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第三章・傾国の王女
214.暗躍しましょう。3
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「──シャーリーがまだ帰って来てない?」
「はい。カジノ中捜しても、お嬢の姿がどこにも無いんです」
部下からの報告を受け、ヘブンはその頬に大きな汗を滲ませる。
時刻は夜の七時を回った頃。いつもならばシャーリーもとっくに帰宅している頃なのだ。それなのに、カジノ中捜し回ってもどこにもいなかったと聞き、ヘブンは酷い焦燥感に煽られた。
そこにドタバタと音を立てて他の部下が現れ、脂汗を滝のように流し、その男は報告した。
「ボス! 近頃お嬢が仲良くしてるっていうガキの家に行ったところ、そのガキもまだ家に帰ってない様子でした!」
膝に手をついて、肩で息をしながらその男はヘブンに伝えた。
──シャーリーと共にいる筈のミアもまた、シャーリーと共に姿を消した。
その事実が、焦燥や恐怖となりてヘブン達を襲う。ただ帰りが遅いだけであって欲しい。それならば、シャーリーに説教をするだけで済むから。
だがどうしてだろうか。今の彼等に、その想像は出来なかった。強過ぎる嫌な予感に彼等の心が蝕まれているからだった。
もし万が一の事が起きていれば。シャーリーに何かあったらならば………彼等は自責の念に駆られ、心を病むであろう。
それ程までに、シャーリーの存在は彼等にとって、とても重要なものなのである。
「……考えられる可能性としては、馬鹿な債務者か海賊共しかいねぇ」
ヘブンがボソリと呟くと、それを聞いた幹部達がハッとした顔で頷き、それぞれで動き出す。彼等に言葉など不要。己が何をすればよいのか……それを完璧に把握している幹部達は、目配せだけで行動に移れる。
シャーリーがカジノ・スコーピオンにとって重要な人物である事は町に知れ渡る事。そんなシャーリーを誘拐するような輩は、カジノで借金を作ってしまった者か──近頃不穏な空気を港町ルーシェに持ち込んでいる海賊しかおるまい。
そうと気づいたヘブンは幹部達に伝え、その両方の線を追いつつ重たい腰を上げる事にした。
「──いいかテメェ等。オレ達の命にかえてでも、シャーリーだけは取り戻すぞ!!」
「「「「「イエス、ボス!!」」」」」
ヘブンの宣言に、スコーピオンの構成員達が足を揃え声を重ねた。
こうして、それぞれの目的の為にアミレス達とスコーピオンは動き出した。
──同時刻。港町ルーシェ沖にて。
海上に停泊する四隻の海賊船が一つ、特に大きな船にて、海賊達は大騒ぎだった。
酒を飲み、料理を乱雑に口に放り込み、大きく口を開けて騒ぎ倒す。歌い踊り、狂ったように笑っていた。
「お頭ぁ、今日も無事成功っすねぇ!」
「これで十四人目っすよ!!」
酒気を帯びるヘラヘラとした顔の太鼓持ちが、酒瓶片手にこの海賊一味の船長に絡む。
お頭と呼ばれた大柄な髭面の男は、異国の踊り子のような格好をさせた美女にお酌させ、上機嫌に笑った。
「ガッハハハ! あのイキったガキ共も今頃面白ェ面してんだろうなァ!」
海賊は計画を練りに練って、下調べも何もかも準備万端の状態で二ヶ月前にルーシェ沖にやって来た。全てはフォーロイト帝国の人間を誘拐する為。
皇族がかつて氷の精霊より愛された唯一の存在という事もあり、帝国のほぼ全域に浸透する強い魔力。その影響かフォーロイト帝国に生まれる人々は、世界基準の平均を上回る魔力量を持って生まれる事が多く、一部の例外を除いて魔力に対する耐性というものもある程度備わっている事が多い。
故に一昔前までは奴隷制度というものがあり、野心的なハミルディーヒ王国がこの土地や人々を欲して戦争を仕掛けてきていたのだ。
そんなフォーロイト帝国に、他国の者である海賊が目をつけこうして綿密な計画のもと犯行を繰り返しているのは──…やはり、その人々を欲していたからだ。
奴隷にするも良し、兵隊にするも良し、実験体にするも良し。豊富な魔力を持つフォーロイト帝国の人間は、そんな風に他国から思われている事もあるのだ。
十数年前と一年前のケイリオルによる粛清により、陸路での人攫いが限りなく不可能となった為、ついには海賊に白羽の矢が立った。
海賊はリベロリア王国の者達だった。そしてこれはなんと、いつ来るかも分からない魔物の行進に備えて戦力を欲したリベロリア王室直々の勅命だったのだ。
故にやたらと綿密に練られた計画となり、彼等は完璧な計画のもと人攫いを繰り返している。
その際に、多少攫った者達を嬲っても構わない。そう、リベロリア王室から言われていたので……彼等はこの一ヶ月のうちに既に何度か攫ってきた女子供を慰みものにしていた。
「まァそろそろ潮時だろうな。王サマ達は十人前後捕まえたら一旦帰って来いっつってたし、明日の昼には出航るぞテメェ等! 今夜はフォーロイトで過ごす最後の夜だ、全力で騒いでやろうぜェ!!」
「「「「おーーーっ!」」」」
船長の男が酒の注がれた器を天に突き上げるように掲げると、それに合わせて他の海賊達もそれぞれ持っていた器を天に向けて突き上げた。
飲んで歌って笑って喧嘩しての大騒ぎ。彼等はまさに有頂天であった。
──歪められた歴史には存在しない、小さくもおぞましい脅威がゆっくりと近づいてきている事に気づかず……。
♢♢
港の外れにある崖の上に立ち、私達は夜風に吹かれながら広大な海を見下ろしていた。
目下にはここまで喧騒が聞こえて来る海賊船が四隻。私は周りの海を見渡しながら、手をグッパグッパと開いては閉じてを繰り返していた。
よし、多分この感じなら秘策の方も無事に出来そうね。この前の貴族会議の時のアレで、広範囲の魔力を掌握するコツは掴んでたし。なんてったって、海は──私の領域だもの。
「熱源探知的にはあそこの一番強そうな船が怪しいな。他の三隻に比べて、明らかに女子供っぽい熱源が多い」
私の隣で黙々とサベイランスちゃんを操作していたカイルが、顔を上げて一つの船を指さした。
ほほう、あの船か。あの船を私は襲撃したらいいのね?
「他の三隻はー……まぁ、邪魔だし適当に沈めっか。思い切り魔法ぶち込もうぜ~」
「任せて。ここで私の秘策を披露してやろうじゃないの」
「お、例の秘策か。これはお手並み拝見っと」
そう言って、カイルは一歩後ろに下がった。
「よしっ、それじゃあいっちょやってみますか!」
目下に広がる広大な海。その一部を両手ですくい上げるように、海に浸透する水の魔力を掌握し、膨大な量の水を手足のように操る。
「──ぎゃははは! 今日も酒がうめ…ぇ……?」
「──何で、波が…ッ?!」
「──逃げろぉおおおおお!」
喧騒から一転。遠くの船上は混乱の渦に呑まれ、やがて海賊達は海に引きずり込まれた。
静かな海に、突如として高波が生まれた。それは凄まじい勢いを伴って二隻の船に覆いかぶさり、やがてそれを海の中に引きずり込んでしまう。
突然海賊達を襲った異常。転覆し、そのまま沈んだ二隻以外の船に乗っていた者達も、流石にこの事態に恐怖しているようで。先程までは宴か何かをしていたのかどんちゃん騒ぎだったみたいなのだが、今や狂乱状態で大騒ぎのようだ。
「おぉ~、お前すっげぇな! まさか海を操るとは……もう最強だろ」
「これが汎用性の高さなら頭一つ飛び抜けた水の魔力の真骨頂よ。人を殺す手段が沢山あるもの」
「穏やかじゃねぇなぁ」
ハハ……と薄ら笑いを浮かべていたカイルであったが、すぐに気持ちを切り替えて、「じゃあもう一隻は俺が沈めてもいい?」と聞いて来た。
私としても魔力は温存しておきたかったので、これには勿論イエスで答えた。するとカイルは「サンキュ!」と笑って、鼻歌交じりにサベイランスちゃんを操作する。
……ちょっと待って。私はカイルに何をさせようとしているの? 氷の血筋の私ならともかく、カイルはなんて事ない普通の人なのに。
人を殺させてしまってもいいの? やっぱり今からでも私がもう一隻沈めるって言った方がいいのかな。
サベイランスちゃんを操作するカイルの腕を掴み、告げる。
「ねぇカイル、やっぱり三隻目も私がやるわ」
「え、何で? それじゃあお前ばっかり魔力使い過ぎになるだろ、温存しておいた方がいいだろうし俺がやるぞ?」
「でも………このままだと、貴方は人を殺す事になるのよ?」
きょとんとするカイルに向けて、私は本当にいいのかと尋ねる。しかしカイルはケロッとした顔のまま、答えた。
「まぁそうなるな。それがどうした?」
「……へ?」
それがどうした、って………何、その返答は?
「だって人間誰しもいつか死ぬんだからさ、それがアイツ等は今だったってだけの事。他人の死が俺の手によるものか否かとか別にどうでもいいし……少なくとも、アイツ等は何百人のも無辜の民を計画的に殺した奴等だ。そんな奴等を殺した所で何も感じねぇよ」
カイルがこんな考えを持つ人間だったなんて、今初めて知ったけれど……妙に受け入れ難いというか、体がこの思想に賛成する事を拒否しているというか。
こんなの初めてよ、本当に…。
「俺は自分がロクでもない人間だって自覚があるし、俺の所為で誰かが死ぬ事に関してはもう気にしない事にしてるんだよ。だからさ、マジで俺は気にしねぇし………お前にだけ重荷を背負わせる訳にもいかんからな、ここは大人しく俺に任せてくれ」
どこか空元気な様子でそう語ったカイルは、私の頭にぽんっと手を置いて、歯を見せて笑った。
返す言葉が全く見つからず、ただただ彼の背中を見つめ続ける。程なくして、カイルはサベイランスちゃんを起動した。
「いくぜ、サベイランスちゃん。完全犯罪術式発動!」
《星間探索型魔導監視装置、仮想起動。魔導変換開始。事前指定、目次参照完了。対象指定、完了。隠蔽術式構成、完了。多重魔法陣、四重に設定完了。各魔法陣の最適化及び融合を開始……完了。術式構成、全行程完了。完全犯罪術式、全てを焼却せよ──発動》
無機質な機械音声が鳴り響く。しかし、私の目には何も見えなかった。海から漂ってくるその禍々しい空気からして、何かが起きているのだろう。だが私の目には見えない。
さっき、カイルといいサベイランスちゃんといいどちらもモリアーティがどうのと言っていたし……サベイランスちゃんに関しては隠蔽がどうのとも言っていた。
もしかしたら私の全反射のように、カイルにもそういった姿を消したりする方法があるのかもしれない。
ボーッとサベイランスちゃんと海賊船を交互に眺めていると、突如として一隻の船が発火した。それもボヤ騒ぎとかそういうちゃちなものではなく、船全体が一瞬にして業火に包まれた。
その炎は凄まじい速度で船を喰らう。大きな船だったのに、それはあっという間に消し炭となり、海賊達も含めて海の藻屑と変えてしまった。
──そして、何よりも恐ろしい事に。海賊船を起点に発生した業火は、海をも焼き尽くそうとしていた。
明らかにおかしい現象。しかしその炎は本当に海を燃やしてゆく。いくらファンタジーと言っても説明しきれないようなイレギュラーに、私は開いた口が塞がらなかった。
「はい。カジノ中捜しても、お嬢の姿がどこにも無いんです」
部下からの報告を受け、ヘブンはその頬に大きな汗を滲ませる。
時刻は夜の七時を回った頃。いつもならばシャーリーもとっくに帰宅している頃なのだ。それなのに、カジノ中捜し回ってもどこにもいなかったと聞き、ヘブンは酷い焦燥感に煽られた。
そこにドタバタと音を立てて他の部下が現れ、脂汗を滝のように流し、その男は報告した。
「ボス! 近頃お嬢が仲良くしてるっていうガキの家に行ったところ、そのガキもまだ家に帰ってない様子でした!」
膝に手をついて、肩で息をしながらその男はヘブンに伝えた。
──シャーリーと共にいる筈のミアもまた、シャーリーと共に姿を消した。
その事実が、焦燥や恐怖となりてヘブン達を襲う。ただ帰りが遅いだけであって欲しい。それならば、シャーリーに説教をするだけで済むから。
だがどうしてだろうか。今の彼等に、その想像は出来なかった。強過ぎる嫌な予感に彼等の心が蝕まれているからだった。
もし万が一の事が起きていれば。シャーリーに何かあったらならば………彼等は自責の念に駆られ、心を病むであろう。
それ程までに、シャーリーの存在は彼等にとって、とても重要なものなのである。
「……考えられる可能性としては、馬鹿な債務者か海賊共しかいねぇ」
ヘブンがボソリと呟くと、それを聞いた幹部達がハッとした顔で頷き、それぞれで動き出す。彼等に言葉など不要。己が何をすればよいのか……それを完璧に把握している幹部達は、目配せだけで行動に移れる。
シャーリーがカジノ・スコーピオンにとって重要な人物である事は町に知れ渡る事。そんなシャーリーを誘拐するような輩は、カジノで借金を作ってしまった者か──近頃不穏な空気を港町ルーシェに持ち込んでいる海賊しかおるまい。
そうと気づいたヘブンは幹部達に伝え、その両方の線を追いつつ重たい腰を上げる事にした。
「──いいかテメェ等。オレ達の命にかえてでも、シャーリーだけは取り戻すぞ!!」
「「「「「イエス、ボス!!」」」」」
ヘブンの宣言に、スコーピオンの構成員達が足を揃え声を重ねた。
こうして、それぞれの目的の為にアミレス達とスコーピオンは動き出した。
──同時刻。港町ルーシェ沖にて。
海上に停泊する四隻の海賊船が一つ、特に大きな船にて、海賊達は大騒ぎだった。
酒を飲み、料理を乱雑に口に放り込み、大きく口を開けて騒ぎ倒す。歌い踊り、狂ったように笑っていた。
「お頭ぁ、今日も無事成功っすねぇ!」
「これで十四人目っすよ!!」
酒気を帯びるヘラヘラとした顔の太鼓持ちが、酒瓶片手にこの海賊一味の船長に絡む。
お頭と呼ばれた大柄な髭面の男は、異国の踊り子のような格好をさせた美女にお酌させ、上機嫌に笑った。
「ガッハハハ! あのイキったガキ共も今頃面白ェ面してんだろうなァ!」
海賊は計画を練りに練って、下調べも何もかも準備万端の状態で二ヶ月前にルーシェ沖にやって来た。全てはフォーロイト帝国の人間を誘拐する為。
皇族がかつて氷の精霊より愛された唯一の存在という事もあり、帝国のほぼ全域に浸透する強い魔力。その影響かフォーロイト帝国に生まれる人々は、世界基準の平均を上回る魔力量を持って生まれる事が多く、一部の例外を除いて魔力に対する耐性というものもある程度備わっている事が多い。
故に一昔前までは奴隷制度というものがあり、野心的なハミルディーヒ王国がこの土地や人々を欲して戦争を仕掛けてきていたのだ。
そんなフォーロイト帝国に、他国の者である海賊が目をつけこうして綿密な計画のもと犯行を繰り返しているのは──…やはり、その人々を欲していたからだ。
奴隷にするも良し、兵隊にするも良し、実験体にするも良し。豊富な魔力を持つフォーロイト帝国の人間は、そんな風に他国から思われている事もあるのだ。
十数年前と一年前のケイリオルによる粛清により、陸路での人攫いが限りなく不可能となった為、ついには海賊に白羽の矢が立った。
海賊はリベロリア王国の者達だった。そしてこれはなんと、いつ来るかも分からない魔物の行進に備えて戦力を欲したリベロリア王室直々の勅命だったのだ。
故にやたらと綿密に練られた計画となり、彼等は完璧な計画のもと人攫いを繰り返している。
その際に、多少攫った者達を嬲っても構わない。そう、リベロリア王室から言われていたので……彼等はこの一ヶ月のうちに既に何度か攫ってきた女子供を慰みものにしていた。
「まァそろそろ潮時だろうな。王サマ達は十人前後捕まえたら一旦帰って来いっつってたし、明日の昼には出航るぞテメェ等! 今夜はフォーロイトで過ごす最後の夜だ、全力で騒いでやろうぜェ!!」
「「「「おーーーっ!」」」」
船長の男が酒の注がれた器を天に突き上げるように掲げると、それに合わせて他の海賊達もそれぞれ持っていた器を天に向けて突き上げた。
飲んで歌って笑って喧嘩しての大騒ぎ。彼等はまさに有頂天であった。
──歪められた歴史には存在しない、小さくもおぞましい脅威がゆっくりと近づいてきている事に気づかず……。
♢♢
港の外れにある崖の上に立ち、私達は夜風に吹かれながら広大な海を見下ろしていた。
目下にはここまで喧騒が聞こえて来る海賊船が四隻。私は周りの海を見渡しながら、手をグッパグッパと開いては閉じてを繰り返していた。
よし、多分この感じなら秘策の方も無事に出来そうね。この前の貴族会議の時のアレで、広範囲の魔力を掌握するコツは掴んでたし。なんてったって、海は──私の領域だもの。
「熱源探知的にはあそこの一番強そうな船が怪しいな。他の三隻に比べて、明らかに女子供っぽい熱源が多い」
私の隣で黙々とサベイランスちゃんを操作していたカイルが、顔を上げて一つの船を指さした。
ほほう、あの船か。あの船を私は襲撃したらいいのね?
「他の三隻はー……まぁ、邪魔だし適当に沈めっか。思い切り魔法ぶち込もうぜ~」
「任せて。ここで私の秘策を披露してやろうじゃないの」
「お、例の秘策か。これはお手並み拝見っと」
そう言って、カイルは一歩後ろに下がった。
「よしっ、それじゃあいっちょやってみますか!」
目下に広がる広大な海。その一部を両手ですくい上げるように、海に浸透する水の魔力を掌握し、膨大な量の水を手足のように操る。
「──ぎゃははは! 今日も酒がうめ…ぇ……?」
「──何で、波が…ッ?!」
「──逃げろぉおおおおお!」
喧騒から一転。遠くの船上は混乱の渦に呑まれ、やがて海賊達は海に引きずり込まれた。
静かな海に、突如として高波が生まれた。それは凄まじい勢いを伴って二隻の船に覆いかぶさり、やがてそれを海の中に引きずり込んでしまう。
突然海賊達を襲った異常。転覆し、そのまま沈んだ二隻以外の船に乗っていた者達も、流石にこの事態に恐怖しているようで。先程までは宴か何かをしていたのかどんちゃん騒ぎだったみたいなのだが、今や狂乱状態で大騒ぎのようだ。
「おぉ~、お前すっげぇな! まさか海を操るとは……もう最強だろ」
「これが汎用性の高さなら頭一つ飛び抜けた水の魔力の真骨頂よ。人を殺す手段が沢山あるもの」
「穏やかじゃねぇなぁ」
ハハ……と薄ら笑いを浮かべていたカイルであったが、すぐに気持ちを切り替えて、「じゃあもう一隻は俺が沈めてもいい?」と聞いて来た。
私としても魔力は温存しておきたかったので、これには勿論イエスで答えた。するとカイルは「サンキュ!」と笑って、鼻歌交じりにサベイランスちゃんを操作する。
……ちょっと待って。私はカイルに何をさせようとしているの? 氷の血筋の私ならともかく、カイルはなんて事ない普通の人なのに。
人を殺させてしまってもいいの? やっぱり今からでも私がもう一隻沈めるって言った方がいいのかな。
サベイランスちゃんを操作するカイルの腕を掴み、告げる。
「ねぇカイル、やっぱり三隻目も私がやるわ」
「え、何で? それじゃあお前ばっかり魔力使い過ぎになるだろ、温存しておいた方がいいだろうし俺がやるぞ?」
「でも………このままだと、貴方は人を殺す事になるのよ?」
きょとんとするカイルに向けて、私は本当にいいのかと尋ねる。しかしカイルはケロッとした顔のまま、答えた。
「まぁそうなるな。それがどうした?」
「……へ?」
それがどうした、って………何、その返答は?
「だって人間誰しもいつか死ぬんだからさ、それがアイツ等は今だったってだけの事。他人の死が俺の手によるものか否かとか別にどうでもいいし……少なくとも、アイツ等は何百人のも無辜の民を計画的に殺した奴等だ。そんな奴等を殺した所で何も感じねぇよ」
カイルがこんな考えを持つ人間だったなんて、今初めて知ったけれど……妙に受け入れ難いというか、体がこの思想に賛成する事を拒否しているというか。
こんなの初めてよ、本当に…。
「俺は自分がロクでもない人間だって自覚があるし、俺の所為で誰かが死ぬ事に関してはもう気にしない事にしてるんだよ。だからさ、マジで俺は気にしねぇし………お前にだけ重荷を背負わせる訳にもいかんからな、ここは大人しく俺に任せてくれ」
どこか空元気な様子でそう語ったカイルは、私の頭にぽんっと手を置いて、歯を見せて笑った。
返す言葉が全く見つからず、ただただ彼の背中を見つめ続ける。程なくして、カイルはサベイランスちゃんを起動した。
「いくぜ、サベイランスちゃん。完全犯罪術式発動!」
《星間探索型魔導監視装置、仮想起動。魔導変換開始。事前指定、目次参照完了。対象指定、完了。隠蔽術式構成、完了。多重魔法陣、四重に設定完了。各魔法陣の最適化及び融合を開始……完了。術式構成、全行程完了。完全犯罪術式、全てを焼却せよ──発動》
無機質な機械音声が鳴り響く。しかし、私の目には何も見えなかった。海から漂ってくるその禍々しい空気からして、何かが起きているのだろう。だが私の目には見えない。
さっき、カイルといいサベイランスちゃんといいどちらもモリアーティがどうのと言っていたし……サベイランスちゃんに関しては隠蔽がどうのとも言っていた。
もしかしたら私の全反射のように、カイルにもそういった姿を消したりする方法があるのかもしれない。
ボーッとサベイランスちゃんと海賊船を交互に眺めていると、突如として一隻の船が発火した。それもボヤ騒ぎとかそういうちゃちなものではなく、船全体が一瞬にして業火に包まれた。
その炎は凄まじい速度で船を喰らう。大きな船だったのに、それはあっという間に消し炭となり、海賊達も含めて海の藻屑と変えてしまった。
──そして、何よりも恐ろしい事に。海賊船を起点に発生した業火は、海をも焼き尽くそうとしていた。
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