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第二章・監国の王女

♢バースデーパーティー編 163.最悪の招待状

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 ──フォーロイト帝国南部。特別領土、ディジェル大公領。
 かつてフォーロイト王国の隣国として、かの国と白の山脈に挟まれる位置にあったディジェル公国は、フォーロイト王国崩壊と同時に起きたフォーロイト帝国建国の際、フォーロイト帝国の属国となる事で帝国による侵略を免れた。
 フォーロイト帝国の領土でありながら、それまで公国だった領土はそのままディジェル大公領として土地を任され、ある程度の自治も認められた特例のような領地。
 その代わり、変わらず白の山脈より来たれり脅威から帝国を守る事を条件付けられた通称・帝国の盾。
 その名に相応しく、帝都近郊では俗にディジェル人と呼ばれるこの大公領の人々は──ハチャメチャに強い。性別問わずめっちゃ強い。田舎者と馬鹿にしたならば、肋骨の一本や二本は折られる覚悟はした方がいいだろう。
 日々、白の山脈より来たれり脅威……様々な魔物や魔族と戦うからか、誰もが強靭な肉体を誇るのだ。
 そして、ディジェル大公領を代々統治する一族、テンディジェル家。その家の者は代々頭脳に秀で、何よりも策謀を得意としていた。
 ディジェル大公領を統治するテンディジェルの頭脳とディジェル大公領に住む人々の強靭な肉体。言わば完璧な軍師と兵士の揃う場所、それがディジェル大公領なのである。
 ディジェル大公領北東部、領主の城にて。
 現ディジェル大公領領主ログバード・サー・テンディジェル大公は、大きなため息と共に煙を吐き出した。その手には葉巻が一つ。
 鈍色の髪に赤紫の瞳を持つ過労気味のおじさん、歳は五十三で近頃腰痛と寝不足に悩まされている。彼は若くから大公として日々休む間もなく働いていて、そろそろ弟に大公位を譲ってもいいよな? と日々画策する事で何とか理性を保っているのだ。
 隠居後はどんな自堕落な生活を過ごそうか、と妄想でもしないとやってられないぐらい、彼の過労は極まっている。何なら今すぐにでも過労死してしまいそうなぐらいだ。
 そんな彼は帝都から突然寄越された一通の招待状を見て、盛大なため息を吐いた。以前の特別な会合の為の召喚状でさえも七面倒だったのに、此度の招待状はそれを上回る。
 その内容とは──、

「皇太子の十五歳の誕生パーティー、つってもな……ウチからすればダントツで行きたくない催事なんだが。何をどうして律儀にわざわざ招待状送るのだ、あの布野郎は」

 皇太子フリードル・ヘル・フォーロイトの十五歳の誕生パーティーが、三月に催される。有力貴族は当然出席必須なのだ。
 渋い声でグチグチと恨み言をこぼしつつ、ログバードは椅子に全身を預けて天井を仰ぐ。
 フォーロイト帝国の皇族達は十五歳の誕生日に王城にてパーティーを行うしきたりがある。それは初代フォーロイト帝国皇帝が当時十五歳と言う若さでその座についた事が所以と言われている。
 その為、一ヶ月後に迫るフリードルの十五歳の誕生日に合わせ、三日程に及ぶパーティーを国を上げて催す事が決まった………と、いう旨の手紙がログバードへと送られて来たのだ。
 エリドル・ヘル・フォーロイト皇帝はあまりパーティーを好まず、これまで一度たりとも……自身はおろか子の誕生日を祝うパーティーなど開いてこなかった。
 それ故に、皇太子たるフリードルの十五歳の誕生日はこれまでの分も含めて三日間の盛大なパーティーを行う事としたのだ。
 これまでの分も含めた割に日数が少ない気がするが、まぁ、これがケイリオルの交渉の限界だったのである。『あのパーティー嫌いの陛下から、三日間のパーティー開催をもぎ取った事だけでも褒めて欲しいぐらいですよ』とケイリオルは愚痴を零したとか零さなかったとか。
 そんな一部の人間の尽力もあって開催されるパーティーなのだが、ログバードのように非常に乗り気で無い者も稀にいるのだ。

「こちとらつい数週間前に帰って来たばかりなんだが……それなのにもう帝都に来いだァ? 巫山戯るのも大概にしろ…………せめて交通費ぐらい寄越せ!!」

 帝都と大公領とはかなりの距離があり、片道一ヶ月は余裕でかかる。どんな移動手段を用いようとも、基本的にその日数は変わらない。……いくつかの例外を除いて。
 十二月の頭に有力家門の会合があり、それで突然召喚状が届いた時なんかは帝都から迎えの空間魔法を扱える魔導師が来た。
 会合が終わればすぐに帰れると思っていたログバードであったが、『滅多に大公領から出て来ない大公が帝都にいるなら』と多くの者が彼の元へと押し寄せ、その知恵を貸してくれだの仕事を手伝ってくれだの騒いでいた。
 何なら布野郎ことケイリオルからもここぞとばかりに仕事を押し付けられ、彼はなんと一ヶ月以上も帝都に滞在する事を強要されていたのだ。
 ケイリオルに無理やり手配させた魔導師の力で、ようやく大公領に帰れたかと思えば届いたのがこの手紙。突然の手紙ではなく一ヶ月程前から出すと言う事は──今度は自力で来いよ。と言う事。
 とどのつまり、彼はこれから一ヶ月近くかけてまた帝都まで行かねばならなくなったのだ。それも自力で。
 そりゃあ、怒りのあまり机を握り拳で叩いてもおかしくない。

「──伯父様、俺だけど」

 ログバードが天に向け怒号を上げようとしていた時だった。部屋の扉がコンコン、と叩かれる。
 うぉっほん、と咳払いをしつつログバードが「入れ」と言うと。

「失礼します。あの、俺に話って?」

 ログバードよりも濃い鈍色の髪に紫色の瞳を持つ好青年がおずおずと現れた。
 彼の名はレオナード・サー・テンディジェル。ログバードの甥にして、テンディジェル家の中でも特に将来を期待される若き秀才。
 そして──…アンディザ二作目において、フリードルの側近として登場した非攻略サブキャラクターだ。

「レオ、お前……帝都に行った事はあるか?」
「え? いや、無いけど。だって、ずっと伯父様の手伝いしてたか──」
「そうだろう無いだろう!」
「……急に何、その元気の良さ…」

 やたらと食い気味に声を張り上げるログバードに、レオナードは引き気味に眉を顰めた。
 しかしログバードは甥の言葉など全く気にせず思いのままに話を進めた。

「帝都はな、いい所だ。ワシには分からんが……まあ若いお前ならきっと楽しめる事だろう」
「あのー。話が見えないんだけど」
「ハッハッハッ、みなまで言わせるでない。お前とて、実はもうに検討がついているのだろう?」

 ログバードが不健康な顔に鋭くニヤリとした笑みを浮かべると、レオナードは「まぁ………」と曖昧な反応を返した。

「来月の三月に皇太子の十五歳の誕生パーティーが帝都の王城で行われる。ワシ行きたくないからお前が代わりに行け」

 何ともめちゃくちゃな命令である。しかしレオナードはこれを推測していた。先程のログバードの言葉通り、この呼び出しの理由については八割方見当はついていたのだ。
 なので特に驚く事も無く、

(まぁ、そうだよね。そんな気はしてた……伯父様なら絶対嫌がるだろうなって思ってたよ。それで俺に白羽の矢が立つのは少しだけ予想外だけど。てっきり父さんに押し付けるかと思ってた)

 淡々とこの状況を受け入れていた。
 ログバード相手に下手な抵抗や文句は無意味であると、彼の元で育って来たレオナードはきちんと理解しているのである。

「それは良いんだけど、どうして俺なの? 父さんじゃあなくて」
「セレアードは領主引き継ぎの件でこれから色々と忙しくなる予定だからな。あまり長々と領地を離れさせる訳にもいかないのだ」
「成程……それで俺が名代って事になったんだね。でもそれ、偉い人に怒られないのかなぁ」

 皇太子の十五歳の誕生パーティー。それは帝国で一二を争う重大イベント。特に有力家門は出席必須だというのに、テンディジェル家は当主も次期当主も欠席し、若者に名代を務めさせようとしている。
 これは確かに、国の重鎮として些か軽率な行動であり場合によっては咎められる恐れすらもある行動。果たしてこれをエリドルやケイリオルや他の有力家門の者達が許すのか……と、レオナードは不安を覚えているのだ。
 そんな不安を吹き飛ばさんとばかりにログバードが豪快に笑う。

「ハッハッハッ! その時はその時だ。お前はテンディジェルの者として堂々とずる賢く立ち回れば良い」

 レオナードはこれに、(相変わらず適当だなぁ……)と愛想笑いを返した。
 彼に拒否権など最初から無く、こうしてめでたくフリードルの誕生パーティーに出席する事が決まったのだが……当然、レオナードも乗り気では無い。
 何せ一人で一度も行った事の無い帝都に行き、王城にて開催される皇太子の誕生パーティーに出席しなくてはならないのだ。寧ろ、誰が乗り気になれるんだ。
 これまで社交よりも内政に注力した人生を送っていた為、レオナードは己の社交能力に全く自信が無い。事実上の社交界デビューが皇太子の誕生パーティーだなんて…とレオナードは密かに絶望していた。
 それを察したログバードが、気を解してやろうと話題を変える。

「それにな、帝都のパーティーと言えば帝国中の貴族が集まる場だ。お前のお眼鏡にかなう女の一人や二人いる事だろうよ。皇太子を祝う為じゃあなくて、嫁探しの為にパーティーに出席するんだと思えばいい」
「皇太子の誕生パーティーに嫁探しで出席する方がよっぽど不味いと思うけど」

 だがそれは失敗に終わった。レオナードはあまり触れられたく無い話題に触れられ、冷たくピシャリと言い放つ。
 しかし、ログバードはそんなの気にもとめず、呆れ顔で続けた。

「お前ももうすぐ十七になるんだ、そろそろ良さげな女とっ捕まえて身を固めておいた方がいいぞ? どれだけワシが紹介してやると言っても運命だ理想だと騒いで聞かんのだから、いい加減自分で探すぐらいしろ」
「うっ………別にいいでしょ、少しぐらい夢見たって……」

 ズバリ図星だった。レオナードは現在十六歳にしていずれ大公領を治める事になるであろう男。そして、領地では知らない者がいない程の美男子だった。
 故にそれはもうモテる。毎年誕生日には領地の女性達から貢ぎ物プレゼントが届き、街を歩けばすぐに女性に掴まり囲まれる。ある種のアイドル的存在なのだ。
 当然、幼い頃から彼に婚約者を………と言う話は上がっていたのだが、レオナードは当時から絶世の美少年と名高く、我こそはと名乗りあげる女性があまりにも大勢いて全く決まる気配が無かった。
 そして、レオナードの可愛い妹であるローズニカが『だれにもおにーしゃまはあげないもん!』『おにーしゃまはローズのおにーしゃまだもん!』と頑固だった事から、レオナードは婚約者も定めぬままこれまで生きて来たのだ。
 彼の妹であるローズニカは箱入り娘であり、結構なブラコンであり、これまたその美少女っぷりから領地のアイドル的存在になっている以上……彼女に婚約者だとかを期待するのは難しい。
 ならばテンディジェルの血筋はどう守るのだと。かねてより浮上していたこの問題にそろそろ終止符を打ちたいというのが、ログバードの本音であった。
 この問題を解決出来るのは最早レオナードのみ。だからこそ、ログバードはいい女をさっさと見つけろ、なんて乱暴な言い方をしているのだ。
 しかしこれはまだ優しい方である。何故ならレオナードに自ら選ぶ機会を与えているのだから。やろうと思えば適当に見繕った女と婚約させる事も可能だと言うのに。
 なんのかんの言って、ログバードはかなりレオナードに甘いのである。

「お前は選り好みし過ぎだ。というか理想が高過ぎる。何だ、物語に出てくるような幻想的なお姫様だとか妖精のお姫様? だとか…」

 幼い頃よりローズニカと共に様々な絵本を見ていた影響か、レオナードの理想はかなり特異なものとなっていた。……これも、彼の婚約者選びが全く進展しない理由の一つである。

「ああああああああっ! 分かってるから声に出さないで! うぅ……分かってるから、そんな人実際にはいないって分かってるから…ちゃんとお嫁さん探しだってするからぁ!」
「まぁ、帝都にはお前の理想に近い女の一人や二人はいるだろうよ、ワシは知らんが」

 耳まで真っ赤にしてレオナードが慌てふためく。己のメルヘンチックな好みは自覚しているのものの、それを他人に改まって言われるのはかなり苦しいらしい。
 疲弊したレオナードに向け、「来週には出発出来るよう準備しておけ。城にはお前が名代で出席すると返事をしておくからな」と追い討ちをかけるログバード。
 それにレオナードは「はーい……」とため息と共に返して、とぼとぼ部屋を後にした。
 自室へと戻る前に、彼はすぐ近くにある妹の部屋に立ち寄った。コンコン、とノックをして「入るよ、ローズ」と入室する。

「──お兄様。伯父様からの呼び出しはどうでしたか?」

 レオナードより少し明るい鈍色の長髪に薄紫の瞳を持つ儚げな美少女が、ニコリと微笑んで彼を迎え入れる。
 彼女はローズニカ・サー・テンディジェル。レオナードより三つ歳下の妹で、自他共に認めるブラコン。そして、レオナードと同じような価値観と感性を持つ変わった少女。
 流れるように彼女の隣に座り、レオナードは先程の事を話し始める。

「来月の皇太子の十五歳の誕生パーティーに、俺が伯父様や父さんの代わりに出る事になったんだ。だから暫く領地を離れて帝都に行かなきゃいけない」
「そんな……お兄様と暫く離れ離れなんて」
「俺もそれが本当に気がかりで。ローズも連れて行けたら良かったんだけど、お前はまだ十三歳だからな」
「こんな風習、今すぐ無くなるべきですわ!」

 ぷんぷんと怒りに頬を膨らませるローズニカの頭を、レオナードは宥めるように優しく撫でる。
 ディジェル大公領の変な風習、それは『子供は十五歳になるまで領地から出てはならない』といったもので………大昔に大公領が妖精か何かの祝福を受け、それによってこの領地の者達は強靭な肉体を持って生まれるようになった。
 その祝福がきちんと体に定着するまでに十五年かかるから、と言われているらしい。真偽は定かではないが、十五歳になるまでに領地から出てしまえば、祝福が定着せず体に甚大な被害──言うなれば、後遺症が出てしまうらしい。
 その為、この土地に生まれた人々は十五歳になるその時まで領地から一歩も出ないまま生きている。祝福と言うが、最早一種の呪いである。

「帝都には色んな物があるだろうし、何かお土産も買ってくるよ。何がいい?」
「お土産……ならまだ読んだ事の無い物語がいいです! ああでも、土産話でも全然大丈夫ですよ。お兄様が見聞きした外の世界の事を沢山聞きたいですわ」
「そうか。土産話が出来るよう、積極的に動き回る事にするよ」
「ふふっ、楽しみにしてますね」

 美しい兄妹は仲睦まじく微笑み合う。この一週間後、レオナードは数名の召使と護衛を連れて帝都へ向けて旅立った。
 長い旅路の中で、彼は幾度となく『何も起きませんように』とパーティーでの己の無事を祈っていたとか。
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