230 / 765
第三章・傾国の王女
205.カジノ・スコーピオン
しおりを挟む
会場に入ってすぐ、受付で会員証の提示を求められた。会員証一つにつき一名まで同伴者が許されるので、その点は難無くクリア。そこで「年齢をお伺いします」と年齢確認が行われたので、
「十七歳です」
「俺は十六歳です」
私は平然とサバを読んだ。嘘はついていない。前世が推定享年十七歳だもん、嘘ではない。
そしてカイルが大真面目に実年齢を答えた事により、カジノにあるらしい嘘発見機みたいな魔導具も特に反応は無し。ちなみにこれは、アルベルト情報でまだ未完成の物らしく、六割の確率で嘘かどうかを見破る代物のようで……まぁあまり警戒する必要の無い魔導具だ。
「では最後に所持品検査の方に移ります。こちらのゲートを通ってください」
所持品検査? とカイルが一瞬目を丸くした。
「カジノ・スコーピオンは絶対に不正を許さないカジノなのよ。だから、魔導具を使った不正が出来ないよう、余程の事情が無い限りは魔導具が持ち込めないようになって…る…の………」
何も知らないカイルの為に説明した時、私はふと思い出してしまった。そういえば、カイルって今めちゃくちゃ普通に魔導具持ってるわよ!? 何でこの事を事前に言っておかなかったの私!!
ハッとなり、一気に顔から血の気が引けてゆく。しかしそんな私の焦りや混乱も気にせず、
「お客様の仰る通りです。平等と公正を当カジノは重んじておりますので」
「こうやってしっかり管理する体制が整っているなんて、凄いですね」
「我が社自慢の技術ですので」
「俺も趣味で魔導具を作ってるので、どんな仕組みか気になりますね」
「ふむ………スコーピオン社の説明会が今度ありますので、そこでならば仕組みの説明もあるかもしれませんよ」
「本当ですか? いいですね、会社説明会!」
受付の男性と談笑していた。何でそんな仲良く話してるの? そんな場合じゃないでしょ? 危機感無いの??
愕然としている私を置いて、カイルは堂々とした態度でゲートを通った。空港の金属探知機のようなゲートをくぐり、魔導具を持っているとバレたら──……そんな恐怖からハラハラとしていたのだが、何故かゲートは無反応。
あれ、どういう事………? だって今、カイルはサベイランスちゃんを持ってるのよ? ゲートの誤作動とか……?
状況に理解が追いつかず、私はその場で立ち尽くしていた。するとゲートの向こうから、カイルが「お前も早く来いよー」と手招きする。
とりあえず受付の男性に会釈して、ゲートを通る。換金所を目指しながら私はカイルに問いただした。
「ねぇさっきのどういう事なの? あんたサベイランスちゃんを持ってるんじゃあ……」
「俺のサベイランスちゃんをそんじょそこらの魔導具と一緒にするなっての。起動しない限りサベイランスちゃんはただの魔石が組み込まれただけの箱。ああいう類の魔導具に引っ掛かる事はないんだよ」
自慢げにペラペラと語るカイル。成程ね、あの堂々とした態度は確かな自信から来たものだったのか。
何はともあれ、私はホッと胸を撫で下ろした。
「よかった…私が言い忘れてたからあんたの相棒が没収されたりするかも、って凄く怖かったわ……」
「まぁもし没収されたとしても、サベイランスちゃんに限ってはいつでもどこでも俺の元に召喚出来るから問題ねぇけどな」
「マジか」
サラッととんでもない事言うわね。思わず素が出てしまったじゃないの。私の白夜みたいなものなのね、サベイランスちゃんは。
「まぁとにかく。サベイランスちゃんの事は心配いらねーし、ほら、行こうぜ換金所」
「それもそうね、行きましょうか」
エスコートをしようとでも思ったのか、カイルがニッと笑って手を差し出して来る。そこに手を重ねて、大人しく彼のエスコートを受ける事にした。
……凄いわ。今更だけど、私、今攻略対象のエスコートを受けてるじゃないの。元々敵役なのに。ゲームではカイルとアミレスの絡みなんて無いに等しかったし、こうしてカイルと一緒にいる事がそもそも凄い事なんだけどね。
換金所についた私達は、それぞれ氷銀貨十枚分のチップ五十枚を手についにギャンブルに挑戦する。とりあえず一旦チップ増やさね? とカイルが言うので、じゃあ何をするのかという話になった。
そこで技術も何もいらない初心者向けのルーレットを選択。私はあまり運がいい方ではないので、ここは豪運を自称するカイルに任せてみる事にした。
──その結果。
「おい見ろよあのガキ、さっきから何連勝してんだ?」
「運がいいにも程があるだろ……」
「チップの数が異常だ」
「同卓の奴等死にそうな顔してるぞ」
「賭博の神に愛されてやがる………」
カイルの前には今や約五百枚のチップがある。カイルは何とも怖いもの知らずでめちゃくちゃなベットを繰り返し、毎回賭けに勝利していた。そりゃあもう、ディーラーも目がひっくり返ってる。
ものの数分でチップが十倍になったんだもの。自称するだけはあって、カイルの豪運がとんでもないわ。流石は神に愛されすぎた男……持てるステータス全部駆使していくわね。簡単には説明がつかない豪運っぷりよ。
そんなカイルの快進撃を見ようと周りには見物客が多くいて、口々にカイルの運の良さを羨んでいる。
しかしカイルはチップを専用の箱に入れて立ち上がり、ここでゲームを降りた。丁度、カイルに大敗を喫して意気消沈していた人達が席を離れ始めたからだと思う。
箱を手に私の元まで駆け寄って来たカイルは、
「どうよ、俺のこの豪運っぷり。物の見事にチップが増えたぜ?」
随分とまあ楽しそうなしたり顔を作った。
「貴方の豪運を舐めてたわ。凄すぎて周りに引かれてるわよ?」
「天才とは常人に理解されないものだからな、致し方無し」
「何かムカつくわね、その言い方」
軽口を叩きながら、ついでに私の分のチップもカイルの持つ大きな箱の中に入れる。サービスのドリンクを手に取り、ひとまず壁際まで移動してから次はどうするかと話し合う。
カイルが完全に運ゲーのゲームなら負ける気はしない。と言うので次はダイスゲームに。邪魔になってはいけないので、私は少し離れた所からそのゲームの光景を眺めていた。
名称やルールは分からないが、どうやら三つのダイスを投げてその合計を当てるゲームのようだ。他の挑戦者達が慎重に「大!」「奇数」と言ってチップを置いていく中、カイルは毎度適当に思いついただけの数字を口にしてチップを置いては、周りの大人達に「これだからカジノを知らん子供は……」みたいな視線と薄ら笑いを向けられていたのだが。
お決まりの流れだろうか。いっそ恐怖すら覚える程にカイルはドンピシャで当て続けていった。他にも当てている挑戦者達がいたのだが、毎度ドンピシャで当てて夥しい量のチップを手に入れていた。
周りからも一周回って引かれ始めた中で、ついにカイルが大勝負に出た。
「んー、じゃあ次で最後にすっかなぁ。五のゾロ目にオールインで」
ニヤリと笑うカイルがチップの入った箱をドンッと卓に置いて宣言する。それには周囲の見物客達も大騒ぎ。あまりにも無謀な挑戦だと、どよめきだす。しかし、それと同時に見物客達は興奮していた。
ここまで脅威的な運を発揮してきたあの子供なら本当にやりかねない。私達は今、滅多に見られない大勝負を目撃しているのではないか──。
そう、誰もがカイルに強く視線を集めた。
………ところで、その箱の中には私の分のチップも入ってるのだけど。さっきあの箱の中に入れておくんじゃなかったわ。
こんな時に何を小さな事を、と文句を言われてしまいそうな事を考えつつ私は勝負の行く末を見守る。緊迫した空気の中誰もが固唾を飲んで出目を見た、その時だった。
「お、オール五のゾロ目……です…っ!!」
ディーラーもまた興奮を抑えきれない様子で、震える声で呟いた。その瞬間、辺りは大歓声に包まれる。ヒューヒュー! と大盛り上がりのフロア。その中心で足と腕を組みふんぞり返ったあのチート野郎は、
「神に愛されるってのはこういう事を言うんだぜ?」
鼻持ちならない顔を作った。カイルがそれ言うと、もう二度と全世界の人が神に愛されてるとか言えなくなるのよ。貴方みたいな本当に神に愛された人が言うとね。
先程とは比べ物にならない程、山のように積まれた夥しい量のチップを大きな箱二個に分けて入れて、運営に台車を借りてそれに乗せて移動する。
当然だが注目される。私の隣で呑気にサービスのドリンクを味わっているこの男の噂は既に広まっているようで、ただ歩いているだけで「アイツが例の…?」「今日だけで勝ちまくってるガキってあの金髪の事か?」とヒソヒソ話が聞こえてくる。
その流れ弾で連れの私まで注目されている。とほほ……私は何もしてないのに。
「そういえば、お前は何もゲームしないの?」
チップが沢山入った箱を載せた台車を押しながら、カイルが話題を振ってくる。
確かに、今のところ私は何もしていない。ただカイルが異様な豪運で勝ち続けているのを、ドリンク片手に眺めているだけだ。そんな私にカイルは疑問を抱いたようだ。
「一応、一つだけやろうと思ってたゲームがあるわよ」
「なんのゲーム?」
「ブラックジャックよ」
恐らく、運がいい方ではない私にカジノで出来るゲームはこれぐらいしか無い。だから、最初から私はブラックジャックだけをプレイする予定だったのだ。
「え、何でブラックジャック? ポーカーとかじゃ駄目なん?」
「唯一私でも出来そうなゲームだからよ」
どういう事? とばかりにカイルが首を傾げる。
私が何故ブラックジャックに固執するのか。それは簡単な事。あれだけは記憶力と戦略でどうにかなる可能性があるからだ。
カジノ・スコーピオンは絶対に不正を許さない。なので、この世界にカードカウンティングという概念があるかどうかの賭けになる。
……あまり覚えていないのだが、前世で私はこれを習得していたのだと思う。誰か、親しいような親しくないような人に教えて貰ったような気がする。
『───記憶力のいいお前は、こういう技を持っておいた方がいいだろう。いずれ、必ず役に立つからな』
優しい声と、大きな手で、その大人は私に色んな事を教えてくれた。その人の顔も名前も、『私』との関係も分からないけれど、その声だけは覚えている。
人は人を忘れる時、まず声から忘れると言うけれど……どうして私は声だけを覚えているのだろうか。どうして私自身の事は何も覚えていないのに、この言葉だけは覚えているのだろうか。
「お、カードゲームをやってる区画はあの辺っぽいぞ」
カイルの声で現実に引き戻される。彼の指さした方向では、確かにいくつものカードゲームが行われているようだった。その中に、目的のブラックジャックの卓もあった。今行われているゲームが終わるまで、ディーラーを観察して待つ事に。
その間も暇だからと台車を私に預けてカイルが近くの卓にポーカーをしに行き、やがて彼が向かった方からは度々どよめきが聞こえてくるようになった。
あいつ、ルーレットやダイスゲームに限らずどんなゲームでも豪運発動するのね………チートにも程があるわ。
おっと。カイルの事は置いておいて観察を再開しよう。しかし、流石はスコーピオンの精鋭ディーラーと言うべきか、特に収穫は無い。落胆し、はぁ……とため息をついた時。
「あのディーラーは特に隙が無いと有名なんだ。あの卓では完全な運と実力が問われるのさ」
突然、後方から見知らぬイケメンが声をかけて来た。
何故ディーラーを観察していたのがバレた? と驚いていると、イケメンお兄さんはニコリと笑って一礼した。
「十七歳です」
「俺は十六歳です」
私は平然とサバを読んだ。嘘はついていない。前世が推定享年十七歳だもん、嘘ではない。
そしてカイルが大真面目に実年齢を答えた事により、カジノにあるらしい嘘発見機みたいな魔導具も特に反応は無し。ちなみにこれは、アルベルト情報でまだ未完成の物らしく、六割の確率で嘘かどうかを見破る代物のようで……まぁあまり警戒する必要の無い魔導具だ。
「では最後に所持品検査の方に移ります。こちらのゲートを通ってください」
所持品検査? とカイルが一瞬目を丸くした。
「カジノ・スコーピオンは絶対に不正を許さないカジノなのよ。だから、魔導具を使った不正が出来ないよう、余程の事情が無い限りは魔導具が持ち込めないようになって…る…の………」
何も知らないカイルの為に説明した時、私はふと思い出してしまった。そういえば、カイルって今めちゃくちゃ普通に魔導具持ってるわよ!? 何でこの事を事前に言っておかなかったの私!!
ハッとなり、一気に顔から血の気が引けてゆく。しかしそんな私の焦りや混乱も気にせず、
「お客様の仰る通りです。平等と公正を当カジノは重んじておりますので」
「こうやってしっかり管理する体制が整っているなんて、凄いですね」
「我が社自慢の技術ですので」
「俺も趣味で魔導具を作ってるので、どんな仕組みか気になりますね」
「ふむ………スコーピオン社の説明会が今度ありますので、そこでならば仕組みの説明もあるかもしれませんよ」
「本当ですか? いいですね、会社説明会!」
受付の男性と談笑していた。何でそんな仲良く話してるの? そんな場合じゃないでしょ? 危機感無いの??
愕然としている私を置いて、カイルは堂々とした態度でゲートを通った。空港の金属探知機のようなゲートをくぐり、魔導具を持っているとバレたら──……そんな恐怖からハラハラとしていたのだが、何故かゲートは無反応。
あれ、どういう事………? だって今、カイルはサベイランスちゃんを持ってるのよ? ゲートの誤作動とか……?
状況に理解が追いつかず、私はその場で立ち尽くしていた。するとゲートの向こうから、カイルが「お前も早く来いよー」と手招きする。
とりあえず受付の男性に会釈して、ゲートを通る。換金所を目指しながら私はカイルに問いただした。
「ねぇさっきのどういう事なの? あんたサベイランスちゃんを持ってるんじゃあ……」
「俺のサベイランスちゃんをそんじょそこらの魔導具と一緒にするなっての。起動しない限りサベイランスちゃんはただの魔石が組み込まれただけの箱。ああいう類の魔導具に引っ掛かる事はないんだよ」
自慢げにペラペラと語るカイル。成程ね、あの堂々とした態度は確かな自信から来たものだったのか。
何はともあれ、私はホッと胸を撫で下ろした。
「よかった…私が言い忘れてたからあんたの相棒が没収されたりするかも、って凄く怖かったわ……」
「まぁもし没収されたとしても、サベイランスちゃんに限ってはいつでもどこでも俺の元に召喚出来るから問題ねぇけどな」
「マジか」
サラッととんでもない事言うわね。思わず素が出てしまったじゃないの。私の白夜みたいなものなのね、サベイランスちゃんは。
「まぁとにかく。サベイランスちゃんの事は心配いらねーし、ほら、行こうぜ換金所」
「それもそうね、行きましょうか」
エスコートをしようとでも思ったのか、カイルがニッと笑って手を差し出して来る。そこに手を重ねて、大人しく彼のエスコートを受ける事にした。
……凄いわ。今更だけど、私、今攻略対象のエスコートを受けてるじゃないの。元々敵役なのに。ゲームではカイルとアミレスの絡みなんて無いに等しかったし、こうしてカイルと一緒にいる事がそもそも凄い事なんだけどね。
換金所についた私達は、それぞれ氷銀貨十枚分のチップ五十枚を手についにギャンブルに挑戦する。とりあえず一旦チップ増やさね? とカイルが言うので、じゃあ何をするのかという話になった。
そこで技術も何もいらない初心者向けのルーレットを選択。私はあまり運がいい方ではないので、ここは豪運を自称するカイルに任せてみる事にした。
──その結果。
「おい見ろよあのガキ、さっきから何連勝してんだ?」
「運がいいにも程があるだろ……」
「チップの数が異常だ」
「同卓の奴等死にそうな顔してるぞ」
「賭博の神に愛されてやがる………」
カイルの前には今や約五百枚のチップがある。カイルは何とも怖いもの知らずでめちゃくちゃなベットを繰り返し、毎回賭けに勝利していた。そりゃあもう、ディーラーも目がひっくり返ってる。
ものの数分でチップが十倍になったんだもの。自称するだけはあって、カイルの豪運がとんでもないわ。流石は神に愛されすぎた男……持てるステータス全部駆使していくわね。簡単には説明がつかない豪運っぷりよ。
そんなカイルの快進撃を見ようと周りには見物客が多くいて、口々にカイルの運の良さを羨んでいる。
しかしカイルはチップを専用の箱に入れて立ち上がり、ここでゲームを降りた。丁度、カイルに大敗を喫して意気消沈していた人達が席を離れ始めたからだと思う。
箱を手に私の元まで駆け寄って来たカイルは、
「どうよ、俺のこの豪運っぷり。物の見事にチップが増えたぜ?」
随分とまあ楽しそうなしたり顔を作った。
「貴方の豪運を舐めてたわ。凄すぎて周りに引かれてるわよ?」
「天才とは常人に理解されないものだからな、致し方無し」
「何かムカつくわね、その言い方」
軽口を叩きながら、ついでに私の分のチップもカイルの持つ大きな箱の中に入れる。サービスのドリンクを手に取り、ひとまず壁際まで移動してから次はどうするかと話し合う。
カイルが完全に運ゲーのゲームなら負ける気はしない。と言うので次はダイスゲームに。邪魔になってはいけないので、私は少し離れた所からそのゲームの光景を眺めていた。
名称やルールは分からないが、どうやら三つのダイスを投げてその合計を当てるゲームのようだ。他の挑戦者達が慎重に「大!」「奇数」と言ってチップを置いていく中、カイルは毎度適当に思いついただけの数字を口にしてチップを置いては、周りの大人達に「これだからカジノを知らん子供は……」みたいな視線と薄ら笑いを向けられていたのだが。
お決まりの流れだろうか。いっそ恐怖すら覚える程にカイルはドンピシャで当て続けていった。他にも当てている挑戦者達がいたのだが、毎度ドンピシャで当てて夥しい量のチップを手に入れていた。
周りからも一周回って引かれ始めた中で、ついにカイルが大勝負に出た。
「んー、じゃあ次で最後にすっかなぁ。五のゾロ目にオールインで」
ニヤリと笑うカイルがチップの入った箱をドンッと卓に置いて宣言する。それには周囲の見物客達も大騒ぎ。あまりにも無謀な挑戦だと、どよめきだす。しかし、それと同時に見物客達は興奮していた。
ここまで脅威的な運を発揮してきたあの子供なら本当にやりかねない。私達は今、滅多に見られない大勝負を目撃しているのではないか──。
そう、誰もがカイルに強く視線を集めた。
………ところで、その箱の中には私の分のチップも入ってるのだけど。さっきあの箱の中に入れておくんじゃなかったわ。
こんな時に何を小さな事を、と文句を言われてしまいそうな事を考えつつ私は勝負の行く末を見守る。緊迫した空気の中誰もが固唾を飲んで出目を見た、その時だった。
「お、オール五のゾロ目……です…っ!!」
ディーラーもまた興奮を抑えきれない様子で、震える声で呟いた。その瞬間、辺りは大歓声に包まれる。ヒューヒュー! と大盛り上がりのフロア。その中心で足と腕を組みふんぞり返ったあのチート野郎は、
「神に愛されるってのはこういう事を言うんだぜ?」
鼻持ちならない顔を作った。カイルがそれ言うと、もう二度と全世界の人が神に愛されてるとか言えなくなるのよ。貴方みたいな本当に神に愛された人が言うとね。
先程とは比べ物にならない程、山のように積まれた夥しい量のチップを大きな箱二個に分けて入れて、運営に台車を借りてそれに乗せて移動する。
当然だが注目される。私の隣で呑気にサービスのドリンクを味わっているこの男の噂は既に広まっているようで、ただ歩いているだけで「アイツが例の…?」「今日だけで勝ちまくってるガキってあの金髪の事か?」とヒソヒソ話が聞こえてくる。
その流れ弾で連れの私まで注目されている。とほほ……私は何もしてないのに。
「そういえば、お前は何もゲームしないの?」
チップが沢山入った箱を載せた台車を押しながら、カイルが話題を振ってくる。
確かに、今のところ私は何もしていない。ただカイルが異様な豪運で勝ち続けているのを、ドリンク片手に眺めているだけだ。そんな私にカイルは疑問を抱いたようだ。
「一応、一つだけやろうと思ってたゲームがあるわよ」
「なんのゲーム?」
「ブラックジャックよ」
恐らく、運がいい方ではない私にカジノで出来るゲームはこれぐらいしか無い。だから、最初から私はブラックジャックだけをプレイする予定だったのだ。
「え、何でブラックジャック? ポーカーとかじゃ駄目なん?」
「唯一私でも出来そうなゲームだからよ」
どういう事? とばかりにカイルが首を傾げる。
私が何故ブラックジャックに固執するのか。それは簡単な事。あれだけは記憶力と戦略でどうにかなる可能性があるからだ。
カジノ・スコーピオンは絶対に不正を許さない。なので、この世界にカードカウンティングという概念があるかどうかの賭けになる。
……あまり覚えていないのだが、前世で私はこれを習得していたのだと思う。誰か、親しいような親しくないような人に教えて貰ったような気がする。
『───記憶力のいいお前は、こういう技を持っておいた方がいいだろう。いずれ、必ず役に立つからな』
優しい声と、大きな手で、その大人は私に色んな事を教えてくれた。その人の顔も名前も、『私』との関係も分からないけれど、その声だけは覚えている。
人は人を忘れる時、まず声から忘れると言うけれど……どうして私は声だけを覚えているのだろうか。どうして私自身の事は何も覚えていないのに、この言葉だけは覚えているのだろうか。
「お、カードゲームをやってる区画はあの辺っぽいぞ」
カイルの声で現実に引き戻される。彼の指さした方向では、確かにいくつものカードゲームが行われているようだった。その中に、目的のブラックジャックの卓もあった。今行われているゲームが終わるまで、ディーラーを観察して待つ事に。
その間も暇だからと台車を私に預けてカイルが近くの卓にポーカーをしに行き、やがて彼が向かった方からは度々どよめきが聞こえてくるようになった。
あいつ、ルーレットやダイスゲームに限らずどんなゲームでも豪運発動するのね………チートにも程があるわ。
おっと。カイルの事は置いておいて観察を再開しよう。しかし、流石はスコーピオンの精鋭ディーラーと言うべきか、特に収穫は無い。落胆し、はぁ……とため息をついた時。
「あのディーラーは特に隙が無いと有名なんだ。あの卓では完全な運と実力が問われるのさ」
突然、後方から見知らぬイケメンが声をかけて来た。
何故ディーラーを観察していたのがバレた? と驚いていると、イケメンお兄さんはニコリと笑って一礼した。
5
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる