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第三章・傾国の王女

215.暗躍しましょう。4

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「な……何が、おき……て…」

 ようやく動いた口は、そんな戸惑いを言葉にした。
 するとカイルが私の様子に気づいたのか、「サベイランスちゃん、アミレスにも視えるようにしてやって」とこぼす。
 サベイランスちゃんから、《完全犯罪術式コード・モリアーティ可視権限付与。対象、アミレス・ヘル・フォーロイト》といった音声が聞こえて来た次の瞬間。

「──何、あれ?」

 私の目には、海面に広がり重なり合う四つの魔法陣が映っていた。
 その魔法陣の上で、今も尚煌々と燃え盛る炎。やはり目を疑うようなこの光景に、最後の海賊船の上もパニック状態のようだ。
 というか、目に見えても何にも分かんないわ。何が起きてるの、本当に?

「何ってそりゃあ……俺が編み出した必殺魔法シリーズ完全犯罪術式コード・モリアーティ全てを焼却せよタイプ・バーニングだけど」

 え、お前知らねぇの? みたいな顔されても困るわ。知らないわよそんなの。今初めて聞いたし。

「まぁ簡単に言えば、俺以外の誰にも見えない魔法だな。規模にもよるけど、魔力の感知すらもさせない事が可能だ。今回のはとにかく範囲内のもの全てを焼き尽くす魔法で、最終的には空気をも焼き尽くすぜ!」

 随分楽しそうにベラベラと語るわね。しっかし、空気をも焼き尽くすって……それどうやって燃えてるのよ、最後の方は。これがファンタジーかぁ………。
 ついには私も考える事をやめてしまった。

「とりあえず、もう燃やしたいものは燃やせたし魔法も解除しとくか。頼んだぞサベイランスちゃん」
《承認。現行魔法プログラムの停止を実行──完了》

 本当にどういう仕組みなのか分からないけれど、サベイランスちゃんがそう言った直後にちゃんと海面の魔法陣が消え去っていた。
 未だにサベイランスちゃんがよく分からないわ……カイルが何とか作り上げたAI的なのが搭載された魔導具、っていう風に聞いているけれど。
 AIとしての性能も魔導具としての性能も高すぎるんじゃないかしら? この世界の文明を破壊するつもりなの??
 ………それにしても。カイルの奴、なんかやたらとセンスいいわね。めちゃくちゃかっこいいじゃないの、技名が。

「さて、と。とりあえず三隻沈めて残り一隻となった訳だが──、どうやってあの船に乗り込んで攫われた人達を奪還する?」
「そうね………私が甲板で暴れるから、貴方はその隙に熱源探知とやらを駆使して攫われた人達を解放してちょうだい。あわよくば、町に転移させてあげて」
「陽動作戦か、オーケイ了解した」

 そこそこ無茶な事を言ったと思うのだけれど、カイルはそんなのまったく気にせずに指をパチンッと鳴らした。
 その瞬間、体が謎の浮遊感に襲われる。頭の先から糸で引っ張られているような……そんな感覚。それの正体はズバリ、淡い光を纏う半透明の翼だった。
 まるで天使の羽かのような美しさで、それは私とカイルの背中に現れた。

「翼の魔力でいい感じに羽生やしてみたから、それで海賊船まで行けると思う。飛ぼうと思えば飛べるし、羽もう要らねぇわって思ったらなくなる筈だから」
「あんた本当に便利な魔力ばっかり持ってるわね…………」

 当然のようにいくつもの亜種属性を持つチートオブチートに、思わず恐怖を通り越して呆れすらも覚えてしまった。
 それはともかく。カイルの言う通りに飛んでいる自分を想像してみると、背中の翼がバサリと羽ばたいて宙に浮く。
 今まで感じた事の無い不思議な感覚に戸惑いつつも、私は頑張って海賊船の方を目指す。大騒ぎの海賊船の甲板に両足と片手で颯爽と降り立ち、周りの注目を一身に集めて私は剣を構える。

「なんだコイツ?!」
「どっから現れやがった?!」
「さっきから何が起きて……っ」

 ただでさえ、先程から目を疑うようなイレギュラーが連続して起きているというのに、今度は謎の子供が空から降って来たのだ。流石の海賊達と言えども冷静さを完全に欠いているようで、とても隙だらけだった。
 この人達はどこからどう見てもリーダー格とは思えないし、とりあえず殺っておこうかしら。
 白夜を鞘から抜いて、魔剣としての能力を使った上で大きく横に振る。すると海賊達の胸の辺りを一閃。そこから血が溢れる前に、私は甲板を強く蹴り他の海賊達の元に向かった。
 甲板には沢山の酒樽や料理があった。宴か何かをしていたのだろう。
 その影響か酔っている者が多く、特に手間取る事も無く次々に有象無象の命を刈り取る事が出来た。
 心臓を突き、腹を裂き、首を断ち、四肢を切り。我が白銀の愛剣は今や真っ赤に汚れてしまっていた。
 軽く素振りをして、剣についた血を飛ばす。その最中、後方より海賊が三人「うぉおおおおぉぉぉぉッ」と雄叫びを上げながら突進して来たので、

水鉄砲ウォーターガン

 少し振り返って、彼等の脳天目掛けて水鉄砲ウォーターガンを三連射。師匠やシルフとの特訓で鍛え上げられた我がエイム力により、それらは見事ヘッドショットと相成った。
 突進の勢いのまま死に絶え、べしゃりと地に転がった三人の男を見下ろし、私は思う。
 これ、全部魔法で殺った方が返り血とか浴びなくて済むのでは? 今まで必死に返り血を浴びないで済むよう立ち回ってたけど、こうして魔法で殺れば返り血がそもそも出にくくなるのでは?
 そうと決まれば魔法攻撃だ。念の為に剣も引き続き構えるけれど、魔法優先でいこう。返り血は出来れば浴びたくないし。

「ぐぁっ!?」
「ぎゃ!」
「ヒギィ!!」

 遠くの敵には水鉄砲ウォーターガンを適当に撃って、接近して来た敵には水槍アクアランスをお見舞いした。
 魔法を使えないタイミングで襲って来た間の悪い敵は仕方なく剣で対応し、返り血を浴びなくても済むよう斬っては避けを繰り返していた。

「なんだあのガキィ! なんであんなチビ一人に俺達が殺られてんだ!?」
「どういう事だよ……なんであんな化け物がおれ達を殺しに来てるんだよ!!??」

 そういえば、ずっと魔法で攻撃して来ている人達もいた。しかし全部目視してから避けられる程度のものだったので、私は全部避けていた。シルフや師匠の魔法攻撃を避ける特訓メニューを数年かけてこなした私からすれば、この程度造作もない事なのよね。
 肩で息をしながら、まるで死神を見たかのように恐慌状態に陥る男達。
 戦っているうちにフードが落ちて、思い切り顔を見られた。だけど、不幸中の幸いとでも言うべきか……今の私は髪の色を変えているし、フリードルと違って姿絵とかもばら撒かれていない。つまり、顔を見られた所で正体を見抜かれる事は無いのだ。
 だから私がアミレス・ヘル・フォーロイトであると彼等は気づかない。………寧ろ、私がフォーロイトであると気づけた方が彼等にとっては幸福だったかもしれないのに。
 だって彼等は、どこにでもいるような子供相手に殲滅される恐怖を味わう事になったのだから。これがフォーロイトの人間であったなら、あの氷の血筋フォーロイトなら仕方ない。と納得出来たやもしれないが……ありふれた子供相手ではそうはいかない。
 私という異質な子供を目の当たりにし、その精神が錯乱する程度には、正体が分からないからこその恐怖もあるようだ。

「せめてもの情けで、苦しまないようにしてあげるわね」

 ピシャリ、と海賊達の血溜まりを進みながら水槍アクアランスを使用する。彼等の足元に現れた青い魔法陣から水で象られた槍が突き出し、彼等の胸元を抉る。
 それにしても、思ってたよりも弱かったわね。自警団がどうにも出来ない程の強さとは思えないぐらい。
 いくら恐慌状態かつ酔っているとは言え、全員動きが鈍いし反射速度も普通………どころかそれ以下だった。次の動きも容易に予想が出来る。何故ルーシェの自警団が彼等の前に敗走したのかが本当に分からない。
 私みたいな子供相手に手も足も出ないような連中なのになぁ。
 パッと見た感じでは、これでもう甲板にいた海賊は倒せたみたいだけれど……多分まだ中にいるわよね。この海賊船、かなり大きいし。
 カイルの方も無事上手くいくといいのだけど。


♢♢


「なんなんだ、何が起こってやがる……ッ?!」

 海賊達の頭である男は、必死に船の奥へ奥へと走り行く。それは、突如として彼等を襲った異常事態。
 大海より這い出た水の手。それは二隻もの海賊船を深く暗い海へと引きずり込んだ。
 海をも焼き尽くさんとする業火。それは瞬く間に一隻の船を塵へと変えた。
 彼等には何も分からなかった。理解が及ばなかった。
 何故なら彼等は、に過ぎないのだから。
 本来、港町ルーシェの自警団に圧勝できる程の実力など持たぬ連中の寄せ集めに過ぎないのだから。
 優れた魔導師がいる訳でもなく、優れた斥候などがいる訳でもない。優れた指導者も、優れた忠臣も、優れた兵士もいない。
 彼等は井の中の蛙だった。世界を知らず、弱小国家リベロリアの海域で幅をきかせていただけの存在。
 そんな男達が、この氷の国で──統治者に引き上げられるかのように誰も彼もが強くなるこの国において、地元と同じようにやっていける筈がなかった。
 それを擬似的に、一時的に、可能にしたのが彼等の乗る海賊船。そしてもう一つ、ある魔導遺産ロスト・アーティファクトの力。
 それが無ければ彼等はこの沖に来た瞬間──…呆気なく討伐されていた事だろう。
 しかし愚かな彼等は気づかなかった。己の弱さと、愚かさに。己がどれ程傲慢になっていたか気づけなかった。
 まぁ、それでも今までは何とかやっていけていた。リベロリア王室の立てた計画は万事順調。予定通り鉱山で事故を起こし、多くの人員と注意をそちらに向け、その隙に彼等は港町で暗躍していた。言いつけよりも多く、十人以上も攫う事も出来たので、明日にはリベロリア王国に凱旋しようと思っていた。
 それが間違いだった。十人目を攫った時点で、辞めておけば良かったのだ。
 欲を出し、多く攫っておけばリベロリア王室も何も文句は言うまいと。そんな考えから数人多く攫った事が、彼等の終末への進路をただ一つに定めた。
 正史であれば──、翌朝、攫われたたった一人の少女を救ける為にある闇組織が全面戦争を仕掛け、少女に後遺症が残る事になるが海賊達には辛勝する。
 偽史であれば──、いくつもの事故と事件の関連性に気づいたある王女が持ち前の偽善で海賊船を襲撃し、彼等を破滅へと追い込む。
 彼等が十人目を攫った時点で帰国していれば起こりえなかった二通りの結末。前者では、ある少女を攫ってしまったから。後者では、未だにこの海域に残っていたから。
 まさか自分達が負け、終末を迎える事になるなどと海賊達は考えていなかったのだ。
 それが、それこそが。
 その驕りこそが彼等の最たる敗因であろう。
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