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第二章・監国の王女

178.皇太子の誕生日

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 翌朝。何故か昨日よりも入念な手入れにより本日も私は完璧なコンディション。化粧もアクセサリーもドレスも昨日とは違うものだが、昨日のセットアップとはまた違った良さがあって良い。
 本日のドレスはここぞとばかりにヴァイオレットの新作。派手というよりかは、シンプルめでありつつもレースやフリルで全体的に清楚さを演出している一品。
 折角なので首元にはリードさんから貰ったブルーナイトパールのネックレスを。右手の中指にはシュヴァルツから貰ったサファイアの指輪を。
 更にはマクベスタから貰った香油も少し使ってみた。既にいい香りがふんわりと漂ってくる。
 そうやって、ちょいちょいポイントに希少な物を身につけてみている。
 そして手には丁寧に包装された手のひらサイズの箱。これはフリードルに渡す誕生日プレゼントである。
 今日は令嬢達よりも、各家門の当主や外部からの貴賓等が多く来る日。この日も社交界デビューである事に変わりはないが、昨日程の派手さは必要無いという判断だった。
 あくまでも今日の主役はフリードル。あくまでもあの男を立てるように振る舞い、あくまでも私は脇役に務めなくてはならない。
 心底面倒臭いが、これもアミレスの仕事なので仕方あるまい。
 ……と、言いたい所なのだが。

「まさかお父様がパーティーに来るなんて………」

 昨日と同じ、王城へと向かう道をイリオーデと共に歩きつつ、私は軽く絶望していた。
 それは先程風の噂で聞いた話。あのパーティー嫌いで有名な皇帝が、今日は少しパーティー会場に留まる予定なのだという。
 つまり……必然的に、顔を合わせる必要が生まれてしまったのだ。
 アミレス・ヘル・フォーロイトの悲運の元凶、八割近くの死亡フラグを握る冷酷無比なる現皇帝──エリドル・ヘル・フォーロイトに。
 フリードルに面と向かってプレゼントを渡すだけでも荷が重いのに、まさか皇帝とついに会う必要が出て来るとは。
 体が小刻みに震える。私にとっての絶望そのものである男と、会わなければならないなんて。もしも今日殺されてしまったら……本当に、死んでも死にきれないわ。
 祟るぐらいは絶対すると思う。

「確かに、あの皇帝陛下にしてはとても珍しいですね」

 今日はどうやら騎士としてではなく、ランディグランジュ侯爵家の次男としてパートナーを務めるようで………昨日は団服だったが、今日のイリオーデは貴族らしい正装だった。
 イリオーデは周囲への警戒を怠る事無く、私の隣を歩いている。

「お父様と顔を合わせるのなんて、もう何年振りなのかしら……七…、八年振りよ。もうずっとお父様の声は聞いてないから、とても緊張するわ」

 私も避けていたし、私がアミレスになる前から向こうもこちらを避けていた。
 だから本当にそれぐらい会っていない期間があるのだ。同じ敷地内にいるのにね。

「大丈夫です、私が傍におります。例え何があろうとも、私が王女殿下をお守り致します」

 おもむろにその場で片膝をつき、私の手を握って彼は宣言する。
 騎士の格好ではない状態でそんな事をされてしまうと、なんだかまるで、王子様に傅かれるお姫様のような気分に陥って。
 恥ずかしいという気持ちと同時に、緊張が和らぐような……そんな安心感が私の心に生まれた。

「そうね、イリオーデがいるんだもの。きっと大丈夫だわ」

 イリオーデを立ち上がらせて、改めてパーティー会場に向かう。今日は時間に余裕をもって出て来たので、パーティー会場に近づくにつれて同じように会場を目指す人が多くなって来た。
 しかし、相変わらずモーセのように私が通る道は何故か開かれる。何もしてないのに、周りが勝手に道を開けるのだ。
 歩いているだけなのに好奇の目に晒される………野蛮王女だからなぁ……。
 そんなこんなで会場に辿り着く。会場には様々な家門の当主達やその息子が多くいるようで、今日はフリードルと我が子をお近づきにさせたい者が多いらしい。
 何とか、父親に似て滅多に社交界に出ないあの男と親しくなろうと、強く意気込んでいる人が多いイメージだ。
 正史ゲームだと、大公領からわざわざ登城して来たレオナードがフリードルの側近になるから、彼等は活躍の機会が無いのよね………彼等の為にもレオナードが登城しなくても済むように、大公領の内乱を何とかしないとな。

「あら、オセロマイト王。遠路遥々ようこそお越し下さいました」
「招待状をいただいたからには当然、皇太子殿下のお誕生日を祝いに来るとも。また貴女に会えて嬉しい。我が国の救世主、氷結の聖女様」

 オセロマイトの人達は絶対にその呼び方をするのね。
 周囲の帝国貴族達が「氷結の聖女…??」とザワついているから、ちょっとやめて欲しいな。
 オセロマイト王は王妃を連れてないようなので、マナー通り手を差し出し、オセロマイト王からギリギリ手の甲に触れない程度の挨拶を受ける。
 配慮してくれたのかしら……流石はオセロマイト王、いい人だ。うちの無情の皇帝なんかとは違って。

「王妃はお元気ですか?」
「はい。お陰様で………アミレス王女殿下にご教授いただいた予防法を国中に広めた所、凄まじい効果を見せまして。様々な病の発症率がぐんと下がり、それはもう…前年度の比ではないですとも」
「まぁ、そうですの? それは良かったですわ」

 周囲からの驚きの視線を浴びながら、私はオセロマイト王と談笑する。
 あの時話した簡単な予防法…それをオセロマイト王は本当に広めてくれたらしい。そしてそれが本当に効果を見せているとかで、感謝されてしまった。
 やはりこのファンタジー世界でも、基本的な予防法は通用する。ならば次は帝国でも広めてみるか……今度シャンパー商会にこの話を持ち掛けよう。

「あの少女より賜った例の種の方も、実は先日ついに芽を出しました。これからも民と共にあの芽を育んでいくので、貴女も是非また我が国にお越し下さい。春もいいが、我が国は夏も秋も冬も美しい景色なのでな」
「その時はマクベスタに里帰りさせて、案内して貰う事にしますわ」
「それはいい。あいつも喜んで案内役を引き受けるだろう」

 マクベスタのいない所で話題にあげていたら、話をすればなんとやら。どこか慌てた様子でマクベスタがやって来た。
 小走りで来たようで、少し息が乱れている。

「ち、父上……来てるならまずオレの所に来て下さいよ…」
「彼女に変な事を話す前に、か?」
「そうですよ。彼女に変な事を話してませんよね?」
「ははは」
「その意味ありげな笑い声は何ですか?!」

 オセロマイト王の両肩を掴み、マクベスタは冷や汗を浮かべる。
 仲良いな~この親子。

「大丈夫よ、マクベスタ。またいつかオセロマイトに遊びに行かせて貰うって話をしてただけだから」

 貴方が一体何を焦っているのかは分からないけど、先程の話の内容を伝えるとマクベスタは「そうか…」とホッとしていた。

「イリオーデ殿も、久方ぶりだ。あの時は貴殿の協力にも助けられた」
「いや、私は……あれが呪いと気づけなかった上に、結局何も出来なかった。私も気づけて良かったものを……」
「あれは、アミレス王女殿下が偶然にも天啓を受けて気づけたものだ。貴殿が気づけずともそれは仕方の無い事だろう」
「………仕方の無い事…」

 どこか物憂げな顔でイリオーデは思い詰める。
 懐かしいわね、その天啓設定。夢に出て来た謎の悪魔から聞いたなんて言えなくてついた嘘。
 悪魔をはじめとした魔族と敵対する国教会──そのトップたるミカリアがあの場にいた事もあり、その場しのぎについた嘘なんだよね。
 まぁこれからも事ある事に使う予定ではあるのだけど。予定では一年後とかに。
 そこで突然、会場の至る所から黄色い悲鳴があがる。フリードルが入場して来たようだ。
 さっさと誕生日プレゼントを渡してお祝いして離れよう。と画策して、「私はお兄様にプレゼントを渡して来ますね」とオセロマイト王達に告げてフリードルの元に向かう。
 そして私が現れると例のごとく分かたれる人の波。物凄くデジャブなんだけど、とにかくフリードルまで一直線に開いた道を進み、彼の目の前に立つ。

「お誕生日おめでとうございます、お兄様。お兄様の健康とご成長を心よりお祈り申し上げますわ」

 ニコリと微笑んで、プレゼントを手渡す。
 どこか驚いた顔をしながらフリードルはそれを受け取り、訝しげに視線を落とす。

「……それは安眠効果のあるアロマキャンドルですわ。お忙しいお兄様に少しでも安らぎを、と思いわたくし自ら選び抜きましたの」

 一応毎年、市井の流行りの贈り物カタログをハイラに入手してもらって、それを見て選んでいたのだ。
 今年はメイシアから色々と教えて貰いつつ、見た目もお洒落な物を選んだ。
 そして毎年匿名ではあるものの、わざわざメッセージカードを用意して贈ってきた。『貴方の健康と繁栄の一助となれますように』みたいな文言のやつを毎年書いてきたのだ。
 あの男の事だから贈り物を一つ一つを見る訳が無い。そもそも人から贈られた物なんてどうてもいい、と箱を開けもせずに捨てている事だろう。
 だから気にせずいつもの文言に似た言葉を言ってプレゼントを渡した。向こうからすれば、私がプレゼントを渡して来た事がそもそも驚きだろうからね。
 先程の狐につままれたような顔も、それが理由だろう。

「……そうか。気が向いたら使おう」
「はい、気が向いたら使って下さいな。では後がつかえております故、わたくしはこれで」

 美しく一礼して、私はその場を離れる。
 そしてオセロマイト王の元に戻り、オセロマイト王が所用でこの場を離れてからはマクベスタと共に談笑していると、

「昨日振りでございます、王女殿下」

 シャンパージュ伯爵が現れた。当然、夫人もメイシアも一緒にいる。

「おや、イリオーデ卿。今日は私が用意した服を着てくれたのか。昨日の分も折角用意したのにどうして着てくれなかったんだい」
「私は王女殿下の騎士なので」
「はは、本当に君達兄弟は頑固だな」
「………そのようですね」

 シャンパージュ伯爵とイリオーデが何やら気になる会話をしている横で、夫人とメイシアが私に話を振ってくれた。

「実は昨日、家に帰ってからも暫くメイシアが蕩けた顔で王女殿下の話ばかりしていて」
「だってアミレス様が本当に綺麗だったんだもん。お母さんだって見たでしょう? 今日もだけど、昨日のアミレス様の人智を超越した美しさ!」
「うふふ、そうね。でも流石に五時間は長すぎるわ」
「ご、五時間も? メイシア、それ本当なの……?」

 なんて癒し空間なのだろうか。そんな軽い気持ちで母娘のやり取りを眺めていたのだが、何か恐ろしい数字が聞こえた。
 家に帰ってから五時間も私の話してたの、この子??
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