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第二章・監国の王女

175.絢爛豪華なパーティー3

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「あれ。どうかしたの、イリオーデ。そんなに周囲を見渡して」

 いつの間にか飲み物を取りに行っていたらしいイリオーデが、かなりキョロキョロしていたのだ。何かあったのでは、と私は勘繰ったのである。

「社交界に出たのは十数年振りですが……相変わらず、不躾な輩が多いと思いまして。どうにかして王女殿下とお近づきになりたい──…そのような魂胆が見え透いている者が多く群がってきていますので………」

 軽く頭を左右に振ってから、イリオーデはまた周囲に睨みをきかせる。
 確かに、スイーツを食べているうちに少し離れた所に随分と人集りが出来ている。それは半円状に私を囲むように出来ていて。
 シャンパージュ伯爵家とララルス侯爵家とランディグランジュ侯爵家に支持される私を、虎視眈々と狙っているようだ。
 ………シャンパージュ伯爵家はともかく、他二つの家門は本当によく分からないけどね。何だか身に覚えの無い噂も流れているみたいだし。
 ランディグランジュ侯爵家はイリオーデの実家だから、まぁまだ分かるけど……ララルス侯爵家は何なのかしら。未だによく分からないわ。

「流石に社交界のルールを犯す程の者はいないようね。助かったわ」
「そのような者が現れた時にはこの手で地に這いつくばらせます」
「……マナーを間違えただけでそこまでしなくてもいいわよ。その時は厳重注意で済ませてあげて」
「王女殿下がそう仰るのであれば」

 この社交界のルール──…マナー、それは『位の低い者は己より高い位にある者に声を掛けてはならない』というもの。ただしこれは、『相手が下の位の者に声を掛けた後、無効となる』マナーであり、周りの人達が私に声を掛ける為には、まず最初に私が誰かに声を掛ける必要があるのだ。
 とても厄介だろう。ややこしいだろう。だがこれがフォーロイト帝国が社交界のマナーなのだ。
 だからだろうか。誰も話し掛けて来なくてとても楽ではあるものの、同時に『誰でもいいから早く誰かに声を掛けろ』と言った圧をひしひしと感じる。
 いやいや皆さん、貴方方は今まで私の事を野蛮王女だなんだと悪し様に言っていたのでしょう。何で私に関わろうとするのよ、やめてよ。
 恐らくだが、ここにイリオーデがいなかったならばマナーとか関係無しに、常識の無い人に声を掛けられていただろう。イリオーデ──ランディグランジュ侯爵家の存在が抑止力としてかなり作用しているようだ。
 図らずともランディグランジュ家の権威を利用する事になってしまって、何だか申し訳ないわね。

「メイシアと伯爵夫妻とマクベスタ以外に会う予定の人がいないから、特に話し掛ける相手もいないのよ」

 陰で人を馬鹿にするような人達とあんまり関わりたくない。というのが本音である。
 こんな自分勝手な本音さえも、イリオーデは肯定するのだ。

「無理に声を掛ける必要も無いかと。下々の者に対して、王女殿下がそのように気を使われる必要などございません」

 言い方に少し棘があるが、こんな風に全肯定されてしまうと……私のような心の弱い人間はすぐに自分を甘やかしてしまいそうになる。

「そう言って貰えて気が楽になったわ。ありが……」

 イリオーデに感謝を伝えようとしたその時。立食用テーブルの前で騒ぎが起きた。

「おいおい…これ、どうしてくれるんだ? この日の為にあつらえた特注の衣装なんだが」
「ち、ちがっ………わたしは、そんな事……っ!」
「人様の服汚しておいて言い逃れが出来るとでも?」
「俺達、あんたがこいつの服にジュースをかけた瞬間をしっかり見てたんだよなぁ?」
「わた、わたしは……っ」

 一人の気弱そうな令嬢が、三名の男達に囲まれている。
 令嬢の手には僅かな量だけが残るグラス。そして一人の男の服にはシミが出来ている。話によると、令嬢が男にジュースをかけてしまったようだが………それにしても様子がおかしい。
 令嬢の怯えっぷりからして、わざとではないのは明白。それなのに彼女は「やってない」と主張しようとしている。
 うーん、きな臭いなぁこれ。
 とにかくこんなの見過ごせない。わざとでも、わざとでなかったとしても、あんな風に男三人で令嬢を囲んで詰め寄るのは違うと思う。それは脅迫に他ならないだろうから。
 はぁ。とため息をついてから近くのテーブルに皿を置き、「行くわよイリオーデ」と言って騒ぎに首を突っ込みに行く。
 イリオーデは「お供致します」と大人しく後ろを着いて来た。

「どうやって弁償してくれるんだ? これ結構高かったんだがなァ」
「こいつが風邪でも引いちまったらどう責任取ってくれるんだよ、おい」
「罪はさっさと認めた方がいいだろ。帝国法に則って、な?」

 恐怖からか涙目で震える令嬢を見下ろして、ニヤニヤと汚い笑みを浮かべる男達。それに向けて、私は傲岸不遜モードで対応する事にした。

「──あら、おかしいわね。わたくしはそのような帝国法を耳にした覚えは無いのだけど………教えてちょうだいな、一体何条何項の法なのかを。このわたくしに」

 笑顔なんて必要無い。今の私は氷の血筋フォーロイトなのだから。

「あん? 誰だ──って、王女………殿下?!」
「何で野蛮王女がっ!?」
「っ、アハハァ……いやぁ。まさか王女殿下にお声掛けいただけるなんてこうえ………」

 突然の野蛮王女の介入に分かりやすく戸惑う男達。
 その中の一人が失礼にも握手を求めて来たので、私は小さく「イリオーデ」と呟いた。その瞬間、イリオーデによってその男の手が捻りあげられて。

「ぃいだぁああああああッ!?」
「不敬な輩が………王女殿下の玉体に触れようなど、万死に値する」

 叫ぶ男に侮蔑の視線を送り、イリオーデは更に手に力を込めた。

わたくしはお前達が話すような帝国法を教えろと言った筈よ。それなのに、お前達は何を勝手に聞いてもない事を口にしている? その耳は飾りか? それともその脳はがらんどうなのか。どちらにせよ……お前達のような愚者が帝国法を語るなど、片腹痛いわ」

 男の悲鳴を他所に、私は残りの男達を煽る。こうする事で、事態収束までとりあえず、怒りの矛先をこちらに向けられたらいいのだけど。
 学がないと噂の野蛮王女に出会い頭で罵倒されたからか、男達は顔を真っ赤にして頬をひくつかせる。

「それは申し訳ございません………そうですね、帝国法四十二条辺りだったような」

 必死に怒りを堪えつつ、服を汚されたと主張する男が適当に答える。ああ、やはり帝国法のくだりは口から出まかせね。
 あまりのくだらなさに、つい失笑が漏れ出てしまう。それに気づいた男が「何か?」と怒りに震える声で聞いて来たので、それには答えてあげようか。

「ふふ、お前達、道化にでもなりなさい。だって、見世物として非常に愉快だもの」
「っ、愉快……? いくら王女殿下と言えども失礼では?」

 男の頬にピキピキと増えてゆく青筋。この男はどうやら、自分が今笑いものになっている自覚が無いらしい。
 私はただ、人を笑わせる才能があるのだから、その道を目指せばいいとオススメしてあげただけなのに。
 とりあえず、悲鳴がうるさいので「イリオーデ、もう離してやりなさい。あまりの騒々しさに耳が馬鹿になってしまいそうだわ」と適当な理由をつけて止めさせた。
 そして私は道化男に事実を突きつける。

「帝国法四十二条・特定書物所持禁止法。四十一条・魔導書管理義務法。四十三条・出版法。お前達が語ったような法律は、『四十二条辺り』に全く無いのだけど? まさか帝国法の事を何も知らないのに、帝国法に則って………なんて言うとは。そう、周りの者達はお前を嗤っているのよ。節穴の目では気づけなかったかしら、周囲の目にも」

 ちらり、とわざとらしく人集りに視線を向けると。
 示し合わせたかのように、人集りからクスクス……と男達を馬鹿にするような笑い声やひそひそ話が聞こえて来た。
 どうやら男達の耳も一応飾りではなかったようで、この嘲笑は聞こえたらしい。特に道化男なんかは完全に怒り心頭。火山のように怒りを噴火させて、

「ッ!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺達はただ正当な権利であの女に責任を取らせようとしていただけだってのに!!!!」

 大きく口を開いて、激しく唾を飛ばしながら喚き散らす。
 何だ、思ってたよりも楽勝じゃないの。

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いのか分からないわ。それに……お前の言う正当な権利とやらが何の事なのか、わたくしには皆目見当もつかないわ」
「野蛮王女如きがよくも──っ! が、ぁ…ッ!?」

 一瞬の事だった。イリオーデによって組み伏せられ、道化男が地に這いつくばる。

「この汚らわしい首と胴が繋がっている奇跡に感謝しろ、下郎が」

 凄まじい殺気を放ち、イリオーデは道化男の頭を地面に強く押し付ける。場所が違えばもう既に殺していたんだろうな、と確信出来てしまう程の殺意だった。

「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ卿、その男を離しなさい。まだ騒ぎは収まっていないのだから、原因たる男にはまだ五体満足でいて貰わないと困るのよ」
「…………………畏まりました」

 溜めが長い。どれだけその男殺したいのよ、貴方。
 私が呼んだその名と、私の言葉に従ったその男。その二つの事実によってまたもや周囲はザワついた。
 ──ランディグランジュ侯爵家は、本当に王女の派閥に与しているんだ。と……。
 渋々、イリオーデが男から離れたのを確認して、ついでに私は彼にお使いを頼んだ。
 今から言う二つの酒とジュースを持って来て欲しい。一分以内に。
 そんな無茶振りだったのだが……大型犬っぽい所のあるイリオーデは、ボールを投げられた犬のようにすぐさま動き出し、一分以内に二つのグラスを手に戻って来た。
 それを受け取り、よろめきながら立ち上がろうとする男に近づく。男は相変わらず顔を真っ赤にして、恨みがましくこちらを睨んで来た。

「こちらが彼女の飲んでいたジュース。そしてこちらがお前達が自作自演の為に用意した酒。違いはないわね?」

 私の手にはほとんど同じ色合いの、黄色がかった不透明な飲み物が二つ。
 その片方が男達が自作自演で用意した酒と同じ物だと明かすと、当然ながら観衆は困惑。だがその中で男達だけは、目を点にして焦っていた。
 どうしてバレたんだ……なんて思っていそうね、その顔。

「少し考えたら分かった事よ。彼女のドレスはヴァイオレットの人気ドレスで、化粧も気合いが入ってるわ。だって今日は、お兄様と関わる事の出来る数少ない機会だもの」

 この会場にいる令嬢は決まってそうだ。誰だって皇太子妃になる事を夢見ている。
 少しでもフリードルによく見られたい、気に入られたい……そんな可愛らしい野望から誰もが随分と気合いを入れている。
 そんな一世一代の舞台に私のデザインしたドレスを選んでくれた事を嬉しく思う。しかもドレスだけでなくイヤリングもうちのブランドの物。
 そんなヴァイオレットのファンを無下にする訳にはいかない。デザイナーとしては当然の事だ。
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