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第三章・傾国の王女

222.交渉決裂?6

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「それにしても……帝都と同じかそれ以上に賑やかな町っすね、ここは」
「帝国随一の港町だからね。まぁ……多分今の賑わいは別の理由だろうけれど」

 朝になって町の自警団や漁師達が海賊船の様子を見に行った所……海賊船の周りにはいくつもの死体が浮かび、海賊船の上にも夥しい数の死体が転がり、生き残りの男は恐慌状態でろくに話も出来ないような状態らしい。
 その事で町は大騒ぎ。今や海賊船を襲撃した者が何者かという話し合いと、捜索が行われているみたいなのだ。
 中には、スコーピオン社が動き出していた事から、この町の市場に深く関わるスコーピオン社がついに制裁を加えたのでは? と予想する人達もいたようだが、いかんせん本人達がそれを否定しやがったので、今も尚、自警団は犯人探しを続けている。
 だから少し、内心冷や冷やしているのだ。フォーロイトならまだしも今の私はただの小娘。流石にバレる事はないだろう。そう信じている。

「あ。姫さーん、あの店行きません?」
「いいよ」
「よっしゃ、姫さんに似合うやつ探そーっと」

 ニコニコ顔の師匠に手を引かれて向かった先は、可愛い装飾品が並ぶ服飾店。スコーピオン社傘下の店では無さそうだ。
 店に入るなり、師匠は楽しそうに装飾品を見て回る。周りの視線などものともせず、我が道を進んでいるようだ。
 師匠はお洒落さんだから、やっぱりこういうウィンドウショッピングも楽しいのかな。タランテシア帝国では主流というあの中華風衣装を完璧に着こなし、それに合った耳飾りをいつも耳元で揺らしている。
 その長髪だって、いつも綺麗に三つ編みになっているし……剣以外にも服に対する情熱もあるみたいだから、私が思う以上にオシャレが好きなのかもしれない。
 だって師匠、いつも私のドレス選びの時とか本当に楽しそうに話に参加しているし。オシャレ好きとしか考えられないわ。

「これとかどうですか? 今の姫さんなら結構アリだと思いますけど」
「まあ、大きなルビーね」

 熟考していた師匠が見せてきたのは、大きなルビーを大胆に使ったネックレス。今の私……というと、紫色の髪に赤いドレスの私ね。確かにいつもならともかく、今ならばこういう赤い宝石だっていけるかもしれない。
 流石は師匠だと思っていた時、

「いやぁお客様お目が高い!」

 どこからともなく店員さんが現れた。「そちらの宝石は当店でも一二を争う大きさそして輝きのものでして、その輝きと美しさを最大限生かすべくデザインされたのがそのネックレスなのです!!」と凄まじい熱意の店員さんに、私はついつい気圧されてしまう。
 そんな私と違い、師匠はケロッとした顔で「んなの見れば分かる」と店員さんを軽くあしらった。
 だがしかし、流石はその道のプロと言うべきか……店員さんはめげずに営業トークを繰り広げる。

「流石はお目が高いお客様です! 実はそのネックレスはこのルーシェでも彼以上の者がいないと評判の職人が一ヶ月以上もかけて作り上げたまさに至高の作品! いいや芸術と呼ぶべきもの! お連れのお嬢さんに大変お似合いでございますとも! えぇ!!」

 声が大きいなぁ、この店員さん。そこまでして師匠にこのネックレスを買わせたいのかしら。
 見たところ、このルビーは確かに本物だし彼の言葉に間違いはないみたいだけれど…………その素晴らしさ故につい値段を高くつけすぎてしまい、売れ残って大変……みたいな感じかも。
 そこに現れた異国の衣装を着た身なりのいい美形。店側からすれば鴨がねぎを背負って来たようなものなのかもしれない。
 しかし、ここの支払いは私がするので彼の努力はあまり意味が無いのだ。師匠は精霊さんだからお金とか持ってないだろうし。

「半分ぐらいコイツの話は聞いてなかったけど、まぁー、この宝石は良さげだしなァ……買うか」
「お買い上げありがとうございまぁああああす!!!!」
「あ、買うんだ」

 師匠は相当あのネックレスを気に入ったのか、購入を決意。それにより店員さんは気色満面で腰を九十度に曲げた。本当に心底喜んでいそうな声音である。
 まぁ、師匠がそれでいいのなら別にいいと思うけれど。
 今の私はお金もいっぱい持ってるから大きな買い物も特に問題は無い。何せカジノでめちゃくちゃ儲けたのに、カイルは二割しか受け取ってくれなかったのだ。『元手はお前が出したんだから』と言ってほぼ全て私に押し付けて来たので、私の部屋には大金があるし今だって手に持っている少し大きめのハンドバッグにはそこそこの大金が入っている。
 ここでついでに師匠やシルフへのプレゼントでも買おうかしら……。皆へのお土産は昨日買ったけれど、実はまだ二人へのお土産は買えていないのだ。高い宝石を一つ買うと決まっているのだから、もう二つや三つ増えても変わらないでしょう。
 ……うーん。何をあげたら喜んでくれるのかしら。二人共私があげた物なら、物珍しいのか何でも無条件に喜んでくれるヒトだからなぁ。それでもやっぱり少しでも喜んでもらえそうな物をと思うのだけれど。
 本当に分からないわ、こういうの。毎年フリードルの誕生日然り誰かの誕生日然り……誰かに何かを贈るってなった時、決まって悩むのよね。センスが無いから。

「これとか………どうかなぁ……」

 まず目をつけたのは青紫色の宝石が使われた耳飾り。師匠は普段から赤いものを好んで身につけているので、たまにはこういう寒色系もありかなぁと思ったのだ。
 優柔不断な私は悩めば悩む程決められなくなるので、師匠へのプレゼントはこれで決まり。近くにいた女性店員にこれを包むよう伝えて、次にシルフへのプレゼントを探す。
 師匠曰く、本物のシルフは精霊さんの中でも特に綺麗らしいので……正直なところ、果たして人間界で作られた装飾品がシルフの輝きに見合うのかが不安で仕方無い。シルフに装飾品を贈るの、控えめに言って博打要素が強すぎるわ。
 そもそも本物のシルフがどれぐらいの身長で、どれぐらいの体格なのかも知らないので指輪やブレスレットは駄目だ。あげるならやっぱりネックレスか耳飾りで…………使いやすさならネックレスかな。
 シルフは何色が好きって言ってたかなぁ~~、青って言ってたっけ? 前に青い紅茶があるって話をしたら興味を示してたし。いやあれは単純に紅茶への興味か。
 まぁ、多分青って言ってた気がするから青色の宝石にしよう。このネックレスとかいいわね、小ぶりでシンプルだけれど、きちんと宝石が美しく輝いているわ。
 よし、これにしよう。とこちらも購入。ただ少し金色のチェーンが合わない気がしたので、ものの試しに店員さんに「すみません、このネックレスのチェーンを銀色のものに変えられますか?」と問い合わせた。すると店員さんは「はい。可能です」と頷いて、店の奥にネックレスを持って行った。
 まさか本当に可能とは思わず、やるなぁこの店……と感心しながら待っていると、

「姫さん、お待たせしました。こちらをどーぞ」
「え? ……あ、さっきのネックレス。って、買ったの? 師匠が……!?」
「何をそんなに驚いてんですか? ちゃんと買いましたよ、普通に」

 私の首元で輝く先程のルビーのネックレス。師匠が手馴れた動きで鮮やかに私の首元につけたのだ。そして手渡された領収書のような物。
 それよりも驚く事があった。師匠がなんとこのネックレスの会計を済ませたのだという。しかし私には分からない。師匠、お金持ってたの? そもそも会計方法とか知ってたの??

「師匠……お金とか持ってたの? そもそも貨幣制度って知ってたんだ…………」

 なんとも失礼な言い方ではあるが、師匠は本当に知らなさそうな感じだったのだ。人間界も人間も好きだけど人間界の文化には実の所あんまり興味が無い……みたいなヒトだから。

「随分な言われようっすねぇ。一応、この国の金はある程度持ってますよ。何せ数年前からシルフさんとかハイラが『いざという時に敵対派閥の主事業を停止させられるよう、多くの事業へ投資しておこう。懇親会に何度も参加する事で投資家同士の繋がりを掌握し、邪魔になれば他の者達も巻き込んで投資を止めて事業を潰せばいい』みたいな事言ってその手の事そこそこ俺にやらせてたんで…………いわゆる投資で儲けてた感じですね。帝国と無関係な俺がやる方が都合が良かったみたいです」

 ここに来て全く知らない話が出て来た。そんな事してたの? 何それ怖いんだけど本当に何してるの皆で?!

「姫さんの敵になりそうな奴等の情報をハイラが集めて、ソイツ等の事業を潰せるよう実働班が投資家を装って近づき、内側からぶっ壊すって流れだったかな……関係者全ての弱味を握ってただ関係をぶち壊してただけっすね」

 何それ怖い。死神じゃないのそんなの。

「実際に懇親会とかに行ってたのはハイラの部下なんで、俺がやってたのは謎の投資家として金を動かす事とその金を管理する事ぐらいっすね。何せシルフさんから人間界でうろちょろすんなって言われてたんで」

 実行犯ではない……協力者としてその看板を背負う事を任されていたのね。だとしてもやばいわ。ハイラもシルフも師匠も三人で何を暗躍しているのよ。本当に知らなかったんだけど。
 数年前から、って事はまだマクベスタとも会ってない頃かしら。何だか私だけ仲間外れにされていたようで、無性に腹立つわね。

「それで俺が管理を任されてる金をちょっと精霊界ふところから取り出して会計を──……って、どうしたんすか姫さん? そんなちびっ子みたいに頬膨らませて。可愛いけども」

 ツン、と私の頬に人差し指を当てながら、師匠は首を傾げた。ぷいっと顔を逸らして私は拗ねてるんですアピールをしていると、「姫さん?」「ひーめさぁーん?」と師匠が声をかけてきたのだが、とりあえず腹いせにちょっと無視しておく。
 するとそこでタイミング良く店員さんが戻って来て、銀色のチェーンになったネックレスを見せてくれた。
 やっぱりこっちの方がいいわね! と期待通りの色合いに満足し、二つの品の会計をした。お値段もそりゃそうだと納得の金額。綺麗に包装してもらったそれを手に、先程の声が大きい店員さんのお見送りを受けながらお店を出た。

「はい、師匠。こちらプレゼントになります」

 店を出て少し歩いた所にベンチがあったので、それに座って師匠に耳飾りを渡す。師匠は目を丸くして、それを受け取った。

「プレゼント……俺に?」
「せっかく港町に来たんだからって皆にお土産を買っててね、これが師匠の分という事で」

 さっき買った装飾品なんだけど……と付け加えると、師匠は何かに納得したように「あぁ」と声を漏らして、箱を開けた。

「俺が買い物してる間に姫さんも何か物色してんなァとは思ってましたけど、これだったんすね」
「うん。ついでで買ってしまったようで少し申し訳無いんだけど……それでもちゃんと師匠の事を考えて選んだ物なので!」
「はは、そりゃ嬉しいっすねぇ」

 そして開かれた箱。師匠は中に入っている青紫の宝石を用いた耳飾りを手に取り、パチパチと何度か瞬きをしていた。
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