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第二章・監国の王女
幕間 騎士足り得ぬ兄は、
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俺はアランバルト・ドロシー・ランディグランジュ。歴史ある家門ランディグランジュ家の長男として生を受けた。
帝国の剣と名高いランディグランジュ家は、代々帝国騎士団の騎士団長を務めるなどしてフォーロイト帝国の剣に相応しい功績を収めてきた。
それは我が父とて同じであり、当然俺もいずれは父のようになるのだと思っていた。
だけど。現実は、そう上手くいかなかった。
俺には一人、弟がいた。いっそ嫉妬すら出来ない程の才能に恵まれた、弟がいたのだ。身内贔屓とかではなく…誰が見ても、イリオーデの才能は格別だった。
そんな弟と常に比較されるのは無能な俺だった。そりゃあ、ランディグランジュ家に生まれたのだから人並みには剣を扱えた。
だが、騎士足り得るかと問われれば。答えは間違いなく、否だ。
俺には才能が無い。ランディグランジュ家の騎士たる資格が、帝国の剣となる才能が、俺には全くと言っていい程に無かったのだ。
どれだけ努力を重ねても、俺ではイリオーデの足元に及ぶ事すら出来ないと。馬鹿な頭でもすんなり理解してしまう程、イリオーデの剣才は素晴らしいのだ。
憎らしい程に惚れ惚れしてしまう剣才。だが、それを持つ本人は何の目的も意味も無く剣を握っているようだった。
その剣才の代償とばかりに、イリオーデは非常に無口で人間らしさの欠片も無い子供だった。何事にもはいかいいえでのみ答え、全て親や周りの言う通りにする、自由意志というものを持たない変わり者だった。
ただ、かくあるべしと父に定められた道に従属しているだけの、人形のようであった。
──何で、そんなにも才能に溢れていて何もしないんだ。
お前なら何だって出来るだろう、父に全てを定められずとも、自ら道を切り開けるだろう。
俺に無いものを全て持っている癖に、どうして何一つとして使おうとしないんだ。
お前の剣は何の為にあるんだ。
お前の心は、その命は何の為に在るんだ──……。
騎士になれない俺と違って、お前は騎士になれる。お前こそが帝国の剣を名乗るに相応しい。
なのにどうして、お前は父の傀儡となっているんだ。どうして、自らの信念を持たないんだ?
父は厳格で立派な騎士だった。帝国の剣の名に恥じぬ気高き騎士だった。
だが、その在り方に囚われている節があった。帝国の剣、ランディグランジュの騎士………それに拘る父は早々に俺に見切りをつけ、イリオーデに教育を集中させた。
変わらず俺にも教育はあったものの、気がつけば、イリオーデのそれは桁違いになっていたのだ。
長男である俺に家督の継承権はあったが、それも近いうちに無くなるだろう。俺は父に選ばれなかった。俺では父の目に映る事すら出来なかったのだ。
それを母は悲しんでくれた。一緒に泣いてくれた。そして、『あの人を止められなくてごめんなさい、アラン』と謝って来た。
母は父が少しおかしい事に気がついていたのだ。父がイリオーデにばかり執心する中、母はその代わりとばかりに俺に沢山愛情をくれた。
でもこの時には既に、俺ももう殆どを受け入れようとしていた。イリオーデとの力量の差は俺自身が一番分かっているし、俺がランディグランジュ家当主に──…帝国の剣に相応しくない事だって理解している。
だからもう、それについては仕方の無い事と割り切っていた。幼い頃に抱いた憧憬も夢も全て捨てるのは、少し心苦しかったが……そうするしかなかったから。
イリオーデならばランディグランジュ家の当主としても、帝国の剣としても、きっと大成出来る。ならば俺は兄としてせめてそれを応援し、支えてやらないと。
兄とは、弟妹を守り、支え、導くもの。俺にはイリオーデを守る事も導く事も出来ないから、せめて支えないと。そう思ったんだ。
ある年、たまにはイリオーデにも息抜きをと考えた母により、俺達は皇宮へと連れて行かれた。そこで俺達は将来仕える事となる皇后陛下と王子殿下と対面した。
それからが大変だった。何がどうして、その一年後にイリオーデが王子殿下の遊び相手に指名されたのだ。
俺達のうちどちらかを、と皇后陛下は元より考えていたそうで……長男である俺を皇宮に縛り付けては様々な事に支障をきたすかも、と次男のイリオーデを指名したらしい。
皇后陛下の命令を帝国の忠臣たる我が家の人間が断れる筈も無く、イリオーデは王子殿下の遊び相手としてほぼ毎日皇宮に推参するようになった。
勿論、父はこの事が非常に面白くないようであった。だが皇后陛下の決定を覆す事は出来ない。なのでイリオーデは皇宮に行く前と行った後に、明らかに無茶な鍛錬と教育を受けていた。
本人は無自覚なようだったが、イリオーデは昼寝が好きな子供だった。それなのに、いつの間にかあいつは夜に長時間眠る事も必要としなくなってしまった。
父の言葉にはいのみで答え、従っていたからか……イリオーデは変わってしまったのだ。
しかしイリオーデは何も文句を言わない。相変わらずの非人間っぷりで淡々と日々を過ごしていた。
それが、兄としては心配だった。このままでは一人で全てを背負い込みいつか人知れず壊れてしまうのでは、と。
せめて自分の意思を……せめて感情を持ってくれ。
神よ、どうかイリオーデに人間らしさを与えてやってください。そう、毎年天に願っていたぐらいには心配だった。
その才能に何度嫉妬しようとも。俺にとって、イリオーデは可愛い弟である事に変わりなかったのだ。
そんな俺達に、転機が訪れた。
それはなんて事ない日。丁度、今と同じ冬の季節だった。いつも通り皇宮へと行ったイリオーデが、初めて見るような浮かれた顔で帰ってきたのだ。
それに俺も、母も、家の者達も…全員が驚いていた。何事かと本人に問い詰めると、
『仕えるべき主が出来ました。私は、いずれお生まれになる王女殿下の騎士になる!』
イリオーデの口元は弧を描いていた。
それは、イリオーデにようやく訪れた感情の発露。天が、俺の願いを聞き届けてくれた証だった。
自発的に何かをする事も発言する事も無かったあのイリオーデが、自らやりたい事を見つけ、こうして信念を得た事が本当に嬉しかった。
『そう、か……っ、お前はもう立派な騎士だな、イリオーデ。先を越されてしまったか』
『アランバルトも、すぐに主を見つけられるだろう』
主がいるというものは、凄くいいものだ。とイリオーデは嬉々として語った。
父から物心ついた頃より『騎士たるものは~』と騎士道精神を教え込まれていた影響か、イリオーデはそれを基準にしか考えられなくなっていたらしい。
あいつは根っからの騎士だ。最早それ以外の生き方など出来ぬぐらい、あいつと言う全てを構成するものの大半は騎士道なのだろう。
それに少し憧れるのと同時に、俺は焦燥を覚えた。
イリオーデはようやく人間らしくなれた。俺の分まで立派な騎士となってくれるだろう。
だが、もしこのまま家督を継がされたならば、イリオーデの騎士道は絶たれるのではないだろうか?
王女殿下……皇族は元より俺達が仕えるべき存在。帝国そのものとも言える。だが、騎士たるものは── 剣を捧げし相手の為に命を尽くすもの。イリオーデが王女殿下のみに剣を捧げると決めていたら?
その場合、帝国騎士団団長という立場も、帝国の剣としての名誉も、あいつにとって足枷にしかならないんじゃないか。
ようやく人間らしくなれたのに、このままだと、あいつはまた父の傀儡へと逆戻りだ。それに気づいた俺は一人で焦っていた。
そんな中…皇后陛下が天に旅立たれ、王女殿下の身の安全の為にとイリオーデは皇宮に泊まり込むようになった。父も母もそれには強く反対したが、
『私はあの御方の騎士だ。あの御方が為に我が身命を賭すと決めた! これだけは、誰であろうと覆させない!!』
イリオーデがあまりにも強く激しく感情を表に出して反抗したものだから、両親も渋々黙認するしかなかったらしい。
その時、俺は理解した──……イリオーデは才能に満ちた不器用な人間だ。だからこそ、あいつは『誰かだけの騎士』として生きる事しか出来ない。
あいつにとっては、帝国騎士団団長の座も、帝国の剣たるランディグランジュ家当主の座も、どちらも身に余るものなのだと。
父は道を誤ったのだ。イリオーデがあまりにも才に溢れているからと、いつの日か当主の座を明け渡すつもりだったみたいだが…その為の英才教育が、仇となったな。
父がイリオーデに刷り込み続けたその騎士道によって、イリオーデは『誰かだけの騎士』としてしか生きられなくなった。
あいつは、帝国騎士団団長なんて国の騎士でもなく、帝国の剣なんて名誉の騎士でもなく、ただ一人………この人と決めた主の為だけに生きる騎士となったんだ。
……羨ましいかと問われれば、勿論羨ましいとも。俺だって、無能ではあるが騎士の端くれだ。ただ一人の主に剣を捧げ身命を賭して仕えるなんて、騎士としては人生最大の誉と言っても過言ではない。
そんな相手に出会えた事が、とても羨ましい。イリオーデ相手に羨ましいだとか妬ましいだとか思うのは昔からだが…これ程純粋に羨ましいと思ったのは、初めてかもしれないな。
俺も、この命を捧げたいと思ったレディがいなかった訳ではないが…………一言も話してなければ、簡潔に言うならばこれは一目惚れなので…騎士の誓いとかは、まぁ無理だろう。
初対面の相手から騎士の誓いとか、俺がレディ側だったら正直言って引く。
今となっては、仕えるべき主が見つかっていなくて良かったと思う。もし、そのような相手がいたならば。俺はきっと踏ん切りをつけられなかっただろうから。
俺は兄だ。弟に嫉妬して、羨望も憧憬をも向ける最低無能な男だ。
今まで、ただの一度も兄らしい事をしてやれなかった。だから俺は、兄としてお前の代わりに茨の道を行こう。
大丈夫だ。こっちは俺に任せて、お前はお前らしくそのまま騎士と成れ。
俺の分まで立派な騎士となり、王女殿下の騎士としてその身命を捧げろ。それがお前にしか出来ない、一番の兄孝行だ。
帝国の剣と名高いランディグランジュ家は、代々帝国騎士団の騎士団長を務めるなどしてフォーロイト帝国の剣に相応しい功績を収めてきた。
それは我が父とて同じであり、当然俺もいずれは父のようになるのだと思っていた。
だけど。現実は、そう上手くいかなかった。
俺には一人、弟がいた。いっそ嫉妬すら出来ない程の才能に恵まれた、弟がいたのだ。身内贔屓とかではなく…誰が見ても、イリオーデの才能は格別だった。
そんな弟と常に比較されるのは無能な俺だった。そりゃあ、ランディグランジュ家に生まれたのだから人並みには剣を扱えた。
だが、騎士足り得るかと問われれば。答えは間違いなく、否だ。
俺には才能が無い。ランディグランジュ家の騎士たる資格が、帝国の剣となる才能が、俺には全くと言っていい程に無かったのだ。
どれだけ努力を重ねても、俺ではイリオーデの足元に及ぶ事すら出来ないと。馬鹿な頭でもすんなり理解してしまう程、イリオーデの剣才は素晴らしいのだ。
憎らしい程に惚れ惚れしてしまう剣才。だが、それを持つ本人は何の目的も意味も無く剣を握っているようだった。
その剣才の代償とばかりに、イリオーデは非常に無口で人間らしさの欠片も無い子供だった。何事にもはいかいいえでのみ答え、全て親や周りの言う通りにする、自由意志というものを持たない変わり者だった。
ただ、かくあるべしと父に定められた道に従属しているだけの、人形のようであった。
──何で、そんなにも才能に溢れていて何もしないんだ。
お前なら何だって出来るだろう、父に全てを定められずとも、自ら道を切り開けるだろう。
俺に無いものを全て持っている癖に、どうして何一つとして使おうとしないんだ。
お前の剣は何の為にあるんだ。
お前の心は、その命は何の為に在るんだ──……。
騎士になれない俺と違って、お前は騎士になれる。お前こそが帝国の剣を名乗るに相応しい。
なのにどうして、お前は父の傀儡となっているんだ。どうして、自らの信念を持たないんだ?
父は厳格で立派な騎士だった。帝国の剣の名に恥じぬ気高き騎士だった。
だが、その在り方に囚われている節があった。帝国の剣、ランディグランジュの騎士………それに拘る父は早々に俺に見切りをつけ、イリオーデに教育を集中させた。
変わらず俺にも教育はあったものの、気がつけば、イリオーデのそれは桁違いになっていたのだ。
長男である俺に家督の継承権はあったが、それも近いうちに無くなるだろう。俺は父に選ばれなかった。俺では父の目に映る事すら出来なかったのだ。
それを母は悲しんでくれた。一緒に泣いてくれた。そして、『あの人を止められなくてごめんなさい、アラン』と謝って来た。
母は父が少しおかしい事に気がついていたのだ。父がイリオーデにばかり執心する中、母はその代わりとばかりに俺に沢山愛情をくれた。
でもこの時には既に、俺ももう殆どを受け入れようとしていた。イリオーデとの力量の差は俺自身が一番分かっているし、俺がランディグランジュ家当主に──…帝国の剣に相応しくない事だって理解している。
だからもう、それについては仕方の無い事と割り切っていた。幼い頃に抱いた憧憬も夢も全て捨てるのは、少し心苦しかったが……そうするしかなかったから。
イリオーデならばランディグランジュ家の当主としても、帝国の剣としても、きっと大成出来る。ならば俺は兄としてせめてそれを応援し、支えてやらないと。
兄とは、弟妹を守り、支え、導くもの。俺にはイリオーデを守る事も導く事も出来ないから、せめて支えないと。そう思ったんだ。
ある年、たまにはイリオーデにも息抜きをと考えた母により、俺達は皇宮へと連れて行かれた。そこで俺達は将来仕える事となる皇后陛下と王子殿下と対面した。
それからが大変だった。何がどうして、その一年後にイリオーデが王子殿下の遊び相手に指名されたのだ。
俺達のうちどちらかを、と皇后陛下は元より考えていたそうで……長男である俺を皇宮に縛り付けては様々な事に支障をきたすかも、と次男のイリオーデを指名したらしい。
皇后陛下の命令を帝国の忠臣たる我が家の人間が断れる筈も無く、イリオーデは王子殿下の遊び相手としてほぼ毎日皇宮に推参するようになった。
勿論、父はこの事が非常に面白くないようであった。だが皇后陛下の決定を覆す事は出来ない。なのでイリオーデは皇宮に行く前と行った後に、明らかに無茶な鍛錬と教育を受けていた。
本人は無自覚なようだったが、イリオーデは昼寝が好きな子供だった。それなのに、いつの間にかあいつは夜に長時間眠る事も必要としなくなってしまった。
父の言葉にはいのみで答え、従っていたからか……イリオーデは変わってしまったのだ。
しかしイリオーデは何も文句を言わない。相変わらずの非人間っぷりで淡々と日々を過ごしていた。
それが、兄としては心配だった。このままでは一人で全てを背負い込みいつか人知れず壊れてしまうのでは、と。
せめて自分の意思を……せめて感情を持ってくれ。
神よ、どうかイリオーデに人間らしさを与えてやってください。そう、毎年天に願っていたぐらいには心配だった。
その才能に何度嫉妬しようとも。俺にとって、イリオーデは可愛い弟である事に変わりなかったのだ。
そんな俺達に、転機が訪れた。
それはなんて事ない日。丁度、今と同じ冬の季節だった。いつも通り皇宮へと行ったイリオーデが、初めて見るような浮かれた顔で帰ってきたのだ。
それに俺も、母も、家の者達も…全員が驚いていた。何事かと本人に問い詰めると、
『仕えるべき主が出来ました。私は、いずれお生まれになる王女殿下の騎士になる!』
イリオーデの口元は弧を描いていた。
それは、イリオーデにようやく訪れた感情の発露。天が、俺の願いを聞き届けてくれた証だった。
自発的に何かをする事も発言する事も無かったあのイリオーデが、自らやりたい事を見つけ、こうして信念を得た事が本当に嬉しかった。
『そう、か……っ、お前はもう立派な騎士だな、イリオーデ。先を越されてしまったか』
『アランバルトも、すぐに主を見つけられるだろう』
主がいるというものは、凄くいいものだ。とイリオーデは嬉々として語った。
父から物心ついた頃より『騎士たるものは~』と騎士道精神を教え込まれていた影響か、イリオーデはそれを基準にしか考えられなくなっていたらしい。
あいつは根っからの騎士だ。最早それ以外の生き方など出来ぬぐらい、あいつと言う全てを構成するものの大半は騎士道なのだろう。
それに少し憧れるのと同時に、俺は焦燥を覚えた。
イリオーデはようやく人間らしくなれた。俺の分まで立派な騎士となってくれるだろう。
だが、もしこのまま家督を継がされたならば、イリオーデの騎士道は絶たれるのではないだろうか?
王女殿下……皇族は元より俺達が仕えるべき存在。帝国そのものとも言える。だが、騎士たるものは── 剣を捧げし相手の為に命を尽くすもの。イリオーデが王女殿下のみに剣を捧げると決めていたら?
その場合、帝国騎士団団長という立場も、帝国の剣としての名誉も、あいつにとって足枷にしかならないんじゃないか。
ようやく人間らしくなれたのに、このままだと、あいつはまた父の傀儡へと逆戻りだ。それに気づいた俺は一人で焦っていた。
そんな中…皇后陛下が天に旅立たれ、王女殿下の身の安全の為にとイリオーデは皇宮に泊まり込むようになった。父も母もそれには強く反対したが、
『私はあの御方の騎士だ。あの御方が為に我が身命を賭すと決めた! これだけは、誰であろうと覆させない!!』
イリオーデがあまりにも強く激しく感情を表に出して反抗したものだから、両親も渋々黙認するしかなかったらしい。
その時、俺は理解した──……イリオーデは才能に満ちた不器用な人間だ。だからこそ、あいつは『誰かだけの騎士』として生きる事しか出来ない。
あいつにとっては、帝国騎士団団長の座も、帝国の剣たるランディグランジュ家当主の座も、どちらも身に余るものなのだと。
父は道を誤ったのだ。イリオーデがあまりにも才に溢れているからと、いつの日か当主の座を明け渡すつもりだったみたいだが…その為の英才教育が、仇となったな。
父がイリオーデに刷り込み続けたその騎士道によって、イリオーデは『誰かだけの騎士』としてしか生きられなくなった。
あいつは、帝国騎士団団長なんて国の騎士でもなく、帝国の剣なんて名誉の騎士でもなく、ただ一人………この人と決めた主の為だけに生きる騎士となったんだ。
……羨ましいかと問われれば、勿論羨ましいとも。俺だって、無能ではあるが騎士の端くれだ。ただ一人の主に剣を捧げ身命を賭して仕えるなんて、騎士としては人生最大の誉と言っても過言ではない。
そんな相手に出会えた事が、とても羨ましい。イリオーデ相手に羨ましいだとか妬ましいだとか思うのは昔からだが…これ程純粋に羨ましいと思ったのは、初めてかもしれないな。
俺も、この命を捧げたいと思ったレディがいなかった訳ではないが…………一言も話してなければ、簡潔に言うならばこれは一目惚れなので…騎士の誓いとかは、まぁ無理だろう。
初対面の相手から騎士の誓いとか、俺がレディ側だったら正直言って引く。
今となっては、仕えるべき主が見つかっていなくて良かったと思う。もし、そのような相手がいたならば。俺はきっと踏ん切りをつけられなかっただろうから。
俺は兄だ。弟に嫉妬して、羨望も憧憬をも向ける最低無能な男だ。
今まで、ただの一度も兄らしい事をしてやれなかった。だから俺は、兄としてお前の代わりに茨の道を行こう。
大丈夫だ。こっちは俺に任せて、お前はお前らしくそのまま騎士と成れ。
俺の分まで立派な騎士となり、王女殿下の騎士としてその身命を捧げろ。それがお前にしか出来ない、一番の兄孝行だ。
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