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第三章・傾国の王女
209.カジノ・スコーピオン5
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通されたのはVIPルームの奥の部屋。そこにはもう一つ扉があり、更に別室に繋がっているようだ。
その上手側にイケメンお兄さんとディーラーが座り、私達は下手側の長椅子に座った。するとカジノに繋がる扉が開き、何人ものディーラーがぞろぞろと入室してきた。
どうやら、カジノ業務を放棄させて幹部達を呼び出したらしい。私相手にそこまでする意味は一体。
四方八方を敵に囲まれた四面楚歌状態で、イケメンお兄さんが単刀直入に切り込んでくる。
「改めて聞くが──お前、何者だ。貴族のガキがオレ達のカジノに何しに来やがった。それにどうやってスコーピオンの事を知った?」
「見ての通り、ただの大嘘つきのガキですよ。カジノに来たのは貴方達に会う為。スコーピオンを知ったのは独自の情報源かしら」
それにしても周りの視線が凄いわ。スコーピオンの幹部達が、皆して私を射殺すかのように睨んでくる。
「何の目的でオレ達に接触しようとした?」
「それは勿論、交渉ですわ。でもその前に………さっさとその変装をやめてくださらない? どうせ偽物なのでしょう、その顔は」
「ハンッ、貴族のガキは変装かどうかも分かるのか。どいつもこいつも信用しないクソ共らしい教育だな」
嫌味ったらしく嗤い、イケメンお兄さんはその化けの皮を剥いだ。その下から現れたのは、ワインレッドの髪に鮮やかな蜜柑色の瞳の整った顔。
──やっぱり、貴方がヘブンだったのね。
スコーピオンの中でも特に貴族を嫌う男。この階級社会を壊す為に常識外の力に手を染め、やがて志半ばでそれが潰えて死んでしまったテロリスト。
「お望み通り顔は見せてやった。さっさと目的を吐け」
チッ、と舌打ちをして彼はふんぞり返る。
「取引しましょう。私と、貴方達で」
「取引、だと?」
「えぇ。私にはこの先貴方達の力を必要とする事がある。だから貴方達の力を貸して欲しいの」
大公領の内乱──それによるレオナードの妹の死をどうにかして阻止したい。一体どういう流れでレオナードの妹が死んでしまうのかは分からないが、とにかくやれる限りの事をやりたい。
その為には彼等の力が必要だ。少しでも多くの戦力、少しでも多くの悪が必要だ。私の目的を果たす為には、私一人の戦力や悪では到底及ばない。
だからこそ、スコーピオンの力が必要なのだ。
「取引ってのは平等な条件があって成り立つモンだ。お前の言うそれは貴族御用達の一方的な命令なんだよ」
「別に、一方的な命令などしていないでしょう?」
「命令しているようなものだ。何せその取引とやらにはオレ達にとっての利益が無い」
「あぁ、そういう事。なら教えてあげましょう。この取引で貴方達が得る利益を」
ピクリ、とヘブンの眉が反応する。
「──私への借り。それが、貴方達が得る最大の利益よ。察しているようだけど……これでも一応、それなりの地位にはいるもの。貴方達が望むものは何でも用意してみせるわ」
私の命以外ならね。と補足して告げる。
死ぬ事以外はかすり傷みたいなもの。死なない程度であれば私はどんな要求だって呑むつもりだ。
「ふざけた事吐かしてんじゃねーぞ、ガキが。オレ達は貴族共のそういう所が心底嫌いなんだよ」
「別に私達を好きになれとは言ってないでしょう。私はただ、貴方達に取引を持ち掛けているだけだもの。取引に私情を挟むのは良くないと思うわ」
「だからその取引が成り立ってねぇって言ってんじゃねェか! お前みたいなガキと取引して、駒のように扱われるとして……その結果オレ達に与えられるのはお前への借りだ!? 舐め腐りやがって!!」
机を両手でバンッ、と叩いて立ち上がり、ヘブンは慣れた瞳でこちらを強く睨んでくる。あれは憎悪だ。フリードルや知らない人から向けられた事があるから分かる。
彼の言い分もわかる。私への借りなんて、私の正体を知らないうちは無価値も同然だもの。
よかった、念の為に魔法薬を持ってきておいて。鞄の中に手を入れて解除薬を取り出すと、スコーピオンの幹部達が警戒したように身構える。今にも魔法で攻撃されそうな、そんな状況の中で私はその薬を飲む。
「ッ!?」
魔法薬の効果が打ち消された結果銀色に戻った私の髪を見て、ヘブン達が瞠目する。
「私の本名は、アミレス・ヘル・フォーロイト。見ての通りこの国の第一王女よ。なんの力も無い出来損ないの王女だけれど、この血筋と地位だけは本物だから、借りを作っておくに越した事はないと思うけれど」
正体を明かすと、幹部達がざわつき始めた。「銀髪だ……」「まさかあの女が」「皇族……ッ」「何でこんな所に」「あれがあの………」と、各々が怒りや驚きや戸惑いを口にしているようだ。
どういう訳か、この国において銀髪を持って生まれる人は皇族以外にいない。それどころか西側諸国に銀髪は滅多にいない。
噂、というか言い伝えによると、初めて氷の魔力を発現させた人間──御先祖様が、その魔力を得た瞬間に髪が銀色に変色したとか。
氷の魔力がこの血筋にしか現れない魔力である上に、銀髪はこの魔力特有のもの。とまで言い伝えられていて、この国を初めとして西側諸国では滅多に銀色の髪が見られないらしい。
銀色に近い色の髪はあれど、光を受けて輝く真性の銀色の髪は本当にフォーロイトだけのものらしい。だからだろう、銀髪を見ただけで彼等が恐れおののくのは。
何せ、今やこの銀髪を持つ者は私を含め三人しかいないのだから。
皇帝の代は、当時の皇帝……先帝が随分な色狂いだったとかで側室も六人近くいて、兄弟はなんと十人近くいたらしい。つまり随分と銀髪がいたようなのだ。だがそんな中で、我がお父様は兄弟全員と先帝を殺してその座についた。
流石は無情の皇帝。流石は戦場の怪物。私がまだ生きているのが奇跡に等しい恐ろしさである。
「お前、が………アミレス・ヘル・フォーロイト……っ」
途端にヘブンの表情が曇る。憎悪の中から滲み出る困惑が、ヘブンの体を小刻みに震えさせる。
「私の正体が明らかになった上でもう一度提案するわ。私と取引しましょう?」
「………さっきと同じ条件でか?」
「そうね。私は私の目的の為に貴方達の力を貸してもらえたらそれでいい。貴方達は貴方達の目的の為に私の命以外の全てを自由にしてもいい。私が現帝国唯一の王女にして皇族である事を考えたら、かなりいい条件だと思うけれど」
「おいアミレス!!」
命以外の全てをくれてやると告げると、これまでずっと静観していたカイルが横槍を入れてくる。
「お前がレオの事を何とかしてやりたいのは分かるけどよ、だからって何でそうなりふり構わねぇんだ! お前はまだ十三歳の女の子で、この国の王女なんだぞ!? 本当はずっと言いたかったんだ。オセロマイトの時だって、今だって………何でお前は、そうやってすぐ自分を犠牲にするんだよ!!」
何を今更。私が私を犠牲にするのなんて、そんなの答えは一つしかないじゃないの。
「だって、私以外には私に犠牲に出来るものが無いから。他の誰も、何一つとして犠牲にしたくない。全部守るって決めたの。だから私は、私の愛した世界と人達を守る為に『私』を犠牲にする」
私は私の胸に手を当てて、カイルに向けて説明する。アミレスには悪いけれど……きっと、彼女も理解してくれる事だろう。
「そもそも、私は後何年生きられるのかも分からないのよ? もしかしたら明日お父様に殺されるかもしれない。そんな状況で自分を大事にした所で無意味よ。それなら、私自身が犠牲になる事で得られる確実な未来を優先するに決まってるでしょう? 私の未来なんて不確定なものではなく、条件さえ満たせば確約されたような未来を描いた方がずっといいわ」
「おま、え…………目的の為ならどんな犠牲でも許容するつもり、なのかよ」
「そういう訳ではないわ。ただ、私は死なない限りはどうなってもいいと思ってるの。命があるならば、それ以下の犠牲は全て許容するわ。私一人の犠牲で事が少しでも上手く運ぶのなら、それが最適でしょう?」
何か間違った事を言ったかしら? と問うと、カイルは「なっ…………!」とこぼして息を飲んだ。
「手をもがれても、足を砕かれても、腹を貫かれても、舌を焼かれても、死なないのなら別にどうでもいいわ。私の最終目標は生きて幸せになる事だもの。その過程にある痛みや苦しみといった犠牲は、目的の為に必要なものだったと許容可能だわ」
首筋に冷や汗を浮かべ、唖然とするカイルに向けて私の意見を伝える。
ナトラや皇帝のお陰で恐怖心というものもだいぶ薄れて来た。よく分からないけれど、毒や病や呪いも私には効かない。度重なる特訓や戦闘で痛みにも慣れて来た。
だから、私の身に何が起きようとも問題無い。寧ろ、たかがその程度の犠牲で目的を成し遂げられるのであればそれが最も効率的だろう。
だからか、カイルが何にここまで憤っているのかが分からない。最少数の犠牲で多数の幸福や安寧が手に入るのであればどう考えてもこの方がいいのに。
「っ、この利他主義人間め……! お前の言葉がこんなに理解し難いのは、初めてなんだが………?」
苦笑いを浮かべながら、カイルはフラフラと後ずさる。
「……はぁ。なあ、アミレス。もう二度とそんな事言うな。そう思ってても、二度と言うな。自分が犠牲になってもいいとか、何があってもアイツ等──……お前を大事に思ってくれてる人達の前でだけは絶対に言うな。それはお前が守りたがっている人達をことごとく傷つける言葉だからな」
真剣な顔でカイルが睨んでくる。何が言いたいのかは分からないか、その気迫に少したじろいで、私は押し黙った。
カイルもそれ以上は何も言わずに座り直した。こんな状況に、スコーピオンもどうしたらいいのか分からず出方を伺っているようだった。
とにかく話を戻そうと、私は一度咳払いをしてから切り出した。
「……話に水を差してしまってごめんなさい。それで、どうかしら。貴方達にとってもそれなりにいい条件だと思うけれど? 何なら、貴方達は私に協力するのではなくて、私を利用すればいい。私だって貴方達を利用するし、お互いの利害が一致した取引になると思わないかしら?」
なんの力も持たない私ではあるが、この血筋と地位だけは確かなもの。それに最近だと氷結の聖女だとか呼ばれていて、市民からの評判もそこそこいい。
それなりに利用する価値もあると思うのだ。
「………信用ならねぇな。もしオレ達がお前の言う目的の為に力を貸したとして、本当に無事でいられるかも分からねぇ。皇族がオレ達みたいな組織を正体隠してまで使う程、危険な目的って事だろ? お前が俺達を利用する理由が分からねぇ以上、この取引は成立しない。どうしても取引したいのならお前の言う目的の詳細を話せ。取引は限りなく公平でなければならない」
ふむ、確かにヘブンの言葉にも一理ある。果たして彼等に未来の出来事を話せるのかどうか、まだ分からないが……やるだけやってみよう。
「分かったわ、話しましょう。だけど、当然これは他言無用よ」
足を組んで、ヘブンの目を見て私は賭けに出る。
「向こう一年以内──早くて半年後とかに、ディジェル大公領で大規模な内乱が起こる。私は、それを阻止して内乱による被害を最小限に抑える為に、貴方達の力を借りたいのよ」
この言葉が彼等に届いていますように。そう願いながら、私はこの先起きる悲劇を語った。どうやらこの言葉は無事に届いたようで、彼等は目を点にして言葉を失っていた。
暫し沈黙が続いたが、懐疑に眉を顰めてヘブンが口を切る。
「どうしてオレ達なんだ? ディジェル領の内乱なんてものが本当に起きるなら、城の騎士を動かして対応すればいいだろ」
「その内乱に国が関与する訳にはいかないの。彼等の尊厳に関わる戦いを、権力や武力で制圧するような真似をしたくない。だから、こうして暗躍するしかないのよ」
彼の言う通り、国の騎士を動かせばきっと内乱を阻止する事も簡単だろう。それこそ権力と武力でもって、無理やり内乱を鎮圧する事だって叶うかもしれない。
だがそれでは、大公領の人達の尊厳を踏み躙る事になる。長く続いていた大公領の伝統を守る為に戦った、かの地の人達の思いを蔑ろにする事になる。
そもそも、周りからすれば起こるかどうかも分からない内乱の為に地方──それも帝国の盾たるディジェル大公領に騎士を送るなんて事、皇帝やフリードルが許す訳が無い。
だからこそ、彼等の尊厳を踏み躙る事無く内乱を阻止する為に、内乱なんかよりももっと強大な絶対悪を作ろうと私は暗躍しているのだ。
「仮にその内乱が起こるとして。具体的には、オレ達を使ってどう内乱を阻止するつもりなんだよ」
ヘブンの態度が少し変わり、前のめりになって話を聞く姿勢に移る。すると幹部のうちの一人がヘブンに向けて、「ボス……」と複雑な視線を向けていた。さっきまであんなにも敵意剥き出しだったヘブンが、こうして話を聞く気になったのが意外だったのだろう。
今も敵意を向けて来てはいるものの、何故か正体を明かしてからは少しそれが薄れている。
「貴方達と私で、ディジェル大公領を掻き乱す。内乱なんてしている暇が無いくらいの絶対悪──共通悪になるつもりよ。その戦いで、ディジェル大公領の領民も貴方達も……誰一人として死者を出させないわ」
「共通悪、だと?」
「共通悪があれば、彼等は否応なしに協力する事になる。その際に、分断されたディジェル大公領の領民達の意思を統率出来る者が現れて、内乱をそもそも無かった事に出来たなら………」
「ディジェル領の奴等の尊厳とやらを踏み躙る事も無い、っつー事か」
「えぇ、それが私の狙いよ」
顎に手を当てて、ヘブンが考え込む仕草を作る。
「さて。これで私の目的は話したけれど……いい返事は貰えるのかしら?」
「………保留にする。あまりにもリスクの高い事だ、こちらで話し合う時間を寄越せ」
「まぁ、別にいいけれど。とは言えども、私達はあまり長くこの町にいられないから、明日には返事を頂戴。言い忘れていたけれど、私への借り以外にも欲しいものがあれば言いなさい。私に用意出来るものなら、報酬として用意するわ」
門前払いないし断られなかっただけ万々歳。あくまでも彼等が考える時間を望むのなら、きちんと待ってあげよう。
もう一度魔法薬を飲んで髪の色を紫色に変え、「行きましょう、ルカ」と言って立ち上がった。カイルは大人しく私に従い、後ろを着いてくる。
VIPルームに繋がる扉を開き、彼等の方を振り向いて告げる。
「それじゃあまた後日。いい返事を期待してますね」
バタン、と扉を閉めてVIPルームに戻る。特に意味は無いのだが……せっかくだからとカイルと共に一般フロアでいくつかゲームを楽しんでから、夕方に差し掛かった頃に大金の入った袋を手にカジノを出た。
その上手側にイケメンお兄さんとディーラーが座り、私達は下手側の長椅子に座った。するとカジノに繋がる扉が開き、何人ものディーラーがぞろぞろと入室してきた。
どうやら、カジノ業務を放棄させて幹部達を呼び出したらしい。私相手にそこまでする意味は一体。
四方八方を敵に囲まれた四面楚歌状態で、イケメンお兄さんが単刀直入に切り込んでくる。
「改めて聞くが──お前、何者だ。貴族のガキがオレ達のカジノに何しに来やがった。それにどうやってスコーピオンの事を知った?」
「見ての通り、ただの大嘘つきのガキですよ。カジノに来たのは貴方達に会う為。スコーピオンを知ったのは独自の情報源かしら」
それにしても周りの視線が凄いわ。スコーピオンの幹部達が、皆して私を射殺すかのように睨んでくる。
「何の目的でオレ達に接触しようとした?」
「それは勿論、交渉ですわ。でもその前に………さっさとその変装をやめてくださらない? どうせ偽物なのでしょう、その顔は」
「ハンッ、貴族のガキは変装かどうかも分かるのか。どいつもこいつも信用しないクソ共らしい教育だな」
嫌味ったらしく嗤い、イケメンお兄さんはその化けの皮を剥いだ。その下から現れたのは、ワインレッドの髪に鮮やかな蜜柑色の瞳の整った顔。
──やっぱり、貴方がヘブンだったのね。
スコーピオンの中でも特に貴族を嫌う男。この階級社会を壊す為に常識外の力に手を染め、やがて志半ばでそれが潰えて死んでしまったテロリスト。
「お望み通り顔は見せてやった。さっさと目的を吐け」
チッ、と舌打ちをして彼はふんぞり返る。
「取引しましょう。私と、貴方達で」
「取引、だと?」
「えぇ。私にはこの先貴方達の力を必要とする事がある。だから貴方達の力を貸して欲しいの」
大公領の内乱──それによるレオナードの妹の死をどうにかして阻止したい。一体どういう流れでレオナードの妹が死んでしまうのかは分からないが、とにかくやれる限りの事をやりたい。
その為には彼等の力が必要だ。少しでも多くの戦力、少しでも多くの悪が必要だ。私の目的を果たす為には、私一人の戦力や悪では到底及ばない。
だからこそ、スコーピオンの力が必要なのだ。
「取引ってのは平等な条件があって成り立つモンだ。お前の言うそれは貴族御用達の一方的な命令なんだよ」
「別に、一方的な命令などしていないでしょう?」
「命令しているようなものだ。何せその取引とやらにはオレ達にとっての利益が無い」
「あぁ、そういう事。なら教えてあげましょう。この取引で貴方達が得る利益を」
ピクリ、とヘブンの眉が反応する。
「──私への借り。それが、貴方達が得る最大の利益よ。察しているようだけど……これでも一応、それなりの地位にはいるもの。貴方達が望むものは何でも用意してみせるわ」
私の命以外ならね。と補足して告げる。
死ぬ事以外はかすり傷みたいなもの。死なない程度であれば私はどんな要求だって呑むつもりだ。
「ふざけた事吐かしてんじゃねーぞ、ガキが。オレ達は貴族共のそういう所が心底嫌いなんだよ」
「別に私達を好きになれとは言ってないでしょう。私はただ、貴方達に取引を持ち掛けているだけだもの。取引に私情を挟むのは良くないと思うわ」
「だからその取引が成り立ってねぇって言ってんじゃねェか! お前みたいなガキと取引して、駒のように扱われるとして……その結果オレ達に与えられるのはお前への借りだ!? 舐め腐りやがって!!」
机を両手でバンッ、と叩いて立ち上がり、ヘブンは慣れた瞳でこちらを強く睨んでくる。あれは憎悪だ。フリードルや知らない人から向けられた事があるから分かる。
彼の言い分もわかる。私への借りなんて、私の正体を知らないうちは無価値も同然だもの。
よかった、念の為に魔法薬を持ってきておいて。鞄の中に手を入れて解除薬を取り出すと、スコーピオンの幹部達が警戒したように身構える。今にも魔法で攻撃されそうな、そんな状況の中で私はその薬を飲む。
「ッ!?」
魔法薬の効果が打ち消された結果銀色に戻った私の髪を見て、ヘブン達が瞠目する。
「私の本名は、アミレス・ヘル・フォーロイト。見ての通りこの国の第一王女よ。なんの力も無い出来損ないの王女だけれど、この血筋と地位だけは本物だから、借りを作っておくに越した事はないと思うけれど」
正体を明かすと、幹部達がざわつき始めた。「銀髪だ……」「まさかあの女が」「皇族……ッ」「何でこんな所に」「あれがあの………」と、各々が怒りや驚きや戸惑いを口にしているようだ。
どういう訳か、この国において銀髪を持って生まれる人は皇族以外にいない。それどころか西側諸国に銀髪は滅多にいない。
噂、というか言い伝えによると、初めて氷の魔力を発現させた人間──御先祖様が、その魔力を得た瞬間に髪が銀色に変色したとか。
氷の魔力がこの血筋にしか現れない魔力である上に、銀髪はこの魔力特有のもの。とまで言い伝えられていて、この国を初めとして西側諸国では滅多に銀色の髪が見られないらしい。
銀色に近い色の髪はあれど、光を受けて輝く真性の銀色の髪は本当にフォーロイトだけのものらしい。だからだろう、銀髪を見ただけで彼等が恐れおののくのは。
何せ、今やこの銀髪を持つ者は私を含め三人しかいないのだから。
皇帝の代は、当時の皇帝……先帝が随分な色狂いだったとかで側室も六人近くいて、兄弟はなんと十人近くいたらしい。つまり随分と銀髪がいたようなのだ。だがそんな中で、我がお父様は兄弟全員と先帝を殺してその座についた。
流石は無情の皇帝。流石は戦場の怪物。私がまだ生きているのが奇跡に等しい恐ろしさである。
「お前、が………アミレス・ヘル・フォーロイト……っ」
途端にヘブンの表情が曇る。憎悪の中から滲み出る困惑が、ヘブンの体を小刻みに震えさせる。
「私の正体が明らかになった上でもう一度提案するわ。私と取引しましょう?」
「………さっきと同じ条件でか?」
「そうね。私は私の目的の為に貴方達の力を貸してもらえたらそれでいい。貴方達は貴方達の目的の為に私の命以外の全てを自由にしてもいい。私が現帝国唯一の王女にして皇族である事を考えたら、かなりいい条件だと思うけれど」
「おいアミレス!!」
命以外の全てをくれてやると告げると、これまでずっと静観していたカイルが横槍を入れてくる。
「お前がレオの事を何とかしてやりたいのは分かるけどよ、だからって何でそうなりふり構わねぇんだ! お前はまだ十三歳の女の子で、この国の王女なんだぞ!? 本当はずっと言いたかったんだ。オセロマイトの時だって、今だって………何でお前は、そうやってすぐ自分を犠牲にするんだよ!!」
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「そもそも、私は後何年生きられるのかも分からないのよ? もしかしたら明日お父様に殺されるかもしれない。そんな状況で自分を大事にした所で無意味よ。それなら、私自身が犠牲になる事で得られる確実な未来を優先するに決まってるでしょう? 私の未来なんて不確定なものではなく、条件さえ満たせば確約されたような未来を描いた方がずっといいわ」
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「そういう訳ではないわ。ただ、私は死なない限りはどうなってもいいと思ってるの。命があるならば、それ以下の犠牲は全て許容するわ。私一人の犠牲で事が少しでも上手く運ぶのなら、それが最適でしょう?」
何か間違った事を言ったかしら? と問うと、カイルは「なっ…………!」とこぼして息を飲んだ。
「手をもがれても、足を砕かれても、腹を貫かれても、舌を焼かれても、死なないのなら別にどうでもいいわ。私の最終目標は生きて幸せになる事だもの。その過程にある痛みや苦しみといった犠牲は、目的の為に必要なものだったと許容可能だわ」
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だから、私の身に何が起きようとも問題無い。寧ろ、たかがその程度の犠牲で目的を成し遂げられるのであればそれが最も効率的だろう。
だからか、カイルが何にここまで憤っているのかが分からない。最少数の犠牲で多数の幸福や安寧が手に入るのであればどう考えてもこの方がいいのに。
「っ、この利他主義人間め……! お前の言葉がこんなに理解し難いのは、初めてなんだが………?」
苦笑いを浮かべながら、カイルはフラフラと後ずさる。
「……はぁ。なあ、アミレス。もう二度とそんな事言うな。そう思ってても、二度と言うな。自分が犠牲になってもいいとか、何があってもアイツ等──……お前を大事に思ってくれてる人達の前でだけは絶対に言うな。それはお前が守りたがっている人達をことごとく傷つける言葉だからな」
真剣な顔でカイルが睨んでくる。何が言いたいのかは分からないか、その気迫に少したじろいで、私は押し黙った。
カイルもそれ以上は何も言わずに座り直した。こんな状況に、スコーピオンもどうしたらいいのか分からず出方を伺っているようだった。
とにかく話を戻そうと、私は一度咳払いをしてから切り出した。
「……話に水を差してしまってごめんなさい。それで、どうかしら。貴方達にとってもそれなりにいい条件だと思うけれど? 何なら、貴方達は私に協力するのではなくて、私を利用すればいい。私だって貴方達を利用するし、お互いの利害が一致した取引になると思わないかしら?」
なんの力も持たない私ではあるが、この血筋と地位だけは確かなもの。それに最近だと氷結の聖女だとか呼ばれていて、市民からの評判もそこそこいい。
それなりに利用する価値もあると思うのだ。
「………信用ならねぇな。もしオレ達がお前の言う目的の為に力を貸したとして、本当に無事でいられるかも分からねぇ。皇族がオレ達みたいな組織を正体隠してまで使う程、危険な目的って事だろ? お前が俺達を利用する理由が分からねぇ以上、この取引は成立しない。どうしても取引したいのならお前の言う目的の詳細を話せ。取引は限りなく公平でなければならない」
ふむ、確かにヘブンの言葉にも一理ある。果たして彼等に未来の出来事を話せるのかどうか、まだ分からないが……やるだけやってみよう。
「分かったわ、話しましょう。だけど、当然これは他言無用よ」
足を組んで、ヘブンの目を見て私は賭けに出る。
「向こう一年以内──早くて半年後とかに、ディジェル大公領で大規模な内乱が起こる。私は、それを阻止して内乱による被害を最小限に抑える為に、貴方達の力を借りたいのよ」
この言葉が彼等に届いていますように。そう願いながら、私はこの先起きる悲劇を語った。どうやらこの言葉は無事に届いたようで、彼等は目を点にして言葉を失っていた。
暫し沈黙が続いたが、懐疑に眉を顰めてヘブンが口を切る。
「どうしてオレ達なんだ? ディジェル領の内乱なんてものが本当に起きるなら、城の騎士を動かして対応すればいいだろ」
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今も敵意を向けて来てはいるものの、何故か正体を明かしてからは少しそれが薄れている。
「貴方達と私で、ディジェル大公領を掻き乱す。内乱なんてしている暇が無いくらいの絶対悪──共通悪になるつもりよ。その戦いで、ディジェル大公領の領民も貴方達も……誰一人として死者を出させないわ」
「共通悪、だと?」
「共通悪があれば、彼等は否応なしに協力する事になる。その際に、分断されたディジェル大公領の領民達の意思を統率出来る者が現れて、内乱をそもそも無かった事に出来たなら………」
「ディジェル領の奴等の尊厳とやらを踏み躙る事も無い、っつー事か」
「えぇ、それが私の狙いよ」
顎に手を当てて、ヘブンが考え込む仕草を作る。
「さて。これで私の目的は話したけれど……いい返事は貰えるのかしら?」
「………保留にする。あまりにもリスクの高い事だ、こちらで話し合う時間を寄越せ」
「まぁ、別にいいけれど。とは言えども、私達はあまり長くこの町にいられないから、明日には返事を頂戴。言い忘れていたけれど、私への借り以外にも欲しいものがあれば言いなさい。私に用意出来るものなら、報酬として用意するわ」
門前払いないし断られなかっただけ万々歳。あくまでも彼等が考える時間を望むのなら、きちんと待ってあげよう。
もう一度魔法薬を飲んで髪の色を紫色に変え、「行きましょう、ルカ」と言って立ち上がった。カイルは大人しく私に従い、後ろを着いてくる。
VIPルームに繋がる扉を開き、彼等の方を振り向いて告げる。
「それじゃあまた後日。いい返事を期待してますね」
バタン、と扉を閉めてVIPルームに戻る。特に意味は無いのだが……せっかくだからとカイルと共に一般フロアでいくつかゲームを楽しんでから、夕方に差し掛かった頃に大金の入った袋を手にカジノを出た。
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自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
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