だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第三章・傾国の王女

193.貴族会議

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 今日は気合いを入れてドレスを着た。化粧もお洒落も女の武器──そう、ハイラや伯爵夫人から教わったからである。
 初対面の大人達の誰にも侮られないよう、私は女の特権とも言える鎧に身を包んで覚悟を決める。
 今日はついに貴族会議当日。王城敷地内にある雪花宮エリアが解放され、そこにある水晶宮という場所に多くの貴族が集まり会議する。年に一度、この貴族会議の時にのみこのエリアは解放されるので、実の所私もその水晶宮はおろか雪花宮という場所には初めて足を踏み入れるのだ。
 雪花宮という建物は、言うなればいくつもの宮殿の総称だった。この氷の国で冷たき雪にも負けず咲き誇る花々を讃える尊称──…とか意味不明な由来らしい。
 皇帝や皇后、王子や王女の住まいは北・西・東の皇宮のいずれかだが、皇妃……いわゆる側室の住まいとして存在していたのが雪花宮の別宮だったのだという。先述の花々というのは側室の事を指すらしい。そして多分、雪は氷の血筋フォーロイトの事だろう。
 広さは全て同じで、全部で九つの別宮があるのだが、その全てが今は使われておらず封鎖されている。皇帝に側室がいないのだから当然だ。
 その中で唯一使われているのが水晶宮と呼ばれる最も王城に近い宮。ここだけは別宮でありながら別宮として扱われていなかったらしく、昔からずっと重要な会議や有事の際の避難場所などとして使われていたらしい。
 本当に色々とよく分からない国だな………と物思いに耽っていた時だった。突如として窓の外に一輪の花が置かれた。
 それに気づいた私は、支度を手伝ってくれていた侍女達に「精神統一の為に、少し一人になりたいの」と言って部屋から一度出ていって貰った。その際、侍女達が「精神統一……?」「精神統一」「精神統一ですか…」と疑問を零していた。まぁ確かに意味不明よね、急に精神統一って。
 気を取り直して、窓を開け放って数歩後ずさると、

「大変長らくお待たせ致しました、王女殿下」

 聞き覚えのある声と共にその窓から一人の黒ずくめの男が現れる。私は小声でその男を歓迎した。

「待ってたわよ──……

 彼はおもむろにそのフードを取り、傷一つ無い綺麗な顔を見せてくれた。相変わらず瞳は虚ろとしているのだが、それは何やら魔眼の暴走とやらの所為なので仕方の無い事。
 それよりも、あんなに痣だらけだった彼の綺麗な顔がこうして完璧に治って本当に良かった。あの夜や裁判の日に見た彼の──アルベルトの顔には、つい目を逸らしてしまいそうな痛々しい痣があったから。
 しかし………改めて見ると本当にサラと似ている。いや、この場合サラがアルベルトに似ているのだろうけど。流石は兄弟ね。本当に瓜二つ……声を寄せて髪型まで揃えられたらもう、見分けがつかなくなるんじゃないかしら。
 しかし、この国が涼しいとは言え今は真夏よ? その全身黒ずくめスタイルって暑くないの?
 なんてしょうもない事を考えていると、アルベルトが懐から紙の束を取り出して、

「王女殿下、依頼されていた調査が終わりましたのでその報告に参りました。こちらになります」

 それを手渡して来た。私はそれを受け取り、一度軽く目を通してニヤリと笑みを作る。期待通りの調査結果だったのだ。

「ありがとう、ルティ。助かったわ」
「いえ。これも諜報部として当然の働きにございます。これからも、何かありましたら俺にお申し付けください。王女殿下のお望みとあらば、どんな情報だって手に入れてご覧にいれましょう」
「それは心強いわね。情報が欲しい時はまた頼ませて貰うわ」

 実は先日、私はアルベルト──諜報部にとある依頼をしたのだ。それはフォーロイト帝国のどこかにいる筈のある組織について。
 向こう一年以内に確実に発生する大公領の内乱に備えて、私は誰にも言わずに裏でその組織の情報を集めていたのだ。
 ───今から一ヶ月程前。
 私は、王城にある大書庫に訪れていた。単純に読みたい資料があった事と、諜報部へと依頼をする為である。
 当然ながらイリオーデが護衛として共にいたのだか、「この本を探して欲しいんだけど…」といくつかの本のタイトルを書いたメモを渡せばイリオーデは大人しくそれを探しに行ってくれた。
 そうして一人になった私は迷わず受付に行った。大書庫にある本を持ち出す時などに申請書類を提出する場所である。
 そもそも、何故諜報部への依頼の為に大書庫、それも受付に行ったのか……それはひとえに諜報部が極秘部隊な事に起因する。
 諜報部は各部署の中でも特に秘匿性が高く、皇帝の命令しか聞かない組織と言われる程に接触が難しい。それもその筈。そもそも誰もが諜報部がどこにあるかすら知らないし、誰が諜報部所属の人間なのかも知らない。
 しかも諜報部所属になった人は自分が諜報部の人間であると、例え身内相手でも口外してはならない。日本の公安のような組織なので、接触なんて最初からまず不可能なのだ。
 そんな諜報部に接触し、なおかつ皇帝でもないのに依頼なんてものをする方法が一つだけある。それが、大書庫──その受付にあるのだ。
 こういう時、本当に転生者でよかったと思う。こういう反則的な知識を持っていられるのだから。

「これは王女殿下。何か本をお探しですか?」

 受付の司書が私を見上げてそう尋ねてくる。私はニコリと微笑んで、

「えぇ。『白紙の辞書』を探しているのだけど、あるかしら?」

 諜報部への依頼をする為の合言葉を口にする。
 すると司書は一瞬目を丸くして、すぐさま元の笑顔に戻った。「『白紙の辞書』ですね、少々お待ち下さい」と言ってから引き出しをいくらか探り、一枚の紙を出して司書はペンを渡して来た。

「では、こちらに御氏名と辞書の内容の方をご記入下さい」
「分かったわ、ここでいいのですね」

 私は司書に言われるがまま、紙に氏名と依頼内容を記入してゆく。
 ちなみに依頼内容によって合言葉が少し異なり、殺人なら『白紙の童話』。調査なら『白紙の辞書』。潜入なら『白紙の小説』……とそれぞれ定められている。
 依頼の為の報酬はその依頼を達成した諜報員が仕事後に望むだけ、という形式なので今はこうして依頼するだけなのだ。
 だからこの依頼方法を知る者は、どうかまともな諜報員に当たりますようにと願うらしい。何でも、たまに法外な報酬を要求される事もあるからなのだとか。
 まぁ私はサラのルートでこの依頼システムの裏側をチラッと見たから、その諜報員が望むだけの報酬を与えるという形式ではあるものの、裏で実は一定の料金を定めているのだと知っている。
 そこからの上下は依頼の難易度によりけり……危険な依頼であれば値段は跳ね上がるし、簡単な依頼であれば値段は変わらないらしい。
 私が依頼しようとしている調査は、多分、それなりに危険なものなので報酬も前もってふんだんに用意しておいた。これだけあれば足りない事は無いだろうと。
 諜報員ガチャの方は特に気にしていなかった。だって報酬システムの裏側知ってるし、ちゃんと依頼を達成してくれる人ならばこちらとしては十分なので、そんなに気にする必要が無かったのだ。

「……はい。『白紙の辞書』探しの方、受け付けました。見つかり次第お知らせしますね」
「何卒、よろしくお願いしますわ」

 用紙への記入を終えた私は暫く本棚を眺めていた。気になる文献を見つけてはパラパラとページを捲り、とりあえず頭の片隅に置いておく。
 そうする事二冊分程。五冊近い本を両手に抱えたイリオーデが私の元に戻って来た。頼んでいた本を見つけて来てくれたようだ。
 私は一度席に座り、先程と同じかそれ以上に早くページを捲りその内容全てを暗記していく。映像記憶はどちらかと言えば苦手なのだが、今ここで本の内容の暗記に費やす時間はあまりないのだから仕方無い。
 この本が借りられたら良かったのだけど、いわゆる絶版本で持ち出し禁止なのでここで読み切るしかないのだ。だが生憎と私は何故か忙しいのでそんな時間は無い。つまりやるべきは──高速暗記である。

「王女殿下、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ん、なぁに?」

 三冊目に入って、丁度目が疲れてきたなーと思って来た頃。後ろで立っていたイリオーデがおずおずと声をかけて来たので、私は丁度いいやと一旦休憩する事にした。
 顔をイリオーデの方に向けて、用件を聞く。

「王女殿下は速読もお得意なのですか?」
「速読? いやそれがねー…全然苦手なの。兄様やお父様はきっと得意なんだろうけど、私は全然」

 肩を竦めて、情けないなと頬を掻く。速読出来る人って本当に凄いと思う。どうしてそんな高速で読み解けるのか……。
 ちゃんと読み込まないと理解出来ない私からすれば本当に訳が分からない話だ。

「…? では、先程まで一体何を……?」

 イリオーデは眉をひそめて首を傾げた。言われてみれば確かに、先程までの私は傍から見れば速読していたように見えていただろう。
 しかしその本人が速読ではないと否定したものだから、イリオーデは困惑しているのだ。

「ただ映像記憶………えっと、見たままに全部記憶していただけよ」
「見たままに全部記憶……ですか」
「うん。後でその見たままの記憶から覚えなきゃいけない内容を一文ずつ読み解いて記憶するの。二度手間だし、映像記憶の方は疲れるから苦手なんだけど、今みたいに時間が無い時はこうした方が楽で」
「……………」

 私の説明に、イリオーデはぽかんとしていた。私でもちょっと何言ってんのって思うもの。そりゃあ彼からすれば宇宙猫案件よ。

「ま、まぁ。簡単に言えばとにかく見て覚えてるだけよ」

 簡潔な言い回しを考えて口にしたが、イリオーデは変わらず開いた口が塞がらないままで。少ししてようやく口を開いた彼は、

「……──流石は王女殿下です。やはり、この世で最も優れた御方は貴女様ですね」

 なんかよく分からない事を口走った。いや本当に突然何!? と私が困惑したのは最早言うまでもない。
 そしてその日の夜。気がついたら寝室の窓の外に謎の花が置かれていたので、なんだろうと窓を開けた時。目の前に突然黒ずくめの男が現れたのだ。
 流石の私もこれにはかなり驚いた。お化けとか割と苦手なので、凄く驚いた。心臓飛び出すかと思った。
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