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第二章・監国の王女
150.ある精霊の進歩
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「アミィの死。それが、あの子の持つ加護属性と加護そのものの発動条件だ」
「っ! 姫さんの、死………」
エンヴィーはその紅い両目を丸く見開いて愕然としていた。
加護そのものの発動条件、と言ったけれど……加護を与えた時点から、常に加護によるカウンターは発生していた。その対象が、毒や病や呪いや他の権能による干渉。恐らく、外より降り掛かるアミィに害するもの全てが、ボクの加護による無効化の対象となるのだろう。
だがそれは基本的に"形の無いもの"や"見えないもの"だけであり、剣で斬られたり魔法で攻撃されればアミィとて怪我をしてしまう。更には熱や風邪やら頭痛に腹痛など、外ではなく内で発症する病に関しては対象外、つまり加護による無効化が行われない。
アミィに呪いや権能が効かないと聞いてから、ここ数年の事を思い出しつつボクが出した結論がこれだ。
だから、加護そのものは常に発動している……がしかし。このボクが与えた加護がただそれだけで終わる訳が無い。加護属性の事もそうだが、ボクの(加護だけに限らず、精霊の)加護はかなり危ういものなのである。
加護属性の封印と並行して、加護の中で一番不味い影響を遅らせようと、条件を満たすまでは加護が完全に発動する事はないようにしておいたのだ。
あの子が加護属性やボクの加護を持つと周りに知られては、あの子の尊厳や命が危うい。最悪の結末を避ける為に、『アミィの死』なんて生きてるうちは一生達成不可能な条件にしたのだ。
「……それなら、まあ、安心っすね。姫さんの加護やら加護属性やらが周りに知られる心配は無いと」
「ただ、もし仮にだ。アミィが死んでしまった後加護がどうなるか、ボクにも分からないんだよ」
「何でそんな何もかも不明瞭なモン姫さんに与えたんすか……」
「仕方ないだろ加護なんて初めて与えたんだから………」
エンヴィーの言葉と視線が痛いくらい刺さる。
「てか今更っすけど、姫さんって精霊化してんですか?」
「それも加護属性の封印の時に極限まで遅らせた…けど、加護を与えてからもう六年経ってるからそれなりには精霊化も進んでるみたい」
「マジで無責任にも程がありますよ、アンタ……加護に加護属性に精霊化まで本人の意思とは無関係で…」
まるでボクだけが悪いかのように語るエンヴィー。最も悪いのはアミィの命を脅かす人間達だ。ボクはボクに出来る事をやろうとしただけだし。
精霊化と言うのはその名の通り、人間が徐々に精霊に近づいてゆく事を指す。基本的には精霊から何らかの加護を与えられた人間、ないし精霊に魅入られた人間に起こる現象である。
精霊の加護や魔力によって、人の身でありながらその魂が徐々に精霊のものに塗り替えられていき、やがて人としての輪郭が曖昧になって、人とそれ以外との境界線を越えて精霊となる………。人間界ではこの事を精霊病と言っているそうな。
その為、勿論アミィもボクの加護の影響で精霊化が進む筈だったんだけど、それをボクが全力で遅らせたから、今はまだ二割程しか精霊化も進んでいない。人間は七割精霊化してしまえばもう後戻り出来なくなるので、まだしばらくは余裕がある。
ちなむと、これは魔族の加護にも妖精の加護にも共通して言える事だ。どれも過ぎた力を人間に与えるとその本質すら塗り替えてしまうのだ。
もしアミィが精霊になったらば、そりゃあ勿論ボクが責任もって面倒見るよ。というか元よりそのつもりだったし。
きっと好奇心旺盛なアミィは精霊界を気に入るだろう。今まで精霊界なんて統治が面倒臭いだけのだだっ広い世界と思っていたけれど、アミィがいると考えるだけで一気にマシに思えてくるよ。
アミィがちゃんと寿命を全うするまではボクがボクの存在にかけて完全な精霊化は阻止するつもりだけど、その後は……ずっと、ずうっと…アミィと一緒にいたいなあ。死ぬ事なんて許さない。
もし生まれ変わったのだとしても絶対に捜し出してみせる。ボクから離れられるなんて思わないで欲しいな。ボクにこんなにも欲や感情や思い出を与えた責任をとって貰わないと。
もうボクはアミィ無しの日々なんて考えられない。それぐらい、ボクはアミィの事が大切なんだ。
「加護属性は星だろうし……なんて名前なんすか、その加護。先代からは特に聞いてないんで気になるんすけど」
ため息混じりに散らばった書類を拾い集めながら、エンヴィーが聞いてくる。まあ今まで一度も使った事の無い加護だからな、あれは。ボクも存在しか知らなかったものだし。
ティーカップの水面に映る無駄に煌びやかな己の瞳を見つめながら、ボクはその加護の名を口にした。
「星王の加護──……我等が一番星にはぴったりの加護だろ?」
無限の星空を内包するこの世界で。やがて星となる我等が精霊達でさえもあまりの眩さに目を細め手を伸ばしてしまう、あの人間の少女。
限りの無い夜空の中で最も美しく燦然と輝く君は、ボクの世界を導く一番星だ。
まるでそんな君の為にあるかのような、この加護。星王の加護はきっと、最初からアミィの為にあったんだ。
「ふはっ、そりゃ確かに姫さんにぴったりの名前だ。何かと星を冠するアンタの加護なんですから、それ系統とは思ってましたけど」
エンヴィーが気の抜けた笑みで弾む息を吐いた。
冷めつつある紅茶を飲み干そうとカップを傾けて、ボクは喉を潤してからエンヴィーの言葉に続く。
「星を冠するのはボク達全員、だけどね。アミィにはどうしても話せないけども」
「流石に……精霊の事情の中でも一二を争うトップシークレットっすからねぇ、アレは。特に精霊にすげー興味と好意を持ってくれてる姫さんに対しては」
やれやれと肩を竦め、ボク達は精霊の事情について話していた。制約とか関係なく、ただ純粋に、夢見る人間達には真実を知らせない方が良いだろうとボク達の方で判断した事柄。
ボク達が、アミィに精霊の事をほとんど教えずにいる理由の一つ。
「アミィは特に…それ以外の人間達でも驚くだろうな。まさか自分達が今まで見て来た星空が──…死んだ精霊達そのものだって知ったら」
そう。人間界と精霊界にある星空は微妙にだが繋がっており、その夜空で星々として光瞬くのは全て死んだ精霊達の魂なのだ。
一部を除き精霊はいずれ力尽きて普通に死ぬ。死んだ精霊は肉体を失い、その魂は星と成り最期の輝きを放つのだ。
精霊界の至る所が星空のように輝くのは、それだけの精霊の死が積み重なって来た証。人間界の星空が常に美しいのは、それだけの精霊の魂が最期の輝きを放っているからである。
別にボク達は最初からこういうものだし、これについては全く忌避していない。寧ろ、空を見上げればそこに親しかったヒトの魂がある為、いつでもどこでも墓参りが可能なのである。とっても便利で楽だと思わないかい?
だがまぁ、こう考えられるのはボク達が精霊とはそういうものと認識しているからであって……人間がこれを知ればそう上手くはいかないだろう。
アミィ風に言えば…………そう、軽く気が狂いそう。って事になるかもね!
「エンヴィーもその内死ぬんだから、後継は早めに決めておいた方がいいんじゃないか?」
「いやぁまだ向こう二千年は生きますよ、先代だけは超えねーと。だから後継もまだいらないっすわ」
にこやかに、和気藹々と話しながらボク達は仕事をする。やっぱりこうして軽く会話していた方が気が紛れていいのだ。
ちなみにこれは精霊界ではテッパンの冗談である。最上位精霊達は暇な時にこういう冗談を言い合うのだとか。基本的に最上位精霊同士は仲が良いのだ。
「お前の先代は大体千年とかで死んだ気がするけど」
「先代は三千二十五年っすよ。俺は今で千二百七年なんで、後二千年あれば……まあ超えられますね」
「え、あいつそんなに生きてたの? もっと短いと思ってた」
エンヴィーの先代…前の火の最上位精霊はどうやらボクが思っていた以上に長生きだったらしい。
そもそも最上位精霊はその役職に相応しい強い精霊(大体は上位精霊)に与えられる役職なので、大体の最上位精霊は長生きなのだが……それでも平均二千年とかそこらで大半の最上位精霊は死んで代替わりが行われる。
上位精霊も大体同じぐらい。中位精霊はそれよりもう少し短く、下位精霊はそれよりももっと短い。まあそれでも七百年前後は生きるようだけど。
中にはかなり特殊な魔力を司る為、そもそも代替わりが出来ず数万年と死ねずにいる最上位精霊も数名いる。
時と終の最上位精霊達がそうだったかな。ボクもあいつ等とはもう長い付き合いだ。どちらも立場としてはボクの側近……みたいな立場にある。多忙だから仕事の指示を受ける時以外滅多にボクの所には来ないけどね。
あいつ等と最後に会ったのいつだっけな、なんて考えつつティーカップに新たに紅茶を注いでいる時、またノックも無しに扉を開く者が現れた。
「──ハローマスター! おひっさぁ~!」
「──失礼します。王よ、次の上座会議での事なのですが」
いや来るのかよ。しかもこのタイミングで。
プラチナブロンドの髪に同じ色の瞳の女装癖のある男、時の最上位精霊ケイ。そして、アッシュグレーの髪に真っ黒な瞳の長身の男、終の最上位精霊フィン。
噂をすればなんとやら…その両名が並んでボクの元にまでやって来たのだ。はぁ……とあまりのタイミングの良さにボクがため息をついている間、
「あれれ、ヴィーちゃんじゃーん。相変わらずマスターに気に入られてんね!」
「ども…ケイさんにフィンさん」
「ああ。いつも王の相手をしてくれて感謝します。これからも引き続き王の相手は頼みましたよ」
「えっ、フィンさん?」
「もー違うってヴィーちゃん! 僕の事はケイちんって呼んでっていつも言ってるでしょ!」
「いや流石にアンタ等にそんな馴れ馴れしくするのは…」
エンヴィー達が挨拶と会話を交えていた。ケイもフィンも大概おかしな奴だけど、どちらもボクと同じ時を生き続けている最初の精霊だからか、他の精霊達からはボクの次に偉いとかそういう扱いを受けているそうな。
まあ確かに二体とも精霊位階からは毎度除外されてるからなぁ……強過ぎるって理由で。
誰に対しても基本的に態度を変えないエンヴィーではあるが、ボク達とアミィ相手にはそれなりに態度を取り繕う。何故ならボク達は偉いから。そしてアミィはボク達の愛し子だから。
「ケイ、フィン。エンヴィーにも一応立場ってものがあるんだ、それ以上は絡んでやるな。お前達に絡まれるとどう反応したらいいのか分からないって奴が多いんだ」
「ヴィーちゃんとかいつも僕達には素っ気ないし、ここぞとばかりに今ここで仲良くなりたいのにー!」
「やめなさい、ケイ。王がああ仰るのですから我々は従うのみです」
ちぇっ、唇を尖らせるケイとその首根っこを引っ張り歩くフィン。二体から解放されたエンヴィーはげっそりとした顔で、「助かった……大先輩相手に下手な態度取れねぇって…」と呟いている。
ボク相手には割と雑な態度取るのに、何であいつ等相手だと気を使うんだろう。確かに何やかんやでエンヴィーとはあいつが最上位精霊になる前からの付き合いだからな…だとしても二体への態度は気に食わないな。
「して王よ。次の上座会議の議題、まず初めに破棄する項目の選定についてなのですが。事前にこちらでいくつか候補を上げておきましたので、お目通しを」
フィンが渡して来た書類には確かにいくつかの項目が箇条書きされていた。
ふむ、ボクが真っ先に破棄したいと思っていた項目もきちんと候補にあるね。流石はフィンだ。気持ち悪いぐらいボクの事をよく分かっている。
「あとねあとねー、全三十九体の最上位精霊から制約の破棄に賛成するって署名貰えたよ! 何気に忙しいルメちゃんから頼まれて僕が代わりにやったんだー!」
署名をボクの机に置いてから、ケイは笑顔で兎のように飛び跳ねる。本当に毎日楽しそうだなこいつ。
しかし、そうか……最初からケイに任せておけばもっと早く署名も集まったのか。署名集めを任せたハノルメも、元々まあまあ忙しいからな…あいつは救いようの無い変態だし鬱陶しいけど、仕事は出来るし根は真面目だからつい仕事を押し付けてしまう。
これからはもっと暇そうな奴に仕事を押し付けようか。いくら有能でもいくつもの仕事を掛け持ちしていては手が回らないだろうからね。
「うーん………鉄は熱いうちに打てと言うし、とりあえず今からやるか。上座会議」
「え"っ」
ようやく全最上位精霊が制約の破棄に同意したのだから、とりあえず一回会議した方がいいかなと思ったのだ。
するとどうだろう、エンヴィーが物凄いしかめっ面で濁った驚きの声を上げた。
「どうした嫌なのかエンヴィー」
「い、いやぁ……まだ仕事残ってんのに会議なんてして大丈夫なのかな~~と」
「仕事は後でやるから大丈夫だ」
「……ッスー、居残り確定っすねこれ…」
全てを悟った顔で遠い目となるエンヴィー。一旦あれは置いておいて、ボクはケイとフィンに「プチ上座会議やるから、準備しておいて」と命令する。
二体共それに「りょ!」「畏まりました」と敬礼や胸元に手を当てたお辞儀で応える。ケイとフィンが上座会議専用の場──星見の間と言う場所の準備に向かった所で、ボクはまた別の精霊を呼び出した。
部屋にある鏡に向けて、「来い、ミラアズ」と告げる。すると程なくしてその鏡に水面の如き揺らぎが生じて、
「──お呼びかナ、我が王」
鏡の中からトゲトゲの濃い銀髪を持つ硝子の瞳の男が出て来た。これは鏡の最上位精霊のミラアズ。こう言う時にとても便利な権能を持つ男である。
「鏡を貸せ、今から告知する事がある」
「はいどうゾ。内容はまさカ?」
「そのまさかだよ」
鏡から上半身だけを出しているミラアズより、一つの手鏡を受け取った。ボクはその鏡面に向けて宣言した。
「全属性の最上位精霊達に告ぐ。これより上座会議を執り行う事を──……精霊王の名において宣言する」
ミラアズの鏡は彼の権能の影響もあり、精霊界にある全ての鏡に声や姿を届ける事が出来る。これにより精霊界中にボクの言葉が届き、無事に最上位精霊達は上座会議の為に星見の間を目指す事だろう。
「お前も送れないようにしなよ」
「勿論だとモ。でハ、オレは先に行きますネ」
手鏡を受け取ると、とぷん、と水に石が落ちたように鏡の中に潜り込むミラアズ。ほんの数秒も経てば鏡は元通りとなっている。
ボクは机の上に置かれたケイとフィンの持って来た書類を手に、「ボク達も行くよ」とエンヴィーを引き連れて星見の間へと向かう。
………待っててね、アミィ。出来る限り早く制約を破棄して、君に会いに行くから。君を守る為に、幸せにする為に…少しでも君が長生き出来るように、いつか必ず、君の元に行くから。
そして、ボクはついに制約の破棄に向けた大きな第一歩を踏み出す事となる。
「っ! 姫さんの、死………」
エンヴィーはその紅い両目を丸く見開いて愕然としていた。
加護そのものの発動条件、と言ったけれど……加護を与えた時点から、常に加護によるカウンターは発生していた。その対象が、毒や病や呪いや他の権能による干渉。恐らく、外より降り掛かるアミィに害するもの全てが、ボクの加護による無効化の対象となるのだろう。
だがそれは基本的に"形の無いもの"や"見えないもの"だけであり、剣で斬られたり魔法で攻撃されればアミィとて怪我をしてしまう。更には熱や風邪やら頭痛に腹痛など、外ではなく内で発症する病に関しては対象外、つまり加護による無効化が行われない。
アミィに呪いや権能が効かないと聞いてから、ここ数年の事を思い出しつつボクが出した結論がこれだ。
だから、加護そのものは常に発動している……がしかし。このボクが与えた加護がただそれだけで終わる訳が無い。加護属性の事もそうだが、ボクの(加護だけに限らず、精霊の)加護はかなり危ういものなのである。
加護属性の封印と並行して、加護の中で一番不味い影響を遅らせようと、条件を満たすまでは加護が完全に発動する事はないようにしておいたのだ。
あの子が加護属性やボクの加護を持つと周りに知られては、あの子の尊厳や命が危うい。最悪の結末を避ける為に、『アミィの死』なんて生きてるうちは一生達成不可能な条件にしたのだ。
「……それなら、まあ、安心っすね。姫さんの加護やら加護属性やらが周りに知られる心配は無いと」
「ただ、もし仮にだ。アミィが死んでしまった後加護がどうなるか、ボクにも分からないんだよ」
「何でそんな何もかも不明瞭なモン姫さんに与えたんすか……」
「仕方ないだろ加護なんて初めて与えたんだから………」
エンヴィーの言葉と視線が痛いくらい刺さる。
「てか今更っすけど、姫さんって精霊化してんですか?」
「それも加護属性の封印の時に極限まで遅らせた…けど、加護を与えてからもう六年経ってるからそれなりには精霊化も進んでるみたい」
「マジで無責任にも程がありますよ、アンタ……加護に加護属性に精霊化まで本人の意思とは無関係で…」
まるでボクだけが悪いかのように語るエンヴィー。最も悪いのはアミィの命を脅かす人間達だ。ボクはボクに出来る事をやろうとしただけだし。
精霊化と言うのはその名の通り、人間が徐々に精霊に近づいてゆく事を指す。基本的には精霊から何らかの加護を与えられた人間、ないし精霊に魅入られた人間に起こる現象である。
精霊の加護や魔力によって、人の身でありながらその魂が徐々に精霊のものに塗り替えられていき、やがて人としての輪郭が曖昧になって、人とそれ以外との境界線を越えて精霊となる………。人間界ではこの事を精霊病と言っているそうな。
その為、勿論アミィもボクの加護の影響で精霊化が進む筈だったんだけど、それをボクが全力で遅らせたから、今はまだ二割程しか精霊化も進んでいない。人間は七割精霊化してしまえばもう後戻り出来なくなるので、まだしばらくは余裕がある。
ちなむと、これは魔族の加護にも妖精の加護にも共通して言える事だ。どれも過ぎた力を人間に与えるとその本質すら塗り替えてしまうのだ。
もしアミィが精霊になったらば、そりゃあ勿論ボクが責任もって面倒見るよ。というか元よりそのつもりだったし。
きっと好奇心旺盛なアミィは精霊界を気に入るだろう。今まで精霊界なんて統治が面倒臭いだけのだだっ広い世界と思っていたけれど、アミィがいると考えるだけで一気にマシに思えてくるよ。
アミィがちゃんと寿命を全うするまではボクがボクの存在にかけて完全な精霊化は阻止するつもりだけど、その後は……ずっと、ずうっと…アミィと一緒にいたいなあ。死ぬ事なんて許さない。
もし生まれ変わったのだとしても絶対に捜し出してみせる。ボクから離れられるなんて思わないで欲しいな。ボクにこんなにも欲や感情や思い出を与えた責任をとって貰わないと。
もうボクはアミィ無しの日々なんて考えられない。それぐらい、ボクはアミィの事が大切なんだ。
「加護属性は星だろうし……なんて名前なんすか、その加護。先代からは特に聞いてないんで気になるんすけど」
ため息混じりに散らばった書類を拾い集めながら、エンヴィーが聞いてくる。まあ今まで一度も使った事の無い加護だからな、あれは。ボクも存在しか知らなかったものだし。
ティーカップの水面に映る無駄に煌びやかな己の瞳を見つめながら、ボクはその加護の名を口にした。
「星王の加護──……我等が一番星にはぴったりの加護だろ?」
無限の星空を内包するこの世界で。やがて星となる我等が精霊達でさえもあまりの眩さに目を細め手を伸ばしてしまう、あの人間の少女。
限りの無い夜空の中で最も美しく燦然と輝く君は、ボクの世界を導く一番星だ。
まるでそんな君の為にあるかのような、この加護。星王の加護はきっと、最初からアミィの為にあったんだ。
「ふはっ、そりゃ確かに姫さんにぴったりの名前だ。何かと星を冠するアンタの加護なんですから、それ系統とは思ってましたけど」
エンヴィーが気の抜けた笑みで弾む息を吐いた。
冷めつつある紅茶を飲み干そうとカップを傾けて、ボクは喉を潤してからエンヴィーの言葉に続く。
「星を冠するのはボク達全員、だけどね。アミィにはどうしても話せないけども」
「流石に……精霊の事情の中でも一二を争うトップシークレットっすからねぇ、アレは。特に精霊にすげー興味と好意を持ってくれてる姫さんに対しては」
やれやれと肩を竦め、ボク達は精霊の事情について話していた。制約とか関係なく、ただ純粋に、夢見る人間達には真実を知らせない方が良いだろうとボク達の方で判断した事柄。
ボク達が、アミィに精霊の事をほとんど教えずにいる理由の一つ。
「アミィは特に…それ以外の人間達でも驚くだろうな。まさか自分達が今まで見て来た星空が──…死んだ精霊達そのものだって知ったら」
そう。人間界と精霊界にある星空は微妙にだが繋がっており、その夜空で星々として光瞬くのは全て死んだ精霊達の魂なのだ。
一部を除き精霊はいずれ力尽きて普通に死ぬ。死んだ精霊は肉体を失い、その魂は星と成り最期の輝きを放つのだ。
精霊界の至る所が星空のように輝くのは、それだけの精霊の死が積み重なって来た証。人間界の星空が常に美しいのは、それだけの精霊の魂が最期の輝きを放っているからである。
別にボク達は最初からこういうものだし、これについては全く忌避していない。寧ろ、空を見上げればそこに親しかったヒトの魂がある為、いつでもどこでも墓参りが可能なのである。とっても便利で楽だと思わないかい?
だがまぁ、こう考えられるのはボク達が精霊とはそういうものと認識しているからであって……人間がこれを知ればそう上手くはいかないだろう。
アミィ風に言えば…………そう、軽く気が狂いそう。って事になるかもね!
「エンヴィーもその内死ぬんだから、後継は早めに決めておいた方がいいんじゃないか?」
「いやぁまだ向こう二千年は生きますよ、先代だけは超えねーと。だから後継もまだいらないっすわ」
にこやかに、和気藹々と話しながらボク達は仕事をする。やっぱりこうして軽く会話していた方が気が紛れていいのだ。
ちなみにこれは精霊界ではテッパンの冗談である。最上位精霊達は暇な時にこういう冗談を言い合うのだとか。基本的に最上位精霊同士は仲が良いのだ。
「お前の先代は大体千年とかで死んだ気がするけど」
「先代は三千二十五年っすよ。俺は今で千二百七年なんで、後二千年あれば……まあ超えられますね」
「え、あいつそんなに生きてたの? もっと短いと思ってた」
エンヴィーの先代…前の火の最上位精霊はどうやらボクが思っていた以上に長生きだったらしい。
そもそも最上位精霊はその役職に相応しい強い精霊(大体は上位精霊)に与えられる役職なので、大体の最上位精霊は長生きなのだが……それでも平均二千年とかそこらで大半の最上位精霊は死んで代替わりが行われる。
上位精霊も大体同じぐらい。中位精霊はそれよりもう少し短く、下位精霊はそれよりももっと短い。まあそれでも七百年前後は生きるようだけど。
中にはかなり特殊な魔力を司る為、そもそも代替わりが出来ず数万年と死ねずにいる最上位精霊も数名いる。
時と終の最上位精霊達がそうだったかな。ボクもあいつ等とはもう長い付き合いだ。どちらも立場としてはボクの側近……みたいな立場にある。多忙だから仕事の指示を受ける時以外滅多にボクの所には来ないけどね。
あいつ等と最後に会ったのいつだっけな、なんて考えつつティーカップに新たに紅茶を注いでいる時、またノックも無しに扉を開く者が現れた。
「──ハローマスター! おひっさぁ~!」
「──失礼します。王よ、次の上座会議での事なのですが」
いや来るのかよ。しかもこのタイミングで。
プラチナブロンドの髪に同じ色の瞳の女装癖のある男、時の最上位精霊ケイ。そして、アッシュグレーの髪に真っ黒な瞳の長身の男、終の最上位精霊フィン。
噂をすればなんとやら…その両名が並んでボクの元にまでやって来たのだ。はぁ……とあまりのタイミングの良さにボクがため息をついている間、
「あれれ、ヴィーちゃんじゃーん。相変わらずマスターに気に入られてんね!」
「ども…ケイさんにフィンさん」
「ああ。いつも王の相手をしてくれて感謝します。これからも引き続き王の相手は頼みましたよ」
「えっ、フィンさん?」
「もー違うってヴィーちゃん! 僕の事はケイちんって呼んでっていつも言ってるでしょ!」
「いや流石にアンタ等にそんな馴れ馴れしくするのは…」
エンヴィー達が挨拶と会話を交えていた。ケイもフィンも大概おかしな奴だけど、どちらもボクと同じ時を生き続けている最初の精霊だからか、他の精霊達からはボクの次に偉いとかそういう扱いを受けているそうな。
まあ確かに二体とも精霊位階からは毎度除外されてるからなぁ……強過ぎるって理由で。
誰に対しても基本的に態度を変えないエンヴィーではあるが、ボク達とアミィ相手にはそれなりに態度を取り繕う。何故ならボク達は偉いから。そしてアミィはボク達の愛し子だから。
「ケイ、フィン。エンヴィーにも一応立場ってものがあるんだ、それ以上は絡んでやるな。お前達に絡まれるとどう反応したらいいのか分からないって奴が多いんだ」
「ヴィーちゃんとかいつも僕達には素っ気ないし、ここぞとばかりに今ここで仲良くなりたいのにー!」
「やめなさい、ケイ。王がああ仰るのですから我々は従うのみです」
ちぇっ、唇を尖らせるケイとその首根っこを引っ張り歩くフィン。二体から解放されたエンヴィーはげっそりとした顔で、「助かった……大先輩相手に下手な態度取れねぇって…」と呟いている。
ボク相手には割と雑な態度取るのに、何であいつ等相手だと気を使うんだろう。確かに何やかんやでエンヴィーとはあいつが最上位精霊になる前からの付き合いだからな…だとしても二体への態度は気に食わないな。
「して王よ。次の上座会議の議題、まず初めに破棄する項目の選定についてなのですが。事前にこちらでいくつか候補を上げておきましたので、お目通しを」
フィンが渡して来た書類には確かにいくつかの項目が箇条書きされていた。
ふむ、ボクが真っ先に破棄したいと思っていた項目もきちんと候補にあるね。流石はフィンだ。気持ち悪いぐらいボクの事をよく分かっている。
「あとねあとねー、全三十九体の最上位精霊から制約の破棄に賛成するって署名貰えたよ! 何気に忙しいルメちゃんから頼まれて僕が代わりにやったんだー!」
署名をボクの机に置いてから、ケイは笑顔で兎のように飛び跳ねる。本当に毎日楽しそうだなこいつ。
しかし、そうか……最初からケイに任せておけばもっと早く署名も集まったのか。署名集めを任せたハノルメも、元々まあまあ忙しいからな…あいつは救いようの無い変態だし鬱陶しいけど、仕事は出来るし根は真面目だからつい仕事を押し付けてしまう。
これからはもっと暇そうな奴に仕事を押し付けようか。いくら有能でもいくつもの仕事を掛け持ちしていては手が回らないだろうからね。
「うーん………鉄は熱いうちに打てと言うし、とりあえず今からやるか。上座会議」
「え"っ」
ようやく全最上位精霊が制約の破棄に同意したのだから、とりあえず一回会議した方がいいかなと思ったのだ。
するとどうだろう、エンヴィーが物凄いしかめっ面で濁った驚きの声を上げた。
「どうした嫌なのかエンヴィー」
「い、いやぁ……まだ仕事残ってんのに会議なんてして大丈夫なのかな~~と」
「仕事は後でやるから大丈夫だ」
「……ッスー、居残り確定っすねこれ…」
全てを悟った顔で遠い目となるエンヴィー。一旦あれは置いておいて、ボクはケイとフィンに「プチ上座会議やるから、準備しておいて」と命令する。
二体共それに「りょ!」「畏まりました」と敬礼や胸元に手を当てたお辞儀で応える。ケイとフィンが上座会議専用の場──星見の間と言う場所の準備に向かった所で、ボクはまた別の精霊を呼び出した。
部屋にある鏡に向けて、「来い、ミラアズ」と告げる。すると程なくしてその鏡に水面の如き揺らぎが生じて、
「──お呼びかナ、我が王」
鏡の中からトゲトゲの濃い銀髪を持つ硝子の瞳の男が出て来た。これは鏡の最上位精霊のミラアズ。こう言う時にとても便利な権能を持つ男である。
「鏡を貸せ、今から告知する事がある」
「はいどうゾ。内容はまさカ?」
「そのまさかだよ」
鏡から上半身だけを出しているミラアズより、一つの手鏡を受け取った。ボクはその鏡面に向けて宣言した。
「全属性の最上位精霊達に告ぐ。これより上座会議を執り行う事を──……精霊王の名において宣言する」
ミラアズの鏡は彼の権能の影響もあり、精霊界にある全ての鏡に声や姿を届ける事が出来る。これにより精霊界中にボクの言葉が届き、無事に最上位精霊達は上座会議の為に星見の間を目指す事だろう。
「お前も送れないようにしなよ」
「勿論だとモ。でハ、オレは先に行きますネ」
手鏡を受け取ると、とぷん、と水に石が落ちたように鏡の中に潜り込むミラアズ。ほんの数秒も経てば鏡は元通りとなっている。
ボクは机の上に置かれたケイとフィンの持って来た書類を手に、「ボク達も行くよ」とエンヴィーを引き連れて星見の間へと向かう。
………待っててね、アミィ。出来る限り早く制約を破棄して、君に会いに行くから。君を守る為に、幸せにする為に…少しでも君が長生き出来るように、いつか必ず、君の元に行くから。
そして、ボクはついに制約の破棄に向けた大きな第一歩を踏み出す事となる。
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