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第三章・傾国の王女

206.カジノ・スコーピオン2

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「急に声をかけてすまないね、麗しいお嬢さん。ディーラーの事を真剣に見つめていたようだから、気になって」
「い、いえ。お兄さんはこのカジノに詳しいんですか?」
「あぁ。もう長い事、このカジノにいるさ。今日は噂の少年を見に来てね」
「噂の少年……?」

 よく見たらこのイケメンお兄さん、目が笑ってないわ。口元はにこやかな笑みを浮かべてるけど、目が死んでるわ。

「入場してからものの数十分で快進撃を繰り広げる金髪の少年………彼がどれ程の実力なのか気になってね」

 イケメンお兄さんの瞳に侮蔑が滲み出る。
 どうして初対面の人からこんなにも強い視線を向けられないといけないのかしら?

「それでしたら、あちらの方にその少年がいるようですが……私といても意味は無いかと」
「だが、お嬢さんは彼の連れなんだろう?」

 おっとぉ……何やら私達が友達であるとバレているみたい。
 あまりにも圧を感じる笑顔にたじろいでいると、イケメンお兄さんは「それに」と続けた。

「少年の快進撃はもう見て来たんだ。オレは、今や君に興味があるんだよね」
「……そうですか」

 私は貴方にさほど興味を惹かれませんけどね。……しかし、なんだこの違和感。明らかな、強い違和感をこのお兄さんから感じるのだけど、その答えがどうしても出て来ない。

「お嬢さん、名前を聞いてもいいかな」
「スミレです」
「へぇ……スミレか。君によく似合う、温室で蝶よ花よと育てられた花々のような綺麗な名前だ」

 なんだろう、物凄く含みがある笑顔だな。

「お兄さんもギャンブルをされるんですか?」

 話題を変えようと試みる。叶うなら今すぐどこかに行って欲しいのだけど、それは何だか難しそうだから。

「こんな所にいるぐらいだからそれなりには、ね。お嬢さんは初顔だから、ギャンブルは初めてだろう?」

 あれ? わざわざ名前聞いて来たのに、結局お嬢さんって呼んでくるのか。何だこの人、感じ悪いな。

「まぁ……そうですね。友人と一緒に、今日初めてここに来ました」
「来て早々こんなにも大勝ちして、何か目的でもあるのかい」
「カジノに来る者は基本的に何かしらの目的を持っているものでは?」
「ははは、それもそうだ。だけどどうしてかな……オレには分からないんだ。君のようなお嬢さんが何故カジノにいるのかが」

 猜疑心を隠そうともしない声で、お兄さんは執拗に詰めてくる。彼の笑顔からは明確な敵意が感じられる。こんなものを向けられてしまえば、笑顔を貼り付ける必要性を失ったも同義。
 笑顔を取り下げ、そちらがそんな目で見てくるのならとこちらも睨み返す。
 私の表情が変わったのが面白いのか、お兄さんは嘲笑を含んだ声をもらして、

「……あぁ、どうやらゲームが終わったらしい。プレイして来てはどうかな、お嬢さん」

 先程の卓へと視線を向けた。確かに今しがたゲームが終わり、テーブルにいた人達が解散しつつあった。
 言われなくても、と小さく呟き台車を押してテーブルに向かう。椅子に座ってもなお、あの突き刺すような強い視線は私に向けられている。
 何がどうして、初対面の相手にここまで恨まれ嫌われないといけないのかが分からないが……無視して私は私の目的の為に頑張ろう。カイルにばかり任せるのもよくないもの。

「では、こちらの四名で次のゲームを初めさせていただきます。よろしいですね?」

 ディーラーが両手を広げ、参加者全員へと順に視線を向けてゆく。私を含めた四人はこくりと頷いて、ゲームに挑む。

「これより、ブラックジャックを開始致します」

 そして遂にゲームが始まった。
 私は必死に頭を働かせて、場に出た目を覚えて計算してゆく。ベットして、ヒットしたりスタンドしたりの繰り返し。そうやって数試合が過ぎていく頃には私の緊張もほぐれ、場の空気というものも掴めて来た。そして同時に確信した。この世界に、カードカウンティングという概念は無いと。
 泳がされているだけかもしれないのだが、少なくとも今の所はディーラーが何の対策も講じないのでこれは前者で間違いないだろう。
 チップが無くなってしまおうと特に痛手では無いのだが、いかんせん私達の目的はVIPルームに行く事。その条件が何かが分かっていない以上、チップと勝率は大事にしていきたい。カイルが稼いでくれた大金を、私の無謀なベットで水の泡にする訳にはいかないのだ。
 そんな考えから、慣れない最初の数試合ではベットは慎重にやって来たが、ここから先はもう少し思い切っても大丈夫だろう。
 私を子供だと舐めてかかってる他の参加者達には悪いけれど、私だって肉体年齢+精神年齢したらもうアラサーなのよ! それなりには頭だって働くわよ!!
 意気込んで挑戦した数試合。少し頭が疲れて来たものの、一時期の仕事ラッシュに比べればまだマシなので全然耐えられた。
 突然調子を上げて来た私に、他の参加者の警戒が集まる。特に隣に座っている太ったおじさんが変な目でこちらを見る事が増えてきた。
 やがて、いい感じに私が勝った時。そのおじさんが慌ただしく立ち上がってこちらを指差してきた。

「こっ、この娘が不正をしている! こんなカジノのカの字すらも知らない子供がこんなに勝てる訳が無い!!」

 興奮した豚のように、おじさんは唾を飛ばす程の大声で捲し立てた。残りの同卓の大人二人も、後半の調子が良すぎた事を不審に思ったようで、

「ま、まぁ確かに……単に運がいいだけとは思えないな」
「そうね。お嬢ちゃんには悪いけれど、流石に不正は見過ごせないわ」

 中肉中背の男性と、宝石を身につけた女性がおじさんに賛同してしまった。
 まずいな、これは。不正なんてしていないと言いたい所なのだが、カードカウンティングは割とグレーなやつなので、黒に限りなく近いグレーと主張する。世界が百人の世界なら百人中九十人ぐらいは黒に限りなく近いグレーって言うだろうし。
 この世界にカードカウンティングという概念が無いとは思うが、下手すればバレる可能性も出て来てしまった。
 困ったな~~~~~。どうしよう。そう内心冷や汗ダラダラで迷った結果──、

「……そんな…私はただ……はじめてのカジノを、楽しんでただけなのに……っ!」

 全力で騙す方向に、私は舵を切った。
 フリードルや大勢の前でいい子ちゃんを演じて来た事により培われたこの演技力! 物凄く泣きそうな声音、表情、言葉使いに目の辺りから魔力で水を流して嘘泣きする。
 さぁ、自分が負けて悔しいからと寄って集っていたいけな子供を責めて泣かせた事への良心の呵責で苦しめ!!

「私は…っ、ただ、おとうさんが『カジノは楽しい所だよ。お前もいつか大きくなったら楽しんでおいで』って、死んじゃう前に言ってたから………だから、やっと…大きくなってお金も貯めて、カジノに来れたのに……それなのに、不正なんて………っ!」

 両手で顔を覆い、泣く演技をする。……我ながらとんでもない口の回りっぷりである。
 ありもしない感動話をその場で適当に作り上げで泣きながら語るなんて。詐欺師の才能あるんじゃないか、私。

「まぁ確かに、カジノに慣れてる大人なら分かるがあんな子供に不正なんて出来ると思うか?」
「あんな可愛い子が不正なんてする訳ないだろ!!」
「子供に負けたからって、子供が不正した事にするとか最低……」
「そう言えば、今日は他にもとんでもなく運がいい子供がいたからな。多分そういう日なんだろうさ」
「そもそもここで不正なんて無理な話だろ」
「あんな可愛い女の子を泣かせやがって、クズじゃねぇかあの野郎」

 私の迫真の演技に周りの人達が陥落する。口々に同卓の大人達を批難し始め、私を擁護する。………私、フォーロイトで良かったわ。フォーロイトの鋼メンタルじゃなかったら、これだけの人を騙している現状にきっと耐えられなかったもの。
 一気に風向きが変わったからか、同卓の大人達は焦り顔を真っ赤にして、更に私に突っかかって来た。

「じゃあ何だ!? この娘が、今日初めてカジノに来たなどと言う子供が、あれ程のチップをただ運が良かったというだけで手に入れたとでも言うのか!?」
「そ、そうよ! 運が良いってだけじゃあ片付けられないでしょ?」
「………俺の負けは認めるが、この子供が不正を働いたかどうかだけはハッキリさせて欲しい」

 中肉中背の男に睨まれたので、それに怯える少女を演じる。こういう時、被害者を演じれる人間──間違った人間程得をするのって普通に理不尽よね。正しい人が損をするなんてどうかと思う。
 正直な所、こういうやり方は全然好きじゃないからストレスでしかない。だから、彼等三人は私を糾弾すればする程立場が悪くなると早く気づいて欲しい。そして今すぐ引き下がってくれないかな。

「スミレ? どうしたんだ?」

 またチップ入りの箱を増やして両手に抱え、カイルが現れた。
 魔力で涙を流し、私は嫌々悲劇のヒロインぶって彼の方を向く。

「るかぁ……っ、私、不正、したって……疑われて…!」
「不正…? おいどういう事だ、どこの誰がお前にそんな難癖つけやがったんだ?」

 カイルは駆け寄って来てすぐ、周りの大人達を強く睨んだ。カイルの大人顔負けの威圧に、大人達はたじろぐ。
 流石はカイルね、理解が早いわ! 私が嘘泣きで乗り切ろうとしているのを理解して援護に回ってくれるなんて。

「はぁ…………胸糞悪ぃな。カジノってのは誰もが平等に夢を見れる楽しい所だろ? それなのに大の大人が集まって女の子泣かすとか。人として恥ずかしくねぇのかよ」

 カイルは不機嫌である事を前面に押し出した上でチッ、と舌打ちもした。何という怒ってますよ感全開の演技……助演男優賞をあげたいぐらいだわ。

「だ、だがその娘の勝ちっぷりは異常だ! 不正しているとしか思っ……」
「はぁ? 子供がちょっと勝ってるだけで不正扱いされるのなら、今日だけで俺は何回不正扱いされねぇといけなかったんだよ」
「…は?」
「何かもう噂になってるみてぇだが、俺はもう今日だけで通算二十連勝ぐらいしてんだけど?」
「んな……っ!?」
「だけど、一度も不正とは言われなかった。だって不正とか疑う余地も無いくらい、俺の運が良いだけだからな!」

 カイルが堂々と言い放つと、その場にいた人達が「あの金髪のガキが噂の?」「アイツが豪運モンスターか……」「思ってたよりも子供だった」と『ルカ』という豪運の持ち主を話題にあげる。
 それと同時に、そんな『ルカ』の連れっぽい『スミレ』も本当に運がいいだけの子供なのでは? と意見が固まる。
 流石ねカイル。あっという間に世論を完璧に味方につけたじゃない。頼りになるわ!!
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