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第二章・監国の王女

182.皇太子の誕生日5

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「ただ、用意するのに少し時間がかかるやもしれませんので……少しお待ちいただいても宜しいですか?」
「構わん。それまで他のスイーツでも食べて待っておこう。準備が出来たら呼んでくれ」
「分かりました。では今から頼みに行って参ります」

 会釈してから別れ、私はイリオーデと共に王城の厨房へと向かう。マクベスタとハイラとランディグランジュ侯爵は流石に会場を離れる訳にいかず、あの場で待機。
 厨房についた私は、『さる御方が立食のスイーツをたいへん気に召されたようですの』と言って毒殺未遂事件の起きた辺りのテーブルにあったスイーツの名を挙げていった。
 すると厨房の者達はやる気に満ちた顔で、それらをテイクアウト用に丁寧に箱に詰めていった。
 待つ事十分程。全部で四つの小箱に多種多様なスイーツが敷き詰められた。それを持って私達はまた会場に向かう。毒殺未遂事件の捜査による騒ぎの裏でこっそりと会場に入り、アンヘルの元に戻った。
 四つの箱を渡すとアンヘルは大喜び。ほくほく顔で自分の手首を切りつけ、血を流す。何も知らない人達はそれにギョッとしたが、これが何か知っている私はどちらかと言えばドキドキしていた。
 これはアンヘルの持つ魔力を使う為の予備動作。とても珍しい亜種属性、血の魔力が行使される瞬間なのだ。
 ゲームでそれを見た時ですらあまりのかっこよさに厨二心をくすぐられたのだ。実際に見られるとなれば、ついつい興奮してしまうのも無理はない。

「もう、アンヘル君。君の魔力はとっても珍しいんだから、こんな人が多い所で使ったら駄目でしょう」
「あ? 巻き込んでないんだから問題無いだろーが」

 アンヘルの手首から溢れ出た夥しい量の真っ赤な血は、本来ならば有り得ない軌道を描いて固まり、やがてショタバージョンのアンヘルへと変貌した。
 かっ、カッコイーーーーーー! 血の魔力カッコよすぎるって! しかもショタアンヘルはめっちゃ可愛いし!!
 吸血鬼という一族はその名の通り血の魔力との親和性が特に高いらしく、中でもアンヘルは血を自由自在に操るその魔力と、吸血鬼特有の変幻自在の能力を合わせて、こんな魔力の使い方をもしてしまうのだ。
 血と固有能力で己の分身を作り上げるとかいう、神業を。

「お前は二つ持っとけ。俺は二つ持つ」
『俺だってスイーツを食べたい。二つは多いからお前が全部持て』
「はァ? それだと何の為にお前を出したのか分からなくなるだろ」
『知るかそんな事』

 分身だからか、この小さいアンヘルもしっかりとアンヘルと同じ性格をしている。使い魔のようなもの、とゲームでアンヘルが語っていたが……使い魔にしては全く制御出来てないわね。

「おや、そろそろダンスの時間のようですね。ふむ………姫君、もしよろしければ一曲お付き合いしていただけますか?」
「えっ?」

 ぼーっとしていたら、ミカリアが驚くべき提案をして来た。

「パートナーがいるので最初の曲は流石に無理ですが、二曲目以降であれば……」
「二番目というのが少し気になりますが、それでも全然構いません。姫君と共に踊れるのであれば!」
「では、また後で踊りましょう」

 友達と踊りたいんだろうなぁ、ミカリアは。よし、その願いは私が叶えてしんぜよう。

「あっ、ま、待ってくれアミレス!」

 イリオーデと共にとりあえず踊りに行こうとした時だった。マクベスタが突然呼び止めて来たのだ。
 その顔はほんのり赤く、シャンデリアに照らされてみずみずしいリンゴのようだった。

「どうしたの?」
「いや、その………っ、オレからこんな申し出をするのは、どうかとも思うんだが……もし、よければ……て、しい」
「なんて?」
「だからっ、その! オレとも、後で──…踊って、欲しい」

 マクベスタは顔を真っ赤にして、そんな申し出をしてきた。
 あ~~~、マクベスタはパートナーがいないものね。昨日は同じくパートナーのいないメイシアが傍にいたから事なきを得たけれど、今日はそうもいかない。
 ハイラはランディグランジュ侯爵のパートナーらしいし、この場にはもうマクベスタの知り合いの女は私しかいないもんね。
 確かに、ダンスを踊ってくれと頼むのは少し恥ずかしいわよね。その恥ずかしさに負けず、こう申し出てくれたマクベスタの勇気を讃えようじゃないか。

「えぇ、勿論よ」
「……っ! 本当か……!!」

 もう、そんなにも嬉しそうな顔をして……安心なさいな。貴方のダンスの相手はバッチリ私が務めてみせるから。
 純粋なマクベスタに、ぼっちの辛さを味合わせたりはしないわ。絶対に!
 この後、三人と踊ってから私はこっそりとハイラや挨拶回りから戻って来たメイシアとも踊った。始まる前は凄く億劫だったパーティーだけれど、思っていたよりもずっと楽しめた。
 それもこれも全部、皆が傍にいてくれたからだけどね。


♢♢


「──目標発見、これより監視を開始する!」
「フフフッ、我のこの黄金の瞳に見えぬものなど無い!」

 頃合にして、アミレスがレオナードとの邂逅を経て会場に戻った頃。
 東宮で留守番をするように言われていたシュヴァルツとナトラは、こっそりと東宮を抜け出してパーティー会場近くまで来ていた。
 そして会場近くの木によじ登り、中の様子を目視していた。全てはアミレスの様子を見る為。ついでに留守番に飽きたからである。
 そこで彼等は衝撃の光景を目にした。

「え?! 何かハイラがいるんだけど、アレどういう事?!」
「むむむ………我の目にもしかと映ってはおるのじゃが、特殊な結界の影響か、会場内の声は聞こえぬな」
「てかマクベスタの野郎…楽しそうにしやがって……ぼく達はこうしてコソコソ盗み見するしかないってのに! あんなにもおねぇちゃんと一緒にいて! もー毎秒絶対面白いじゃん羨ましい!!」
「我、お前の価値観がちと分からんのじゃが」

 侍女服が傷つき汚れる事などお構いなく、シュヴァルツは木の上で暴れ出す。ナトラの呆れ顔を見て、シュヴァルツがぶすっと拗ねた時──木のすぐ下に何者かが現れて。
 その者は(騒いでいたとは言えど)緑の竜たるナトラと悪魔たるシュヴァルツに気取られる事無く木の下に辿り着き、やがて上を向いた。

「シュヴァルツ君とナトラちゃん………だったよね?」

 覆面の端から濁った灰色の瞳を月明かりに晒して、男は言葉を発する。

「あー…ある、なんとか!」
「ベルベルトとかではなかったかの」
「合体したら丁度いい感じかも? アルベルト………とかだった気がする。どーでもいいけどぉ」

 諜報部支給の制服に身を包むアルベルトが、不思議そうな目で木の上のシュヴァルツとナトラを見上げている。
 この二人はアルベルトと一度しか会っていないので、当然のように名前を忘れていた。更には大した興味も抱いてなかった。

(あんな所で何やってるんだろう…………)

 アルベルトはただただ困惑していた。
 実の所、彼とてシュヴァルツ達とやろうとしていた事は変わらず、諜報部での訓練の隙間時間に『ついに社交界デビューをしたと噂の王女殿下』の様子を見に来ただけなのだ。
 パーティー会場がよく見える場所はこの辺りか、とアタリをつけて来てみた所……予想外にも先客がいたのである。

「もし良かったら、俺もそこに登っていいかな」
「えー、まぁいいけどー」
「我は今超重要任務中なのじゃ、邪魔だけはするでないぞ」

 アルベルトは内心で少しホッとしつつ、トンッと軽く地面を蹴り、あっという間にシュヴァルツ達の座る太い枝へと登った。
 流石に子供二人と大人一人が乗れば、いくら太い枝と言えども多少は揺れる。しかしこの三人はそのような些事は全く気にとめず、熱心に会場を見つめていた。

「ところでお前、今どこで何してるの? ぶっちゃけた話……アルベルトの件に関しては、ぼくなーんにも知らないんだよね」
「我もじゃ。アミレスがやけに張り切っておったのは知っとるがの」

 ちらりと横目でアルベルトを見上げ、シュヴァルツは問うた。

「………詳しくは言えないが、普通に働いている。王女殿下のお陰で弟にも会えて、俺は今とても幸せだ」

 アルベルトの口元が柔らかく弧を描く。顔にあった青痣もほとんど消えていて、今では傷の無い端正な顔が彼の魅力を底上げしている。
 エルハルト──…サラに会えた事により、ストレスなども久しく感じなくなった。今の彼は、彼のそれまでの人生でトップクラスの健康っぷりだった。

(本当に、こんなにも心に余裕が出来るなんて思わなかった。お陰様で訓練にも集中出来て、後半年もあれば実務に移れる………ああ、早くあの御方の為に働きたいな)

 アルベルトはささやかな未来を妄想し、幸せな気持ちとなっていた。数ヶ月経とうとも、彼が己を救った王女の為に生きたいと願う事は変わらず、寧ろその願いを肥大させていくだけであった。

「うげっ!?」

 そんな時だった。カエルが潰されたような声を発しながら、シュヴァルツは慌てて身体を後ろに倒し、膝のみで枝にぶら下がった。
 突然の事にナトラとアルベルトは困惑する。「あっぶねー……」と言いながらゆらゆらぶら下がっているシュヴァルツに向け、怪訝な視線を送っていた。
 その頃、アミレスの元には一人の純白の男が現れていて。シュヴァルツはその男を目視した為、すぐさまそれを止めて姿を隠そうとしたのだ。

(なんであんな奴までいるのかな~! リードですらぼくが魔族だって気づいてたんだぜ、国教会の聖人とやらなら下手したら悪魔って事までバレるかもしれねぇし!!)

 まさかあんな男の登場で、監視任務を妨げられるとは思いもしなかったシュヴァルツ。相も変わらず美しく着飾り、パーティーを楽しむ彼女の姿を見て、溜飲を下げようとしていたのに。
 気をよくするどころか、寧ろ更なる不快感を覚えていた。

「む、なんじゃあれ。人ではないのぅ……」
「赤い、目だ」
「え? 何々、まってよ面白そう」

 更に現れた深紅の目の男に、ナトラとアルベルトが誰だアレ。と首を傾げる。その声だけを聞いて、シュヴァルツは好奇心をそそられた。

(凄い気になる。人じゃない赤い目って気になる。どうせ亜人とかなんだろうけど。そんな奴がおねぇちゃんに近づいてる事は不愉快だけど、それはそれとして気になるなァ!)

 しかし少しでもミカリアを見ては、化け物のごときミカリアに色々と勘づかれる恐れがある。これは一か八かの賭けであった。

(一瞬だけ………一瞬だけ……っ!)

 そう、覚悟を決めたシュヴァルツは一瞬だけ身体を起こし、会場を見た。そして瞬く間に元の体制に戻る。
 その際、彼は叫んだ。

「吸血鬼じゃねぇか!!」

 絶滅危惧種と言っても差し支えない種族。魔族と亜人の狭間を彷徨う、形不確かな存在──……それが吸血鬼である。
 一説によれば吸血鬼は悪魔から派生して生まれたもので、魔族に数えられる事もある。また一説によれば何かの病に侵された者が他者の血を求める怪物に変わり果てた為、亜人に数えられる事もある。
 だからこそ、シュヴァルツも吸血鬼という種族の知識はあるのだ。それこそ、一目見て分かるぐらいには。

「あれは吸血鬼なのか。我の花畑を荒らしおったゆえ、五百年程前に呪ってやった気がするのじゃが…………まだ生きておったとはな」

 長命種的主観でナトラが物騒な事を呟くと、

(五百年……? 呪う……??)

 アルベルトはその隣で疑問符を生み出し続けた。彼もまた、意外にも興味の無い事にはとことん頭が働かないようで、以前聞いた筈のナトラの正体を完全に忘れていた。
 何せアルベルトからしてもナトラやシュヴァルツとはたった一度しか出会っていない相手なのだ。名前をきちんと覚えていただけでも十分である。

(………やっぱり、王女殿下に仕えている人達は凄いな。こんな子供達でさえもこうとは──)

 ついに彼は考える事を諦めた。懸命な選択だ。
 その後も度々、アルベルトはナトラやシュヴァルツの発言に困惑しつつも、案外二人と仲良くアミレスの観察を続けるのであった。
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