だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第三章・傾国の王女

200.ある共犯者の懐古

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「カイル王子、治癒を初めてもいいですか?」
「あぁはい。じゃあつまり、兄は治せるんですね?」
「えぇ、ワタシの治癒魔法で完治させられます」
「なら……どうか、兄をよろしくお願いします」

 エフーイリルの言葉に母さんや侍女達がわぁっ、と沸き立つ。そんな盛り上がりの中で、早速エフーイリルは治癒魔法を発動し、兄貴の体が金色の光に包まれた。離れていても分かる、暖かくて眩い光。それをぼーっと眺める。
 ………俺にも、光の魔力があればな。そう思う事がこれまでの十年程で一体何度あった事か。
 ───九年前。ある冬の日だった。

「……──俺、って…誰なんだ?」

 目が覚めたら、俺は自分が誰だか分からなくなっていた。いわゆる記憶喪失というものなのかとも考えたが、その割にはあまりにも意識がはっきりしているし、言葉もはっきり喋る事が出来ている。
 それに何より、記憶は確かに。ただ俺自身に関する記憶だけがゴッソリと喪われていて、明らかに不自然な空白があるような状態だった。
 だけど、これだけは確信出来た。これは……この体は──俺のものではないと。
 その証拠かこの体には身に覚えの無い記憶があった。それを混乱し動転していた状態で強制的に見せられ、俺は吐きそうになりながら理解した。

「クッソ、嘘だろ………俺、カイルになったってのか…!?」

 記憶と鏡を見て戦慄した。だってこの顔は、どハマりしていた乙女ゲームの攻略対象の幼少期と全く同じで。
 そう理解してからは早かった。前世……『俺』は相当なオタクだったのだろう。この手の展開にも慣れ、というか覚えがあった。主なジャンルは漫画やゲーム原作の舞台やミュージカルだったが、アニメや漫画やラノベやゲームと幅広く手を出していたようだ。
 どうやら次元を問わずイケメンが好きだったらしい。イケメンの中でも、男らしくてかっこいい奴ばかり好きになっていた。憧れていた。
 これは重要な事だが、俺はただ顔のいい人間が好きだっただけで、恐らくゲイとかではなかった筈だ。記憶があまり無いので断言は出来ないが、普通に恋愛対象は女……だった筈だ。ただ、女の事を考えると妙に胸騒ぎがするというか、理由の無い苛立ちが湧いてくる事から、あまり女関連のいい経験が無かったものと考えられる。
 話を戻そう。この世界──…『アンディザ』とも舞台で出会ったようなものだったと記憶している。
 イチ推しの俳優が乙女ゲーム原作の舞台に出ると聞いて、俺は当然全通する事にした。そこで原作を履修しようと色々調べて、その時点ではゲーム無印と連載途中のコミカライズしか無く、とりあえずその二つをネットでポチって仕事終わりにやり込んで読み込んだと思う。
 …………うん? 仕事終わりって事は、俺社会人だったのか。
 女性向けのソーシャルゲームはいくつかやっていたものの、乙女ゲームと呼ばれるものにはまだ触れた事のなかった俺は、探り探りでプレイしていた。
 俺の推し俳優が演じると告知されていた『マクベスタ』というキャラにとりあえず会いたかったのだが、『マクベスタ』は五つの個別ルート全てをやっても、メインキャラ達と比べるとセリフが少なく、いわゆるサブキャラなのだと気づいた時。俺はガッカリしていた。
 推し俳優がると言うだけで既に俺の中では好感度が上乗せされた状態でゲームは始まったのだが、ゲームで何度か出てきた『敵国の鬼強い騎士のマクベスタ』の設定や喋り方やら見た目が俺の好みにジャストミートした。
 勿論攻略対象達も好きなんだが、俺的にはやはりマクベスタが最推しだったのだ。深夜に『何でお前は攻略対象じゃねぇんだよーーーーッ!!』って叫んだ気がする。
 舞台での演目はカイルのルートで、マクベスタは一瞬しか出て来なかったが……原作をやっていたからか満足度は高かった。
 『アンディザ』は乙女ゲーム界隈では中々の人気作だったようで、舞台の最終公演があった二ヶ月後とかにはなんと続編の制作&発売が発表された。しかも、しかもだ。続編では一作目でも人気だったサブキャラの二人が攻略対象に昇格していた。
 マクベスタも攻略出来ると知った俺は飛び跳ねて喜んでいた気がする。
 そして待ちに待った二作目発売日。マクベスタが大きく描かれた素晴らしい特典目当てで俺は色んな予約サイトで複数買いし、ゲームに挑んだ。
 一作目よりも更に話が難しくややこしくなっていたが、その分面白さも増していて、俺はマクベスタのルートで感動していた。気分はさながら我が子の成長を見守る親だった。
 数日間休みを取って徹夜でやっていたから、すぐに完全クリアしてしまった。しかしその後も定期的にマクベスタのルートを周回するようになる。
 色んな予約サイトの特典が気になって、必死に譲渡や買取を探したり、ある時には自らマクミシェ(※マクベスタ×ミシェルのカップリングの事)の二次創作というものに挑戦した事すらあったと思う。
 その一年半後とかになんと三作目の制作発表まで出て……その学パロ的設定を見て『ッシャァアアアアアアイッッッ!!』と某ミュージシャンばりのガッツポーズを作ったなぁ。
 それだけ、俺はマクベスタに惚れ込んでいた。この世界が大好きだった。

「…………だからってさ。メイン枠の攻略対象イケメンになるのは違うだろぉぉぉ……!」

 小さな体で頭を抱える。どうせならマクベスタの関係者になりたかった。推しに出会える立場の人間がよかった。
 何でよりにもよってカイルなんだよ。めちゃくちゃマクベスタに会うの難しいじゃねぇか。

「いや、つーかそもそもだ。ここって何作目の世界なんだよ。この手のラノベとかだと一作目の世界なパターンが多いイメージだが……」

 現時点では何も情報が無い。ぶっちゃけた話、一作目か二作目か三作目かを判断する方法はほぼ無いに等しかった。
 俺はとにかく情報収集に徹する事にした。何故か言語の理解が可能だったので本を読んだり、超美人な母親やカイルと似ている兄に聞いたり。幸いにも関係者の情報はカイルの記憶から読み取れたので、呼び方とかルールとかは特に苦労しなかった。
 だがしかし、急に口調や性格が変わった事は当然不審がられた。それには適当に『俺も大人になったんだ』とか答えて、やり過ごした。
 そうやってカイルとして過ごし初めて一週間が経った頃、俺は腹違いの兄達から酷い嫌がらせを受けた。そこでようやく思い出したのだ。カイルというキャラクターの重く苦しい過去を。
 痛いのは嫌だし、めちゃくちゃ怪我をして母親と兄に心配をかけるのも嫌だった。
 カイルの才能が覚醒したのは、いつだっけな。十歳とか言ってたっけな………。
 大雨の中で腹違いの兄にリンチされてボロボロになった体で、俺は虚ろな意識の中思い出す。後三年……三年耐えたら、ゲーム通りにカイルの才能が覚醒して、こんな風に殴られる事は無くなる。
 ──本当に、それでいいのか?
 弱気になった俺の心に、誰かが語りかけてくるようであった。
 ──このまま行けば……ゲーム通りに母親はクソみたいな父親の言いなりになって、兄は事故死する。本当に、それでいいのか?
 俺は知っていた。カイルが母親と兄を慕い尊敬していた事を。それと同時に、腹違いの兄達から酷い暴行を受けてもなお認めて貰いたいと思っていた事を。

「……っ、それで、いいのかって…いわれても、おれ、には……なにも、できねぇ…じゃねぇかぁ…!!」

 ズキズキと痛む腹に力を入れて声を絞り出す。しかし、この叫びは雨音に飲み込まれた。
 そうだ。俺には何も出来ない。この世界はゲームの世界で、どうなるかが全て定められた世界。そんな世界でどうしろと言うのだ。だから俺の言葉は間違っていない、正しい筈なんだ。

「──! ……ル! カイルッ!」

 バシャバシャと雨の中駆け寄って来る男。カイルがとても尊敬している頼れる兄、キールステン。
 朦朧とする意識の中で、必死の形相でこちらを心配する兄だけを視界は捉えた。

「あに、き……」
「誰がお前にこんな事を…っ! とにかく今すぐ宮殿に戻ろう、体が凄く冷たい!!」

 三つ歳上の兄は俺を背負い、宮殿まで一生懸命走ってくれた。
 それから数日間高熱を出し、体中に酷い怪我があったからか、俺はずっと母と兄の看病を受けていた。二人共本当に優しくて、温かくて。
 こんな人達が将来カイルの才能の所為で不幸になるだなんて。そう考えたら、自然と俺の中で答えが決まっていた。…──俺がこの人達を守ろう。
 カイルの才能が原因なら、その才能も何もかもを隠し通せばいい。いずれそうなると分かっているのだから、その決められた未来を回避出来る可能性だって、どこかにはあるかもしれない。
 国王やら腹違いの兄達の駒として戦場に送られるなんて絶対に嫌だ。戦争なんて、元日本人の俺には無理な話だ。
 だから……カイルには悪いけど、俺はこの先の未来を変えてやる。チート能力を全部隠し通して、母も兄も守って、俺は俺なりにこの世界を楽しみたい。
 せっかくこの世界に生きる事が出来るのだから推しにだって会いたい。とにかく、俺はバッドエンドなんて嫌だ。出来る限り多くの人にハッピーエンドを迎えて欲しい。

「……──やるしか、ねぇよな。目指せ…大団円ハッピーエンド

 高熱に魘されながら俺は決意した。
 それからというもの、腹違いの兄達からの嫌がらせに耐えながら日々を過ごしていた。
 怪我をしたら母さんと兄貴が悲しむ。だから可能な限り見える範囲に怪我が残らないよう、自然に立ち回っていた。それでもやはり怪我をする時はしてしまうもので………そういう時、決まって『治癒魔法が使えたら』なんて考えていた。
 これだけ沢山の魔力を持っていても、カイルは十歳になるまでそれにすら気づけてなかった訳だし、本当にあったら便利な魔力に限って無いんだから困るってものだ。
 これはいわゆる、痒い所に手が届かないチート能力なのだ。
 カイルがやっていたからと剣術などの勉強もしたが、全て結果を残さないように気を使った。あくまでも無能に、使い物にならないと判断して貰わないと。
 その裏で俺は夜な夜な魔導具の勉強と研究に明け暮れていた。単純に魔導具という響きがかっこよかったのと、確かファンブックか何かに『カイルには機械いじりの才能がある』みたいな事が書かれてた事を踏まえ、魔導具作りに向いているかもしれない。と思ったのだ。
 一年ぐらい基礎をしっかり読み込んで、いざ実践に移ると──当然だが失敗した。
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