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第二章・監国の王女

176.絢爛豪華なパーティー4

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「彼女は昼より行われていたティーパーティーにも参加していたのでしょう。今日の昼間は晴天、ティーパーティーが庭園で行われていた事もあって彼女は汗をかき、喉が乾いていたのかしら……パーティーが始まってから彼女が手に取ったのは爽快感があり、彼女がであろうこの白ブドウのジュース。そうよね、ベリーノック嬢?」

 スラスラと推理を披露して、確認の為に令嬢本人に話を振ると、彼女は目を丸くして何度も頷いた。
 そして不思議そうな目で私を見て、

「あの………どうして、わたしの事…」

 おずおずと尋ねて来た。

「偶然、知っていただけです。ベリーノック子爵家に今年で十六歳になられる令嬢がいる事も、その令嬢の綺麗な緑の瞳の下には色香の漂う泣き黒子があるという事も、偶然知っていた。ただそれだけの事よ」

 偶然と繰り返すものの、あまり信じて貰えない様子。
 こうなったらちゃんと根拠を話すべきね。

「……それに。先程の貴女の言葉の発音が南西部訛りでしたから。白ブドウの名産地と言えば、帝国南西部のベリーノック領。それらの情報から推測しただけですわ」

 あ! この人ケイリオルさんから渡された名簿で見た人だ!
 そんな通信教育のテンプレのような爽快体験をしつつ、あの名簿に記されていた情報を引っ張り出していた。
 なんとあの名簿、その備考欄に顔や身体的特徴が事細かと書いてあったのである。後は………その人の弱みと言いますか、ゴシップといいますか。たまに普通の近況みたいなのもあったけれど。
 そこで見た名前が、モニカ・ベリーノック子爵令嬢。ここで彼女を見て、色々と記憶を引っ張り出して推理して。そして行き着いた答えが彼女だったのだ。
 ペラペラと饒舌に語る私へと、令嬢のキラキラとした尊敬の眼差しが向けられる。
 ほとんどケイリオルさんが用意してくれた名簿のおかげなんだけどね。実の所、推理でも何でもないからこれ。

「では次はこの酒について。酒名はエクリプス……酒でありながら酒特有の臭いがせず、こういったパーティーの場で重宝される酔いづらい蒸留酒で、約三十年程前から皇室御用達となっている高級な酒ね。お前達は彼女の持つジュースとよく似た色の飲み物を用意して、わざとあの騒ぎを起こしたのでしょう」

 恥ずかしさからごほんっ、と咳払いをして気分を切り替える。
 この酒には珍しい特徴があるので飲まなくても、臭いがせずとも分かる。この特殊な光の反射……これは以前本で読んだエクリプスの特徴そのものだ。
 確かに色合いは先程の白ブドウのジュースとほとんど同じ。誰だって、この二つの飲み物が服に零れたならば同じようなシミが出来ると思うだろう。
 だが、そうではないのだ。この男達は色々と詰めが甘い…気弱そうな令嬢相手ならば嘘も押し通せると思ったのでしょうね。

「実はこの白ブドウのジュース、製造工程にてとある素材を追加される事が多いのですわ。白ブドウをジュースに加工するにあたって、大衆向けに白ブドウ特有の酸味を打ち消す為にライバースの蜜が用いられる。そうよね、ベリーノック令嬢」
「はっ、はい。でもどうしてそんな事まで……?」
「皇族は満遍なく知識を持つ必要がある。これも、その一環なだけですわ」
「凄い………っ!」

 令嬢は相変わらず尊敬の眼差しを向けてくれるけど、これはハイラが授業で教えてくれたから知ってただけなんだよね。
 つまりただの受け売りなのである。

「さてここで無知で愚かな男達に教えてあげましょうか。ライバースの蜜が含まれた白ブドウのジュースは、布類にこぼしても──」

 白ブドウのジュースが入ったグラスを、道化男の頭の上で傾ける。それは男の頭や顔を濡らしていく。
 そこで起きた事象に、誰もが刮目した。

「──この通り、シミにならないのよ。ライバースの蜜は布類に用いられる繊維との相性が悪い。お前の着ているジャケットのように丁寧な加工がされた物程……ライバースの蜜が含まれる液体が布に染み込む事無く、まるで布に弾かれたように地に零れてゆくもの。お前達が本当に彼女に服を汚されたと主張するなら、そのシミは一体何なのか説明していただいても?」

 一体どういう事なのか私にもよく分からないのだが……そのライバースの蜜というものは布に染み込まない。何でも、ライバースの蜜そのものに布の繊維と反発し合う何かがあるらしいのだ。
 白ブドウのジュースに混ぜるライバースの蜜は少量なのだが、たった少量のライバースの蜜でジュース全体にその性質を付与出来るらしく………美味しいのにもし零しても服が汚れないと、数年前から平民の間では既に根強い人気を得ている。
 ただその代わりに、零した場合はこの通りの性質なので雑巾などで拭く事が不可能。後片付けが大変という点だけがネックなのだとか。
 流石は魔法のファンタジー世界。原理はよく分からないものの、そういうものらしいのだ。
 事を詳らかにすると、男達は顔面蒼白。浅はかな魂胆が公の元に晒されて、大恥をかいていた。

「~~~ッ! その女が酒を飲んでたかもしれねぇだろ!!」

 男達は、ついに声を荒らげる事しか出来なくなったようだ。その勢いに令嬢は思わず怯えたように肩を竦めるが、そこで思わぬ援軍が現れた。

「いや、それは有り得ないとも。この一日目のパーティーには令嬢達が多く集まるので、令嬢達はあまり好まない酒を卸すよう言われたからな」
「シャンパージュ伯爵……!」

 私の声に彼は微笑みを返し、一歩こちらに近づいてからお辞儀した。

「相変わらず月の女神かと見紛うお美しさですね、王女殿下。ホリミエラ・シャンパージュがご挨拶申し上げます」

 シャンパージュ伯爵が、夫人とメイシアを伴って渦中に飛び込んで来たのだ。
 シャンパージュ伯爵に続いて、夫人とメイシアがそれぞれ「ネラ・シャンパージュでございます。本日もご機嫌麗しゅうございます、王女殿下」「メイシア・シャンパージュが王女殿下にご挨拶申し上げます」と名乗り、一礼する。
 シャンパージュ伯爵家程の家門が一日目から参加している事に誰もが驚く中、伯爵が一歩こちらに踏み込んで来て。

「実はこのパーティーに我が商会より色々と卸しておりまして。その管理や経過の観察の為に今日もパーティーに参加しているのですよ。そしたら突然、このような騒ぎを耳にしまして」
「そうでしたの。シャンパージュ伯爵程の御方達が来て下さったとあれば、お兄様もきっとお喜びになりますわ」

 軽く挨拶を交え、シャンパージュ伯爵はちらりと令嬢の方を一瞥する。

「レディ、そのグラスはどの辺りで受け取ったものか覚えているかい?」
「えっ、えと………確か…向こうの……」
「ふむ。ならばやはりそちらのレディが酒を手にした可能性は皆無に等しい」

 令嬢の指さした方向を見て、シャンパージュ伯爵は断言した。
 それは何故、と誰もが彼に視線を集める。

「今日は、あの辺りに椅子が集中している。ティーパーティーからのこのダンスパーティーで疲れているであろう貴族令嬢達が心置き無く休めるよう、会場の一角に椅子を集め、更にその近くのテーブルには貴族令嬢達が好む飲み物ばかりを置いていた。そこには当然、酒は置いていなかったとも」

 おおおおっ! と、そこで何故か歓声が湧き上がる。
 シャンパージュ伯爵が言うなら間違いないと、誰もが意見を固めて道化男達を睨む。侮蔑、落胆、失望……そんな色に染まった冷たい視線が、次々に道化男達に注がれた。
 完全に勝負あったわね。シャンパージュ伯爵のお陰で楽に終われたわ。

「さて。わたくしは、お前達のような愚者を厳罰に処さねばならない」

 道化男達を見下ろし、ため息混じりに告げる。
 この馬鹿共はまさか処罰されるなんて思ってもみなかったらしく、分かりやすく愕然としている。……いや、正確には『野蛮王女に処罰を与える権利があるなんて』と驚いているのだろう。
 皇帝からも皇太子からも嫌われる出来損ない王女に、そのような権利があるとは誰も思わなかったようだ。

「あああ、あのっ、わたしが色々と言われただけ、なので…処罰とかは………」

 この令嬢は心優しい人なのだろう。まさかこの流れで罰を与えなくていいと言い出すなんて。
 その優しさに漬け込むクズ野郎と運悪く遭遇してしまった事は、彼女にとって不幸に違いない。もう二度とそのような事が起きないように、きちんと牽制しておかねば。

「ええそうね。貴女は、甚大な精神的被害を受けたとかで慰謝料を請求してやりなさい」
「え、あの………処罰は…え?」
「この者共に処罰を与える事に変わりはなくてよ。何故ならこの者共は大罪を犯したのだから」

 ザワザワと、私の語る大罪について話し合う観衆。
 盲点なのか皆が気づく様子を見せないので、痺れを切らして自ら発表する事にした。

「…──帝国の新しき太陽、皇太子殿下である我がお兄様、フリードル・ヘル・フォーロイト様の記念すべき十五歳の誕生パーティー………それを、このような愚鈍かつ低脳な騒ぎで荒らした大罪の事よ」

 誰もがハッとなり、一気に口を噤む。
 いずれこの帝国の太陽となる皇太子フリードルの、十五歳の誕生パーティー。
 そんな一生に一度しかない特大イベントでこんな騒ぎを起こしたのだ。厳罰に処されて当然でしょう?

「後は、そうね。わたくしへの不敬罪かしら」

 ついでに私への失礼も罪状に加えてみた。その際に、悪役っぽく鋭く笑みを作り、瞳を歪める。
 これ結構出来てるんじゃないかな、悪役令嬢スマイル! 私は悪役令嬢じゃなくて悪役王女なんだけど、一応同じ類ではあるのだからもしかしたら出来るかも……なんて思ってたのよね!
 氷の血筋フォーロイトがする悪役スマイルという二重の意味で怖い笑顔に恐れおののきなさい。

「そこの衛兵達、この大罪人を牢に。わたくしのお兄様の誕生パーティーを荒らした愚者共を丁重に扱ってやる必要など無いわ」
「は、はい!」
「連行しろ!!」

 騒ぎを聞きつけてやって来た数名の衛兵達に、愚者共を投獄するよう指示する。そうやってようやく事態は収束。

「ふぅ……怖かったでしょう、ベリーノック令嬢。もう、大丈夫ですから。安心なさい」
「…ぁ………ありがとう、ございます…っ、王女殿下が声を掛けてくださらなかったら……わたし…!」

 今度は優しく微笑みかけてみる。すると令嬢は緊張の糸が切れたのか、ぶわっと泣き出してしまい。折角の化粧が台無しになってしまった。
 それ程に、怖かったのだろう。見知らぬ男達に囲まれ詰め寄られたんだ、怖くて当然だ。
 そっと肩を抱き寄せて頭を撫でてあげると、恐怖も少しは収まったのか、令嬢の涙が止まる。それからようやく私に抱き寄せられている現状に気づいたのか、弾かれた玉のように彼女は飛び退く。
 …………そんなに嫌なのかしら、私に抱き寄せられるの。まぁフォーロイトだからしょうがないか。ちょっと切ないけど。
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