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第二章・監国の王女

幕間 不格好な悪と成り、

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 ランディグランジュ侯爵家爵位簒奪事件から二週間。
 俺は、残りの侯爵家三家門の当主達と公爵と大公に加え、皇帝陛下とその側近の方達の御前にて、処刑台に立つ罪人のような気分に陥っていた。
 ……いや、実際には同じようなものなのだが。

『おい、シャンパージュはどうした』
『それが…本当に重大な取引があるとかで、緊急の召喚には応じませんでした。ですが、まぁ、シャンパージュ家の取引成功は帝国の繁栄に繋がりますし、特別に見逃してやりましょうよ』
『チッ……お前は本当に甘いな』
『無闇矢鱈とシャンパージュ家を罰する訳にもいきませんのでね』

 皇帝陛下と側近の方が交わすそれを聞き、シャンパージュ伯爵家の特例っぷりを実感する。
 皇帝陛下からの召喚を拒否するなんて真似…シャンパージュ伯爵家でなければどう考えてもまかり通らないだろう。本当に、かの伯爵家はとてつもない存在なのだと再確認した。
 敵に回したくは無いが、皆で考えた今後の計画だとシャンパージュ伯爵家に力を借りる事が必須。
 シャンパージュ伯爵家の協力無くては、ランディグランジュ家を守る事はおろか……俺を信じて着いて来てくれた侍従達やその家族、はたまた親戚筋の家門を守る事も出来ない。
 とうに、悪人となる覚悟は出来ている。父から俺が奪った全てを守る為ならば、プライドも何もかもかなぐり捨ててやる。
 俺は、アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ──…何もかもを間違えた最低最悪の愚者だ。愚者は愚者らしく、最期の時まで足掻いてみせようとも。

『まぁ良い。此度は……ランディグランジュの爵位簒奪、が議題だったな』
『その通りにございます。詳細の説明が必要であれば致しますが、如何なさいますか?』
『手短に話せ。私も暇では無い』
『は、仰せのままに』

 そして。皇帝陛下の側近の方、ケイリオル卿からこの事件にまつわる話が手短にされた。
 それを他侯爵家の当主達はつまらなさそうに拝聴し、公爵と大公は逆に興味深そうに拝聴していた。

『…──と、いう訳でして。結果的に侯爵夫妻は共に死亡。神童と呼ばれた次男は行方不明との事。分家筋からの反対も多かったようですが、ランディグランジュ家の長男だった事から、アランバルト・ドロシー・ランディグランジュがこうして暫定的に当主の座についたようですね』

 以上で説明を終わりますね。とケイリオル卿が締めくくると、皇帝陛下はたいへん興味の無さそうなため息を一つ。

『家庭内の問題に外部の者が首を突っ込むのも些か無粋というもの。私としては、当主が代わろうが何だろうが猫の毛程も興味の無い事柄よな。なればこそ、この場で簡潔に問おう』

 皇帝陛下の冷酷な瞳が真っ直ぐこちらに向けられた。その瞬間、全身が凍てついたかのように身動きが取れなくなった。その圧倒的な威圧感に、意識が完璧にひれ伏している。

『真実を話せ。それ以外の言葉を口にする事は許さぬ。当事者であるお前しか知らぬ真相を明らかにする事、特に許そう』
『……御意の、ままに』

 皇帝陛下の御前にて、俺はこの計画を実行した時の事を話した。父を殺した方法、毒の入手経路、父が母を殺した事、母の本当の死因、そして…『弟に継承権が渡る恐れがあったから、そうなる前に爵位を簒奪した』このめちゃくちゃな計画に関して。
 それらを全て嘘偽りなく語り終えた俺に向けられた視線は、愚か者を見たような呆れの視線だった。
 そんな中、ケイリオル卿が挙手をして『聞きたい事がありまして』と俺に話を振ってきた。

『何故、母親の死までもを己のものとしたのですか? 両親諸共殺害したという悪名が為でしょうか? どのように考え、あのように喧伝したのか……その説明も併せてしていただいても?』
『は、はい。あれは……償い、です。自分が、父から騎士としての未来も全てをも奪ってしまったので。せめてその最期は──誇り高き帝国の剣として。と考えまして…愛する妻を殺した男としてではなく、ランディグランジュの騎士として、最期を迎えさせてやりたかったのです』
『つまりは貴方の自己満足と捉えても?』
『………はい。その解釈で間違いありません』

 確かにそうだ。これは俺の自己満足、ただのエゴに過ぎない。
 こうして父の最期を少しでも良いものとして、父に最期を迎えさせた事の責任から逃れようとしている。最低最悪な俺らしい非道い考えだ。

『ケイリオル、あれは真か?』
『真ですね。どうやらあれは疑いようのない、彼の本音のようです』

 皇帝陛下が確認すると、ケイリオル卿はこくりと頷いた。彼には嘘が通用しないと言う噂は有名だが………凄いな、本当に言葉の真偽が分かるのか。
 俺の言葉が真実であると確認出来た皇帝陛下はのそりと立ち上がり、冷ややかな声で宣言した。

『叙爵式は一週間後に執り行う。貴様に、帝国の剣としての働きはさほど期待しておらぬ。ならばせめて、奪ってまで手に入れた侯爵家当主としての務めに精々励むといい。後はお前の采配に任せよう、ケイリオル』

 そう言い残して、皇帝陛下は一人で退出された。
 ………よく、分からないが。これは俺が侯爵になるのを認められた……と言う事で良いのだろうか。だって皇帝陛下は叙爵式は一週間後って仰られたし。
 いやでも本当に? 何にもなくて大丈夫なのか? 流石に何かしらの罰が下されると思ってたんだが。
 と、頭を悩ませていた時。ケイリオル卿が『ごほんっ』と口元に手を当ててわざとらしく咳払いをして。

『えー、では。アランバルト・ドロシー・ランディグランジュが次期当主で正式決定と。皆さん異論はありませんね?』
『アルブロイト、賛成だ。陛下の決定に異を唱える訳がなかろう』
『テンディジェルも異論は無い。もう会合終わったよな、帰っていいか?』
『フューラゼ、賛成』
『オリベラウズも異論は無いって事で。ただこの若いのが当主としてやっていけるのか、僕としては気になる所だがね』
『ララルスも異論無しだ』

 各家門の当主達が次々に発言する。これにより俺はこれらの家門の当主達からも、一応は、当主として認められた事になるのだろう。
 その一週間後、本当に叙爵式が執り行われた。めでたく俺はランディグランジュ家当主となり、侯爵になって早々、何故か有力家門同士の交流が目的の食事会に呼ばれた。
 参加者はアルブロイト公爵とフューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵。テンディジェル大公とララルス侯爵とシャンパージュ伯爵は諸用で不参加らしい。
 その食事会の席にて、俺は一回りも二回りも歳の離れた侯爵達にじとーっとした目で問い詰められていた。

『会合の時聞きそびれていたんだが──…お前が爵位簒奪をするに至った本当の訳というものを、聞かせてもらおうか』

 オリベラウズ侯爵の放つ圧が、言い逃れする事を許さない。
 あの日、俺は確かに嘘偽り無く話した。ただ……イリオーデの事は完璧に伏せて。こんなのバレたら処罰ものだと思っていたんだが、バレていたなんて。
 やはり侯爵達は侮れない。別に侮っていた訳ではないが、本当に油断も隙もない。
 観念して、俺はイリオーデの事を話した。
 イリオーデが忠誠を誓った相手の事は念の為に伏せておいたが、イリオーデがある日を境に人間らしくなった事。誰かだけの騎士として生きる道しか、あいつにはなかったという事。
 そんなイリオーデの未来を潰しかねない継承権を、父がイリオーデに与えようとしていた事。どれだけ憎く妬ましくても、それさえも超える程の弟への愛情と憧憬を俺が抱いていた事。
 俺が無能だったばかりに生じてしまった不和の数々の事。騎士足り得ぬ俺が、生粋の騎士たる弟の為に出来る事がこれであったという事。
 本当は誰かに聞いて欲しかった、俺の本音。俺一人じゃ到底背負いきれないそれを、少しでもいいから誰かに手伝って欲しかった。
 だからだろうか。不思議なぐらいすいすいと言葉が口から出てゆく。感情の荒波を堰き止めるのに必死で、言葉の制御は出来なかった。
 侯爵らしく振る舞わないといけないのに。それなのに、俺はいつの間にかまた泣いていた。
 ここまで頑張ったのに、俺が頑張った一番の意味はどこにもいない。それを改めて実感し、泣いていたのだ。

『…はぁ、馬鹿かお前は。不器用にも程があるだろう』
『そう言ってやるなよフューラゼ。新たなランディグランジュ侯爵……アランバルトはまだ子供だ。そう考えると、仕方の無い事とも言えるだろ?』

 フューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵が俺の語ったそれに呆れ返る。料理を食べる手を止めて、額に手を当て項垂れていた。

『私は良いと思うがな。素晴らしい兄弟愛ではないか。事の発端たる神童が姿を消した事により、その全てが水泡と帰しただけであって』

 とにかく涙を拭け、とアルブロイト公爵がハンカチーフを貸してくださった。それを借りて恐る恐る涙を拭っていると。

『爵位簒奪なんて馬鹿げた事をした子供に色々と分からせてやろうと思ってたんだが………これでは出来ないじゃないか。流石の僕も、こんな訳アリな子供に強く出る事は出来ないさ』
『そもそもとして、その考えが間違いであると何故お前は気づかないんだオリベラウズ』
『ふはっ、理由は何であれ…この食事会を開き私を誘ってくれた事は感謝するさ、オリベラウズ侯。何故か私はこう言った場に呼ばれないからな、いつも。こんなにも私は人と関わる事が好きだというのに』
『アルブロイト公は一回自分の立場ってものを見直してみたらいいと思う』
『帝国唯一の公爵家当主はそう誘えないだろう、普通の貴族なら』
『えぇ? この肩書きはそんなに壁と感じるのか。私はこんなにもいつでも誘ってどうぞ、と両手を広げているのに?』
『『当たり前だろ』』

 ハハハ、と談笑するオリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵とアルブロイト公爵。錚々たる面々なのだが、会話がやけに軽いというか……とても、仲が良いように見える。
 そう言えば、父がこの有力家門同士の交流を疎ましく思っていたが…これが原因か? 確かにこの雰囲気は父に合わないだろう。
 食事会が終わる頃にはオリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵とアルブロイト公爵にも、新たな侯爵家当主として認めていただけた。更には、『これから暫くは大変だろうが、精々頑張ってくれ』と激励の言葉まで貰えた。
 そんな尊敬すべき先達に感謝を込めて謝辞を述べ、俺は当主として果たすべき務めを果たす為に邸に戻った。
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