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第二章・監国の王女
157.動乱に終幕を7
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「説明の前に一つだけ、懸念点を除きたい。そちらのレディは本当に──…八年前に失踪したマリエル・シュー・ララルス侯爵令嬢なのか? 入室してから一度も顔を見せず一言も発さず、シャンパージュ伯爵が用意した影武者、といった可能性は無いだろうか」
「ふむ、つまり彼女が本物のマリエル・シュー・ララルス令嬢ではないと疑っているのですね?」
ケイリオル卿が確認すると、アルブロイト公爵は一度こくりと頷いて、
「その可能性が拭い切れぬというだけだ。何せ五年程我々のような家門が捜索していたにも関わらず、行方が分からなかったのだ。死亡説すら出ていたレディが八年後に突然現れたとなれば、疑うのも無理はないと私は考える」
こちらに視線を向けた。
アルブロイト公爵に引っ張られるように、その場にいた人達の視線が私に集中する。彼の言い分は正しい。寧ろ、そう考える事が普通でしょう。
シャンパージュ伯爵に素性を明かした時は、過去に何度か会った事があり昔の私と母の顔を知っていた事………それとララルスの証明になるペンダントのお陰もあり、彼にも何とか信じて貰えたのだ。
それなのに、顔も声も明らかにしていない今の私を、彼等がイマイチ信用出来ないというのは当然です。
一度シャンパージュ伯爵に視線を送ると、彼は仕方ないとばかりに伏し目で頷いた。叙爵式まで顔を晒すつもりは無かったのですが、致し方ない。
一度深呼吸をしてから、髪飾りを外してベールを取った。それと同時にポケットからペンダントを取り出して、私は堂々と名乗った。
「──ご挨拶が遅れました事、大変申し訳なく思います。私はマリエル・シュー・ララルス。正真正銘、ララルス侯爵家の人間です」
屑や夫人達の反応は予想通りのもの。怒りや恨みの籠った目を釣り上げてこちらを睨んで来る。
オリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵が柔らかく頬を綻ばせ、侍女の私を知る方々はこの顔と声に驚きを露わにしていた。
「ふむ、どうやら他の者達の反応からして本物らしい。疑ってすまなかった、レディ。それだけ君の事を心配していたのだと思って欲しい」
アルブロイト公爵が小さく笑みを浮かべる。カラス達からも聞いてましたからね…あの屑が私の捜索に他の侯爵家だけでなくアルブロイト公爵家まで巻き込んだというのは。
実際にアルブロイト公爵に会った事はほんの二回程でしたが、昔から意外と茶目っ気のある良い人なんですよね。アルブロイト公爵は。
物静かでありながらしっかりとした雰囲気を纏う、厳格で渋い公爵様……巷で女性達から『本気で恋しそうになる』と言われているだけはありますね。素であんな事を言ってのけるのですから、当然女性達は簡単に心奪われてしまうでしょう。詳しくは知りませんが。
しかし、何故ランディグランジュ侯爵はあんなにも間抜けな顔をしていらっしゃるのか。八年間行方不明だった人間が生きていた事は、そこまで驚く事でしょうか。
「ではアルブロイト公爵の疑念も晴れた事ですし、早速、マリエル・シュー・ララルス令嬢から話を聞いてみましょうか」
パンッ、と手を叩いてケイリオル卿が話を戻す。それに従い、私は神妙な面持ちを作る人達に向けて事のあらましを語りました。
八年前失踪した理由、こうして告発するに至った理由、屑──ララルス侯爵とその家族が犯してきた罪の内訳、それらをすらすらと言い淀む事無く話してゆく。
一通り話し終えて、ふぅ…と一息ついた所でフューラゼ侯爵が挙手をして、
「ちなみに聞きたいのだが、マリエルちゃんは八年間どこにいたんだ? それと、どうやって過去のものだけに留まらず八年分の不正の証拠を集めたんだ?」
不明瞭であった点について言及して来た。これには皆様同意見のようで、興味深そうにこちらに視線を集中させている。
どこにいたかについてはもう隠す必要も無くなったので、大人しく話しましょうか。証拠を集めた方法は…一応カラスは極秘部隊ですし、話せませんね。
「証拠を集めた方法は独自の方法で、としか。その代わりに八年間どこにいたかはお話出来ます」
「…ではどこに?」
「此処です」
「「え?」」
フューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵の素っ頓狂な声が重なる。
「王城──…正確にはその敷地内にある皇宮にて、侍女をしておりました」
淡々と語りますと、各部署の部署長の方々があんぐりとして私を見ていた。しかしそれは彼等だけでなく、侯爵達も同様であった。ランディグランジュ侯爵とテンディジェル大公が驚きから目を丸くし、開いた口が塞がらない様子。
アルブロイト公爵はどこか納得したかのように薄ら笑いを浮かべている。
そして、
「「こ、皇宮で侍女ぉおおおおおっ!?」」
フューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵が大変息の合った叫びを上げる。やはり昔からとても仲がよろしいですわね、この御二方は。
「い、いやしかし。侯爵令嬢で当時十六歳とかだった令嬢が突然皇宮で侍女になると言うのは流石に無理のある話では?」
あわあわとしながらランディグランジュ侯爵がそう尋ねてくる。皇宮の侍女はかなりの名誉ある職。それに失踪した侯爵令嬢がすぐさまなるというのは、確かに現実的では無い。
「私の母が元侍女だった事と、ララルス侯爵によく侍女の真似事を強要されていた事から私も侍女の仕事には覚えがありました。皇宮で働けるようになったのは……偶然、としか言いようがありませんね」
「そのような事情が………実の娘にそのような事をさせるとは、ララルス侯爵は酷い男だな」
ランディグランジュ侯爵は何故こうも妙に親切というか、親身になるのでしょうか。気味が悪いですね。
キッとランディグランジュ侯爵が睨みをきかせると、屑はビクリと肩を跳ねさせて萎縮した。自分より一回りは歳下のランディグランジュ侯爵に少し威嚇されただけでああも怯えるなんて情けない………。
次第に話し合いはララルス侯爵家の今後にについてどうするか。という旨に変わった。寧ろこれが本題、この為にアルブロイト公爵とテンディジェル大公と四大侯爵家が一同に会したのだ。
皇帝陛下が不在なので、皇太子殿下を中心とした高位貴族達が各部署の部署長立ち会いの元でララルス侯爵家の今後の処遇について話し合う事になったのです。
侯爵家以上の爵位を持つ家門に何かあった場合、こうして各家門の当主を招集して多数決での会合を行うように。と言った決まりがあるのだそう。
特例として、絶対中立のシャンパージュ伯爵も毎度この場に呼ばれているそうです。
説明を終えた私とシャンパージュ伯爵が席に座ると、「では早速議論といきましょう」とケイリオル卿が口を切った。
「まず前提として、現ララルス侯爵家当主モロコフ・シュー・ララルスより爵位を剥奪します。これについて何か意見はありますか?」
ケイリオル卿が各家門の現当主達に意見を仰ぐと、
「アルブロイト、異議なし。あの男は四大侯爵家の当主の器では無いとかねてより言っていたからな」
「テンディジェルも異議はない。不貞は良くない」
「ランディグランジュ、異議なし。異議を申し立てる理由が無い」
「オリベラウズも当然異議なし! マリエルちゃんの方が当主に相応しいと僕は思う!」
「フューラゼ、異議は全くない。屑はさっさと死ね」
「シャンパージュ、異議なし。告発した身故、わざわざ言う必要も無いかもしれませんが」
間髪入れずに彼等は即答していった。当主達の言葉に顎が外れそうな程愕然とする屑。
その様子を見てクスクス、と笑いながらケイリオル卿が「はい、満場一致ですね」と手元の用紙に記してゆく。
「では続いてモロコフ・シュー・ララルス及びその妻カレンディティーナ・シュー・ララルスの処遇。折角ですのでその子供達ムルカプロ・シュー・ララルスとセジオリス・シュー・ララルスとミルバンス・シュー・ララルスの処遇についても決めましょうか。これについて何か意見はありますか?」
随分とノリが軽いですね。しかし、皇太子殿下もケイリオル卿のそれには特に何も仰らないので、問題は無いのでしょう。
そう、この空間の妙な不真面目さに疑問符を浮かべていたところで、フューラゼ侯爵がスっと手を挙げて、
「死刑」
短くピシャリと言い放つ。それに続くようにオリベラウズ侯爵が、
「晒し首はどうだ?」
顎に手を当て、真剣な面持ちでボソリと呟いた。
「待ってくれ、フューラゼ侯爵、オリベラウズ侯爵。これは恐らく処刑方法を選べという事なのだと俺は愚考する。それ故、個人的には噂に聞く処刑方法を試したい」
「噂に聞く処刑方法とはなんだ」
「その名も、真鍮の雄牛なる魔導具を用いた処刑方法らしく、発祥はクサキヌアで中々の惨たらしさを誇る処刑道具らしいのだ。マリエル嬢を苦しめた者達には相応しい死かと」
フューラゼ侯爵に言及され、ランディグランジュ侯爵はキリリと解説した。ランディグランジュ侯爵は何の勘違いをして何の提案をしているのでしょうか。
どんな処遇にするかという話がいつの間にか処刑道具の話に変わってしまうなんて。
「待ちたまえ。ここはやはり、当事者たるレディにこそ決定権があると思うのだが、諸君はどう思う」
アルブロイト公爵の発言に侯爵達はハッとなり、「それもそうだ」「確かに、マリエルちゃんが決めるべきだね」「マリエル嬢が決めるべき……確かにそうだ。我々が口を挟む事ではない」とあっさりと賛同した。
そしてまたもや私に集中する視線。本当に私が決めていいものかとケイリオル卿の方に目を遣ると、彼は問題無いとばかりに親指をぐっとあげた。
どうやら本当に、私が屑達に与える処罰を決めなければならないらしい。何と責任重大な。
「そうですね……… とりあえず全員死んで欲しいですね、法が赦す限り最も残酷な方法で」
屑達に向けてニコリと微笑みかけますと、彼等は等しく身を震え上がらせた。ふふ、何と無様な表情なのでしょうか。
今まで自分達がして来た事を思い返しなさい。情状酌量の余地など全く無いでしょう?
「残酷な方法ですか…それなら打首は無しですね。あんなの一瞬ですし」
「ならばやはり真鍮の雄牛でいいのでは?」
「ランディグランジュは随分とそれを推すな……」
「概要を聞いただけでも結構惨いし、それでいいんじゃないか?」
話はまた戻り、結局屑達はその真鍮の雄牛なる処刑道具の実験台になる事で話は纏まりました。
その後、本来なら家門をとり潰すところではあるものの、あの屑はともかくララルス侯爵家は帝国の功臣。その事があって家門のとり潰しは免れました。
その代わり、代々ララルス侯爵が務めてきた財務部部署長の任は解任。もう二度と、その座にララルス侯爵が座る事は無いでしょう。
他にもララルス侯爵家に与えられていた様々な権限が剥奪され、財産のほとんども没収されました。これにより、ララルス侯爵家は事実上の没落。名誉は信頼は失墜し、残されたのは歴史のみ………なんと存在価値の無い家門なのか。
そして上手く会話を誘導し、私がその爵位を受け継ぐ事となりました。何せ妹はまだ十五歳とかで、没落したとは言えど、歴史ある家門を運営する力など無い。
よって、モロコフ・シュー・ララルスの血を持ち家門の運営も可能な私が…と、いい感じに会話を誘導したのです。
ええ。全くの予定通りです。本来後継の立場に無い私が当主も邪魔な人間も全てを法的に殺害し、当主の座につく──これは、そんな爵位簒奪計画だったのだ。
会合は終わり、屑達は例の処刑まで投獄。私の叙爵式は三日後に執り行う事に。予想よりも早くて驚いていると、ケイリオル卿が随分と明るい声で、「こんな事もあろうかと前々から準備しておりましたので」と耳打ちして来た。
そして私達は各々現地解散……と皇太子殿下に言われたのですが、シャンパージュ伯爵と共に帰ろうかという時、オリベラウズ侯爵達に呼び止められました。
「マリエルちゃん、こんな事になった家門を押し付けられて大変だろうけど……何かあっても無くても僕の事頼ってくれていいからね? 同じ侯爵家としていくらでも力にな──」
「うぉっほん。オリベラウズと同じ言葉になるのは癪だが…いざと言う時は俺も、フューラゼ侯爵家も君の力になると約束しよう」
「──わざとか? わざと僕の言葉に被せて来たなフューラゼ??」
火花を散らすオリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵。するとその横からランディグランジュ侯爵達も現れて。
「お、俺も……ランディグランジュ侯爵家もマリエル嬢の力になろう。何かあったら連絡して欲しい」
「何やら面白い話をしているじゃないか。そうだな…おい、大公。私達もララルスの再建に協力しようじゃないか」
「え、あぁ…別に構わないが………」
何やら話が恐ろしい方向に進み始めた。シャンパージュ伯爵家に侯爵家三家門に公爵家に大公家の支援を受けるなんて、そんな事があっていいのか?
あまりにも贅沢……と言いますか、畏れ多いと言いますか、過剰な支援では??
「やったね、ララルス嬢。これだと予想よりもずっと早く家門の再建が可能かもしれない」
「……何かと皆様は決定が軽すぎるのでは?」
「ちなみにこの会合…だけに限らず、この家門同士の交流は毎度こんな感じだから、今のうちに慣れておく事をお勧めしよう」
「努力します」
これからは私がララルス侯爵として彼等と渡り合う必要があるのだから。
その後、会話の流れかその場にいた面々で食事をする事になり、シャンパー商会の誇る一流サロンに案内され、そこで眩い超高級料理を振る舞われました。それはもう、舌の肥えた皆様でさえも舌鼓を打つ程の美味。
意外と和やかな食事の時間が続いていたのですが、食事の後にシャンパージュ伯爵が冗談交じりに「お代を払いたい人はいるかい?」と発言した事により空気は凍りついた。
これ程の高級料理……きっととんでもない値段がすると全員が察していたからでしょう。
表情の固まった侯爵達に向け、シャンパージュ伯爵が「ははっ! 冗談だよ、冗談」と小気味よい笑い声をあげると、オリベラウズ侯爵が「お前本当にそういうとこ!!」と食ってかかる。
凍りついた空気も元通りになり、和やかな食事を終えて、我々は解散した。私は今日よりララルス邸に戻る事にしていたので、シャンパージュ伯爵が手配して下さった馬車でララルス邸にまで戻る。
……それにしても、本当に皆様優しい方々でしたね。
ランディグランジュ侯爵だって…十年前に侯爵夫婦を殺害して爵位簒奪を成した人とは思えないといいますか、何だかとても不器用そうな印象を抱きました。
あの様子ですと案外簡単に姫様を支持すると表明してくれそうですね。イリオーデ卿という切り札もありますし、ほぼ勝利は確定したようなもの。実にラッキーです。
考え事をしているうちに、ララルス邸に到着。門の前で馬車を降りて、堂々と敷地内に入る。すると玄関の前に見知った顔が立ち並んでいて、彼等は私の姿を見つけるなり一糸乱れぬ動きで跪き、
「帰還を心待ちにしておりました、我が主」
頭を垂れて口を揃えた。相変わらず耳が早いですね、カラスは。
「気が早いですよ。叙爵式までは三日はありますから、私はまだ正式な当主では無いのですよ」
「だが今この邸に戻ってきたって事は、何かするつもりなんだろう?」
ニヤリと吊り上げられた口角で、アンドレカが問うて来た。
「ええ、まあ。もうすぐ私のモノとなるこの邸に、ゴミは必要無いので」
ゴミ掃除という名の人材の一斉解雇と不要な物の一斉処分。それを前もって行っておこうかと思ったので、三日前から邸に帰って来たのです。
後は、妹への事情の説明でしょうか。妹に会うのも八年ぶりですけど……果たしてどうなるやら。
ああ、もうすぐです。もうすぐで、私は確かな力を得られる。
だからもう少しだけお待ち下さい、姫様。いつか必ず、貴女を守り支えられるようになって、お傍に馳せ参じますから。
その時はどうか、最後にもう一度だけ──…夢を、見させて下さい。
「ふむ、つまり彼女が本物のマリエル・シュー・ララルス令嬢ではないと疑っているのですね?」
ケイリオル卿が確認すると、アルブロイト公爵は一度こくりと頷いて、
「その可能性が拭い切れぬというだけだ。何せ五年程我々のような家門が捜索していたにも関わらず、行方が分からなかったのだ。死亡説すら出ていたレディが八年後に突然現れたとなれば、疑うのも無理はないと私は考える」
こちらに視線を向けた。
アルブロイト公爵に引っ張られるように、その場にいた人達の視線が私に集中する。彼の言い分は正しい。寧ろ、そう考える事が普通でしょう。
シャンパージュ伯爵に素性を明かした時は、過去に何度か会った事があり昔の私と母の顔を知っていた事………それとララルスの証明になるペンダントのお陰もあり、彼にも何とか信じて貰えたのだ。
それなのに、顔も声も明らかにしていない今の私を、彼等がイマイチ信用出来ないというのは当然です。
一度シャンパージュ伯爵に視線を送ると、彼は仕方ないとばかりに伏し目で頷いた。叙爵式まで顔を晒すつもりは無かったのですが、致し方ない。
一度深呼吸をしてから、髪飾りを外してベールを取った。それと同時にポケットからペンダントを取り出して、私は堂々と名乗った。
「──ご挨拶が遅れました事、大変申し訳なく思います。私はマリエル・シュー・ララルス。正真正銘、ララルス侯爵家の人間です」
屑や夫人達の反応は予想通りのもの。怒りや恨みの籠った目を釣り上げてこちらを睨んで来る。
オリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵が柔らかく頬を綻ばせ、侍女の私を知る方々はこの顔と声に驚きを露わにしていた。
「ふむ、どうやら他の者達の反応からして本物らしい。疑ってすまなかった、レディ。それだけ君の事を心配していたのだと思って欲しい」
アルブロイト公爵が小さく笑みを浮かべる。カラス達からも聞いてましたからね…あの屑が私の捜索に他の侯爵家だけでなくアルブロイト公爵家まで巻き込んだというのは。
実際にアルブロイト公爵に会った事はほんの二回程でしたが、昔から意外と茶目っ気のある良い人なんですよね。アルブロイト公爵は。
物静かでありながらしっかりとした雰囲気を纏う、厳格で渋い公爵様……巷で女性達から『本気で恋しそうになる』と言われているだけはありますね。素であんな事を言ってのけるのですから、当然女性達は簡単に心奪われてしまうでしょう。詳しくは知りませんが。
しかし、何故ランディグランジュ侯爵はあんなにも間抜けな顔をしていらっしゃるのか。八年間行方不明だった人間が生きていた事は、そこまで驚く事でしょうか。
「ではアルブロイト公爵の疑念も晴れた事ですし、早速、マリエル・シュー・ララルス令嬢から話を聞いてみましょうか」
パンッ、と手を叩いてケイリオル卿が話を戻す。それに従い、私は神妙な面持ちを作る人達に向けて事のあらましを語りました。
八年前失踪した理由、こうして告発するに至った理由、屑──ララルス侯爵とその家族が犯してきた罪の内訳、それらをすらすらと言い淀む事無く話してゆく。
一通り話し終えて、ふぅ…と一息ついた所でフューラゼ侯爵が挙手をして、
「ちなみに聞きたいのだが、マリエルちゃんは八年間どこにいたんだ? それと、どうやって過去のものだけに留まらず八年分の不正の証拠を集めたんだ?」
不明瞭であった点について言及して来た。これには皆様同意見のようで、興味深そうにこちらに視線を集中させている。
どこにいたかについてはもう隠す必要も無くなったので、大人しく話しましょうか。証拠を集めた方法は…一応カラスは極秘部隊ですし、話せませんね。
「証拠を集めた方法は独自の方法で、としか。その代わりに八年間どこにいたかはお話出来ます」
「…ではどこに?」
「此処です」
「「え?」」
フューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵の素っ頓狂な声が重なる。
「王城──…正確にはその敷地内にある皇宮にて、侍女をしておりました」
淡々と語りますと、各部署の部署長の方々があんぐりとして私を見ていた。しかしそれは彼等だけでなく、侯爵達も同様であった。ランディグランジュ侯爵とテンディジェル大公が驚きから目を丸くし、開いた口が塞がらない様子。
アルブロイト公爵はどこか納得したかのように薄ら笑いを浮かべている。
そして、
「「こ、皇宮で侍女ぉおおおおおっ!?」」
フューラゼ侯爵とオリベラウズ侯爵が大変息の合った叫びを上げる。やはり昔からとても仲がよろしいですわね、この御二方は。
「い、いやしかし。侯爵令嬢で当時十六歳とかだった令嬢が突然皇宮で侍女になると言うのは流石に無理のある話では?」
あわあわとしながらランディグランジュ侯爵がそう尋ねてくる。皇宮の侍女はかなりの名誉ある職。それに失踪した侯爵令嬢がすぐさまなるというのは、確かに現実的では無い。
「私の母が元侍女だった事と、ララルス侯爵によく侍女の真似事を強要されていた事から私も侍女の仕事には覚えがありました。皇宮で働けるようになったのは……偶然、としか言いようがありませんね」
「そのような事情が………実の娘にそのような事をさせるとは、ララルス侯爵は酷い男だな」
ランディグランジュ侯爵は何故こうも妙に親切というか、親身になるのでしょうか。気味が悪いですね。
キッとランディグランジュ侯爵が睨みをきかせると、屑はビクリと肩を跳ねさせて萎縮した。自分より一回りは歳下のランディグランジュ侯爵に少し威嚇されただけでああも怯えるなんて情けない………。
次第に話し合いはララルス侯爵家の今後にについてどうするか。という旨に変わった。寧ろこれが本題、この為にアルブロイト公爵とテンディジェル大公と四大侯爵家が一同に会したのだ。
皇帝陛下が不在なので、皇太子殿下を中心とした高位貴族達が各部署の部署長立ち会いの元でララルス侯爵家の今後の処遇について話し合う事になったのです。
侯爵家以上の爵位を持つ家門に何かあった場合、こうして各家門の当主を招集して多数決での会合を行うように。と言った決まりがあるのだそう。
特例として、絶対中立のシャンパージュ伯爵も毎度この場に呼ばれているそうです。
説明を終えた私とシャンパージュ伯爵が席に座ると、「では早速議論といきましょう」とケイリオル卿が口を切った。
「まず前提として、現ララルス侯爵家当主モロコフ・シュー・ララルスより爵位を剥奪します。これについて何か意見はありますか?」
ケイリオル卿が各家門の現当主達に意見を仰ぐと、
「アルブロイト、異議なし。あの男は四大侯爵家の当主の器では無いとかねてより言っていたからな」
「テンディジェルも異議はない。不貞は良くない」
「ランディグランジュ、異議なし。異議を申し立てる理由が無い」
「オリベラウズも当然異議なし! マリエルちゃんの方が当主に相応しいと僕は思う!」
「フューラゼ、異議は全くない。屑はさっさと死ね」
「シャンパージュ、異議なし。告発した身故、わざわざ言う必要も無いかもしれませんが」
間髪入れずに彼等は即答していった。当主達の言葉に顎が外れそうな程愕然とする屑。
その様子を見てクスクス、と笑いながらケイリオル卿が「はい、満場一致ですね」と手元の用紙に記してゆく。
「では続いてモロコフ・シュー・ララルス及びその妻カレンディティーナ・シュー・ララルスの処遇。折角ですのでその子供達ムルカプロ・シュー・ララルスとセジオリス・シュー・ララルスとミルバンス・シュー・ララルスの処遇についても決めましょうか。これについて何か意見はありますか?」
随分とノリが軽いですね。しかし、皇太子殿下もケイリオル卿のそれには特に何も仰らないので、問題は無いのでしょう。
そう、この空間の妙な不真面目さに疑問符を浮かべていたところで、フューラゼ侯爵がスっと手を挙げて、
「死刑」
短くピシャリと言い放つ。それに続くようにオリベラウズ侯爵が、
「晒し首はどうだ?」
顎に手を当て、真剣な面持ちでボソリと呟いた。
「待ってくれ、フューラゼ侯爵、オリベラウズ侯爵。これは恐らく処刑方法を選べという事なのだと俺は愚考する。それ故、個人的には噂に聞く処刑方法を試したい」
「噂に聞く処刑方法とはなんだ」
「その名も、真鍮の雄牛なる魔導具を用いた処刑方法らしく、発祥はクサキヌアで中々の惨たらしさを誇る処刑道具らしいのだ。マリエル嬢を苦しめた者達には相応しい死かと」
フューラゼ侯爵に言及され、ランディグランジュ侯爵はキリリと解説した。ランディグランジュ侯爵は何の勘違いをして何の提案をしているのでしょうか。
どんな処遇にするかという話がいつの間にか処刑道具の話に変わってしまうなんて。
「待ちたまえ。ここはやはり、当事者たるレディにこそ決定権があると思うのだが、諸君はどう思う」
アルブロイト公爵の発言に侯爵達はハッとなり、「それもそうだ」「確かに、マリエルちゃんが決めるべきだね」「マリエル嬢が決めるべき……確かにそうだ。我々が口を挟む事ではない」とあっさりと賛同した。
そしてまたもや私に集中する視線。本当に私が決めていいものかとケイリオル卿の方に目を遣ると、彼は問題無いとばかりに親指をぐっとあげた。
どうやら本当に、私が屑達に与える処罰を決めなければならないらしい。何と責任重大な。
「そうですね……… とりあえず全員死んで欲しいですね、法が赦す限り最も残酷な方法で」
屑達に向けてニコリと微笑みかけますと、彼等は等しく身を震え上がらせた。ふふ、何と無様な表情なのでしょうか。
今まで自分達がして来た事を思い返しなさい。情状酌量の余地など全く無いでしょう?
「残酷な方法ですか…それなら打首は無しですね。あんなの一瞬ですし」
「ならばやはり真鍮の雄牛でいいのでは?」
「ランディグランジュは随分とそれを推すな……」
「概要を聞いただけでも結構惨いし、それでいいんじゃないか?」
話はまた戻り、結局屑達はその真鍮の雄牛なる処刑道具の実験台になる事で話は纏まりました。
その後、本来なら家門をとり潰すところではあるものの、あの屑はともかくララルス侯爵家は帝国の功臣。その事があって家門のとり潰しは免れました。
その代わり、代々ララルス侯爵が務めてきた財務部部署長の任は解任。もう二度と、その座にララルス侯爵が座る事は無いでしょう。
他にもララルス侯爵家に与えられていた様々な権限が剥奪され、財産のほとんども没収されました。これにより、ララルス侯爵家は事実上の没落。名誉は信頼は失墜し、残されたのは歴史のみ………なんと存在価値の無い家門なのか。
そして上手く会話を誘導し、私がその爵位を受け継ぐ事となりました。何せ妹はまだ十五歳とかで、没落したとは言えど、歴史ある家門を運営する力など無い。
よって、モロコフ・シュー・ララルスの血を持ち家門の運営も可能な私が…と、いい感じに会話を誘導したのです。
ええ。全くの予定通りです。本来後継の立場に無い私が当主も邪魔な人間も全てを法的に殺害し、当主の座につく──これは、そんな爵位簒奪計画だったのだ。
会合は終わり、屑達は例の処刑まで投獄。私の叙爵式は三日後に執り行う事に。予想よりも早くて驚いていると、ケイリオル卿が随分と明るい声で、「こんな事もあろうかと前々から準備しておりましたので」と耳打ちして来た。
そして私達は各々現地解散……と皇太子殿下に言われたのですが、シャンパージュ伯爵と共に帰ろうかという時、オリベラウズ侯爵達に呼び止められました。
「マリエルちゃん、こんな事になった家門を押し付けられて大変だろうけど……何かあっても無くても僕の事頼ってくれていいからね? 同じ侯爵家としていくらでも力にな──」
「うぉっほん。オリベラウズと同じ言葉になるのは癪だが…いざと言う時は俺も、フューラゼ侯爵家も君の力になると約束しよう」
「──わざとか? わざと僕の言葉に被せて来たなフューラゼ??」
火花を散らすオリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵。するとその横からランディグランジュ侯爵達も現れて。
「お、俺も……ランディグランジュ侯爵家もマリエル嬢の力になろう。何かあったら連絡して欲しい」
「何やら面白い話をしているじゃないか。そうだな…おい、大公。私達もララルスの再建に協力しようじゃないか」
「え、あぁ…別に構わないが………」
何やら話が恐ろしい方向に進み始めた。シャンパージュ伯爵家に侯爵家三家門に公爵家に大公家の支援を受けるなんて、そんな事があっていいのか?
あまりにも贅沢……と言いますか、畏れ多いと言いますか、過剰な支援では??
「やったね、ララルス嬢。これだと予想よりもずっと早く家門の再建が可能かもしれない」
「……何かと皆様は決定が軽すぎるのでは?」
「ちなみにこの会合…だけに限らず、この家門同士の交流は毎度こんな感じだから、今のうちに慣れておく事をお勧めしよう」
「努力します」
これからは私がララルス侯爵として彼等と渡り合う必要があるのだから。
その後、会話の流れかその場にいた面々で食事をする事になり、シャンパー商会の誇る一流サロンに案内され、そこで眩い超高級料理を振る舞われました。それはもう、舌の肥えた皆様でさえも舌鼓を打つ程の美味。
意外と和やかな食事の時間が続いていたのですが、食事の後にシャンパージュ伯爵が冗談交じりに「お代を払いたい人はいるかい?」と発言した事により空気は凍りついた。
これ程の高級料理……きっととんでもない値段がすると全員が察していたからでしょう。
表情の固まった侯爵達に向け、シャンパージュ伯爵が「ははっ! 冗談だよ、冗談」と小気味よい笑い声をあげると、オリベラウズ侯爵が「お前本当にそういうとこ!!」と食ってかかる。
凍りついた空気も元通りになり、和やかな食事を終えて、我々は解散した。私は今日よりララルス邸に戻る事にしていたので、シャンパージュ伯爵が手配して下さった馬車でララルス邸にまで戻る。
……それにしても、本当に皆様優しい方々でしたね。
ランディグランジュ侯爵だって…十年前に侯爵夫婦を殺害して爵位簒奪を成した人とは思えないといいますか、何だかとても不器用そうな印象を抱きました。
あの様子ですと案外簡単に姫様を支持すると表明してくれそうですね。イリオーデ卿という切り札もありますし、ほぼ勝利は確定したようなもの。実にラッキーです。
考え事をしているうちに、ララルス邸に到着。門の前で馬車を降りて、堂々と敷地内に入る。すると玄関の前に見知った顔が立ち並んでいて、彼等は私の姿を見つけるなり一糸乱れぬ動きで跪き、
「帰還を心待ちにしておりました、我が主」
頭を垂れて口を揃えた。相変わらず耳が早いですね、カラスは。
「気が早いですよ。叙爵式までは三日はありますから、私はまだ正式な当主では無いのですよ」
「だが今この邸に戻ってきたって事は、何かするつもりなんだろう?」
ニヤリと吊り上げられた口角で、アンドレカが問うて来た。
「ええ、まあ。もうすぐ私のモノとなるこの邸に、ゴミは必要無いので」
ゴミ掃除という名の人材の一斉解雇と不要な物の一斉処分。それを前もって行っておこうかと思ったので、三日前から邸に帰って来たのです。
後は、妹への事情の説明でしょうか。妹に会うのも八年ぶりですけど……果たしてどうなるやら。
ああ、もうすぐです。もうすぐで、私は確かな力を得られる。
だからもう少しだけお待ち下さい、姫様。いつか必ず、貴女を守り支えられるようになって、お傍に馳せ参じますから。
その時はどうか、最後にもう一度だけ──…夢を、見させて下さい。
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