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第三章・傾国の王女

210.ある組織の困惑

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 銀と紫の二色の髪を使い分ける少女が、金髪の少年を伴ってVIPルームへと戻っていった後。闇組織スコーピオンの頭目・ヘブンと五名の幹部達は頭を抱えていた。

「……ボス、本当にあの子供の取引に応じるんスか?」

 幹部の一人、ラスイズが納得のいかない表情を作る。するとそれに、同じく幹部の一人であるドンロートルが「そ、そうですよぅ……あの聖女、皇族ですよぅ?」と弱々しく同意する。
 しかしそれと同時に、同じく幹部の一人であるレニィが「なんでよりにもよって、アミレス・ヘル・フォーロイトが…」と悔しげに後頭部を掻き毟っていた。

「だからこうしてお前等と話す時間を寄越せ、って向こうに伝えたんだろーが。ああクソッ、ふざけんなよ……っ、なんであの王女がこんな所に………!」

 ドンッ、と握り拳を机に振り下ろして、ヘブンは歯ぎしりする。

(なんで、なんでよりによってお前なんだ……っ! ただのクソ貴族共じゃァなくて、氷結の聖女のお前が…!!)

 ヘブンは──彼等スコーピオンは、氷結の聖女もとい救国の王女の噂を知っていた。
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 それなのに。その少女は正体を隠してカジノにやって来て、貴族である事を隠そうともせず振舞った。
 それを見たヘブンは、『貴族がまた来やがった』と。『クソ野郎共がオレ達の楽園を荒らすんじゃねぇ!』と……奥歯を噛み締めながら、金髪の少年の豪運を目の当たりにし、絶望した。
『…──何で、この世界はこんなにも不公平なんだよ』
 生まれたその瞬間に人間の価値が決められる。ただ生まれが違うだけなのに、ある人は温かく輝かしい人生が約束され、ある人は暗く残酷な人生を約束される。
 この階級社会に義憤と疑問を抱いた者達が集まる闇組織スコーピオンでも、ヘブンのそれは人一倍強かった。故に、このカジノを──どんな人間でも、生まれや育ちも関係なしに平等に夢を見られるこの楽園を大事にしていた。
 そこに現れた金髪の少年。顔も、知力も、地位も、権力も、運までも全てを持ち合わせた、まさに神に愛されたかのような少年。
 そんな存在を見て、ヘブンは己が酷く惨めに思えた。あまりの世の不公平さに、ただただ怒りが湧いていた。
 金髪の少年の連れと思しき紫髪の少女に声を掛けた時も、彼の胸中は貴族への憎悪が怒りという薪によって燃え盛っていたのだ。
 だから呆気なく負けてしまえと。そう、思っていたのに。その少女までもがゲームで勝利してしまった。だからこそ、いっその事VIPルームに招いてこの溜飲を下げようと思った。
 しかし何もかもが上手くいかない。その少女は不敵な笑みで合言葉を口にした。闇組織スコーピオンに通じる、秘匿された合言葉を。
 そして──少女は取引の際にその正体を明かした。
 心の底から憎いと思っていた相手が、他の貴族とは違うと思っていた氷結の聖女だった。
 平民じぶんたちの味方だと思っていた氷結の聖女も、結局は何もかもに恵まれた人間だった。あの献身も何もかも、持つ者が行った偽善に過ぎないのだと今更ながら理解した。
 彼等の抱いていた淡い理想は、あの瞬間に打ち砕かれたのだ。

「……なァ、ノウルー。あのガキの言葉は、本当マジだと思うか?」

 ヘブンは蜜柑色の瞳をチラリと大柄な男に向けた。

「ダウト、って言えたら良かったんだがな。ありゃ素であの思考回路っすわ、聖女は。いっその事偽善者であってくれたらなぁ………俺達のカジノを荒らした害虫って事で心置き無く駆除出来たのによ」
「でも、納得したわ。あんな酷い考え方だからこそ、氷結の聖女だなんて呼ばれるようになったんだって。本当に身の毛もよだつ言葉の数々だったわ」

 ノウルーに続くように、唯一の女性幹部メフィスが困ったように目を伏せた。
 彼等を悩ませる原因の一つとして挙げられた、先程のアミレスの発言。目的の為なら己の命以外の全てを犠牲にしても構わないとする姿勢。
 どう考えても狂っている彼女の思考回路に、あの場にいた者達は圧倒されていた。

「貴族なんて嫌いだ。皇族なんてもっと嫌いだ……でも、あの女だけは………俺達平民にも目を向けてくれた、あの聖女だけは……っ」

 まるで自分に言い聞かせるかのようにレニィが呟くと、ヘブンは眉間の皺を深くして、

「とにかく、オレ達が今考えるべきは氷結の聖女の事ではなく、あのガキの取引に応じるかどうかだ。皇族に借りを作れる代わりに、オレ達はあのガキの言う内乱での共通悪になる必要がある。これについてどう思う?」

 幹部達に質問を投げ掛けた。

「正直、普段ならそんな訳ないって一蹴しますけどぅ、聖女が言うならその内乱っていうのも本当なんじゃないかなぁって……方法はともかく、聖女が内乱をどうにかしたいっていうのも、本心なんじゃないかって……僕は思いますぅ」
「まーそこは俺もそんな疑ってないっスけど、場所が問題じゃないっすか? だってディジェル領っすよ、ディジェル領。相手はあのディジェル人なんですよ、ガキは『誰一人として死者を出させない』とか何とかいってたけど、どう考えても俺達には無理ッスよ」

 肩を竦めて、自虐的にラスイズが語る。先に意見を述べたドンロートルもそれには賛成のようで、コクコクと首を縦に振っていた。
 闇組織スコーピオンは構成員全てが戦闘訓練を受ける為、かなりの実力者揃いの筈なのだが………相手が強者揃いのディジェル人と聞いて恐れを生しているようだ。
 しかし、それ程までに、妖精に祝福された土地に生きる者達は強いのだ。

「それは本当にそう。そこまでの危険を侵すメリットが分からない」

 レニィがラスイズの意見に賛同するも、ドンロートルは少し引っかかる事があるようで。

「でもぅ、聖女の言う事が本当だったら、内乱で凄い数の人達が死んじゃうんじゃあ………」
「でもそれって俺達にはカンケー無い事ッスよ? ドンさんはやっぱ優しすぎるって。ディジェル人同士の争いでディジェル人が死ぬだけの事に、何で俺達まで関わる必要があるんすか?」
「アタシも同意見よ。確かに、後々の事を考えれば憎き皇族に借りを作れるのは大きいかもしれないけれど……それでもアタシ達がそこまでする理由が無いわ」

 幹部達がやいのやいのと交わす言葉を、ヘブンは静かに聞いていた。

(……あのガキは、どういう訳か合言葉を知っていて、最初からVIPルームに行く事を──オレ達に接触する事を目的にしていたように思える。一体どうしてそこまで効率的に、最短距離を進めた……? それがしつこく疑問として残りやがる)

 ヘブンは何となく気がついていた。金髪の少年といい、紫髪の少女といい、二人共金に執着が無かった事に。カジノに来ている割に、金そのものには何の興味も無さげな印象を彼等のゲームから受けたのだ。
 最初はそれが貴族故の感性かと思った。しかし、どうにもそういう訳では無さそうだったのだ。紫髪の少女のゲームを暫く観察していて、ヘブンは思った。
 ──金自体はどうでもよく、今ここでチップを大量に得る事こそがあのガキ共の目的なのでは? と。
 そうとなれば、考えられる可能性はVIPルームに行く事だろう。何の目的でVIPルームに行こうとしているのか、甚だ疑問ではあるが……ヘブンはその時点で一般フロアを後にして特別フロアに向かった。あの調子だとその内VIPルームに招かれる事だろう、と予想して特別フロアで待つ事にしたのだ。
 そして聞く事になる。その少女の口から、あの合言葉を。
 あれはそもそもスコーピオンの関係者にしか知られないもの。または、誰かしらの紹介でスコーピオンに接触する者が使う言葉。
 そのどちらにも該当しなさそうなその少女は堂々と合言葉を口にして、交渉に躍り出た。
 一体どのような経緯でアミレスが合言葉やスコーピオンの事を知り、あれ程の最短距離を弾き出せたのか。それが、ヘブンの中で大きな疑問として居座り続けるのだ。
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