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第二章・監国の王女

156.動乱に終幕を6

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「……誰かいるのでしょう、少し相手をしてくださらない?」

 その日の夜。一日中あまりにもやる事が無さすぎて完全に暇を持て余していた私は、宿館ホテルの方に無理を言って裁縫道具をお借りし、ハンカチーフに刺繍を施して暇を紛らわしていました。
 しかしそれでも気分的には手持ち無沙汰。いつもは暇だと思う暇すら無い忙しさでしたので…こんなにも何もしない時間が苦痛で耐え難いものとは思いもしませんでした。
 なので、私は話し相手にと窓の外に向けカラスを呼んでみたのですが。

「おじょー、おれ話すの苦手だけどだいじょーぶ?」

 近くの木に逆さでぶら下がり姿を見せたのはシードレンでした。夕方まではイアンがいたのですが、どうやらいつの間にか交代していたようですね。
 私は彼を部屋に招き入れ、「椅子は沢山あるので、自由に座りなさい」と告げて先程と同じ場所に座る。するとシードレンがわざわざ私の真隣に座って、

「こーやっておじょーに膝枕してもらうの久しぶりかもー」

 勝手に人の膝を枕にしやがりました。随分とまあ腑抜けた顔で………確かに、昔私がまだララルス邸にいた頃は訓練を抜け出した彼にこうして膝枕をしてやった事がよくありましたが、いい歳して何言ってるんでしょうかこの男。
 確か今年で二十五歳でしょう、何をまだ甘えん坊みたいな事を言って…。

「おじょー難しい顔してる。やっぱり、おひめさまと離れ離れになっちゃうから?」
「……そうですね。姫様のお傍を離れる事は、我が人生一番の苦痛であると思ってますから」
「おれ、おじょーにはずっと笑っててほしいんだけどなー。侯爵の仕事と、侍女の仕事って掛け持ち出来ないの?」
「いくら私でもそれは無理ですよ。だからこうして侍女を止める事にしたのです」

 昔の癖か、無意識のうちにシードレンの頭を撫でていた。昔はこうして頭を撫でてあげないと彼からぶーぶー文句を言われてしまいましたから。
 …今思い返せば、どうして私が文句を言われていたのでしょうか。今も昔もシードレンが勝手に私の元にやって来て勝手に頭を乗せて来ただけでは。
 十年越しとかで気づいた理不尽に、少し、苛立ちを覚えていると。

「あぁーーーっ!? シードレンずるいっ、あたしもお嬢様に膝枕して貰いたい!!」
「マーナ、一応今は夜なのですから静かに」
「あっ………ごめんなさいお嬢様。じゃなくて。あのねあのね、報告があるの!」

 叫び声と共にマーナが窓からやって来ました。犬のように私の膝元までやって来て膝をつき、期待に満ちた目でこちらを見上げてくる。
 ふぅ、とため息をつきつつ彼女の頭も撫でてあげると彼女は嬉しそうに口角を上げた。
 シードレンと言いマーナと言い、同年代のカラス達は妙に精神的な距離が近いんですよね……マーナは昔から私を姉のように見ている節がありますし、シードレンは…彼はよく分かりませんが、ぐうたらな所はあまり変わっていないようです。
 頼むから少しはイアンを見習って欲しい所ですね。イアンは昔から適切な距離を保ち、礼儀もあります。かと言って硬すぎず緩すぎず丁度いい塩梅の態度で私としても接しやすいところ。
 あまりにもフレンドリー過ぎるこの二人には本当に見習って欲しいですね。

「報告とは?」
「えっと、明日の昼にはララルス邸で家宅捜査が決行されるらしいです! あと、屑その一と屑その二が少し前に賭博と女遊びに出かけようとしたから、野盗に見せかけて皆で襲いました! 無事、全治三ヶ月の大怪我を負わせましたっ!!」
「全治三ヶ月とは…随分と手加減したんですね」

 屑その一が長男、そして屑その二は次男でしょう。私には兄が二人と姉が一人、そして妹が一人いるのですが……この中で一番まともなのは妹なんですよね。妄想癖が常軌を逸しているだけであって、後はただ小憎らしいだけの子供ですから。
 上三人は分かりやすい屑、小者、外道ですね。今朝邸に向かった際誰とも出会わなかったのは幸運と言えましょう。どれも雑魚と言ってしまえば、まあ雑魚なのですが…精神衛生に大変宜しくない者達ですので……関わるだけで人生の損失とも言えましょう。

「姉と妹はどうでしたか? 姉は男不足、妹は玩具不足で騒ぎ出す頃かと思いますが」
「流石お嬢様…! まさにその通りで、尻軽その一は外に出られない事に怒って、昼過ぎから新入りの庭師を部屋に連れ込んでその鬱憤を晴らしています。尻軽その二は意外と大人しくしてました。ちなみに、豚は丸焼きみたいに体を縮こまらせてずっと震えてましたよ~、どうやらお嬢様が怖いみたいです!」

 マーナが意気揚々と報告をする傍で、シードレンが暢気に欠伸をする。
 数年程前までは妹もかろうじて『我儘娘』と呼ばれていたのに…気づけば姉と同様に尻軽と呼ばれるようになったみたいなんですよね。報告の際にカラス達が口にする名称がサラリと変わっていて、当時は驚いた覚えがあります。
 あの子供は一体何をやらかしたのかと。
 夫人の腹から産まれたあちらの四兄妹は、血筋を強く感じさせるその酷い性格で母や兄の背中を追うかのように頻繁に問題を起こしていました。
 妹はまだまともだと思っていたのですが、数年前の時点でもうあちら側に堕ちてしまったようです。何をやらかしたのか具体的には聞かなかったのですが、尻軽その二と、あの姉と一括りにされてしまう程の事をしでかしたのでしょう。
 まぁ、私としては割とどうでもいい話題ですが。
 それにしても、まさかもう明日にも家宅捜査が行われるとは。相変わらず仕事が早いですね、司法部は。
 であれば次に私が呼ばれるとすれば…早くて四日後とかでしょうか。そして屑の処罰は一週間もすれば実行される事でしょう。

「……七日後にはイリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ卿を迎えに上がりましょうか。ランディグランジュ侯爵を脅迫せっとくしていただく為にも」
「はぁーい。そういえば、ランディグランジュは滅茶苦茶にしないんだねー」
「最初はそうしようと思っていたのですが、ララルスはともかくランディグランジュを掻き回すと後が大変ですので。ところで貴方はいつまで人の足を枕にしているつもりですか。早く退きなさい」

 ずっと人の足の上でゴロゴロとしていたシードレンの頭を無理やり退かして、私は彼に文句を言う。シードレンは「えーもー終わりー?」と露骨にしょげていた。
 そんなシードレンをマーナが「シードレンがお嬢様困らせるから~」と煽り、機嫌を悪くしたシードレンがマーナに掴みかかる泥仕合が目の前で繰り広げられる。
 それは夜が更けるまで続き、そろそろ寝るので帰って下さい。と二人を叱りつけるまで終わる気配を見せなかった。
 それからと言うもの、あまりにもやる事が無くて暇を持て余す日々が続きました。暇そうなカラスに逐一姫様の様子を報告するように言いつけましたので、その報告だけが精神崩壊してしまいそうなぐらい退屈な日々の支えとなっていた事でしょう。
 とは言えど、吉報は一度たりとも齎されなかった。毎度聞こえてくるは『今日も目覚めなかった』と言った報告だけ。
 姫様のお傍にはシルフ様達やマクベスタ様にイリオーデ卿、シュヴァルツとナトラもいますからこれ以上の最悪の展開は訪れないでしょうが……それでも心配なものは心配です。
 きちんと掃除炊事洗濯整理整頓などは出来ているのでしょうか。そもそも料理を出来る人がいるのでしょうか、あの中に。
 そう不安になった私は、すぐさま料理が出来るカラスを皇宮に派遣しました。ララルス邸を監視していたカラスに、その役目はもういらないので皇宮に行くようにと指示しました。
 元よりララルス邸とランディグランジュ邸を監視させていたのは下手な外出を防ぐ為。
 ララルス侯爵家は現在家宅捜査でその家の人間全員が事情聴取の為に連行されているようでして、わざわざ九人近い人間が監視の為に付近に潜伏する必要が無くなったのです。何せ、外出を防ぐ相手が全員邸からいなくなったのですから。
 その結果ララルス邸の監視担当だった第二班は暇になり、念の為の監視要員として二人を残して、後の者達は私の元にやって来ては皇宮に派遣されるを繰り返していました。
 そしてやはりどこか虚無な気持ちのまま日は進み、六日後。私はついに王城からの呼び出しを受けた。予想より少し遅かったのですが、司法部は忙しい部署なので無理もない。四大侯爵家が関わる事件なのですから、何かと慎重になっているのやもしれません。
 正体を隠す為にともう一度黒いベールを被り、シャンパージュ伯爵と共に王城に向かうと、私達は真っ直ぐとある一室にまで案内されました。
 そこには錚々たる顔ぶれがいました。皇帝代理たるフリードル皇太子殿下を始めとした……皇家に連なる血筋のアルブロイト公爵、帝国に従属する公国統治者のテンディジェル大公、四大侯爵家のフューラゼ侯爵、オリベラウズ侯爵、ランディグランジュ侯爵、各部統括責任者たるケイリオル卿や各部署の部署長らしき方々が何名かいました。
 これ程のお歴々が一同に会するとは…場違い感が凄まじいですが、これからは私もこの場にララルス侯爵として訪れる事になるやもしれませんから、今のうちに慣れておかねば。

「シャンパージュ伯爵はあちらに。貴女はこちらの席へどうぞ」

 ケイリオル卿によって案内された席に座りますと、向かいにオリベラウズ侯爵が座ってらっしゃって。どこかそわそわとしていたオリベラウズ侯爵は、少しして挙手をした。
 それに皇太子殿下が「何だ」と反応すると、オリベラウズ侯爵がキリリとした顔で「少しの無礼をお許しいただけますか」と申し出た。
 一体彼は何を……と困惑していると、皇太子殿下から「…許可する。しかし罪人が到着するまでだ」とまさかの許可が下り、オリベラウズ侯爵は意気揚々と立ち上がって、

「マリエルちゃ~~ん! おじさんの事は覚えているかい? 顔は見えないけどきっと凄く綺麗に成長したんだろうなぁ~~っ! 急に行方不明になったと聞いて結構本気で心配していたんだよ、僕!!」

 随分と陽気に話し掛けて来た。やけににこやかなオリベラウズ侯爵に、私は圧倒される。
 何だかとても懐かしいですね、この感じ。昔よく屑の用事に付き合わされて、他の侯爵達ともお会いした事がありますが……オリベラウズ侯爵はその中でも特に私に良くして下さった覚えがあります。
 しかしまだ皇太子殿下の前でベールを取る事も喋る事も出来ませんので…私は頷く事で彼の言葉に答えました。勿論覚えていますよ、と。

「そっ……そうか…彼女がマリエル嬢なのか………………」

 斜向かいに座っているランディグランジュ侯爵がじっと私の方を見てくる。改めて見てもイリオーデ卿とはあまり似てませんね。

「オリベラウズ、いくらマリエルちゃんが可愛いからって突然絡むのは良くない」
「だがフューラゼ、マリエルちゃんだぞ? どうしてあの馬鹿の元であんなにも可愛くてちゃんとした子が育ったのかと何度も酒を飲み議論した、あのマリエルちゃんだぞ?」
「それはそうだが……互いに会うのは八年ぶりなのだ。もっと慎重に、そしてゆくゆくはうちの倅と結婚して俺の娘に…………」
「はぁ~? マリエルちゃんは僕の娘になるんですぅ~! 誰がお前みたいな偏屈の所に嫁がせるか!!」

 何話してるんでしょう、この人達。というかまだその話してたんですか。幼い頃から度々あの馬鹿馬鹿しい論争は聞いてましたが…まさかまだ続いているとは。
 威厳なんて欠片も無い、子供の痴話喧嘩のような二人の言い合いに滲み出る懐かしさを感じた。昔、よく御二方がララルス邸に遊びに来てはこのように言い合いをしていた事を思い出したのです。
 しかし…皇太子殿下の御前でもかなり自由な侯爵方を見て、ケイリオル卿は小さく肩を震わせていますね。笑っているのでしょうか。この状況に。
 シャンパージュ伯爵も愉快そうにニコニコと笑うだけ。アルブロイト公爵は静かに紅茶を飲み、テンディジェル大公に関しては船を漕いでますね。見るからに不健康そうですし、寝不足なのでしょうか。
 錚々たる面々が集う貴重な場だと言うのに、その錚々たる面々が全員自由であまり締りが無い。いつもこうなのでしょうか……。

「──罪人、モロコフ・シュー・ララルス及びララルス夫人、そしてその子供達を連れて参りました!」

 扉の向こうからそんな言葉が聞こえてくる。すると先程までの緩い空気から一転、この空間には緊張の糸が貼り詰められた。

「入れ」

 短い言葉でした。皇太子殿下のその一言で扉は開かれ、手枷と鎖に繋がれる屑と夫人と異母兄姉達が現れました。…ふむ、どうやら犯罪行為はしていない妹だけは連行されなかったらしいですね。
 しかし大なり小なりの罪を犯し隠蔽して来た夫人と異母兄姉達は連行されたと。

「こっ、皇太子殿下……! 我々は無実です、これはその…っ、嵌められたのです……!!」
「黙れ。誰が発言を許可した」
「……ッ!!」

 いかにも不満、と言いたげな表情をする屑に対して呆れしか沸いてこない。屑の後ろで魔物のように醜く表情を歪める夫人達にも同様に、これは当然の帰結でしょう? なんて言葉しか出てこない。
 因果応報なのですよ。貴方達がこれまで犯して来た罪を償う時が来た……ただそれだけの事。分かりやすい勧善懲悪ですね。

「今日、こうしてこの場に集まって貰った理由は他でもないララルス侯爵家について。彼等の犯して来た重罪が確定された為、ララルス侯爵家を今後どう扱うか…それを我々で議論する事となった。良いな」

 皇太子殿下が朗々と語ると、私達は全員、異議なし。と首肯した。しかしあの屑はそうでは無いようで、

「お言葉ですが、例え皇太子殿下と言えども侯爵家にどうこうと口を出す権限があるとは──」

 馬鹿の一つ覚えに異議を申し立てた。皇太子殿下相手にあのような言葉を口にするなんて、命知らずなのかただの馬鹿なのか………呆れてものも言えないとはこの事ですね。
 許可なく発言するなと言われたばかりなのに勝手に発言するなんて、脳が無いのかしら。数歩歩いても物事を覚えてられる鳥の方がよっぽど優秀では?

「皇太子殿下、少々喋ってもよろしいですか?」
「許可しましょう」
「では………言い忘れてましたが、これは皇帝陛下直々のご指示なのですよ。此度のララルス侯爵家の件は皇太子殿下に一任する、とお言葉を賜りまして」

 ケイリオル卿がさらりと裏事情を明かすと、屑の顔が潰されたブルーベリーのように青くなっていった。そこからは屑も口を真一文字に結び、押し黙る。
 そこで皇太子殿下が「ケイリオル卿、ついでに進行を任せても良いでしょうか。貴殿の方がこの件に詳しかろう」と告げると、ケイリオル卿が「拝命致します」と背を曲げて、くるりとこちらを向いた。

「早速進行してゆきましょうか。まずは…そうですね、此度の告発の切っ掛けと簡単な内容の方を話していただきましょうか。シャンパージュ伯爵、そしてマリエル・シュー・ララルス令嬢はお立ち下さい。勿論、ここからはお二人共喋って下さって構いませんからね」

 ケイリオル卿の指示に従いスっと立つと、私の姿と名を見聞きした夫人達が「マリエルですって?!」「あのガキ…ッ!」「マジで生きてやがったのか」「……はぁ?」と口々に反応し、ケイリオル卿より「お静かに」と一喝されていました。
 するとここで、ずっと静観していたアルブロイト公爵が挙手し、発言する。
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