184 / 765
第二章・監国の王女
169.十三歳になりました。4
しおりを挟む
その日の夜、夕食も入浴も終えた私は自室でゴロゴロとしながら、ディオ達やリードさんやハイラからの手紙を読んでいた。
皆が今日だけは仕事しちゃ駄目、と言うものだから後はもう寝るだけとなったのである。
………そう言えば、毎年誕生日の夜に差出人不明の薄紅色の花が私の部屋の窓際に決まって一輪置かれていたのだが、今年は無いようだ。
皆からの手紙を見てニヤニヤしてしまう我が口元が憎い。どれだけ表情筋ゆるっゆるなのよ、まったく。こんな姿、誰にも見せられないわよ。
リードさんからの手紙もかなり嬉しかった。何せお別れすら言えなかったのだ……こうしてリードさんの近況を知れるのは嬉しいというもの。
近頃は祖国で修行に励んでいるらしい。『また必ず会おうね。今度は僕から会いに行くから』と言う一文を見つけてとても嬉しかった。ただ文句をつけるのなら、これに返事が出来ない事だろうか。
リードさんの出身がジスガランドだという事は知っているが、それ以上の踏み込んだ事は知らない。だから手紙を送ろうにも送れないのだ。……リードさんからは一方的に送れるのにね。ちょっと不公平じゃないかしら?
次に読んだハイラからの手紙はとにかく私を心配する内容だった。『睡眠はきちんと出来ていますか?』『食事はきちんととれていますか?』『着替えは一人で出来ていますか?』『仕事のし過ぎは控えてください』と、私を赤ちゃんか何かかと思っている言葉が多い。
そして仕事のし過ぎと言う言葉はそっくりそのまま貴女に返すわよ、ハイラ。過労常連の貴女にだけは言われたくないわ。
「王女殿下、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか」
扉をノックする音と共に、イリオーデの声が聞こえて来た。適当な上着を羽織り、扉を開く。
そこには真剣な面持ちのイリオーデが立っていて。立ち話もあれだし、中に入ってちょうだいと招き入れる。長椅子に座るよう促すと、躊躇いつつもイリオーデは腰を下ろした。
そして、改まった面持ちで彼は口を切る。
「以前お話致しました通り……私は王女殿下が二歳の誕生日を迎えられる少し前まで、東宮にて王女殿下に仕えておりました」
そうらしいね、前にもその話は聞いたし。と私は頷いて相槌を打つ。
「当時の私には力が無く、実家の事件に巻き込まれた結果、王女殿下のお傍を離れるしかありませんでした」
「事件って?」
「俗に、侯爵家爵位簒奪事件と呼ばれているものです。兄が両親を……殺害し、その爵位を簒奪した事件。その際に私は兄に殺されると勘違いし、実家を飛び出して貧民街へと逃げ込んだ為、突然王女殿下のお傍を離れる事になったのです」
「そうだったの…」
初めて聞いた時はぼけーっとしてたから気づかなかったが、イリオーデはあの帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家の出身なのだと言う。
訳あって家を出て、貧民街に暮らしていたそう。その訳というのが、彼の語る侯爵家爵位簒奪事件らしい。
その事件については、私も以前ハイラの授業の雑談で聞いた事がある。当時十四歳という若さで前当主を殺害し、その座についた歴代最年少の侯爵──アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。
しかしその概要しか聞いてなった為、イリオーデが行方不明になっていたランディグランジュ家の次男という事も、騎士界隈では有名なランディグランジュの神童という存在な事も、全く知らなかったのだ。
ランディグランジュ侯爵家という家名やその功績は知っていたが、その中の個人名までは知らなかった。もしそれを知っていたならば、もっと早くイリオーデが行方不明の神童だと気づけたかもしれないのに。
とことん興味のない事には無知で恥ずかしいな。
「王女殿下がお生まれになってから一年と少し………とても短い期間ではありましたが、私は確かにその期間を王女殿下の騎士として過ごしておりました。あの日々は、未だ我が輝かしき記憶としてこの心に残り続けているのです」
その時はまだちゃんとアミレスだったから、私はそれを知らないのだけど……でも、どこか胸の奥が温かくなってくる。もしかしたらアミレスはこの事に心当たりがあるのかも。
それに、イリオーデの話し方や表情からその感情が伝わってくるようで。本当に、イリオーデにとってもアミレスにとってもその一年と少しは思い出に残る期間だったのだろう。
「私は騎士として貴女様をお守りすると誓いました。その誓いが為に生きると決めていたにも関わらず、私は貴女様のお傍を離れてしまいました。騎士でありながら、誓いを違えてしまったのです」
「でもそれは貴方の意思じゃないんでしょう?」
「私の意思で無いにしろ、私が王女殿下へと捧げた誓いを違えた事に変わりはないのです」
「……生真面目なのね、貴方は。そんなに思い詰める必要は無いと思うけれど」
私が慰めの言葉をかけても、イリオーデの表情は曇る一方。彼は実直な人だ。騎士の中の騎士と言うべき、芯のある人。
だから深く考え過ぎてしまうのかも。
「それでも、今こうして私の騎士として傍にいてくれているのだから、そんなに気にしないでちょうだい」
だからこそ伝えるべきだと思った。気にしないでいいのだと。
真面目過ぎるイリオーデの事だから、きっとその誓いを違えた事をずっと後悔し、それが重荷となっていたのだろう。だからその重荷を少しでも降ろせるよう、私なりの言葉を尽くそう。
きっと、アミレスもこれを望んでいるだろうから。
「今も昔も私の騎士は貴方だけよ、イリオーデ。私の元に戻って来てくれてありがとう」
「……っ!」
見開かれるイリオーデの瞳。いつかの朝のように、その瞳は涙を溢れさせた。そして、感動に濡れる目元を手の甲で必死に拭っている。
前からずっと思っていたけれど、本当にイリオーデの涙は綺麗だな。本人がとても綺麗な事もあって、絵画のよう。
それはともかくだ。引き出しからハンカチーフを一つとって来て、それをイリオーデに「これ使って」と手渡す。
弱った表情で、イリオーデは恐る恐るハンカチーフを使った。そうやってひとしきり涙を拭った後、少し赤みがかった目元で彼は立ち上がり、深く腰を曲げて懇願して来た。
「……私からこのようにお願い申し上げるなど、本来許されぬ事とは重々承知の上。しかしそれでも懇願せずにはいられないのです──…どうか、今一度。貴女様に永遠の忠誠を誓う事を、お許しください」
突然の事に目を丸くして、私は悩む。
彼の言う誓いは……多分騎士の誓いの事だろう。我が国で行われる騎士の誓いの多くは、見習いから正規の騎士となる叙任式にて皇帝ないし皇太子に対して行われる。
その騎士の誓いを、彼は私に対して行いたいのだという。皇帝でも皇太子でも無く、野蛮王女と呼ばれるこの私に。
「本当に構わないの? 私が主で」
「王女殿下でなければならないのです。私が忠誠を捧げる御方は、今生において王女殿下ただ御一人です」
彼が深く頭を垂れている為、その表情は良く見えない。しかしその声から真剣そのものである事だけは分かる。
──『私』が初めて彼に会った時から抱いていた疑問。どうして、イリオーデはこんなにも私に尽くしてくれるのだろうと。
違えてしまったと言いつつも、イリオーデは私に会ってからずっとその誓いを守ろうとしていた。ずっと、アミレスの騎士であろうとしてくれた。
その気持ちに、アミレスならざる私が答えるのは少し違うと思うけれど……きっと、こればかりはアミレスも同じ答えだと思うから。
「………分かったわ。しましょうか、二人だけの叙任式を」
バッと上げられたイリオーデの顔は喜びに染まっていた。
こちらもニコリと微笑み、なんちゃって叙任式の準備を始める。……とは言えども、イリオーデからその剣を預かっただけである。
その剣を見て、私は少し嬉しい気持ちになった。この長剣は以前イリオーデの誕生日にプレゼントしたもの。半年程前に彼に何が欲しいかと聞きまくった結果、何とか聞き出せた答えが、『…では、剣が欲しいです。主より剣を賜る事は、騎士にとって非常に重要な事ですので』というものだった。
その為、冬に入る前に選りすぐりの物を購入し、そして以前の誕生日に渡したのだ。ちなみに、私兵団全員の誕生日を私は祝っている。主としては当然の事よね。
話の腰が折れてしまったが、そんな流れで私はイリオーデに剣をプレゼントし、彼はそれを愛剣として大事に使ってくれているらしい。見た感じ物凄く丁寧に手入れもされているようだ。
こんなにも大事にして貰えるなんて、プレゼントした側としてはこれ以上ない喜びというもの。
自然と口角だって上がってしまうというものよ。
「さて。では始めましょうか」
気を取り直して、私はなんちゃって叙任式の開始を告げる。
それと同時にイリオーデが私の足元にて跪く。月明かりと魔石灯が照らす室内で、私はいつか見た叙任式の文言を思い出しつつ口を開く。
「──イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。汝はいついかなる戦場においても強くあり、いついかなる戦況においても聡明であり、いついかなる環境においても正義であると誓うか」
「はい。誓います」
イリオーデの返答を受け、私は彼の剣を抜き、その剣の平を彼の肩に乗せる。
そして更に、私は必要な文言を口にしてゆく。
「永遠なる忠誠を捧げ、誰にも負けぬ武勇を誇り、その身に恥じぬ礼節を弁え、深き慈愛と厚き奉仕にて我が国を支えよ」
すぅっ、と息を吸ってラストスパートをかける。
「強くあれ。聡明であれ。正義であれ。慈悲深くあれ。冷徹であれ。謙虚であれ。強欲であれ。汝の剣、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう」
本来ならば、ここで騎士側の誓いの言葉が入って叙任式は終わりなのだが……これはなんちゃって叙任式。私とイリオーデ二人だけの騎士の誓いだ。
少しぐらい改変したって許されるでしょう?
「最後に。もう一度、私だけの騎士となる事を許しましょう」
「っ!!」
イリオーデの体がビクリと反応する。しかしそれも束の間、喜びを噛み締めるような彼の誓いが聞こえて来る。
「……──我が名、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。我が身命が尽きるその日まで。我が剣、我が志が打ち砕かれるその時まで。この身総てを王女殿下に捧げる事、我が騎士道においてここに誓います」
騎士側の誓いを受け、最後に主側が一言告げる。それにて、叙任式は終わりを迎える。
「我が騎士、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュよ。汝がこれより私の騎士となり、その剣を捧げる事──この誓いにおいて許します」
「はっ!! 御意のままに!」
剣を鞘収め、イリオーデに返還する。それを受け取ったイリオーデがおもむろに立ち上がり、剣を腰に帯びてから改めて跪いた。
そして、私の手を取り──。
「敬愛せし我が主君。永遠なる忠誠を、貴女様に」
手の甲に柔らかな口付けを落とす。こんなの叙任式には無い! 私がアドリブしたからイリオーデまでアドリブで返して来たじゃないの!
突然の事にかなりテンパってしまう。しかもなんとこれだけで終わりではなかった。突然長椅子に座らされたかと思えば、何故か私の足を持ち上げて彼は脛にまで口付ける。
あまりの恥ずかしさと当惑からまともに声を出せない。「え、ちょっ」みたいな声しか喉から出てくれないのだ。
脛が終われば今度は足の甲まで。イリオーデは真剣な表情で人の身体にたくさん口付けて来た。
なんなの、本当になんなの?! 顔から火が出そうなくらい熱いし………っ、イケメンにこんな事されて照れるなって言う方が無理あるって!
あまりの恥ずかしさからダウンしてしまいそうな所に、イリオーデの幸せそうな微笑みという追い討ちを食らい、私は無事にダウンした。
精神的に凄く追い詰められた気分です。……というか、本当に何なのよあの謎のキスラッシュは!!
結局その意味は分からずじまい。目を閉じるとその光景がフラッシュバックして、誕生日の夜なのにロクに眠れないなんて珍事になってしまった。
皆が今日だけは仕事しちゃ駄目、と言うものだから後はもう寝るだけとなったのである。
………そう言えば、毎年誕生日の夜に差出人不明の薄紅色の花が私の部屋の窓際に決まって一輪置かれていたのだが、今年は無いようだ。
皆からの手紙を見てニヤニヤしてしまう我が口元が憎い。どれだけ表情筋ゆるっゆるなのよ、まったく。こんな姿、誰にも見せられないわよ。
リードさんからの手紙もかなり嬉しかった。何せお別れすら言えなかったのだ……こうしてリードさんの近況を知れるのは嬉しいというもの。
近頃は祖国で修行に励んでいるらしい。『また必ず会おうね。今度は僕から会いに行くから』と言う一文を見つけてとても嬉しかった。ただ文句をつけるのなら、これに返事が出来ない事だろうか。
リードさんの出身がジスガランドだという事は知っているが、それ以上の踏み込んだ事は知らない。だから手紙を送ろうにも送れないのだ。……リードさんからは一方的に送れるのにね。ちょっと不公平じゃないかしら?
次に読んだハイラからの手紙はとにかく私を心配する内容だった。『睡眠はきちんと出来ていますか?』『食事はきちんととれていますか?』『着替えは一人で出来ていますか?』『仕事のし過ぎは控えてください』と、私を赤ちゃんか何かかと思っている言葉が多い。
そして仕事のし過ぎと言う言葉はそっくりそのまま貴女に返すわよ、ハイラ。過労常連の貴女にだけは言われたくないわ。
「王女殿下、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか」
扉をノックする音と共に、イリオーデの声が聞こえて来た。適当な上着を羽織り、扉を開く。
そこには真剣な面持ちのイリオーデが立っていて。立ち話もあれだし、中に入ってちょうだいと招き入れる。長椅子に座るよう促すと、躊躇いつつもイリオーデは腰を下ろした。
そして、改まった面持ちで彼は口を切る。
「以前お話致しました通り……私は王女殿下が二歳の誕生日を迎えられる少し前まで、東宮にて王女殿下に仕えておりました」
そうらしいね、前にもその話は聞いたし。と私は頷いて相槌を打つ。
「当時の私には力が無く、実家の事件に巻き込まれた結果、王女殿下のお傍を離れるしかありませんでした」
「事件って?」
「俗に、侯爵家爵位簒奪事件と呼ばれているものです。兄が両親を……殺害し、その爵位を簒奪した事件。その際に私は兄に殺されると勘違いし、実家を飛び出して貧民街へと逃げ込んだ為、突然王女殿下のお傍を離れる事になったのです」
「そうだったの…」
初めて聞いた時はぼけーっとしてたから気づかなかったが、イリオーデはあの帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家の出身なのだと言う。
訳あって家を出て、貧民街に暮らしていたそう。その訳というのが、彼の語る侯爵家爵位簒奪事件らしい。
その事件については、私も以前ハイラの授業の雑談で聞いた事がある。当時十四歳という若さで前当主を殺害し、その座についた歴代最年少の侯爵──アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。
しかしその概要しか聞いてなった為、イリオーデが行方不明になっていたランディグランジュ家の次男という事も、騎士界隈では有名なランディグランジュの神童という存在な事も、全く知らなかったのだ。
ランディグランジュ侯爵家という家名やその功績は知っていたが、その中の個人名までは知らなかった。もしそれを知っていたならば、もっと早くイリオーデが行方不明の神童だと気づけたかもしれないのに。
とことん興味のない事には無知で恥ずかしいな。
「王女殿下がお生まれになってから一年と少し………とても短い期間ではありましたが、私は確かにその期間を王女殿下の騎士として過ごしておりました。あの日々は、未だ我が輝かしき記憶としてこの心に残り続けているのです」
その時はまだちゃんとアミレスだったから、私はそれを知らないのだけど……でも、どこか胸の奥が温かくなってくる。もしかしたらアミレスはこの事に心当たりがあるのかも。
それに、イリオーデの話し方や表情からその感情が伝わってくるようで。本当に、イリオーデにとってもアミレスにとってもその一年と少しは思い出に残る期間だったのだろう。
「私は騎士として貴女様をお守りすると誓いました。その誓いが為に生きると決めていたにも関わらず、私は貴女様のお傍を離れてしまいました。騎士でありながら、誓いを違えてしまったのです」
「でもそれは貴方の意思じゃないんでしょう?」
「私の意思で無いにしろ、私が王女殿下へと捧げた誓いを違えた事に変わりはないのです」
「……生真面目なのね、貴方は。そんなに思い詰める必要は無いと思うけれど」
私が慰めの言葉をかけても、イリオーデの表情は曇る一方。彼は実直な人だ。騎士の中の騎士と言うべき、芯のある人。
だから深く考え過ぎてしまうのかも。
「それでも、今こうして私の騎士として傍にいてくれているのだから、そんなに気にしないでちょうだい」
だからこそ伝えるべきだと思った。気にしないでいいのだと。
真面目過ぎるイリオーデの事だから、きっとその誓いを違えた事をずっと後悔し、それが重荷となっていたのだろう。だからその重荷を少しでも降ろせるよう、私なりの言葉を尽くそう。
きっと、アミレスもこれを望んでいるだろうから。
「今も昔も私の騎士は貴方だけよ、イリオーデ。私の元に戻って来てくれてありがとう」
「……っ!」
見開かれるイリオーデの瞳。いつかの朝のように、その瞳は涙を溢れさせた。そして、感動に濡れる目元を手の甲で必死に拭っている。
前からずっと思っていたけれど、本当にイリオーデの涙は綺麗だな。本人がとても綺麗な事もあって、絵画のよう。
それはともかくだ。引き出しからハンカチーフを一つとって来て、それをイリオーデに「これ使って」と手渡す。
弱った表情で、イリオーデは恐る恐るハンカチーフを使った。そうやってひとしきり涙を拭った後、少し赤みがかった目元で彼は立ち上がり、深く腰を曲げて懇願して来た。
「……私からこのようにお願い申し上げるなど、本来許されぬ事とは重々承知の上。しかしそれでも懇願せずにはいられないのです──…どうか、今一度。貴女様に永遠の忠誠を誓う事を、お許しください」
突然の事に目を丸くして、私は悩む。
彼の言う誓いは……多分騎士の誓いの事だろう。我が国で行われる騎士の誓いの多くは、見習いから正規の騎士となる叙任式にて皇帝ないし皇太子に対して行われる。
その騎士の誓いを、彼は私に対して行いたいのだという。皇帝でも皇太子でも無く、野蛮王女と呼ばれるこの私に。
「本当に構わないの? 私が主で」
「王女殿下でなければならないのです。私が忠誠を捧げる御方は、今生において王女殿下ただ御一人です」
彼が深く頭を垂れている為、その表情は良く見えない。しかしその声から真剣そのものである事だけは分かる。
──『私』が初めて彼に会った時から抱いていた疑問。どうして、イリオーデはこんなにも私に尽くしてくれるのだろうと。
違えてしまったと言いつつも、イリオーデは私に会ってからずっとその誓いを守ろうとしていた。ずっと、アミレスの騎士であろうとしてくれた。
その気持ちに、アミレスならざる私が答えるのは少し違うと思うけれど……きっと、こればかりはアミレスも同じ答えだと思うから。
「………分かったわ。しましょうか、二人だけの叙任式を」
バッと上げられたイリオーデの顔は喜びに染まっていた。
こちらもニコリと微笑み、なんちゃって叙任式の準備を始める。……とは言えども、イリオーデからその剣を預かっただけである。
その剣を見て、私は少し嬉しい気持ちになった。この長剣は以前イリオーデの誕生日にプレゼントしたもの。半年程前に彼に何が欲しいかと聞きまくった結果、何とか聞き出せた答えが、『…では、剣が欲しいです。主より剣を賜る事は、騎士にとって非常に重要な事ですので』というものだった。
その為、冬に入る前に選りすぐりの物を購入し、そして以前の誕生日に渡したのだ。ちなみに、私兵団全員の誕生日を私は祝っている。主としては当然の事よね。
話の腰が折れてしまったが、そんな流れで私はイリオーデに剣をプレゼントし、彼はそれを愛剣として大事に使ってくれているらしい。見た感じ物凄く丁寧に手入れもされているようだ。
こんなにも大事にして貰えるなんて、プレゼントした側としてはこれ以上ない喜びというもの。
自然と口角だって上がってしまうというものよ。
「さて。では始めましょうか」
気を取り直して、私はなんちゃって叙任式の開始を告げる。
それと同時にイリオーデが私の足元にて跪く。月明かりと魔石灯が照らす室内で、私はいつか見た叙任式の文言を思い出しつつ口を開く。
「──イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。汝はいついかなる戦場においても強くあり、いついかなる戦況においても聡明であり、いついかなる環境においても正義であると誓うか」
「はい。誓います」
イリオーデの返答を受け、私は彼の剣を抜き、その剣の平を彼の肩に乗せる。
そして更に、私は必要な文言を口にしてゆく。
「永遠なる忠誠を捧げ、誰にも負けぬ武勇を誇り、その身に恥じぬ礼節を弁え、深き慈愛と厚き奉仕にて我が国を支えよ」
すぅっ、と息を吸ってラストスパートをかける。
「強くあれ。聡明であれ。正義であれ。慈悲深くあれ。冷徹であれ。謙虚であれ。強欲であれ。汝の剣、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう」
本来ならば、ここで騎士側の誓いの言葉が入って叙任式は終わりなのだが……これはなんちゃって叙任式。私とイリオーデ二人だけの騎士の誓いだ。
少しぐらい改変したって許されるでしょう?
「最後に。もう一度、私だけの騎士となる事を許しましょう」
「っ!!」
イリオーデの体がビクリと反応する。しかしそれも束の間、喜びを噛み締めるような彼の誓いが聞こえて来る。
「……──我が名、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。我が身命が尽きるその日まで。我が剣、我が志が打ち砕かれるその時まで。この身総てを王女殿下に捧げる事、我が騎士道においてここに誓います」
騎士側の誓いを受け、最後に主側が一言告げる。それにて、叙任式は終わりを迎える。
「我が騎士、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュよ。汝がこれより私の騎士となり、その剣を捧げる事──この誓いにおいて許します」
「はっ!! 御意のままに!」
剣を鞘収め、イリオーデに返還する。それを受け取ったイリオーデがおもむろに立ち上がり、剣を腰に帯びてから改めて跪いた。
そして、私の手を取り──。
「敬愛せし我が主君。永遠なる忠誠を、貴女様に」
手の甲に柔らかな口付けを落とす。こんなの叙任式には無い! 私がアドリブしたからイリオーデまでアドリブで返して来たじゃないの!
突然の事にかなりテンパってしまう。しかもなんとこれだけで終わりではなかった。突然長椅子に座らされたかと思えば、何故か私の足を持ち上げて彼は脛にまで口付ける。
あまりの恥ずかしさと当惑からまともに声を出せない。「え、ちょっ」みたいな声しか喉から出てくれないのだ。
脛が終われば今度は足の甲まで。イリオーデは真剣な表情で人の身体にたくさん口付けて来た。
なんなの、本当になんなの?! 顔から火が出そうなくらい熱いし………っ、イケメンにこんな事されて照れるなって言う方が無理あるって!
あまりの恥ずかしさからダウンしてしまいそうな所に、イリオーデの幸せそうな微笑みという追い討ちを食らい、私は無事にダウンした。
精神的に凄く追い詰められた気分です。……というか、本当に何なのよあの謎のキスラッシュは!!
結局その意味は分からずじまい。目を閉じるとその光景がフラッシュバックして、誕生日の夜なのにロクに眠れないなんて珍事になってしまった。
13
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる