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第三章・傾国の王女

217.交渉決裂?

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「グガァアアアアアアアアッッ!!」
「っ、馬鹿力過ぎるでしょ……!?」

 ドォンッ! と化け物が殴った場所は見事に陥没し、甲板に大きな落とし穴を作っていた。その穴の大きさたるや、いくつかの死体がそこから船内に落ちる程。
 甲板にいた海賊達をあらかた片付けて、下手に船内に入って入れ違いになっても面倒だからと甲板で白夜の手入れをしていた時。
 カイルが後は任せたと叫びながら、二人の少女を抱えて甲板に飛び出て来た。その背を追うように現れた、ギリギリ人の形をした謎の化け物。
 カイルの叫びを聞いて、すぐに剣を構えカイルの方に向かった。化け物の手がカイルへと伸びていた所に割って入り、その腕を斬り落とす。
 それからは化け物の注意も私に向けられて、カイルは二人の少女と共に少し離れた所でこちらを見守っているようだった。
 多分あの少女達は攫われた人達のうちの二人だろう。何やらカイル達はこの化け物に追われていたようだし、町に転移させようとしたら化け物に襲われた……みたいな感じかしら。
 他の攫われた人達はどうなったんだろうか。無事だといいけど………。

「凍てつけ、水の鎖。水氷アイスロッ──……」

 魔法を使って化け物の動きを封じようとしたら、

「ああ待てアミレス! 魔法は使わないでくれ!!」
「はぁっ!? どういう事!?」
「訳は後で説明するから、今はとにかく魔法を使わないでくれ!!」

 何故かカイルに止められた。訳も分からないまま、カイルの絶対捕縛魔法を参考に作った魔法の発動をキャンセルする。
 こうして、アドバンテージを封じられた状態での化け物の相手という、謎の縛り勝負となってしまった。カイルが何を考えてそんな事を言っているのかが本当に分からないのだが……とにかく今は、私に出来る全力を賭すしかない。
 集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。空気を、大気を掴め。決して敵から目を逸らす事無く、己の全てを武器とせよ。今まで学んできた全てを我が糧に。
 この化け物相手に手加減など不要。魔法が使えない以上、私には早期決着しか選択肢が残されていない。
 師匠から学んだ全てを出し惜しみせず発揮する。

「………」

 極度の集中状態。白夜が私の体の一部のように感じる。まるで私自身がこの世界に溶け込んだかのような、そんな錯覚さえあった。

「──行くわよ、化け物」
「ッッッ?!」

 強く地面を蹴り、化け物に突撃する。何やら私を見て怯んでいるらしい化け物はそこで後退り、挙句の果てに逃げ出そうとした。
 だが逃がさない。
 そもそも、魔法を使った訳でもないのに私から逃げられると思わないで。私の知る限り、師匠より速く動ける人間はいない。
 この化け物が人間だと言うのなら、私でもまだ何とか出来る余地がある。例え逃げられようとも、魔法を使われない限り余裕で追いつける。
 まず一撃。太ももを斬って、化け物の右脚を落とす。これで化け物は右腕と右脚を失い、身動きが取れなくなった。
 それでも逃げようと──生き延びようとしているのか、化け物は私が近づけないようにと残る左腕と左脚を大きく振り回している。
 そんな化け物に向けて白夜を構え、投擲しようとしたら、後方から「あああああっ!?」といったカイルの驚愕が聞こえてきた。

「ど、どうしたのおにいちゃん……急に大きな声出して」
「あぁごめんなミアちゃん、驚かせて。おいアミレス! その化け物の左手についてる腕輪! 今すぐ回収してくれ!!」
「アミレス………ってどこかで聞いたような…?」

 茶髪の少女と並んでこちらを見守っていたカイルが、またもや変な指示を飛ばしてきた。
 魔法を使うなって指示の次は腕輪を回収しろ? 本当に何なのかしら、一体。
 まったくもってカイルの意図は分からないものの、私はとりあえず言う事に従っておく事にした。
 怪物の胸元目掛けて白夜を投擲する予定だったのだが、目標変更。じたばたと暴れられて鬱陶しいので、その腕を甲板に縫い付ける事にした。
 狙いを定めて──いけっ、重量操作!
 私のような貧弱な人間でも、白夜に備わった魔剣としての能力を使えばそれなりの威力を出せる。

「ブグガァッ!?」

 予定より少しズレて、綺麗に真ん中を貫いた……とまではいかなかったのだが、それでも気持ち悪い化け物の腕を我が愛剣は見事貫き、化け物の腕を甲板に縫い付ける事が叶った。
 ギャーギャーと喚き暴れる化け物の腕から、白夜の鞘を使ってカイルの言う腕輪とやらを取り外す。
 何かしらこの腕輪。なんか、凄く気味悪いわ。カイルはなんでこんなものを? と疑問に思った瞬間、化け物の動きがピタリと止まった。
 小さな唸り声みたいなのはまだ聞こえるのだが、先程までの暴れっぷりが嘘のような静けさである。その上、まるで薬品で溶かされたかのように煙と異臭を発して化け物の体が小さくなってゆく。
 急いで白夜を抜いて距離を取る。暫く、何事かと観察していると、化け物は人間らしい姿(果たして体中がぶよぶよぐちゃぐちゃとしている事が人間らしいというのかは分からないが)へと変貌した。
 その事にたまげていると、カイルが「おーいアミレスー」と私を手招きする。

「ねぇカイル、この腕輪は何なの? なんか凄く気味悪いんだけど」

 カイルと子供達の所まで歩いて行き、腕輪を手渡す。しばしじっと腕輪を見つめていたかと思えば、カイルは重々しい表情を作り、

「これ……いわゆる古代遺産とかそういう類の魔導具なんだよ。世界中でも両手で数えられる程しか現存が確認されてない、魔導遺産ロスト・アーティファクト。この腕輪もそのうちの一つなんだよ」

 腕輪について解説を始めた。

「ほらここの彫刻見てみろ。この部分がな、千年前に超流行ってた特徴的な模様なんだよ。用いられてる塗料に関しては今の技術でも再現不可能で、そういう意味でもこれが魔導遺産ロスト・アーティファクトである事はほぼ確だと言える。それに──…」

 それから、十数分に及ぶカイルの魔導具講習会は続いた。その魔導遺産ロスト・アーティファクトから始まり、現代の魔導兵器アーティファクトに至るまでの魔導具の歴史までペラペラとカイルは語っていた。
 途中までは私もタメになる話だなぁと思っていた。しかし一通り話を聞いていて、あれ? 私今何してるんだっけ?? と現状に不安を覚えたのである。
 そこで私は、「それよりもさ!」と強引に話題を変える。

「さっきの魔法は使うな~って指示は何だったの? 一瞬凄く焦ったのだけど」
「ああそれは……この子がちょっとな」
「攫われた子達だよね、この子達。あ、そうだ。攫われた人達は皆解放出来たの? まだなら今から行ってくるけど」
「攫われた人達は多分全員解放出来たぜ。この子達含めてな」

 大変だったわァ。とカイルが肩を竦める。何だか軽く言っているけれど、さっきからほとんど微動だにしてないし、足に力が入ってないみたいだから……多分、これは本当に大変だったのだろう。
 やっぱり無茶振りしちゃったわよね。申し訳ない事したなぁ………今度何かお詫びしよう。

「おにいちゃん、このおねえちゃんは誰? 正義の味方なの?」
「おう。このおねえちゃんも正義の味方で、俺の頼れる仲間だよ」
「そうなんだ……!」

 カイルの背中に隠れていた茶髪の女の子が、瞳を輝かせてこちらを見上げてくる。
 ところで正義の味方って何? 私、そんなヒーローとかじゃないわよ。悪役王女だもの。寧ろ敵よ、敵。

「こっちがミアちゃんでこっちがシャーリーちゃん。で、このおねえちゃんが俺の仲間のアミ…………スミレ。名乗り忘れてたけど俺はルカだよ」
「どうも初めまして、ミアちゃん。このおにいちゃんの仲間のスミレよ」
「はじめまして、ミアです!」

 お互いに挨拶をする流れになったので、とりあえず私は紹介にあずかった通りに挨拶する。
 ミアちゃんは明るくて元気な子のようだ。笑顔が可愛いわ。なんてほのぼのとした気持ちになっていたら、

「ん? あれ? スミレ、ルカ……さっきまで違う名前で呼んで…………」
「「アッ……」」

 随分と鋭い指摘を受けてしまった。
 確かにさっきまでお互い本名で呼び合ってたわ。今更取り繕っても無駄かしら?

「ふふ、私達は正義の味方だからいくつも名前を持ってるものなのよ。そう、あの絵本………えっと、『赤バラのおうじさま』のように!」

 かなり雑な誤魔化し方である。ちなみに『赤バラのおうじさま』というのは今小さなお友達を中心に大人気の絵本で、一国の王子が毎夜城を抜け出しては違う顔や名前となり世の悪を懲らしめてゆく勧善懲悪を説いた絵本。
 どれだけ姿や名前を変えようとも必ず悪を倒した時に赤薔薇をその場に置いていく事から、『赤バラのおうじさま』というタイトルなのだとか。
 この絵本の王子がかなりのイケメンかつ性格までイケメンなので、ちびっこ達の初恋泥棒とまで言われているらしい。
 そんな感じの話を前にメアリーから聞いた。シアンは全く興味無さそうにしていたけれど、メアリーが熱く語っていたから多分間違いない。
 だからこのミアちゃんも『赤バラのおうじさま』読者である事を信じて、私はこう誤魔化したのだ。

「おにいちゃん達ランスロットさまと同じなんだ!!」

 いよっしゃぁ読者確定ありがとう! と、胸中でガッツポーズを作る。
 このランスロットさまというのが『赤バラのおうじさま』主人公の王子の本名である。物凄く聞き覚えのある名前なのだが、創作物だから被る事もままあるのだろう。
 そんなランスロット王子と同じようなものだと適当に誤魔化した結果、ミアちゃんの私達に向ける目は更に光り輝く。

「その赤バラのランスロット? とやらはよく分からんが……とにかく俺達は正義の味方だからな。沢山名前があるんだ。だからさっきのは気にしないでくれよ、ミアちゃん」
「うんわかった! 赤バラのおうじさまは一夜限りの泡沫の姿だから、目が覚めたら夢のように忘れるべきだって絵本にも書いてあった!」
「子供にはとんでもなく難しい事書いてんなぁその絵本」

 ミアちゃんは気合いを入れて忘れる宣言をしてくれたのだが、それが逆にカイルの気になるゾーンに引っかかってしまったらしい。
 だがまあ確かに、以前メアリーから少し見せてもらっただけでも、たまに何故か哲学的な事が書いてあったわよね……あの絵本。『夢とは、そもそも誰が夢と定めたのか』みたいな事も書いてあったわ、そういえば。
 そこそこ長編の大人気シリーズだから、たまに来る謎の哲学タイムも許されるのかしら。
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