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第三章・傾国の王女

216.暗躍しましょう。5

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「突然船が沈んで、突然船が燃えるだと!? しかも襲撃まで………! クソ……ッ、クソ!! こんなの聞いてねェ!!!!」

 男は走る。ダラダラと滝のように脂汗を流し、階段を駆け下り、扉を開いて部屋に飛び込む。

(この海賊船は王サマが用意した最上級の物なんだろ?! 並大抵の魔法も攻撃も効かねェっつー触れ込みの魔導兵器アーティファクトじゃねェのかよ!?!?)

 その通り。この船は、彼等の乗っていた四隻の船は確かにリベロリア王室特製の魔導兵器アーティファクトだった。大抵の魔法攻撃も物理攻撃も効かないまさに無敵の船。
 だがしかし、相手が悪かった。何故なら相手は精霊の愛し子たるアミレス・ヘル・フォーロイトと、神々の愛し子たるカイル・ディ・ハミルだったのだから。
 アミレスは魔法でもなんでもない、ただ海に満ちる魔力を掌握し操っただけ。カイルは魔法は魔法でも、世界の理にすら干渉する神々の権能に等しい魔法を扱った。
 そんなものを、たかだか人間の作り上げた兵器如きが防げる訳がなかったのだ。

「死にたくねェ、何がなんでも生き残ってやる………ッ!!」

 醜悪で正直な男の本音。この生への執着が、男をより最悪は終末へと誘う。
 男は棚に積まれた荷物を乱雑にどかして、小さくも豪華な宝箱を取り出した。その中には赤い魔石が嵌められた古びた腕輪が一つ。そこから常に禍々しい魔力が溢れており、それによって『リベロリア王国出身の者』に限定して継続的な支援魔法ブーストがかかるようになっている。
 これが、彼等海賊がリベロリア王室より借り受けた魔導遺産ロスト・アーティファクト。正史では、後にスコーピオンが似た物をオセロマイト王国跡で発見し、それを用いてテロを起こす。
 そんな、対象者の全能力を飛躍的に向上させるような歴史より抹消された魔導兵器が、この魔導遺産ロスト・アーティファクトである。
 リベロリアの古代遺跡にて発掘及び復元がされたこの腕輪は、そもそもとして耐久性に難があり、これを用いての魔物の行進イースターの対応は不可能と判断したリベロリア王室は、これを戦力等を増やす計画──つまりこの誘拐計画に投入する事とした。
 わざわざ海賊船まで用意してやったのだから、結果としては上々。海賊達はリベロリア王室が期待する通りの成果を得られたのだが、浅ましく欲深い性格だったが故に、こうして終末への片道切符を切ってしまったのだ。
 しかしそれでもこの男は諦めない。その腕輪を手に取り、一心不乱に己の腕に嵌めた。
 この腕輪は、ただ置いておくだけでも一定規模の恩恵を人々に与えられるのだが、それをただ一人が装着した時。それまで大勢の人々に分散していた恩恵が装着者のみに集約する。
 つまり──、

「ォ、オァ……ァ、アアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 めちゃくちゃ強化される。これまで数百人近くに分け与えられていた恩恵が、支援魔法ブーストが、ただ一人この男だけに与えられる。
 それは脆弱な人の身には余りある力。弱き人間の人間性と肉体を破壊する程の、常識外の力。この瞬間、男の人格は粉々に砕かれて、肉体も内側から徐々に裂けゆく事になる。
 最早ただの怪物と成り果てたそれは、本能死にたくないが為にありとあらゆる障害を破壊する。
 ただの肉塊に成り果てるその時まで、決して止まる事なく。


 ──同時刻。港町ルーシェは騒然としていた。
 多くの町民が港に集い、少し離れた沖の惨状に戸惑いを漏らす。二隻もの船が同時に沈み、一隻の船が瞬く間に燃え尽きた。何が起きたか全く分からない人々は、残る一隻の海賊船を複雑な感情の入り混じる瞳で見つめていた。

「おい、一体何があったんだ?」
「ボス! それが、海賊共を監視しに行こうとしたら突然海賊船が沈んだり燃えたんスよ!」
「何言ってんのお前??」

 スコーピオンの頭目たるヘブンが部下をぞろぞろと伴って港の人集りに近寄ると、幹部の一人であるラスイズが簡単な説明を行った。だがその荒唐無稽な言葉に、ヘブンもすぐには信じようとしなかった。

「これがマジなんですって! 周りの人達も見たんすよ? 海賊船が沈んで、海賊船が燃えるところ!!」
「──おい待て、シャーリーは無事なのか?! 町中捜し回っても見つからねぇんだ……考えられる場所としてはもうあそこしか無ぇってのに、海賊船が沈んで燃えただと!?」

 ようやく事の重大さに気づいたヘブンが、必死の形相でラスイズに掴みかかる。

「シャーリーに持たせてるペンダントはまだ壊れてないみたいだから、まだ命の危機に瀕してはいないみたい……ってレニィさんが言ってたっス。だから多分、シャーリーはあの最後の一隻にいるんじゃないかって」
「……そう、か…」

 ラスイズの報告に、ヘブンひとまず肩を撫で下ろした。
 シャーリーはその体質故に護身用の魔導具などでさえも持つ事が出来ない。なのでその代わりに、幹部の一人たるレニィお手製の特殊なペンダントを常に身につけさせていた。
 それは一度だけシャーリーを命の危機より救う身代わり。例えどんな事があろうとも、一度だけはその危機からシャーリーの命を守る希少なアイテム。
 かつて、運命の女神が零した涙から生みだされたという運命否定の宝石。この世に二つとして存在しないようなそれを、彼等は手に入れたその時にシャーリーに与えた。
 ああ、それだけで。彼等のシャーリーに対する思いの丈が分かる事だろう。

「何が起きたのかは全く分からんが……シャーリーがいる可能性のある場所が絞られたのなら大いに結構。テメェ等、シャーリーを取り戻す準備は出来てるかァ!?」
「「「「「「「イエス、ボス!!」」」」」」」

 くるりと振り向いたヘブンは、スコーピオンの構成員達に問いかける。それに息を合わせて構成員達が答えると、ヘブンはもう一度前を向き、遠くの海賊船を強く睨んだ。
 怒りから彼の顔にはいくつもの血管が浮かび上がり、その瞳も徐々に充血していっているようだ。
 彼等スコーピオンからシャーリーを奪った愚か者共へと制裁を加える為に、彼等スコーピオンは動き出した。

(シャーリー、今行くからな。何があっても、何に代えてでも、お前だけは絶対に守り抜いてみせる)

 ヘブンは想う。尊敬していた、大恩を抱くたった一人の親代わりの忘れ形見を。
 彼等は想う。スコーピオンの信条も信念も何もかも犠牲にしていいとさえ思う、ただ一人の少女を。
 だからこそ彼等は、

「──全面戦争だ、海賊共」

 何の躊躇いもなくその命を投げ出せる。例えそこで命が散ろうとも、そんなのどうでもいい。
 たった一つの宝物シャーリーを救えるのなら。忘れ形見シャーリーを守れるのなら。生きる希望シャーリーを失わないで済むのなら。こんな命、安いものだ。
 スコーピオンの者達は──……先代の頃よりスコーピオンにいる者達は、そう考えている。
 その覚悟と強い想いが、彼等を海賊との全面戦争へと駆り立てたのだ。
 しかし。ここで、更なる予想外の事態が巻き起こる。

「──ここ……町……?」
「──っ、わたし…本当に戻って………っ、これ…!」
「──おかあさん、おとうさん!!」

 通りのど真ん中。港の人集りからは少し外れた場所で、夜の町に純白の光が輝いた。
 あまりの眩しさに人集りの人々もそれに気づき、注意を向ける。すると、その光の中から近頃行方不明となっていた女子供が九人も姿を見せたのだ。
 それに人々は騒然とした。何せ行方不明となっていた者達が唐突に現れたものだから、人々の関心は完全にそちらに持っていかれるというもの。
 心配する町民に囲まれつつ、何があったかと聞かれた此度の人攫いの被害者達は、皆口を揃えて『海賊に攫われて囚われていた』と話した。そして『金髪の王子様みたいな人が助けてくれた』とも話した。
 これまでの一ヶ月のうちに海賊の所で何があったか、何を見聞きしたのかなどを話し、最後にはこうして解放され救われるに至った経緯を話したのだ。
 ここで町民は気づいた。これまで起きていた行方不明事件が全て海賊の仕業だったのだと。
 誰もが海賊への恨みや怒りを覚える。未だ行方知れずの五名の安否も気がかりだという声が上がる中、スコーピオン幹部の一人であるメフィスが被害者の女性に詰め寄って、

「シャーリー………十歳ぐらいの小さな女の子を知らない? アタシ達にとって凄く大事な子なの……っ」

 必死の形相で尋ねた。しかし被害者の女性はふるふると首を横に振り申し訳なさそうな表情を作った。

「小さな女の子は、あそこにいる子だけだったわ。他の攫われた人達はだいたい私と同じか歳上の人達だったから……」
「っ、そう……ごめんなさい、アナタもきっと辛かったでしょうに、こんな風に問い詰めてしまって」
「ううん。誰だって大事な人を心配する気持ちは同じよ」

 突然町に戻ってきた被害者達の中にシャーリーはいない。その事実に、メフィスはしゅんと項垂れる。そんなメフィスを慰めるように、被害者の女性が優しく言葉をかける。

(あぁ………シャーリー。アタシ達の光……お願いだから無事でいて)

 ぎゅっと瞳を強く伏せるメフィスの頭に、ドンロートルがぼふっと手を乗せて既に乱れていたメフィスの髪を更に乱した。

「──何シケた面してやがる。シャーリーは達で絶対に取り戻すんだ。こんな所でちんたらしてんじゃねーよ、クソアマ」
「ドル………」

 昼間のおどおどとした様子からは一変し、幹部の一人であるドンロートルは、随分とガラの悪そうな目付きでメフィスに語りかけた。
 柔和でお人好しなドンロートルとは正反対の、夜のみに現れる別人格もう一人の彼。呼称はドンロートルの愛称でもあるドル。それはもう口と態度が悪い男だ。

「ドルの言う通りだ。今はいち早くシャーリーを捜し出す事が俺達の役目……後悔なんてしてる暇はない」
「ノウルーもこう言ってんだ、さっさと行くぞメフィス」
「………えぇ。分かったわ」

 そこに幹部の一人であるノウルーが現れ、三人はスコーピオンの列に合流した。
 そして、改めて最後の海賊船目指して彼等は進み始める。その海賊船にて、一体何が起きているかも知らずに。

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