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第三章・傾国の王女

186.ある青年の驚愕

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 俺はいわゆる、ロマンチストというものだった。
 可愛い可愛い妹に恵まれ、その妹と昔から兄妹仲が良かった事もあり、俺は幼い頃から物語や絵本ばかりを読んでいた。
 当然、領地の運営に必要な勉強やその手の難しい本を読む事もあったが、妹……ローズと本を読む時はいつも恋物語やロマン溢れる小説とかだった。ローズがその手の本を特に好み、俺もまたローズの影響でそれを好むようになったからだ。
 だからだろうか。そんな本ばかりを読んで育って来たからか、今や俺の好みは非現実的なものとなっていた。
 ……いや、でもね? もしかしたら億分の一ぐらいは可能性もあるかなー。なんて考えていたんだ。
 俺の好みにピッタリと合う、幻想的で神秘的な女性………そんな人がこの広い世界のどこかに、一人ぐらいはいるんじゃないか。そんな淡く馬鹿馬鹿しい期待を抱いていたんだ。
 俺は……困った事に、後々領主になる事が確定している。だから、そんな俺にさっさと婚約者をあてがおうと周りの大人達は躍起になっていたのだが、ローズが俗に言うブラコンというものであり、かつ俺自身がこんな嗜好をしていた事から、これまで婚約者の話題はなあなあで済ましていた。
 しかし、俺ももうすぐで十七歳になる。それなのに婚約者の一人もいないのはおかしいのではと、ついに叔父様にまで苦言を呈されてしまった。
 困った事にただただ正論だった。なので俺は渋々、気は乗らないものの帝都で開かれるフリードル殿下の誕生パーティーに出席する事にした。
 一ヶ月近い馬車での移動を終え、帝都に着くと俺は圧巻された。話には聞いていたものの、帝都は本当に発展していて……高い建物に所狭しと立ち並ぶ様々な店。ディジェル領では見ないような最先端の流行り物。
 まさにおのぼりさん、と言うべき程に俺は辺りをキョロキョロ見渡しては未知の世界に目を輝かせていた。何せディジェル領から出て、なおかつ帝都まで来たのは初めてなのだ。そりゃあ興奮もするよね。
 ………それにしても視線が凄いな。やっぱりおのぼりさんって馬鹿にされてるのかな。まぁでも事実そうだから何も言えない。
 特に女性からの視線が凄い。帝都は男女問わずお洒落だと聞くし、もしかして俺の格好が相当酷いのか?
 いやでも今の俺なんて、どこにでもあるようなシャツにありふれたズボン、それとどこでも買えるようなベストだよ? こんなよくある普通の格好ですら帝都では不躾な服装扱いされるのか?!
 えぇ……帝都怖ぁ……皆が言ってたように、帝都の人は俺達みたいな地方民をすぐ無粋な田舎者扱いするんだなぁ…こんな風にジロジロと奇異の目に晒されるなんて。帝都怖い。
 はぁ。と大きくため息を吐いて、俺はとりあえず通りを歩く。
 今日はフリードル殿下の十五歳の誕生パーティーの前日。どの店も既に大盛り上がりのようだ。
 どうせ俺は二日目しか出ないんだし、それまで暇だからな……ローズに頼まれていたお土産探しでもしようか。
 そう決めて、大通りの色んな店を見て回る事にした。
 まず足を踏み入れたのは勿論本屋。流石は帝都の本屋だと思わず感嘆の息を漏らしながら、天井まで届く高い本棚の間をうろうろする。
 ──はっ! あれってシェザード先生の新作じゃないか?! 一体いつになったらディジェル領にも回って来るのかと、その新作の情報を聞いてからローズと待ち侘びていたあの新作!!
 しかも二巻まであるじゃないか! 俺達の所に一巻が回って来る前に二巻まで出ているのか、帝都では!! 帝都凄いな!
 興奮する内なる自分を落ち着かせて、シェザード先生の新作『涙の妖精姫』の一巻と二巻を手に取る。ほう、今回の挿絵はルルバ先生の『田舎者のわたしが王女に?!』の挿絵を担当していたコマーリシア先生か。何だ、良作確定じゃないか。
 ああ、今から読むのが楽しみだ。他にも色々と土産を買う予定ではあるが、きっとローズも読みたいだろうから、先に早馬で手紙と一緒にこれを送っておこう。
 ルンルン気分で会計を済ませ(何だか凄く周りの女性客に見られていた。そんなに見るも無残なのか、この格好は?)、次は大通りでも一際若い女性達で賑わうヴァイオレットという店に入った。
 外からも薄らと見えていたが、ここはどうやら服飾店のようで。あまり見ないタイプのドレスが多く陳列されていた。それを見て、あれがいいだのこれが似合うだの頬を染めてはしゃぐ令嬢達。
 そして相も変わらずめちゃくちゃ注目される俺。まぁ、当然か……こんな不躾な格好でこんなお洒落な店に男一人で入ったらそりゃあ目立つ。
 ローズの付き添いでよくこういう店には来ていたから、この雰囲気自体には慣れているし特に萎縮もしない。俺はただローズへの土産を買いに来ただけだしね。
 少しでも周りの令嬢達の気を悪くしないよう、目が合ったら微笑みながら会釈した。するとどうだろう。勢いよく顔を逸らされ、何なら顔を真っ赤にしてヒソヒソと陰口まで叩かれている。
 ………俺、そんなに酷いの??
 もう一度ちらりと己の体に視線を落とし、服装を見直してみる。しかし、俺の感性ではこれは全然普通だ。帝都の感性分かんねぇ……。
 いいやもう気にしない。と気を取り直して、俺はひとまずドレスを色々と見て行くのだが、ある一着の前でピタリと足が止まる。
 とても綺麗で、まるで物語のお姫様が着るような可憐なドレス。見るからにローズが好きそうなドレスだった。
 良し、これにするか。と決めて「すみません、店員はいますか」と店員を呼んでみる。すると一人の女性が慌てて出て来て、「はい、何でしょうか?」と対応してくれた。

「あの、このドレスください」
「このドレスを……ですか?」

 周りの女性客達がざわつく。店員もまた目を白黒させていて。

「はい。あ、もしかして……これって非売品とかですか?」

 だったら恥ずかしい事をしたな。と少し顔が熱くなる。

「いえっ、そういう訳ではなくて。こちらの商品は当ブランドのデザイナー、スミレによる春の新作で………今現在当店で最も高い一品なのです」
「高い……ああ成程、そういう事ですか。でもまぁ、値段はどうでもいいのでこちらをください」

 値段は特に気にしていなかったのだが、どうやらこのドレスは今この店で最も高い物らしい。だから俺がこれを買うと言った時、周りの女性客達が驚いたようなのだ。

「妹への贈り物なので、出来る限り可愛く包装してもらえると助かります」

 ローズは可愛いものが大好きだからな。きっと包装もドレスも可愛かったら喜んでくれるだろう。
 こちらの要望通り、やけに可愛く包装してくれた店員にお礼を言いつつ、その場でピッタリと現金で支払いその箱を持って外に出る。
 ……うーむ、やっぱり誰かしら荷物持ちを連れてくるべきだったな。夕方まで自由行動にするんじゃなかった。
 このままローズへの土産を買ってたら両手がいっぱいになってしまいそうだ。とは思いつつも、ローズが気に入りそうな物を見つけては次々購入。案の定両手がいっぱいになってしまった。
 しかし俺はテンディジェルの人間だ。こんな事もあろうかと持ってきておいた魔導具がある。
 一旦荷物をベンチに置いて、ポケットから麻の布袋を取り出す。これはこう見えてちゃんとした魔導具で、中は亜空間になっており、いくらでも物を入れる事が出来る。
 この中にローズへの土産を全部入れると、随分と荷物が減った。こんな便利な物があるなら最初から使えと言われそうだが………これは父さんから借りて来たものなので、使い過ぎて付属の魔石に貯蓄された魔力を使い果たしては父さんに怒られる。だからあまり使い過ぎるのもよくないのだ。
 可能なら使わずに済ませたかったんだけど、帝都にローズが好きそうな物が多いからさぁ……。
 可愛い妹を愛する兄としては、ついつい目についたものを片っ端から買ってしまうんだよね。
 父さんに怒られるのはもう諦めるとして、開き直った俺は折角の帝都を楽しむ事にした。主に買い物で。
 色んな店に入ってはローズへの土産を買い、たまに母さんや父さんや叔父様が好きそうなものを見つけたらそれも買った。
 そうして、帝都に来た初日を買い物だけで潰す。帝都滞在中に寝泊まりするテンディジェル邸に帰ると、既に護衛達は自由行動を終えて戻って来ていた。
 ちなみに明日は帝都近郊の領地を回って、どのような運営をしているかの視察をするつもりだ。
 テンディジェル家は二日目に参加しろとのお達しなので、他の日は本当に自由なのだ。
 とりあえずローズへ無事に帝都に到着した旨の手紙と、例の新作二巻を早馬で送る。届くまで、早くても半月ぐらいはかかってしまうだろうけど。
 そして帝都に来て二日目。俺達は帝都から馬車で三時間程のランディグランジュ領に向かった。
 テンディジェル大公家とランディグランジュ侯爵家は切っても切れぬ縁がある。ウチが帝国の盾と呼ばれているのは、ひとえにランディグランジュ侯爵家が帝国の剣と呼ばれているからであって。
 実のところ、初代ランディグランジュ侯爵──正真正銘の帝国の剣が、我がテンディジェル家の分家筋の者だった事もあり、かなり遠縁かつ薄れているものの……この両家は親戚同士だったりするのだ。
 ランディグランジュ侯爵には明日挨拶をする予定なので、今日はとりあえずその領地をこっそり見させてもらおうかなーと。そう、俺達は思った訳でして。
 ランディグランジュ領に入ってすぐ、かなり栄えている町に着いた。町の近くには噂に聞く剣術学校もあって、その盛り上がりはかなりのもの。

「……話には聞いてたけど、現ランディグランジュ侯爵は歴代ランディグランジュ侯爵の中で一番領地の運営に成功してるみたいだ」

 町を歩いていると、ここがランディグランジュ領の玄関口故にここだけ気合いを入れて見栄を張っている、とかそんな感じではないと分かった。
 誰もが心から楽しそうに笑い、働き、生きている。……久しく、ディジェル領では見ていない光景だ。
 この辺りの気候や土地では栽培出来ないようなものも適正な価格で市場に普通にある事から、ランディグランジュ領の隅々まで領主が目を向け手を尽くして来たのだろう。
 その証拠か、この町にいる人達はランディグランジュ領を愛し、そして領主を完全に信頼しているのだと見て取れる。
 それだけ領主──ランディグランジュ侯爵が優れた人格者であるという事。

「きっと、俺なんかとは違って凄い自信に満ち溢れた……度胸ある人なんだろうな」

 何せ、帝国の剣という栄誉を捨ててまで領地の運営に注力する程の人なんだ。俺みたいな卑屈で陰湿で優柔不断で頭を使う事しか出来ない愚図とは大違いの、凄い人に決まってる。

「レオナード様レオナード様、向こうで軽い腕試しみたいなのやってるみたいなんスけど、参加して来てもいいですか?」
「あ、じゃあおれもやりてぇな。ここら辺の奴等がどんだけつえーのか試してやるか」
「それなら僕も……ここは一つ、格の違いというものを見せつけてやりますかね」

 俺が一人、真面目に視察をする中。護衛達がこぞって暴れようとする。
 近頃はずっと馬車での移動で道中で何度か魔物を倒していたと言えども、普段ディジェル領の民や白の山脈から来る魔物を相手するような彼等はまだまだ全然暴れ足りてないようだ。
 安全だと分かりきっている帝都ならまだしも、いつ魔物が現れるかも分からない場所で一人にされると困るんだが………彼等は一体、自分が何の為の護衛なのか分かってるのかな? 分かってないんだろうな。
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