だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第三章・傾国の王女

194.貴族会議2

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「っ?!?!」

 逆光で顔が良く見えなかった上、気配も無く現れたそれに私は息を飲み、白夜を喚んで構えたのだが──そんな私に向け、その男は慌てて両手を前に出して左右に振った。
 何だこの動き……と警戒した所で、その男は躊躇いつつもその覆面を取った。そして私は唖然とする。

「王女殿下、俺です」
「え、あ………アルベルト…??」

 まさかの来客に脱力し、白夜を構える手は体側にしなだれ落ちる。

「本当は顔とか見せたらいけないんですが、王女殿下相手ならば今更な節もありますし……どうやら、怖がらせてしまったようなので」

 アルベルトは困った顔で、申し訳ございません。と頭を下げた。勘違いして警戒したのは私だから、と告げる。
 先程は逆光で見えなかったものの、確かによく見れば諜報部の制服を着ている。………ん? もしかしてアルベルトがここに来たのって。

「もしかして、依頼を受けてくれたのって……」
「はい、俺です。王女殿下の役に立ちたくて」

 マジか。凄い偶然じゃない。

「依頼を受けた諜報員がその日のうちに、依頼者の元に依頼内容の最終確認と大まかな日数を聞きに行く事になってて……こんな時間にこんな格好だったから怖がらせてしまったようで、すみません」
「いやそれは………そんな仕組みだって事を知らなかった私に非があるので…」

 ゲームでサラそんな事言ってなかったもん! 知らないわよそんなの!!
 と、脳内で内なる私が暴れる中。アルベルトが「ごほんっ」と一つ咳払いをして、

「改めまして──…此度の辞書探しの方を務めさせていただきます、偽名コードネームルティと申します」

 恭しく一礼し、アルベルトはキリリとした表情でそう名乗った。
 コードネーム……何それかっこいい…。なんて間抜けな感想を抱いていたのだが、そこである事を思い出す。

「あっ、ちょっと待って。私、さっき普通に本名で呼んじゃったわよね? いや本当にごめんなさい……っ」

 ハッとなって慌てて謝ると、アルベルトは「誰にも聞かれていないので大丈夫ですよ」と聖母のような広い心で許してくれた。身バレ程恐ろしい事は無いのに…なんていい人なの……。
 こんな心優しい人に茶の一つも出さないなんて王女が廃る。とりあえずアルベルトを長椅子ソファに座らせて、紅茶を出した。
 アルベルトは困惑しながらもその紅茶を飲んでくれた。そして、

「では依頼内容の確認の方に移ります」

 途端に仕事モードに入り、改まった顔で切り出される。

「──本当に、この組織の調査でよろしいのですね?」
「えぇ。その組織の本拠地と構成員の数……とかその辺りの情報が私は欲しいの」

 調査対象が対象なだけに、アルベルトが心配そうな面持ちでこちらを見てくる。
 しかしどのような依頼であろうとも口を出さないのが諜報部の決まり。アルベルトは本当にいいのかと確認だけして、それ以上は何も追及して来なかった。

「日数など何か希望はありますか?」
「そうね……遅くても二ヶ月以内だと助かるわ」
「分かりました。では二ヶ月以内にご希望の調査を終わらせます」

 そうやって、あっさりと最終確認は終わってしまった。数ヶ月振りにアルベルトに会えたのだから、こちらとしては色々と聞きたい事があったんだけど……と少し物寂しい気持ちに肩を落としていると。

「………仕事中に私情を挟むのも、あまりよくないんですが…その。どうしてもお伝えしたい事がありまして」

 アルベルトが真剣な面持ちでおもむろに口を切った。
 すぅ…っ、と彼の呼吸の音が聞こえたかと思えば、

「ありがとうございました。王女殿下のお陰で、俺──今とても幸せなんです。本当にありがとうございます」

 深く背を曲げて、彼は頭を垂れた。その後に上げられたアルベルトの顔には、眩しい笑みが浮かぶ。窓から射し込む月光に照らされて、僅かにではあるがその瞳にも光が宿っているように見えて。

「……そっか。なら良かったわ」

 その笑顔から、彼の喜びや幸せがひしひしと伝わって来た。どうやらちゃんとサラにも会えたらしい。………本当に、良かったわ。

「では、俺はこの辺りで。依頼完了次第、報告にあがります」

 覆面を着け、フードを被り、アルベルトは別れを言う間も無く颯爽と立ち去った。
 彼が出て行った窓を暫し見つめてから、机に置かれたティーカップを片付けようと目を向けると、私は少し胸が暖かくなった。ほんの僅かな時間ではあったものの、アルベルトはきちんと全て飲み干していってくれたのだ。
 律儀な人だな。と小さく笑いを零しながらそれを片付け、窓を閉めてからその日は就寝した。
 ───それから一ヶ月弱。
 なんとアルベルトはもう調査を終えたのだと言う。そしてその調査結果の資料をこうして手渡しに来てくれたのだ。

「アルブロイト領にある港町ルーシェにて、表向きにはカジノや服飾店などの経営をしつつ、港町の裏社会を牛耳る組織──スコーピオン。調査時点で構成員は八十六人。うち五人が幹部でその上に頭目の男が立つようです」

 私が報告書に目を通すと、それに合わせてアルベルトが口頭でも説明を始めた。報告書に書いてある通りの説明に、私は頷いて相槌を打つ。

「自営業による年間収入はおよそ三万氷金貨とかなりのもので、その主な収入源はカジノの模様。カジノのディーラーは頭目自ら育成しているようで、暫く観察してみましたが全体的に高水準の腕前でした」
「そのディーラー達に不正はあったかしら?」
「いいえ。相手方に気取られぬ程度に魔力を使い観察しておりましたが、俺が見ていた限りでは一度たりとも不正はありませんでした」

 ふむ、ちゃんと設定と同じようね。と私は記憶通りの情報に少し安堵した。
 私がわざわざ諜報部に依頼してまで秘密裏に調べたかった事、それがこの闇組織スコーピオンの事なのだ。
 このスコーピオンという組織はフリードルとマクベスタとサラの三人のルートの中盤に出てくる敵で、フリードルのルートで言えば赤髪連続殺人事件の解決──アルベルト殺害よりも少し後に、このスコーピオンが帝都を混乱の渦に巻き込む。
 彼等三人以外のルートではだいたい発生するフォーロイト帝国とハミルディーヒ王国の戦争。その代わりとなるべく発生するイベントが、このスコーピオンとの対決なのだ。
 闇組織スコーピオンが、伝染病によって滅び不毛の地となったオセロマイト王国より持ち帰った禍々しい魔石。それによって肉体を強制的に昇華させ、帝都で暴れる。それによって、彼等は帝国社会に蔓延る貴族階級……この身分社会を破壊しようと帝都を戦場に変えた。
 彼等が襲ったのは決まって貴族と、兵士や騎士だけだった。
『身分だの階級だの大昔の誰かが決めただけの見えない鎖に縛られる生活なんて、真の自由とは言い難い!!』
『人は自由であるべきだ。こんな腐った社会に縛られて生きる人生に何の意味がある!?』
 そう叫んだスコーピオンの頭目──ヘブンは、絶対に平民には攻撃しないよう部下に命じた上で、徹底的に貴族を皆殺しにしようとした。
 しかし、それを防いだのがフリードルとマクベスタとサラなのだ。各々自分のルートではメインとなり、他のルートではサポートに回る。
 この三人とミシェルちゃんの尽力あって、被害を最小限に抑えて勝利する事が叶ったのだ。
 だがここでミシェルちゃんは葛藤する。スコーピオンの言葉も理解出来ない訳ではなかったから。
 平民出身でありながら加護属性ギフトを所持している事で特権階級を与えられたミシェルちゃんは、それによる周りの手のひら返しや態度に陰で困惑していた。
 それと同時に、
『……本当に、この世界は肩書きでしか人を見ないのね』
 と、この世界に根強く蔓延る身分主義の存在を痛感していた。
 それらの経験から、スコーピオンの言い分も全てが間違いとは言えなくて………それでミシェルちゃんの心がここから少しずつ曇ってゆくのだ。
 そしてのちにその曇りを晴らすのは当然、攻略対象の役目である。──とまぁ、こんな感じでゲームでのスコーピオンの出番は終わるのだが…彼等の事はちゃんとファンブックにも記されていたのだ。
『【スコーピオン──何よりも平等と公正を重んじる組織。収入源としてカジノなどを運営しているが、そのカジノではただの一度も不正を許した事は無い】』
 そう、ファンブックには書かれていた。だからこそ、アルベルトの報告にもそのような記載があって私は安心したのだ。
 ちゃんとゲームの設定通りに、スコーピオンという組織が存在しているのだと分かって。
 そしてそのカジノなどがあるスコーピオンの本拠地、港町ルーシェ……フォーロイト帝国内で唯一海に面している領地、アルブロイト領の中でも一二を争う発展した町。
 そこに行けばスコーピオンに会える。彼に会う為の方法ならゲームでも一瞬チラッと描写されていたから、分からなくもない。ならばやる事は決まったも同然。
 ──大公領の内乱を阻止する為に、私は彼等を利用する。
 いずれ悪になり、無惨に散ると決まっているのなら…その運命を私が捻じ曲げてやる。
 いずれ来る運命よりもずっと早く、私が彼等を悪にする。無惨に散る運命諸共、スコーピオンの運命をめちゃくちゃに変えてやろう。

「……ありがとう、ルティ。お陰様でようやく私も決心がついたわ」
「決心、ですか?」

 アルベルトの虚ろな瞳が私を捉える。

「えぇ。これはここだけの話なんだけどね──」

 彼に近寄り、踵を上げてその耳元で私は囁く。

「私、最低最悪の王女として暴れるつもりなの」

 それが、それだけが…私が思いつく事の出来る、大公領を守る唯一の方法だから。その為なら私は悪にでもなんにでもなってやる。
 その意志をこっそりと伝えてみたところ、アルベルトは困惑に表情を固めて。

「二人だけの秘密だからね?」
「えっ………はい、分かり…ました」

 口元に人差し指を当てて、秘密だよと釘を刺す。
 アルベルトはそうやって流されるままに肯定し、やがて報酬の話題に移った。私はいくらでも要求してくれて構わないと伝えたのだが、アルベルトから要求された報酬は──、

「たったの氷金貨一枚なんて………本当にこれだけでいいの?」
「はい。これだけで十分です」

 アルベルトはそう言って一枚の氷金貨を強く握りしめた。
 いや十分な訳ないでしょ。報酬システムはどうなったのよ。一定の金額が定められてるんじゃないの?

「いやいやいや……いくら私が諜報部の事に明るくなくてもこれがおかしい事だとは分かるわよ。本当はどれぐらいの金額なのかしら?」

 一ヶ月もそこそこ危険な組織の調査をさせたのだ。流石にたったの氷金貨一枚で事を済ませる訳にはいかない。私のプライドがそれを許してくれない。
 しかし、アルベルトは一向に金額を変える気配がなくて。

「………では、次にお会いする時まで考えておきます。それまでは報酬も保留という事で」
「保留??」
「はい。それでは俺はこの辺りで。改めまして……この度はご依頼ありがとうございました──またのご贔屓を」

 それだけ言い残して、アルベルトは闇に溶け込むかのように刹那のうちに姿を消した。
 アルベルトの妙に頑固な一面に、私はゲームで見たサラの姿を思い出した。……兄弟揃って変なところで頑固なんだなぁと。
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