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第三章・傾国の王女

208.カジノ・スコーピオン4

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「ルカ、誰か来たわ」
「マジ? じゃあ演技再会っと…」

 小声でカイルにこの事を伝える。そして私達は、気配を察知したと相手に気取られぬよう演技した。
 そこにやって来たのは、髪型が七三分けなカジノのスタッフ。彼は私達の姿を見つけるなり「失礼致します」と言って笑った。

「お客様方が、スミレ様とその同伴者であるルカ様……でよろしいですか?」
「はい。私がスミレで、こっちが連れのルカです」
「どうも、ルカです」

 カジノのスタッフが私達を捜していたようで、それを聞いてすぐ、私はもしやと思いカイルの方をちらりと見た。
 どうやらカイルも同じ事を思ったようで、そこで私達はアイコンタクトを取って順に名乗っていった。

「お客様方の本日の活躍は目まぐるしく、是非とも特別フロアにお招きしたいと思っております。無論、選択権はお客様方にあります」

 よし来た! まさかチャンスがのこのこと現れてくれるとは!!
 もう一度カイルの方に顔を向ける。そして、私達は意思疎通したかのように同時に頷いた。

「勿論行きます! 特別フロアなんて、きっと楽しいでしょうから!」
「そーだな、スミレがそう言うなら俺も勿論着いていくぜ」

 一応念の為、先程適当に考えた『今は亡き父が愛したカジノをめいいっぱい楽しむ子供』を演じつつ私は承諾した。
 カイルもまた、私のお目付け役……みたいな雰囲気を醸し出しながら承諾した。流石のスコーピオンの人間と言えども簡単にはこの演技を見破れなかったのか、

「ではご案内します。お荷物の方は我々がお持ちしますね」

 ニコリと胡散臭い笑顔を貼り付けて、七三分けのスタッフが荷物を差し出すよう言ってきた。

「俺は特に荷物が無いので、この台車を押して貰えたら助かります」
「分かりました。スミレ様はどうされますか?」
「あー……その、このバッグには父の遺したお守りが入ってるので、自分で持っておきます」
「これは不躾な事を。申し訳ございません、スミレ様」
「いえいえ、謝られるような事じゃありませんから」

 当然、私達は荷物を渡さなかった。カイルはそもそもサベイランスちゃんの話をしなかったし、私も私でまた嘘を重ねて魔法薬入りのバッグを死守した。
 台車を押す七三分けのスタッフ案内のもと、私達は一般フロアの一つ上の階層にある特別フロア──VIPルームに辿り着いた。
 チップの入った箱は、七三分けのスタッフが呼んだ他のスタッフ達が手分けして持ってくれたので、無事にVIPルームまで持って行く事が出来た。
 とても豪華で大きな不思議な感じのする扉。流石に城や皇宮の扉と比べると見劣りするものの、それでも豪華である事に変わりはない。
 こんなものを自費で作るなんてスコーピオンは凄いな、と改めて舌を巻く。そうやって、不思議な感じのする扉を暫し眺めていると、隣に立つカイルの顔が険しくなっている事に気づく。
 どうしたんだろう。と横目で眺めていると、

「……サベイランスちゃん、シークレットオーダーだ」

 腰に提げたサベイランスちゃんの入った鞄に手を当てて、日本語でボソリと何かを呟いたようだった。
 シークレットオーダー? なんだろう、それ。秘匿任務的なニュアンスかしら?
 そんな疑問符を頭に浮かべていると、七三分けのスタッフがにこやかな笑顔で扉を開く。私達は促されるがままVIPルームに入り、その瞬間、謎の悪寒に襲われた。背筋をゆっくり撫で上げるかのような気味の悪い寒気に襲われ、僅かに緊張する。
 VIPルームはまさに絢爛豪華。特別フロアと呼ばれるに相応しい豪華で広大な一室だった。そこでVIPルームを見渡しては惚けるでも唖然とするでもなく。私達は寧ろ呆然としていた。
 ──異質。その一言に尽きる。
 何かがおかしい……とは思うのだが、それが何かは分からない。質のいい怪談でも目の当たりにしている気分だ。
 その所為か、私達は呆然としていた。正体の分からない違和感に襲われているからだろうか。
 そんなVIPルームに突如案内された二人組の子供。それに興味を示す、他の客達。どうやら私達よりも先にVIPルームに通された客が何人かいたようだ。
 他の客によって行われる私達の品定め。しかし、生憎と私達は彼等に用は無い。VIPルームに来たのはあくまでもスコーピオンの幹部と接触する為であり、ゲームをしに来た訳ではないのだから。

「ようこそ、特別フロアへ。当フロアは一般フロアよりも手に汗握る最高のゲームをお楽しみいただけます」

 七三分けのスタッフが深く腰を曲げて一礼する。ふむ、どうやら私達はいい鴨として認識されたようだ。無謀に挑戦して負けてくれ──。そんな事を思われているのだろう。
 まぁ、私はもうゲームをするつもりはさらさら無いのだけど。普通は思わないでしょうしね、カジノのVIPルームに通されたのに目的がゲームではなく人の客がいるだなんて。
 好きなテーブルに向かうように言われたので、私はぐるりと部屋を見渡してゲームで見た顔がないか探してみる。
 ……と言っても、ゲームに出てきたのはスコーピオンの頭目たるヘブンだけ。一目見て幹部かそれ以上の存在だと分かるのは彼だけなのだ。
 だから彼に最初から接触出来れば最も楽なんだが、そうは問屋が卸さない。頭目がそう簡単にカジノにいるとも思わないし、当然だが各テーブルに立つ数名のディーラーの顔には全く見覚えが無い。
 ならば当初の予定通り適当に幹部に接触して交渉しよう。比較的交渉しやすそうな風体のディーラーはいるかしら、と改めてディーラー達を観察していると。

「やぁ、お嬢さん。また会えて嬉しいよ」

 相変わらずの敵意剥き出しな笑顔でイケメンお兄さんが現れた。
 お兄さんに向けて「私もです」と社交辞令の笑顔を返した所、カイルが背後から「誰あの人?」と耳打ちをして来た。

「知らないイケメンお兄さんだよ」
「知らねぇのかよ」

 決してイケメンお兄さんから目を逸らす事無く、小声で返事する。するとカイルが呆れた様子でツッコんできた。
 しかしその直後、カイルの表情がすぐに険しく真剣なものへと変わる。その視線の先にはイケメンお兄さんがいて。……やっぱり怪しいな、あのお兄さん。

「そちらは例の豪運の少年だね? 確かにあれは凄まじい快進撃だった。このフロアでのゲームも見ものだな」

 この人絶対に敵だ。出会い頭から私達に随分と激しい敵意を向けてくるもの。
 どうしてそんな事をしているのかは分からないが、私達がこの人にめちゃくちゃ嫌われている事は確定だ。カイルもそれを感じ取ったから、こんなにもピリピリしているのかもしれない。

「そうだ。せっかくなのでゲームご一緒しませんか? お兄さん、このカジノの常連客なんですよね? やっぱりゲームは人数が多い方がいいですし。ね、そうでしょう、ルカ」
「ん? まあそうだな。お前がそう決めたのなら俺は従うよ」

 このお兄さんがかなり怪しいので、ご一緒に、とゲームのお誘いをしてみた。ちょっとこの人の反応を見てみたかったのだ。
 実際にゲームをするつもりは全く無いので、カジノの常連客をゲームに誘っても特に問題無いでしょう。

「………」

 イケメンお兄さんは暫しぽかんと瞬きをしていたが、やがて侮蔑を孕む視線と底意地の悪そうな笑みで答えた。

「いいとも。突然誘われたから少し驚いてしまったが、受けさせて貰うよ」
「わあ、ありがとうございます。それではあちらのテーブルでいかがですか?」

 しかしその笑顔を軽くスルーし、私は先程目を付けたテーブルに向かった。カイルもイケメンお兄さんも黙って後ろを着いてくる。
 そして空いていたテーブルに左からカイル、私、イケメンお兄さんの順で座った後、私はおもむろに問いかけた。

「ねぇ、お兄さん。お兄さんって私の事嫌いですよね。それも相当」

 にこりといつもの王女スマイルを作り、彼に向けてみる。

「当然だとも。ただ、補足するならばオレはの事が嫌いだ」

 イケメンお兄さんは即答した。それも今日見た中で一番黒く輝く笑顔で。本当に隠す気が無いな。何でこんなに嫌われているんだろうか、私達。

「偶然ですね、私もお兄さんの事は嫌いです」

 目には目を歯には歯を嫌味には嫌味を。お兄さんが私達を嫌うなら私達もお兄さんを嫌ってやろう。

「ハハ、それは良かった。君達に好かれていたら屈辱のあまり寝込んでいたかもしれないからね」
「あら……それは難儀な体質ですね。今からでも好きになってあげましょうか?」
「丁重にお断りするよ。本当に拷問以外の何物でもないからな」
「それは残念です」

 片や黒く片や機械的に微笑みながら、言葉の殴り合いを始める。すると私の隣でカイルが『何でお前そんな喧嘩腰なの?』と言いたげな戸惑いを顔に滲ませた。
 ふと、ある仮説が私の脳裏を過ぎる。このお兄さんから感じていた様々な違和感。そしてこの異常なまでの嫌悪と憎悪。
 このカジノの常連だと言う情報等から、私はある一説を立てた。それは──……このお兄さんが、スコーピオンの頭目たるヘブンなのでは、というもの。
 酷く貴族社会や貴族を嫌う彼ならば、私達の所作から私達がそれ相応の地位の人間だと気づき、最初から嫌悪全開で関わって来てもおかしくはない。
 リードさん曰く、どんな格好をしていようとも染み付いた所作や風格は隠しきれないそうなので、それで気づかれたのだろう。
 そうだとしたら──このお兄さんが変装したヘブンなら。無条件に貴族を嫌う彼だったのなら、初対面からのあの違和感と敵意にも納得がいく。
 さてどうやって確認したものかと思い悩む。そこで、

「あ、あのぅ………ゲームを始めてもよろしいですか?」

 首筋に冷や汗を浮かべるディーラーがおずおずと声を出す。イケメンお兄さんが「ああ、構わない」と答えたので、私はゲームが始まる前に、アルベルトより聞いたある合言葉を口にした。

「──蠍の尾を、飲ませて欲しいのだけど」

 その瞬間、イケメンお兄さんとディーラーの顔に驚愕が宿る。もし彼がヘブンでなかったとしても、この反応からしてイケメンお兄さんもスコーピオンの関係者である事は確定だ。
 この『蠍の尾を飲ませて欲しい』という言葉がいわゆる合言葉で、スコーピオン社ではなく闇組織スコーピオンへの依頼や接触に使われる合言葉らしい。
 アルベルトが潜入調査の際に偶然その接触現場を目撃してくれたお陰で、ゲームでちらっと見たこの合言葉が現実のものと確信出来た。
 いやぁ、本当にアルベルトには感謝してもしきれない。彼の協力無しではこの作戦は成り立たないわ。本当にありがとう。

「……かしこまりました。詳細については別室でお伺いします」

 ディーラーの表情が変わる。案内します、と歩きだしたディーラーの後ろを着いてゆく前に一度立ち止まって振り返り、イケメンお兄さんに向けて笑みを浮かべる。

「すみません、お兄さん。私からゲームに誘っておいて離れる事になって。なのでどうですか? お兄さんも……──別室で一緒にお話しましょうよ」
「………お前、何者だ」
「それはこの後のお話の場で。どうです? 私のお誘いを改めて受けてくれますか?」

 カイルが目を丸くするような悪辣な笑みで私は問いかけた。イケメンお兄さんはもはや笑う事もやめて、ただただ殺意の籠った鋭い目でこちらを睨む。
 舌打ちをしながら立ち上がったイケメンお兄さんは、親の仇でも見るかのような目でこちらを睨み、私の横を素通りしてディーラーと共に歩いて行く。
 もし彼がヘブンならば、私はスコーピオンの頭目を交渉の場に引き摺り出せた事になる。その事にほくそ笑みながら、カイルの腕を引っ張ってディーラー達の背を追った。
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