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第二章・監国の王女

181.皇太子の誕生日4

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 説教が終わってようやく会場に戻ると、私達は相も変わらず変な騒ぎを度々目にした。フリードルの誕生パーティーは、それぐらい何かと騒ぎが起こりがちだったのだ。
 ある男は女性の体に許可なく触れて頬に平手打ちをくらい、ある女は仲の悪い令嬢を虐めて周りから後ろ指をさされた。
 他にも滅多に社交界に顔を出さない顔ぶれがいる事から、いざこざは絶えない。本当に、思ってたよりもずっと面倒事の多いパーティーだ。

「ぅぐ、ぁあああああああっ!」

 一人の男が口から泡を吹き、呻き声をあげて倒れた。その直前には酒が注がれたグラスが落ちて割れる音が響いていて。
 それを見た令嬢達が「きゃぁあああああああああああっ」と悲鳴をあげた事により、この事件は広い会場中に知られた。
 ──毒殺未遂事件。その男が飲んでいた酒にはどうやら毒が仕込まれていたようで、それを飲んだ男は一瞬にして意識を失った。
 何故未遂なのか………男はあの時確実に死んだと思われた。しかし、何とかすんでのところで助かったのだ。

「間に合ったようで良かった。折角のパーティーで殺人事件なんて、とってもつまらないから」

 毒にあえぐ男の元に気配も無く現れた、純白に金の刺繍のローブを目深に被る人。その人によって、男は一命を取り留めたのだ。
 その声を聞いて、私は唖然としていた。何故彼がここにいるのか………それが全く分からないからである。

「あっ、姫君!」

 ふと彼と目が合ったかと思えば、彼はプレゼントを貰った子供のような無邪気な声で手を振って来た。死にかけていた男を一瞬にして救い出した謎の男。そんな者が突然、帝国の王女に向けて手を振った。
 当然誰もが、「まさか王女殿下の知り合い…?」「見た所国教会の人のようだけど」「あれ程の治癒魔法を使えるのであれば、相当な大司教なのでは?」とこちらに視線を集中させる。
 うーん、厄介な事になったわねこれ。
 彼はそんな状況にも構わず、軽やかな足取りで駆け寄って来て、おもむろにローブを取った。
 シャンデリアの光を受けて美しく輝く絹のような白金の髪。神の代理人と呼ぶに相応しい、至高の芸術がごとき顔。熱くこちらを見つめてくる檸檬色の瞳は、常人との違いを痛感させる。
 約一年振りに見る顔──国教会の聖人たるミカリアが、フリードルの誕生パーティーに現れたのだ。

「お久しぶりです、姫君。約束通り僕から会いに来ましたよ」

 ミカリアは思わず目を細めてしまうような、眩い笑みを象る。たまたま周囲にいた人達がそれに被弾し、「はぅっ」「ォアッ……」とそれぞれ感嘆の息をもらしてその場で倒れた。
 …………ん? というかちょっと待って。何かこの台詞、見た覚えも聞いた覚えも……──っ、ぁあああ! そうだ、ゲームでミカリアがミシェルちゃんに言ってた台詞じゃないのこれ!!
 ミカリアのルートの終盤で、リンデア教との宗教大戦が起きた後の事。負傷しつつも戦地から何とか神殿都市まで帰って来れたミカリアが、涙を浮かべて出迎えてくれたミシェルちゃんに言うのだ。
『──ただいま、ミシェルさん。約束通り……今度は、僕から君に会いに来たよ』
 割と文面は違っているものの、ニュアンスはほぼ同じ。何でミカリアのルートの終盤で出て来る台詞が今ここで? まだ本編始まってすらないのよ?!
 いや逆に考えよう………つまりこれは世界がミカリアのルートに進んでいるという事なのでは? ぶっちゃけた話、今の所私もカイルも何もしていないんだけども。
 もしかしたらこの世界が空気を読んで、じゃ、しゃーなしでミカリアのルートに進めたるわ。っていい感じにアシストしてくれているのかもしれない!
 ありがとう世界! これからもそのままで頼むわ!!

「約束を守って下さりありがとうございます、ミカリア様」
「僕としてもずっとずぅっと、姫君にお会いしたかったので……こうしてまたお会い出来て本当に嬉しいです」

 一応そういうルールなので手を差し出した所、ミカリアは満面の笑みで手の甲にキスをした。
 それと同時に、ミカリアという名前に反応する者達が現れる。純白に金色の刺繍の祭服。思わず見蕩れてしまう美貌。そしてその名──…それらが指す一人の人物を脳裏に浮かべたからである。

「まさか、王女殿下は国教会の聖人と親しいというのか……?!」
「あの滅多に表舞台に姿を見せない聖人とだと?」
「聖人様……噂には聞いていたけど本当に美しいわ………」
「一体どうやって?」
「あれが、人類最強の聖人──」

 周囲のどよめきがとてもよく伝わってくる。
 どう説明したらいいんだろう。仲のいい精霊さんに頼んで神殿都市に侵入し、聖人に直接手紙を手渡した……とか、どう考えても与太話だと相手にして貰えないわ。
 ミカリアとの他愛ない会話の裏で思い悩む事数分。ずっと上の空だったからか、こちらの様子に気づいたらしく、ついにミカリアがこの事に切り込んだ。

「……──いやぁ、オセロマイト王国の伝染病の際にも姫君の聡明な姿は拝見してましたが、改めて見ると本当に惚れ惚れしますね」

 ニコリと意味ありげな笑みでミカリアがわざとらしく語る。
 オセロマイト王国で伝染病が流行った事自体はフォーロイト帝国にも伝わっており、その解決は国教会の者と氷結の聖女が率先して動いた事によるものだと……そう、市井なんかにはちゃんと伝わっているらしい。
 その詳細は知らなかったようなのだが、中にはこの話題をミカリアが挙げた事により気づく者もぽつぽつと現れ始めたようで。

「もしや、オセロマイト王国を救ったのはあの国教会の聖人……?」
「そう言えば、王女殿下が先程オセロマイトの国王に『氷結の聖女様』と呼ばれていたような…」
「皇太子殿下も世間では氷結の貴公子と呼ばれているんだ。妹君の王女殿下がオセロマイトの件に関わっていたのなら、そう呼ばれていてもおかしくはない」
「あの王女が、国教会の聖人と共にオセロマイトを救った氷結の聖女だなんて………」

 察しのいい人達がその事実に気がついた。
 しかしこれを肯定して変な誤解を受けるようになったら困るので、ここはあえて肯定はせず、有耶無耶にする。後は皆さんの想像にお任せしますよ、という事だ。

「ミカリア様は本当に神々しくあらせられますわね。その微笑み、まさにアルカイックスマイルですわ」
「ふふ、そんなに褒めてもお金ぐらいしか出せませんよ? 姫君にお褒めいただけるのであれば、これからはもっと笑うようにしますね」

 うわ、本当に眩しい。目が潰されそうな程の眩しさだ。
 それにしても……ミカリアって本当に誰にでも優しいんだな。ゲームではたまに部下に怒ったりしてたけど、それは怒って当然の規律違反とかだったから。
 実際滅多に怒らないし、ずっと優しく微笑んでいるイメージだったから、その通りと言えばそうなんだけど。改めて目の当たりにすると、本当に人類最強の聖人って感じがする。
 ぼけーっとミカリアの顔を眺めていた時、彼の後ろから予想外の人物が顔を見せた。

「おいミカリア。何騒ぎを起こしてやがる……落ち着いてスイーツも食えんだろう」
「別に僕が起こした騒ぎではないんだけど」
「向こうのテーブルで毒だなんだと大騒ぎで、あのテーブルにあるスイーツが食えなくなったんだが。どうしてくれるんだお前」
「だから僕が起こした騒ぎではないんだけどね」

 毛先の色素が抜け落ちる黒髪に、深紅の鋭い瞳。アンディザの色気枠とまで言われた甘いマスクの持ち主。
 引く程の甘党な吸血鬼──…アンヘル・デリアルドが、何故ここに?! 確かにデリアルド伯爵家は帝国との付き合いがそこそこにあるとは言え、まさか貴方まで招待されてたの?!
 立て続けに現れる予想外の招待客達にあんぐりとしていると、

「何だこのガキ」
「だからガキなんて無粋な言い方しないでよ。姫君は特別な方なんだから」
「あぁ、こいつが例の……言われてみればフォーロイトの色だなこいつ」
「普通言われなくても一目で分かると思うけどね」

 アンヘルはもぐもぐとスイーツを頬張りつつ、鋭くこちらを一瞥した。しかしその視線に私に対する興味関心といったものは感じられず、本当に何の興味も抱かれていないな…… とちょっと安心すらした。
 アンヘルはちゃんとアンヘルだなぁと。

「ああそうだ。姫君、こちらは僕の知人のアンヘル・デリアルド君です」

 知人という紹介に、ゲームで語られた二人の過去を思い出してしんみりとした気分になる。
 二人は最悪の出会い方をし、やがて知人になった。国教会の聖人と混血ハーフの吸血鬼という異なる立場の二人が歩んで来た道は……とても穏やかなものだったとは言えない。
 心の置けない存在となった二人がその縁を保つ為には、知人という関係でなければならなかったのだ。
 どれだけ友達になりたくても、ミカリアとアンヘルの立場上それは叶わない。そもそも他人に興味が無いアンヘルはともかく、元々友達を欲していたミカリアはアンヘルの件を経て更に友達を欲するようになった。
 その友達に私はなった訳だけど………やっぱりミカリアはアンヘルと友達になりたかったんじゃないかなって思う。ゲームではその心情までは語られていなかったけど、絶対そうだと思う。
 ミカリアのアンヘルに対する親愛は確かなものだから。

「お初目お目にかかりますわ、デリアルド辺境伯様」
「……辺境伯だけでいい。家名で呼ばれるのは好かん」
「畏まりました、辺境伯様」

 うんうん知ってる知ってる。ゲーム一作目から言ってたもんね、それ。
 アンヘルは自身を除いた一族全てが原因不明の急死となり、その地位に立つ事を余儀なくされた。そして純血の一族に生まれた混血ハーフという事もあり、彼は吸血鬼一族デリアルドの名を嫌っている。
 それを知った上で家名で呼んだのは、これがルールだからである。初対面でいきなり名前呼びは馴れ馴れしいと、まずは家名で呼ぶ事が暗黙の了解となっているのだ。

「改めまして、本日は遠路遥々ようこそお越し下さいました。辺境伯様、ミカリア様」

 ペコりと一礼し、私はアンヘルに提案する。

「あの、辺境伯様。ものにもよりますが……スイーツをお持ち帰りいただけるよう、ご用意する事も可能ですがいかがなさいますか?」

 アンヘルは先程、毒殺未遂事件の所為でテーブルに近づけなくなったとぼやいていた。
 あのアンヘルがわざわざパーティーにまで来てくれたんだもの、少しでも満足してもらいたい。スイーツだけならばテイクアウト用に用意する事も可能だろうし、砂上の楼閣とは言え私も立派な王女…皇族だ。
 多分、それぐらいの我儘は通るでしょう。

「本当か!?」

 瞬く間に詰め寄られ、期待に見開かれた深紅の瞳はじっとこちらを見つめている。

「は、はい。さる御方がたいへんお気に召された、とでも言えば用意して貰えると思いますので」
「そうか……!」

 途端に明るくなるアンヘルの表情。ちょっときゅんと来たわよ。可愛いわね、リアルスイーツ男子……。
 ゲームの時ですら、『ギャップ萌え』『何だこの男、可愛いじゃねぇか』『ふーん、キュートじゃん』とアンディザファンに言われていたのだ。実物の破壊力が凄い。

「フッ……ミカリアの言う通り、こいつはそんじょそこらのガキとは一味違うな」
「本当に現金だね君は」

 機嫌が良くなったアンヘルが得意げな顔で呟くと、ミカリアがそれに鋭くツッコミを入れる。どうやら私は、スイーツをダシにアンヘルに認めて貰えたらしい。
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