアクセサリーを贈り合うシーンがあった。
そこでカイルがピアスを着けていた事から、ミシェルちゃんはその手の耳飾りを贈った。カイルの瞳の色に近い緑色の耳飾り。
それを貰ったカイルが──……それまでの人生で、純粋な好意や普通の贈り物というものを受け取った事が無かったカイルが、ミシェルちゃんからの贈り物に喜びはにかむシーン。
『どうだ? 君の想像通り、俺に似合っているか?』
そんな事を言いながら、カイルはミシェルちゃんに尋ねていた。
そうそう。台詞もイベントCGも丁度こんな感じで…………。
「あっ、うん! もうめっちゃバッチリ!!」
何でカイルのルート、それも一作目で起きたイベントが今ここで師匠と起きるのかな?! そんな驚きと困惑からかなり適当な返事となってしまった。
「これからも着けさせて貰いますね、これ」
「ああでも、やっぱり普段着けてる物の方が服と合うし、無理に着ける必要は……」
「無理とかじゃなくて、俺がこれみよがしに着けたいだけですから」
師匠はキラリと光るような笑みを浮かべて、先程外した自分の耳飾りを箱にしまい、服の裾に入れた。そこって収納スペースなんだ。それ手を降ろした瞬間に中の物落ちたりしないの?
師匠って絶対モテるんだろうなぁと思いながらも、シルフへのプレゼントを代わりに渡して欲しいと頼んだ。シルフが人間界に来てくれないと私では渡せないので、精霊界にいつでも行ける師匠に頼むしかない。
どこかホッとしたような表情を作り、二つ返事で師匠は引き受けてくれた。師匠に包装されたネックレスを渡して、港町観光を再開しようと歩き出す。
相も変わらず周りの女性達の熱視線を集めている師匠と並んで歩いた時、突然後ろから「すみません」と声をかけられた。師匠と共に振り向くと、そこには。
「スミレ様、ですよね。ようやく見つけましたよぅ」
「俺達が会いに来た理由は貴女が一番分かってるだろう、一緒に来てもらってもいいか?」
スコーピオンの幹部らしき男が二人。どちらも取引の場にいたから見た事のある顔だ。
ああようやく返事が貰えるのか。あんまりいい返事は期待してないけれど、返事が聞けるのと聞けないのとでは断然前者の方が良い。
「姫さん、コイツ等昨日の夜にあの集団の中にいましたよ」
「ええ、そうだと思うわ。だって彼等はスコーピオンの一員だもの」
師匠が耳打ちして来たのでそれには小声で返し、厚かましくもスコーピオンの彼等に一つだけ提案する。
「連れのルカはいませんけど、代わりにこちらの方を連れて行ってもいいですか?」
師匠を同行させてもいいかと聞くと、二人は顔を見合わせて眉を顰める。しかし程なくして、
「………それぐらいなら、多分」
「問題無いと思う」
彼等の判断で大丈夫だと言ってくれた。なら問題は無いと、私達は大人しく彼等の後ろをついて行った。
一日ぶりのカジノ・スコーピオン。しかし今回は正面入り口ではなく関係者専用の裏口みたいな所から入った。普通の客でもVIPルームに行く客でも入れなさそうな、完全な裏側。緩く駄弁るスコーピオンの構成員らしき人達とも何度かすれ違ったのだが、毎度好奇の視線を向けられた。
そうやって長い廊下を歩き、何度か階段を登ったのち、一つの部屋へと案内された。気弱そうな幹部の男が「ボス、彼女を連れて来ましたよぅ」と扉を叩くと、中からは「おう」と短い返事が帰って来た。
それを受けて私達をここまで案内してくれた二人の幹部が扉を開いた。部屋の中ではヘブンが長椅子にどっかりと座り、別の長椅子にはミアちゃんとシャーリーちゃんが並んで座り、お菓子を食べている。
扉が開き、そこから入って来た私に気づいたようで、ミアちゃんはパッと笑顔を輝かせて駆け寄って来た。
「おねえちゃん! ランスロットさま!」
「こんにちは、ミアちゃん。怖い夢とか見てない? ごめんね、昨日はあんな景色を見せてしまって」
「怖い夢? 今日の夢はね、ランスロットさまとお出かけする夢だったよ!」
「……えーっと。そのランスロットさまは絵本の? それともこのヒト?」
「おねえちゃんのランスロットさまだよ。ごめんね、おねえちゃんのランスロットさまなのに、あたしがお出かけしちゃって……」
「いや、いいのよ? 私が謝られる理由が全く分からないわ。そもそも師匠は私のものではないし」
「え?」
「え?」
視線を合わせた状態で、二人で交互に首を傾げた。そして私はミアちゃんの純粋な目と暫し見つめ合っていた。
……大丈夫だったならいいか。うん。あんな屍の山を見せてしまった事への罪悪感が凄かったから、ミアちゃんの心の傷にならなかったのなら良かった。
夢に師匠が出て来たみたいだし、もしかして師匠の美形力であの夜の光景がかき消されたのかしら。確かに突然見たら暫く記憶から離れない程のインパクトだものね、師匠の顔面は。
「ねぇミア、このお姉さんがわたし達を助けてくれた人なの?」
「うんっ。あともう一人王子様みたいなおにいちゃんもいたんだけど………」
シャーリーちゃんがとことことやって来て、ミアちゃんの服の裾を引っ張った。そのつぶらな瞳は上向きに開かれていて、私達を映している。
「おにいちゃんは少し、体の具合が悪くてお休みしてるの」
「そうなんだ……おにいちゃんにお大事にって伝えてくれる?」
「いいわよ。きっとおにいちゃんも喜ぶと思うわ」
ミアちゃんは優しいなぁ。と頭を撫でる。宿に戻ったらカイルにちゃんと伝えてあげよう。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございました。ミアとヘブンからたくさん話を聞いて。わたしが助かったのはおねえちゃん達のおかげだって」
シャーリーちゃんは礼儀正しく背を曲げて、感謝の言葉を口にした。貴族という訳でもないこんなにも小さな女の子がこれ程に綺麗なお辞儀を出来るなんて、凄くちゃんとした教育を受けているのだろう。
……この子は、ヘブン達に相当大事にされて来たのね。
「貴女達が無事で何よりよ」
シャーリーちゃんの頭も少しだけ撫でて、立ち上がる。そして外行きの笑顔を作ってからヘブンの方を向いて、
「さて…………お返事を聞かせて貰ってもいいかしら?」
本題に移った。どうせ断られるんだろうから座る必要も無いかと立ったまま話を振ったのだけど、ヘブンは幹部の一人に向けて「レニィ、客用のやつ持ってこい」と指示して、私には上手側の長椅子に座るようにそちらを指をさしていた。
どういう心変わり? と疑心を隠しきれないまま、とりあえず言われた通りに師匠と一緒に腰を降ろし、ジトーっとヘブンを見つめてみる。
数日前とは明らかに違う待遇。シャーリーちゃんとミアちゃんは先程座っていた場所に戻り、自分達が食べていたであろうお菓子を分けてくれた。この子達の厚意を無下にするなんて事、私には出来ない。なのでお菓子をその場で静かに食べながら、再度ヘブンを睨んでみる。
するとそこで先程レニィと呼ばれた幹部の男がティーセットを載せたトレイを手に戻って来て、私と師匠の前に珈琲が並々注がれたティーカップとソーサーを置いた。
「何これ」
「多分、珈琲よ。うちの国では珍しいから師匠は知らないかも」
「うわにっげぇ、これ人間の飲み物じゃねぇーだろ……」
「師匠の舌には合わなかったみたいだね」
どうやら慣れない苦味がダイレクトで来たようで、鋭い目で珈琲を睨む師匠。精霊さんの口には合わなかったか……と微笑ましい気持ちになり、私も珈琲をまず一口。前世で飲んだ事があったのかな、ふと懐かしい味だなと思った。
横目に師匠を見上げると、「ええー、姫さんはこれ飲めるんすか?」とたまげていた。今度メイシアに頼んで珈琲を仕入れて貰おう。そして珈琲も美味しいんだよーと皆に布教しようかな。
「なァ、そろそろ本題に入ってもいいか?」
不機嫌ですよと書いてあるような表情で、ヘブンは頬杖をついていた。先に本題に移ったのは私なのに、珈琲のくだりで完全に水を差してしまっていたわ。
ティーカップをソーサーに置き、どうぞと笑みを作る。ヘブンは組んでいた足を元に戻して──、
「……まず、最初に。シャーリーを助けてくれた事、感謝する」
頭を下げた。多分彼にとって最も屈辱的な王侯貴族へ頭を下げるという行為を、ヘブン自ら進んでやっている。しかもヘブンに続くように、幹部二人も私に向けて頭を下げている。
目を疑うような光景だった。
「オレ達は、スコーピオンは、受けた恩を決して忘れない。恩には恩で返すのがオレ達の信条だ。例え、相手が憎き貴族や皇族だろうがそれは変わらねぇ」
何だか流れが変わったわ。この感じだと、まるで取引に応じてくれるような……。そんな早とちりから少しそわそわしつつ、私は彼の次の言葉を待つ。
ぐっと膝の上で握り拳を作り、少し引き攣った顔でヘブンは言葉を絞り出した。
「…………オレ達がオレ達である為に、お前の取引に応じる事にした。スミレ──……いや、アミレス・ヘル・フォーロイト。お前の言う計画に、オレ達を使え」
喜びが湧き上がる。まさか、まさか本当に取引に応じてもらえるなんて。ここに来るまで、というかつい先程まで絶対無理だと思っていたから……こうして取引が成立した事が嬉しくて仕方が無い。
特に下心とかそういうのは無かったのだけど、シャーリーちゃん達を助けた事がここまで結末を変える事になるなんて。本当に偶然に偶然が重なった故の、最も望ましい最良の結果。
喜びからついにやけてしまいそうな顔を必死に正して、私は彼に向けて手を差し出す。貴族が嫌いな彼に、握手を求めてみたのだ。我ながら浮かれすぎである。
「そう。良い返事が聞けて嬉しいわ。これから暫くの間、持ちつ持たれつでよろしく」
「チッ……握手とか柄じゃねェんだよ…………」
そうは言いつつも、ヘブンは嫌々握手に応じてくれた。
その後は今後の事を軽く話し合った。私はもう帝都に戻るから、どうやって連絡を取り合うかとか、ある程度の今後の計画などを決めたのだ。
連絡についてはヘブンの魔力を使って可能となった。なんとヘブンの持つ魔力が鏡の魔力というもののようで、事前に己の魔力を纏わせておいた鏡同士でのみ、長距離間での会話などが可能になるらしい。いや凄いわね鏡の魔力……。
ヘブンは小型の持ち運べる鏡をこちらに渡して、「決行日が決まったら連絡しろ。それまでに間に合うよう、こちらも大公領に向けて出発する」と言った。
なので大公領の内乱の具体的な日時を私が調べる事に。これはまたアルベルトに依頼するしかないわね。と、皇宮に戻ったら諜報部をリピートする事にした。
三十分程話し合いをして、ある程度計画が固まったので私はお暇する事にした。彼等の精神衛生の為にそろそろ皇族は退散しようかなって。
ミアちゃんとシャーリーちゃんによる手を振りつつの可愛いお見送りの中、部屋を出てカジノを出る。
本当はスキップしたいぐらいなんだけど、その気持ちをぐっと堪えて、駆け足で宿屋まで戻る。カイルにも早く報告したい。多分今頃寝てるんだろうけど、とにかく叩き起してでも伝えたい。
貴方のお陰で無事にスコーピオンに協力してもらえる事になったよ。って感謝を伝えたい。
「カイルーーっ! 聞いて聞いてあのね!!」
「ぇ……なに、うるさ……っ」
壊れそうな勢いで宿のカイルの部屋の扉を開け、寝台で眠るカイルに語りかける。眠そうに目元を擦るカイルにスコーピオンとの交渉結果を報告した。まだ寝ぼけているのか返事が「よかったじゃん」と適当だったけれど、それでもいい。
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