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第三章・傾国の王女
187.ある青年の義憤
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「はぁ……くれぐれもやり過ぎないように。俺はとりあえずそこの店で休んでおくから、終わったら呼んで」
「よっしゃー!」
「キタキタキタァ! さっすがレオナード様、話が分かるぅ!!」
「ふっ………目に物見せてやりますか」
彼等の言う腕試しとやらの会場のすぐ近くにある喫茶店に入り、初めて聞く紅茶を注文してみる。店の前にあるテラス席に一人で座り、紅茶を嗜みながら自分の護衛達がいかに暴れ回っているのかを眺めていた。
腕試しは最終的に護衛三人の対決となり、結果、俺の護衛の中でも一二を争う筋肉のユバイヤが優勝した。
「ま、こんなモンっすよ」
「ちくしょー、またユバイヤに負けたぁ」
「サルバにもあと少しで勝てたんですけどねぇ……おかしいなァ……」
何かいい汗書いてるなこの男達。本業忘れてないだろうな君達。
俺は君達と違って強くともなんともないんだから、君達が守ってくれなきゃすぐ死んでしまうんだよ。
「あのね、君達は一応俺の護衛なんだから。ちゃんと仕事してくれないと」
流石にローズに別れも言えずに死ぬのは嫌なので、俺としてはちゃんと生きて帰りたい。その為には彼等の協力が必須なので、雇用側として苦言を呈した。
するとユバイヤが後頭部をポリポリと掻き、
「もしもの時はちゃんとレオナード様の護衛に戻るつもりでしたよ? 一応腕試し中も基本的にはレオナード様に意識向けてたんで」
信じ難い事を口にする。いやどう見ても君達腕試しを楽しんでたよね?
「そーっすよー、おれ達の事なんだと思ってんですかぁー」
「まるで僕達がちゃんと仕事してないみたいな言い方でしたね。心外です」
するとそれに続いて、サルバとモイスが唇を尖らせる。
自分の事を妙に棚に上げる彼等に少し呆れつつも、
「護衛中に腕試ししたいなんて言い出した癖によく言うな」
俺はピシャリと言い放った。
彼等が断りを入れて来たとか、本当は俺に意識を向けていたとか、そういうのは最早どうでもいい。彼等が職務中にそれを放棄するような言動をした事を、俺はわざわざ蒸し返しているのだ。
我ながらなんとも陰湿で根暗な性格だ。まぁ、昔からだけど。
護衛達に小言を言いながら帝都に戻る。その夜、仕返しとばかりに三人の酒盛りに付き合わされ、返り討ちにした。そして最終的に俺が全員の介抱をする事になった。
俺は特に体が頑丈な訳でも強い訳でもない愚図だけど、その代わりかめちゃくちゃ酒に強い。今のところ飲み比べでは連戦連勝だ。
ディジェル領はその特異性から成人年齢が男女共に十五歳に定められていて、十五歳になれば領地から出られるし酒も煙草も許されるようになる。
体が貧弱な俺は酒なんて飲めないと周りに言われていたのだが──ある種の反抗的精神からか十五歳の誕生日に無理に酒を飲んだ結果、酒にだけめちゃくちゃ強い事が明らかになった。
ちなみに煙草はすぐに噎せてしまって、体が受け付けなかった。
そんなこんなで酒は飲めるので、こうして皆と一緒に飲むといつも俺が最後まで残り、酔い潰れた人達の介抱をする事になるのだ。……しかし、護衛としてどうなんだ? 酔い潰れて護衛対象に介抱されるとか。
やれやれ。とため息と共に彼等の体を引っ張る。「んぐぐぐぐぐ……………っ!!」と全身に力を入れて、何とか寝台まで一人ずつ引き摺ってゆく。やっと全員を運び終えると、俺は床に座り込んで大きく肩で息をした。
人体って本当に重たい。色々と工夫を凝らせばもっと楽だったのかもしれないけど、実行出来る気がしないし。
あー疲れた。とわざとらしくため息をつきながら俺も入眠し、ついにパーティーの参加当日を迎えた。
会場は王城の為護衛はいらないと、三人には留守番を頼んだ。この血気盛んな男三人を連れて行けば、確実に騒ぎになるだろうから。
招待状とフリードル殿下への贈り物を持ち、正装に着替え、夜になると王城の前まで護衛達に見送りされた。
三人に「思い切りぶちかまして来てくださいよ!」と意味不明に背を押されて城門を潜り、王城に足を踏み入れ──る直前。何者かが、俺の肩を強く掴んで来たのだ。
「おいてめぇ……どこの誰だ? 見ねぇ顔だな」
何と品が無く、輩のような人なのか。出会い頭にこのような失礼な口調………貴族としての常識をもっと学んでくれ。
帝都にはこんな貴族までいるんだな…礼儀も弁えないなんてどうかと思うよ。自分が世界の中心とでも思ってるのかなぁ、思い上がりも甚だしい。
「………初対面ですけど、何か用ですか?」
こんな失礼な奴に敬語を使うなんて嫌だけど、俺まで同程度の人間と思われるのはもっと嫌だ。だから一応敬語で対応する事にした。
するとどうだろう。この男は偉そうに威張り始めた。
「見ねぇ顔だからこのおれ自ら名前を聞いてやろうと思ってな。で、誰だお前? 今まで見なかったって事は……相当な田舎出身なんだろうな」
人の波から外れ、人気の無い所に連れて行かれた俺は、初対面の男に随分と失礼な事を言われていた。
確かに今まで社交界に出た事は無かったさ。だけど、それで田舎者だと言われるのは凄く癪に障る。伯父様から聞いてたけど………帝都の人達が俺達の事をどこか下に見て馬鹿にしてるって話は本当なのかもしれない。
「人に名を聞く時はまず自分から名乗る事が礼儀では? そんな常識的な事もままならないなんて、自分だったら恥ずかしくて社交界に顔なんて出せないですよ」
すごく腹が立ってきたので、俺は笑顔で告げた。暗に『お前みたいな失礼な奴に名乗る名前なんてねーよ!』と匂わせているのだが、この馬鹿な男はそれにも気づけないようで。
「ハァ? てめぇ……誰に向かって物言ってやがる!! おれが名乗れって言ってんだからさっさと名乗れ!!」
顔を赤くして、まるで子供のような癇癪を起こす。うっわー、この男絶対ろくな教育受けてないんだろうな。低脳さがひしひしと伝わってくるよ。
というか、誰に向かって物言ってやがるはこっちの台詞なんだけど。俺、一応はテンディジェルの継承権を持つ人間だからね? 凄く荷が重いけど、後にテンディジェル大公になる事が決まってる人間だからね?
「はは。社交界のマナーすらも知らない癖に先輩風を吹かすとか、帝都の貴族は変わってますねー。自分より位の高い者に声をかけるのは、その相手が誰かに声をかけてから──なんて公然のルールでさえも守れないなんて。もう一度学び直してみてはいかがですか?」
うるさい馬鹿にはどうせ伝わりもしない嫌味で応酬する。
この男が俺よりも低い位にある事だけは確か。何せ、一応は大公の名代として俺はここに来ている訳でして……俺がこのルールを守るべき相手はフォーロイト皇家とアルブロイト公爵家のみ(ちなみに、アルブロイト公爵家もテンディジェル大公家に対してはこのルールを守るらしい)。
そしてフォーロイト皇家は美しい銀髪に暗い寒色系統の瞳を、アルブロイト公爵家は美しい金髪に明るい寒色系統の瞳の特徴を持つと聞く。
とどのつまり。目の前のこの超失礼な馬鹿野郎はそのどちらでもない──俺よりも低い位の者。ここがフリードル殿下の誕生パーティーが行われる王城である以上、社交界のマナーを守るべき立場にある男なのだ。
それなのに、このザマである。信じられないな……まさかこんなにも非常識な人が平然と生きてるなんて。ここがディジェル領ならすぐに叩き潰されそうだな、あの自尊心。
「ッ、てめぇ……! さっきから聞いてりゃぐちぐちうるせぇな! さっさと名乗ればいいものを!!」
「だから言ってるでしょう、人に名を聞く時はまず自分が先に名乗れと」
「あぁん!? いいからてめぇが先に名乗れって言ってんだろうが!!」
何だこの男、話が通じない。本当に貴族なのかな、そもそもちゃんと頭ついてるのかな。その頭は飾りなんですね、って言ったら逆上されそう………相当沸点低いみたいだし、馬鹿だし。
「………はぁ。仕方ないので、お望み通り名乗ってあげますよ。レオナード・サー・テンディジェル。それが俺の名前ですよ」
チッ、と舌打ちをして先に折れてあげる事にした。いつまでもこの男に絡まれ続けるのも精神衛生上よろしくない。俺としては、早く役目を果たして領地に帰りたいんだよね。
男は俺の名前を聞いてわなわなと体を震えさせて。
「テン、ディ……ジェル………田舎の大公家か…?!」
あ? 今なんて言った?
「ハンっ! やっぱり田舎者じゃねぇか、それも野蛮なディジェル人と来た!」
キッと男を睨むと、一瞬ビクッとしたものの男は蔑むようにこちらを見て、
「あー怖い怖い! これだから野蛮な田舎者は!!」
散々、飽きずに俺達の事を馬鹿にする。
安全な帝都でぬくぬくと暮らしてる奴等が、毎日この帝国を守る為に戦ってる俺達を野蛮だなんだと罵る事が許せない。たまたま帝都から一番離れた所に領地があるだけで、田舎者だと罵る事が許せない。
話には聞いていたけど、本当だった。本当に帝都の人達は俺達の事を下に見ている。何と恩知らずで、馬鹿な事か。
「──人を馬鹿にする事しか出来ないような残念な頭しか持たない低脳な輩は、君の言うような野蛮な田舎者よりもずっと無価値で無意味なものだと思うけど。過ちを犯す前に己を見つめ直したらいいんじゃないかな? それかお母さんの腹の中から人生やり直して来なよ」
頑張って怒りを堪えつつ、なんとか笑顔を作って言葉を吐く。
過ちを犯す前にとは言ったが、社交界のマナー的にはもうとっくに過ちを犯している。テンディジェル大公家の名代相手にこの態度………これがもし伯父様なら、相手の開口一番に「失礼な奴だな」とか言って一発鳩尾に決めていた。絶対に拳が出ていた。
伯父様みたいな力が無い俺だったからまだ対話が成り立っているけど、俺以外のテンディジェル大公家の人間なら間違いなく鉄拳制裁だろう。
「田舎者の癖に出しゃばるんじゃねぇ!」
男は怒り心頭だった。顔を真っ赤にして、声を荒らげる。
「俺達は別に田舎者って訳じゃ………っ」
何回田舎者って言えば気が済むんだ、と奥歯を噛み締めながら言い返すと、
「はぁ? 田舎者は田舎者だろう。頭に筋肉しか詰まってない野蛮な戦闘民族は森にでも住んでろ!」
男は学習する脳が無いのか、何回も何回も田舎者だの野蛮だの面と向かって罵倒してくる。
「ッ! お前………っ!!」
「あぁ? やんのかテメェ!」
流石の俺とて堪忍袋の緒が切れるというもの。
ずっと抑えていた敵意を露わに男をもう一度強く睨むと、
「殴るなら殴ってみろよ、出来ねぇんだろ? 野蛮な戦闘民族サマは帝都で暴力沙汰を起こせねぇもんなぁ?」
男は触発されたように俺の胸ぐらに掴みかかり、したり顔でニィっと笑う。
クッソ……! この低脳馬鹿野郎、何で常識やマナーの欠片も無いくせにそんな事だけは知ってるんだ。確かにディジェル領の人間は基本的に領地外での戦闘行為を禁止されている。
その理由までは知らずとも、こうして帝都の馬鹿な輩でもディジェル領の人間が外で何も出来ない事を知っているらしい。
だがそれはあくまでも君達──外の弱い人間を守る為の決まりだ。それなのに、その決まりを悪用してこんな風に喧嘩を売ってくるなんて。
「っ!」
信じられない。こんな馬鹿が偉そうに人間らしく生きているなんて、と俺は絶句する。
こんな俺なんかよりも存在価値が無さそうな穀潰し。こんな奴に俺達が馬鹿にされる事が本当に嫌で嫌で仕方ない。俺はディジェル領の恥晒しのようなものだけど、それでもディジェル領への愛もディジェル領の人間への愛も確かにある。
だからこそ、こうして愛する場所と人々が何も知らない奴に馬鹿にされる事が腸が煮えくり返りそうな程に嫌なのだ。
ぐっ、と体側で怒りから握り拳を作った時。
「待ちなさい!」
空から、威風堂々とした鈴の鳴るような声が聞こえて来た。
「よっしゃー!」
「キタキタキタァ! さっすがレオナード様、話が分かるぅ!!」
「ふっ………目に物見せてやりますか」
彼等の言う腕試しとやらの会場のすぐ近くにある喫茶店に入り、初めて聞く紅茶を注文してみる。店の前にあるテラス席に一人で座り、紅茶を嗜みながら自分の護衛達がいかに暴れ回っているのかを眺めていた。
腕試しは最終的に護衛三人の対決となり、結果、俺の護衛の中でも一二を争う筋肉のユバイヤが優勝した。
「ま、こんなモンっすよ」
「ちくしょー、またユバイヤに負けたぁ」
「サルバにもあと少しで勝てたんですけどねぇ……おかしいなァ……」
何かいい汗書いてるなこの男達。本業忘れてないだろうな君達。
俺は君達と違って強くともなんともないんだから、君達が守ってくれなきゃすぐ死んでしまうんだよ。
「あのね、君達は一応俺の護衛なんだから。ちゃんと仕事してくれないと」
流石にローズに別れも言えずに死ぬのは嫌なので、俺としてはちゃんと生きて帰りたい。その為には彼等の協力が必須なので、雇用側として苦言を呈した。
するとユバイヤが後頭部をポリポリと掻き、
「もしもの時はちゃんとレオナード様の護衛に戻るつもりでしたよ? 一応腕試し中も基本的にはレオナード様に意識向けてたんで」
信じ難い事を口にする。いやどう見ても君達腕試しを楽しんでたよね?
「そーっすよー、おれ達の事なんだと思ってんですかぁー」
「まるで僕達がちゃんと仕事してないみたいな言い方でしたね。心外です」
するとそれに続いて、サルバとモイスが唇を尖らせる。
自分の事を妙に棚に上げる彼等に少し呆れつつも、
「護衛中に腕試ししたいなんて言い出した癖によく言うな」
俺はピシャリと言い放った。
彼等が断りを入れて来たとか、本当は俺に意識を向けていたとか、そういうのは最早どうでもいい。彼等が職務中にそれを放棄するような言動をした事を、俺はわざわざ蒸し返しているのだ。
我ながらなんとも陰湿で根暗な性格だ。まぁ、昔からだけど。
護衛達に小言を言いながら帝都に戻る。その夜、仕返しとばかりに三人の酒盛りに付き合わされ、返り討ちにした。そして最終的に俺が全員の介抱をする事になった。
俺は特に体が頑丈な訳でも強い訳でもない愚図だけど、その代わりかめちゃくちゃ酒に強い。今のところ飲み比べでは連戦連勝だ。
ディジェル領はその特異性から成人年齢が男女共に十五歳に定められていて、十五歳になれば領地から出られるし酒も煙草も許されるようになる。
体が貧弱な俺は酒なんて飲めないと周りに言われていたのだが──ある種の反抗的精神からか十五歳の誕生日に無理に酒を飲んだ結果、酒にだけめちゃくちゃ強い事が明らかになった。
ちなみに煙草はすぐに噎せてしまって、体が受け付けなかった。
そんなこんなで酒は飲めるので、こうして皆と一緒に飲むといつも俺が最後まで残り、酔い潰れた人達の介抱をする事になるのだ。……しかし、護衛としてどうなんだ? 酔い潰れて護衛対象に介抱されるとか。
やれやれ。とため息と共に彼等の体を引っ張る。「んぐぐぐぐぐ……………っ!!」と全身に力を入れて、何とか寝台まで一人ずつ引き摺ってゆく。やっと全員を運び終えると、俺は床に座り込んで大きく肩で息をした。
人体って本当に重たい。色々と工夫を凝らせばもっと楽だったのかもしれないけど、実行出来る気がしないし。
あー疲れた。とわざとらしくため息をつきながら俺も入眠し、ついにパーティーの参加当日を迎えた。
会場は王城の為護衛はいらないと、三人には留守番を頼んだ。この血気盛んな男三人を連れて行けば、確実に騒ぎになるだろうから。
招待状とフリードル殿下への贈り物を持ち、正装に着替え、夜になると王城の前まで護衛達に見送りされた。
三人に「思い切りぶちかまして来てくださいよ!」と意味不明に背を押されて城門を潜り、王城に足を踏み入れ──る直前。何者かが、俺の肩を強く掴んで来たのだ。
「おいてめぇ……どこの誰だ? 見ねぇ顔だな」
何と品が無く、輩のような人なのか。出会い頭にこのような失礼な口調………貴族としての常識をもっと学んでくれ。
帝都にはこんな貴族までいるんだな…礼儀も弁えないなんてどうかと思うよ。自分が世界の中心とでも思ってるのかなぁ、思い上がりも甚だしい。
「………初対面ですけど、何か用ですか?」
こんな失礼な奴に敬語を使うなんて嫌だけど、俺まで同程度の人間と思われるのはもっと嫌だ。だから一応敬語で対応する事にした。
するとどうだろう。この男は偉そうに威張り始めた。
「見ねぇ顔だからこのおれ自ら名前を聞いてやろうと思ってな。で、誰だお前? 今まで見なかったって事は……相当な田舎出身なんだろうな」
人の波から外れ、人気の無い所に連れて行かれた俺は、初対面の男に随分と失礼な事を言われていた。
確かに今まで社交界に出た事は無かったさ。だけど、それで田舎者だと言われるのは凄く癪に障る。伯父様から聞いてたけど………帝都の人達が俺達の事をどこか下に見て馬鹿にしてるって話は本当なのかもしれない。
「人に名を聞く時はまず自分から名乗る事が礼儀では? そんな常識的な事もままならないなんて、自分だったら恥ずかしくて社交界に顔なんて出せないですよ」
すごく腹が立ってきたので、俺は笑顔で告げた。暗に『お前みたいな失礼な奴に名乗る名前なんてねーよ!』と匂わせているのだが、この馬鹿な男はそれにも気づけないようで。
「ハァ? てめぇ……誰に向かって物言ってやがる!! おれが名乗れって言ってんだからさっさと名乗れ!!」
顔を赤くして、まるで子供のような癇癪を起こす。うっわー、この男絶対ろくな教育受けてないんだろうな。低脳さがひしひしと伝わってくるよ。
というか、誰に向かって物言ってやがるはこっちの台詞なんだけど。俺、一応はテンディジェルの継承権を持つ人間だからね? 凄く荷が重いけど、後にテンディジェル大公になる事が決まってる人間だからね?
「はは。社交界のマナーすらも知らない癖に先輩風を吹かすとか、帝都の貴族は変わってますねー。自分より位の高い者に声をかけるのは、その相手が誰かに声をかけてから──なんて公然のルールでさえも守れないなんて。もう一度学び直してみてはいかがですか?」
うるさい馬鹿にはどうせ伝わりもしない嫌味で応酬する。
この男が俺よりも低い位にある事だけは確か。何せ、一応は大公の名代として俺はここに来ている訳でして……俺がこのルールを守るべき相手はフォーロイト皇家とアルブロイト公爵家のみ(ちなみに、アルブロイト公爵家もテンディジェル大公家に対してはこのルールを守るらしい)。
そしてフォーロイト皇家は美しい銀髪に暗い寒色系統の瞳を、アルブロイト公爵家は美しい金髪に明るい寒色系統の瞳の特徴を持つと聞く。
とどのつまり。目の前のこの超失礼な馬鹿野郎はそのどちらでもない──俺よりも低い位の者。ここがフリードル殿下の誕生パーティーが行われる王城である以上、社交界のマナーを守るべき立場にある男なのだ。
それなのに、このザマである。信じられないな……まさかこんなにも非常識な人が平然と生きてるなんて。ここがディジェル領ならすぐに叩き潰されそうだな、あの自尊心。
「ッ、てめぇ……! さっきから聞いてりゃぐちぐちうるせぇな! さっさと名乗ればいいものを!!」
「だから言ってるでしょう、人に名を聞く時はまず自分が先に名乗れと」
「あぁん!? いいからてめぇが先に名乗れって言ってんだろうが!!」
何だこの男、話が通じない。本当に貴族なのかな、そもそもちゃんと頭ついてるのかな。その頭は飾りなんですね、って言ったら逆上されそう………相当沸点低いみたいだし、馬鹿だし。
「………はぁ。仕方ないので、お望み通り名乗ってあげますよ。レオナード・サー・テンディジェル。それが俺の名前ですよ」
チッ、と舌打ちをして先に折れてあげる事にした。いつまでもこの男に絡まれ続けるのも精神衛生上よろしくない。俺としては、早く役目を果たして領地に帰りたいんだよね。
男は俺の名前を聞いてわなわなと体を震えさせて。
「テン、ディ……ジェル………田舎の大公家か…?!」
あ? 今なんて言った?
「ハンっ! やっぱり田舎者じゃねぇか、それも野蛮なディジェル人と来た!」
キッと男を睨むと、一瞬ビクッとしたものの男は蔑むようにこちらを見て、
「あー怖い怖い! これだから野蛮な田舎者は!!」
散々、飽きずに俺達の事を馬鹿にする。
安全な帝都でぬくぬくと暮らしてる奴等が、毎日この帝国を守る為に戦ってる俺達を野蛮だなんだと罵る事が許せない。たまたま帝都から一番離れた所に領地があるだけで、田舎者だと罵る事が許せない。
話には聞いていたけど、本当だった。本当に帝都の人達は俺達の事を下に見ている。何と恩知らずで、馬鹿な事か。
「──人を馬鹿にする事しか出来ないような残念な頭しか持たない低脳な輩は、君の言うような野蛮な田舎者よりもずっと無価値で無意味なものだと思うけど。過ちを犯す前に己を見つめ直したらいいんじゃないかな? それかお母さんの腹の中から人生やり直して来なよ」
頑張って怒りを堪えつつ、なんとか笑顔を作って言葉を吐く。
過ちを犯す前にとは言ったが、社交界のマナー的にはもうとっくに過ちを犯している。テンディジェル大公家の名代相手にこの態度………これがもし伯父様なら、相手の開口一番に「失礼な奴だな」とか言って一発鳩尾に決めていた。絶対に拳が出ていた。
伯父様みたいな力が無い俺だったからまだ対話が成り立っているけど、俺以外のテンディジェル大公家の人間なら間違いなく鉄拳制裁だろう。
「田舎者の癖に出しゃばるんじゃねぇ!」
男は怒り心頭だった。顔を真っ赤にして、声を荒らげる。
「俺達は別に田舎者って訳じゃ………っ」
何回田舎者って言えば気が済むんだ、と奥歯を噛み締めながら言い返すと、
「はぁ? 田舎者は田舎者だろう。頭に筋肉しか詰まってない野蛮な戦闘民族は森にでも住んでろ!」
男は学習する脳が無いのか、何回も何回も田舎者だの野蛮だの面と向かって罵倒してくる。
「ッ! お前………っ!!」
「あぁ? やんのかテメェ!」
流石の俺とて堪忍袋の緒が切れるというもの。
ずっと抑えていた敵意を露わに男をもう一度強く睨むと、
「殴るなら殴ってみろよ、出来ねぇんだろ? 野蛮な戦闘民族サマは帝都で暴力沙汰を起こせねぇもんなぁ?」
男は触発されたように俺の胸ぐらに掴みかかり、したり顔でニィっと笑う。
クッソ……! この低脳馬鹿野郎、何で常識やマナーの欠片も無いくせにそんな事だけは知ってるんだ。確かにディジェル領の人間は基本的に領地外での戦闘行為を禁止されている。
その理由までは知らずとも、こうして帝都の馬鹿な輩でもディジェル領の人間が外で何も出来ない事を知っているらしい。
だがそれはあくまでも君達──外の弱い人間を守る為の決まりだ。それなのに、その決まりを悪用してこんな風に喧嘩を売ってくるなんて。
「っ!」
信じられない。こんな馬鹿が偉そうに人間らしく生きているなんて、と俺は絶句する。
こんな俺なんかよりも存在価値が無さそうな穀潰し。こんな奴に俺達が馬鹿にされる事が本当に嫌で嫌で仕方ない。俺はディジェル領の恥晒しのようなものだけど、それでもディジェル領への愛もディジェル領の人間への愛も確かにある。
だからこそ、こうして愛する場所と人々が何も知らない奴に馬鹿にされる事が腸が煮えくり返りそうな程に嫌なのだ。
ぐっ、と体側で怒りから握り拳を作った時。
「待ちなさい!」
空から、威風堂々とした鈴の鳴るような声が聞こえて来た。
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