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第三章・傾国の王女

216,5.ある共犯者の意地

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「サベイランスちゃん、座標はさっきと同じだ。術式を簡略化して俺含め四人を町に転移させろ」
創造者マスターの身体負荷率上昇を予測。本当にこのまま術式を発動させますか?》
「ああ。それでいい。今はこの人達を無事に送り届ける事が大事だ」
《──承認。術式の簡略化を限定実行。転移術式、発動》

 普段サベイランスちゃんで行っている演算の数々をすっ飛ばす事で、ほんの少し、魔力消費量の減少と時間の短縮が可能となる。しかしその場合、通常時と俺の体にかかる負荷が比にならない。
 だからあまり術式の簡略化はしたくないのだが……今は魔力を温存する方が大事だ。俺の体への負荷は仕方あるまい。
 転移と同時に襲いかかる異常な酔いと吐き気。視界も歪み、頭はトンカチで釘を打たれているかのように激痛を覚える。
 俺一人分の余分な魔力消費。それでも俺が一緒に来る必要があったのだ。

「今度はなんだ……?!」
「子供と…女?」
「また攫われた女子供か?」

 サベイランスちゃんを一時停止させて腰に提げた鞄に収納していると、町の人達が俺達を見て目を丸くした。そんな人集りの中から、さっき転移させた被害者の一人が現れて。

「お兄さん! あのっ…あの人がわたし達を助けてくれたお兄さんなの!!」
「そうなのか? あんな子供が……!」

 町の人達の視線が懐疑的なものから一転、ヒーローを見るかのようなキラキラとしたものに変わって。

「あー………この人達、海賊に攫われて酷く乱暴されてたみたいなんで、出来れば女の人が介抱してあげてくれ。男は絶対近寄るな。いいな、例え身内でも暫くはこの人達に近寄らないでやれ」

 これだけ言いたかった。この女達だけを転移させて、もしまたクソみてぇな男共の餌食になったら……ただでさえ心身共にボロボロで、声すらも出せないような状況の人達に追い討ちをかける事になる。
 それが嫌だった。だから俺もわざわざ一緒に転移して、この女達を町の女が保護するまでちゃんと見届けないといけなかった。

「わ、分かったわ。この子達は任せて!」
「あなた、物凄く顔色が悪いわよ? 大丈夫なの?」

 気前の良さそうな町のおばちゃん達が、この女達の保護と介抱をしてくれると名乗りあげてくれた。
 それに安心して、俺は「平気ですよ」と虚勢を張り、もう一度瞬間転移を使う。今度はサベイランスちゃんを使わず自分で発動した。
 流石に、こんな大勢の前でサベイランスちゃんを使う訳にはいかないからな。海賊船の中、先程までいたあの嫌な臭いが充満する部屋に転移した瞬間。

「~~っ!」

 あまりの頭痛と目眩、そして吐き気に膝から崩れ落ちた。床で四つん這いになり、ぐにゃぐにゃと歪み揺れる視界に更なる気持ち悪さを覚える。
 ……ここまで来たら…もう、一回吐いてしまった方が楽になれるかもしれない。我慢し続けるのにも限界がある。だからもう………、

「ぅぇ……っ、ァ……!」

 床に向けて吐き出す。頭痛と目眩がなくなった訳ではないが、それでも吐き気は少し収まった。
 ある程度吐いて、ふらふらと立ち上がり、俺は水の魔力で口の中をゆすいだ。それをプッ、と唾のように吐いて部屋を出る。
 まだまだ全然不調だが、俺にはまだ仕事がある。果たさなければならない役割がある。
 サベイランスちゃんを一時停止する前。同じフロアと思しき場所にもう二つ、弱々しい魔力炉の熱源があった。先に数が多い方をと思いこちらに来たが、多分あの二つも攫われた人達なんだろう。
 それならば、その人達を町まで送り届けて俺の役割は終了だ。

「──ちゃん! シャーリーちゃん!!」

 今や、後数回他者を転移させてやれるだけの魔力しか残ってなかった俺は、サベイランスちゃんを起動せず最後に見た記憶を頼りに入り組んだ船内を移動していた。
 頭痛ってぇなぁ……、とその痛みに冷や汗を流しつつ走っていた。
 するとその途中で、小さな子供の声が聞こえて来た。その声に引っ張られるように進み、扉を開くと、

「シャーリーちゃ──っ?! だ、誰!? シャーリーちゃんに近寄らないで!!」

 ピンク色の髪の女の子を守るように抱き締める茶髪の女の子がそこにはいた。
 茶髪の女の子は俺を見てまるで猫のように威嚇してくる。

「……俺は、そうだな…こんな情けない姿だけど正義の味方だよ。君達の事を助けに来たんだ」

 膝を折って目線を合わせ、子供達に向け笑顔を作る。ああ、カッコつけてはいるが、こんなの完全な痩せ我慢だ。
 本当はこんな風に笑う気力なんてない筈なのに、何のプライドかは分からないが、俺は正義の味方のように笑っていた。でもこの頑張りが功を奏したのか、茶髪の女の子が少しだけ警戒を和らげてくれたようで。

「正義の味方………おにいちゃん、お願いシャーリーちゃんを助けて! シャーリーちゃんがさっきから凄く苦しそうなの!!」
「シャーリーちゃんはこっちの子だよな、君は?」
「あたしはミア……お願い、シャーリーちゃんをっ、シャーリーちゃんを助けて!」

 茶髪の女の子、ミアが必死に訴えかけてくる。「やれる限りの事はやるよ」と伝えてシャーリーちゃんと呼ばれているもう一人の女の子の様子を見る。
 確かにかなり具合が悪そうだ。いやこれに関しては物凄くブーメランなんだけど、シャーリーの顔色の悪さといったら。
 さて……生憎と俺は光の魔力を持ってないし、医者でもない。こんなの診ても何にも分からねぇし何にも出来ねぇよ。さっさと町に転移させて医者に見せた方が良くないか? と思いつつも、ミアに話を聞いてみる。

「なぁ、ミアちゃん。何か病気みたいなの、シャーリーちゃんから聞いてない?」

 持病があるとかじゃないと、突発的にここまで具合が悪くなる事は無いだろう、多分。

「病気………あっ、そういえば。魔力が苦手って言ってた気がする!」
「魔力が苦手……?」

 なーんか聞いた事あるぞぅ、そーゆーの。魔力……ナントカ体質ってやつ。魔力に対して常人の数倍敏感になるって言うあれの事か? まぁ確かに、その体質の人は人間社会で生きていくだけでも一苦労みたいな事、何かで見たな。
 つまり。シャーリーはその魔力ナントカ体質で、今こうして具合をとても悪くしていると。
 やっべ、それどう考えても俺の仕業やん。
 俺さっきから数十分間ずっとこの船全体に魔法を使い続けてたんだぜ? そんなの魔力ナントカ体質の人からすれば拷問みたいなものだろ。
 最悪だ。何でよりによってそんな体質の子がいる訳? しかもあれじゃん、魔力ナントカ体質の子を瞬間転移させる訳にはいかないから、この子は普通に親御さんの所に送り届けるしかねぇじゃん。
 は~~~~? ただでさえ頭痛いのに何か胃まで痛くなってきた気がする~~!

「おにいちゃん……? シャーリーちゃんはどうなの、助かるの?」
「あー…えっとねぇ、おにいちゃんね、これ以上シャーリーちゃんの症状が悪くならないようにする事しか出来なさそうなんだ。ごめんね」
「そんな……」
「その代わりちゃんと親御さんの所までは送り届けてあげるから。それまでは悪い大人からおにいちゃんが守ってやるから、安心してくれよな」

 覚悟を決めろ、俺。元はと言えばシャーリーの意識が無いのは俺の所為なんだ。ちゃんとこの子達を親御さんの所まで送り届けてこそ、筋ってものだろう。
 まぁ………一回分の転移用の魔力を節約出来たと思えばいいか。そう思い込もう。
 ……うーん、頭痛てぇ。

「ほんと? あたし達、お家に帰れるの?」
「おう。任せとけ。おにいちゃんは正義の味方だから」

 ミアの瞳がきらりと輝く。ああもう、そこそこ辛いけど痩せ我慢継続だ。
 まず最初にシャーリーをお姫様抱っこで抱き上げる。それを見たミアが「きゃああっ、シャーリーちゃんお姫様みたい!」「おにいちゃんも本物の王子様みたい!」と興奮する。
 おにいちゃんこう見えて本物の王子様なんだよなぁ。
 そんなミアに落ち着くよう伝え、追って俺のローブの裾を決して離さないよう伝える。ミアはかなり真面目で素直な子で、こくりと頷いて大人しく従ってくれた。
 後は来た道を戻るだけ。正直こんな子供達を甲板に連れ出すのは物凄く気が引けるのだが……背に腹はかえられない。
 アミレスが気を利かせて甲板を掃除してくれている事に期待しよう。
 甲板目指してミアと会話をしながらゆっくりと歩く。ミアに歩幅を合わせているのでかなりゆっくりなのだが、これぐらい遅い方が寧ろ今の俺にはありがたい。
 そこで聞いた話によると、ミアとシャーリーはどちらも十歳で最近仲良くなったばかりだとか。今日は空き地で二人でボール遊びをしていた所、変なおっさんに声を掛けられて眠らされたらしい。
 そして、目が覚めたらこんな所にいたんだと。見知らぬ怖いおっさん共が何度か様子を見に来て、その度に怖い目で見られたとミアは語った。
 怖い思いをしたんだな、と言葉で慰める事しか俺には出来ない。それでも頭痛を我慢してミアに慰めの言葉をかけていたその時。遠くの方から謎の破壊音が聞こえて来た。

「なに、今の音……?」
「何かすげぇ嫌な予感が…」

 流石に何事かと思い、その場で立ち止まる。すると遠くから徐々に、闘牛が地を駆けるような音が近づいて来て。
 やがて、その音の正体は俺達が今歩いて来た方から現れた。

「グ……ゥウアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 魔物かのような雄叫び。ボコボコと煮えたぎる鍋のように膨れ上がる肉体に、明らかに常人のそれとは違う肥大化した目。体のあちこちから血が吹き出しているが、この化け物はそんなの気にも留めていないようだ。

「キャーーッ!?」
「なん、だよアレ……?!」

 化け物それは、俺達を見て嗤った。
 その瞬間、凄まじい悪寒が背筋を撫でた。だからだろうか……気がつけば俺の体は勝手に動いていた。
 シャーリーを片手で抱え、空いた方の手でミアを小脇に抱える。そして──、

「舌噛まねぇように口閉じとけよ、ミアちゃん!!」

 俺はなけなしの体力を振り絞って走り出した。
 転移で逃げられればよかったんだが、今はシャーリーがいる。だから転移は使えず、何なら転移以外の魔法だって使えない。頼れるのは己の体一つと来た。
 頭痛の嵐の中、必死に記憶を手繰り寄せて甲板までの道を駆け抜ける。しかしあの化け物はまさに闘牛と言わんばかりの凄まじい速度と威力で俺達を追ってくる。
 何アレ、てか本当にマジで誰アレ?! 何で俺あんな化け物に追われてんの!!!!
 頭痛いし胃痛いし、目眩と吐き気だってまだ腕組んで笑って並走してるような状態で! 何で俺はこんな全力疾走逃走劇繰り広げてんだよ!! 俺はアミレスと違ってそんな武闘派じゃ! ないのに!!
 足が悲鳴を上げても、決して止まる事は出来なかった。某十六連打のように高速で体に鞭をうち、なんとか足を動かしているような状況。
 せめて甲板までは持ちこたえてくれ。甲板にはアイツがいる、アミレスがいるから。せめて、甲板までは。
 アミレスにさえバトンタッチ出来れば、絶対に何とかなるんだ。だから頼む、それまでは耐えてくれ、俺の体!!

「──ッ、アミレス!! 頼む、後は何とかしてくれ!!」

 甲板に続くドアを蹴破り、俺は力の限り叫んだ。
 いざ飛び出た甲板は想像通り……いや、想像以上の惨状だった。一面真っ赤に染まり、その上では多くの死体が折り重なる。
 仏様を踏むなんてどうかと思うが、俺はその死体ロードを進んで更に逃げる。何せもう真後ろにあの化け物の手が迫っているのだから。
 もうすぐで化け物の手が俺に届いてしまう。そう、足を無理に振り上げていた時だった。

「──任せなさい。ここから先は、私が何とかするわ」

 刹那、化け物の手が上空を舞う。少しだけ振り向くと、そこにはアイツがいた。
 白銀の長剣ロングソードを構え、いつもと違う紫色の長髪を風に預けて、アイツは俺達と化け物の間に立った。
 俺よりもずっと小さなその背中に、酷く安心感を覚えた。表情は緩み、そこで完全に足から力が抜けて、両膝をつく。
 ミアに「こんな所で降ろしてごめんな」と謝りながら降ろし、シャーリーの事を膝の上で抱えながら俺はため息をついた。呆れとかではなく、本当に心から安堵したのだ。

「はは………アミレスの奴、マジでカッコよすぎんだろ…」

 あの化け物相手に決して臆する事無く立ち向かう歳下の少女に、俺は純粋な憧憬を抱いた。俺よりもずっと立派で凄くてカッコいい女。
 誰よりも勇敢で強い正義の味方。悲劇のヒールなんかよりずっと──……正義のヒロインの方が、お前には似合うよ。
 情けない話ではあるが。何せ、乙女ゲームの攻略対象ヒーローよりもずっと、お前の方がヒーローしてんだからな。
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