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第二章・監国の王女

149.ある精霊の仕事

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「なあ、エンヴィー。何でメイシアに魔眼を与えたんだ」
「何でってそりゃあ……姫さんの為っスけど…」

 ペラペラと紙を捲っては字を書いて判を押して横に避け、また紙を捲っては字を書いて判を押して横に避け。気の遠くなるような書類の山を視界の端に捉えながら、ボクは仕事に勤しんでいた。
 それをエンヴィーに手伝わせつつ、ボク達は片手間に世間話に花を咲かせていた。

「魔眼を人間に与えちゃいけないーなんて制約は無いですし、問題無いっしょ?」
「人間が魔眼を二つ同時に所持するなんて今までに無かった事……危険度外視でよくやろうと思えたな」
「まあそこはそれ。何となくお嬢さんならいける気がしたんですよねー、火の最上位精霊の勘ってヤツですよ」

 何ともまぁ、適当な事だ。それを受け入れるメイシアもかなり肝が据わってる。アミィの為に命を懸けられる人間が増えるのはとてもいい事だ。
 あの子は死にたくない割に自分の命を軽んじる節がある。そんなアミィの代わりに命を投げ出せる人間が増えたならば、きっとアミィの生存率は上がるからね。

「てか面白くないっすか、お嬢さんの眼。爆裂の魔眼を与えてみたらお嬢さんの魔力と延焼の魔眼にあてられて変色したんですよ? 元は橙色だったのに、今や延焼の魔眼とほぼ変わらない赤にまで近づいたんすよ!」

 興奮気味にエンヴィーが語るそれに、ボクは書類を仕分けながら「ウンオモシロイネー」と反応しておいた。
 どうやらエンヴィーはそれにご立腹のようで、じとーっと熱視線を送ってくる。エンヴィー(本体)にそれされると割と本当に熱いからやめて欲しいな、やめさせるか。
 エンヴィーに向け、仕事に集中しろ。と一喝し、ボクは仕事を再開する。これはただの仕事…通常業務だ。こうして定期的に一山片付けておかないと少し経つだけですぐ仕事が溜まってしまうのだ。
 ただでさえアミィと過ごしつつ裏では制約の破棄の為に色々準備したりで忙しいのに、それに加えてこの通常業務ときた。そりゃあもう忙しい。意識を分割して猫を操る事は可能だけど、もしかしたらボク自身が忙しくて余計な事を口走る可能性すらある。
 ものによっては不味い事になるかもしれないので、念の為に猫はおやすみモード、ボクはエンヴィーを呼び戻して仕事に専念している。それもこれも早くアミィの元に戻りたいからである。

「あれっ、エンヴィーや~ん! 会いたかったでぇ」
「うげ………ハノルメじゃねーか」
「感動の再会やさかい、ほれ、抱きついてもええんやで?」
「気色悪っ…近寄んなよ……」
「えーいけずぅ」

 勝手にボクの部屋に入って来て、謎の痴話喧嘩を繰り広げるハノルメ。「じゃあ俺から抱きつこーっと」とニヤニヤ笑いながらエンヴィーに近寄り、エンヴィーに足蹴にされている。
 どれだけ邪険にされても全く堪える様子が無く、むしろどんどん上機嫌になっていくハノルメを見て、ボクの頭の中にはある言葉が浮かび上がっていた。
 それはいつの日かアミィが言っていた言葉、『メンタルゴリラ』というやつなのではと。人の嫌がる事をするのが好きな変態であり、周りにどんな反応されようと全く気にしないあの男にはメンタルゴリラと言う言葉が相応しかろう。
 そうだよな、ハノルメ? と目線で語りかけてみる。するとどうだろう、ハノルメはニコリと適当な笑みをこちらにむけた。多分、『なんかよう分からんけどとりあえず笑っとこ』とか考えてるんだろうな。
 さて、そんなハノルメは無視していきたい所なのだが、流石にハノルメと言えどもなんの用も無くボクの部屋まで来る訳が無い。十中八九何かあったのだろう。精霊界一の地獄耳……情報通なハノルメの事だ、また何か厄介事を抱えて来たか何かの報告だろうな。
 とりあえず、「何の用でここに来たんだハノルメ」と話を振ってみる。するとエンヴィーに絡むのをやめたハノルメがボクの前に水晶玉を一つ、コトンと置いて。

「これルチアロから預かっとるやつやねんけどな、ちょっと見て欲しいねん」
「何処だここ、そして誰だこの子供」

 水晶玉にはどこかの街並みが映し出されており、その中心には金髪の子供がいた。エンヴィーもこちらが気になったのか、背伸びして上から覗き込むように水晶玉を見ている。その水晶玉に映し出された景色を見て、エンヴィーが「あ」と言葉を漏らした。

「神殿都市じゃん、そこ。俺前に行ったから分かるわ」

 ああ……ボクに無断でアミィに精霊召喚させたり人間界で暴れた日の事かな。ボクもかなり説教したからよく覚えているとも。と、考えつつちらりとエンヴィーを一瞥してみる。
 するとエンヴィーはビクッと肩を跳ねさせて目を逸らした。

「光の魔力を持つ人間がぎょーさんおるとこやね。んで、その女の子はその中でも一等特別で面倒な子ってルチアロが言うてたよ」

 ハノルメの説明を聞いて、成程ねとボクは納得した。ルチアロは光の最上位精霊…それも精霊達の中でも一二を争う博愛主義にして人間大好き精霊。常日頃から光の魔力を持つ人間が多くいる街を観察していてもなんらおかしくない、それが彼女だ。
 何を隠そうボクも人間界の観察自体はアミィに会う前から頻繁に行っていたからね。アミィに会ってからは、魔力で分身体を作ってそれを人間界に送り込んでる訳だけど。
 それにしても、一等特別で面倒か。何だかとても嫌な予感がするぞう。

「その女の子が例の神々の愛し子なんやってさ、ほら、前に神々がクッソ腹立つ顔で自慢して来よった神々の加護セフィロスと天の加護属性ギフト持っとるっていう」

 やっぱりかぁああああ! 知ってるよ、なんか神々のお気に入りがどうのって話は少し前にその神々から聞かされてたからね! でもまさかそれがこのタイミングで……これ以上厄介事を増やさないで欲しい。こっちはただでさえ忙しいんだから!!

「神々のお気に入りが何だって言うんだ。どうでもいい、そもそも興味無い」
「まあまあそう言わずに。ルチアロ曰くな、この神々の愛し子がルチアロお気に入りの子供達に迷惑かけまくっとるらしくて、『ちょっとあの子供の所にカチコミをかけてもいいかしら、いいわよね!? マスターから許可取ってきて頂戴ハノルメっ!!』って騒い…」
「絶対に行くなってルチアロに伝えとけ」
「…はぁい。ま、ルチアロの事やからあの手この手で神々の愛し子に仕返しとかしそうやけどな」

 ハノルメはなるようになれと言わんばかりに笑うが、全くもって笑い話ではない。ルチアロなら確かにどんな手段を用いてでも神々のお気に入りに制裁を加える恐れがある。それだけあの女は光の魔力を持つ子供達を愛している。
 ………だがしかし、だ。相手は非ッ常に困った事に神々のお気に入りだ。ボク達精霊が手を出してはあのジジィ──…ごほんっ、神々がボク達にまぁた干渉する理由を与える事になる。
 最悪の場合、制約にまた変な項目を増やされて破棄が難しくなる恐れだってある。それは不味い。
 後一年あれば三項目ぐらいはとりあえず破棄出来そう、なんて困難っぷりなのに……それが更に増すとか冗談じゃない。制約の全破棄は不可能だから、一つずつとにかく邪魔な項目から破棄していこうと上座会議で決議したけれど。それですら時間がかかって仕方ない。
 それなのに神々に妨害されて更に手間取る事になった日には…気が触れたのかってくらい暴れ倒す自信がある。だから何としてでもルチアロを止めないと。
 ふぅぅ……っ、と竜の息吹のようなため息を吐き、ボクは両肘を机に立てて口元を手で覆った。

「ハノルメ、ルチアロを何とかしろ。あのジジィ共にこっちに付け入る隙を与えるな」
「ゲランディオールも巻き込んでええ?」
「好きなだけ他の精霊を巻き込んでいい。ルチアロがどんな手段を用いてでも制裁を加えるつもりなら、こっちはどんな精霊達を巻き込んででも止めてみせるまでだ」
「おっけ~。やれるだけの言事はやってみるわぁ」

 少し戦力過剰かと思うやもしれないが、如何せんルチアロは数いる最上位精霊達の中でもトップクラスの能力を持ち、精霊位階という最上位精霊達のちょっとした序列みたいなのでは、エンヴィーとゲランディオールを差し置いて一位に君臨する程の戦闘能力の高さを誇る。
 まあ要するに。ルチアロが本気で暴れだしたら割と収拾がつかないレベルで、あの女は強いのだ。そんなルチアロを止められるとしたら、それは恐らくボクか闇の最上位精霊のゲランディオールぐらいだろう。
 だからハノルメもゲランディオールを巻き込んでもいいかと聞いてきたのだ。ルチアロと戦うのならゲランディオールの助力が必須だと分かりきっているから。
 そしてボクはそれを許可した。それどころか好きなだけ精霊達を巻き込めと命令した。さしものルチアロと言えども、何体もの最上位精霊を同時に相手取るのは至難の業。多分何とかなるだろう。
 水晶玉を手にハノルメが退出し、部屋にはまたボクとエンヴィーだけとなる。カリカリとペンを動かしながらボクは「そういえばさ」と切り出した。

「多分なんだけど……アミィも持ってると思うんだよね」
「持ってるって、何をっすか?」
加護属性ギフト
加護属性ギフトっすか」

 エンヴィーと目が合う。暫くじっと見つめ合っていたのだが、ついにエンヴィーが時間差で反応を見せた。

「はぁああああああああああ!? え、えぇ?! 姫さんが加護属性ギフトを?!!!」

 バアンッ! と机を叩いてエンヴィーは立ち上がった。その拍子に机にあった書類は吹き飛び、彼の座っていた椅子は後ろに倒れている。
 そんなに驚く事かな、これ。

「前に話しただろ、アミィに昔加護あげたって」
「それは聞きましたけど………程度の低い加護だと思うでしょ普通!? 加護属性ギフトが付随する程の加護あげるとは思わんでしょ普通!?!?」
「は? ボクがアミィに生半可な加護あげる訳無いだろ。やるからにはとびっきりの加護あげたに決まってる」

 ただの精霊の加護なんて信用ならないからね。やるからにはボクに出来る最上級の加護をかけるに決まってるだろ。多分六年ぐらい前にもそんな事を考えてボクだけに使える加護をかけたんだよね……まぁ、あの時は加護属性ギフトが発現するかもなんて事すっかり忘れてて、加護をかけてから思い出したような気がするのだけど。
 エンヴィーが皺だらけの顔で額に手を当て項垂れる。その口からは「本っっっっっ当にアンタってヒトは………っ!」とボクに対する文句が漏れ出ているようだった。

「特に深く考えずに、ボクがかけられる最上級の加護をアミィにあげたはいいけど…よくよく考えたらアレって加護属性ギフトがおまけで発現しちゃうなーと加護をかけた後に気づいたんだよね」
「いやマジで何してんすか……ああもう、緑の竜の権能が効かない時点で気づくべきだった。竜種の権能を無効化するレベルの加護とかそりゃもうとことん限られるっつの…」

 エンヴィーは重苦しくため息を吐き出した。ちらりと訝しげにこちらを見て、

「この事、姫さんは知ってるんスか?」

 加護や加護属性ギフトについてアミィに話したのかと聞いて来た。ボクはそれに堂々と答えた。

「愚問だね、全く話してないに決まってるだろ」
「そんな誇らしげに言う事じゃないんすよ」

 エンヴィーの冷静な言葉がボクのプライドを傷つけた。

「アンタが俺達精霊や自分の事を姫さんに不必要に話たがらないのは、まあ、分からなくもないですけど……だからってこれは話しておかないと不味い事でしょうが。人間達にとっての加護属性ギフトは、俺達が思う以上に大きな存在なんすから」

 エンヴィーはボクに向けて大真面目に説教を始める。分かってるよ、それぐらい………そんな子供みたいな言い訳がポロリと口をついて出た。ボクだって話せるものなら話していた。だけど、怖かったんだ。
 勝手にそんな大層なものを与えて、あの子も知らず知らずのうちにどんどん人間から離れていって──…それを知ったあの子が、ボクを恨んだり憎んだりするのが、とても怖いんだ。
 こんなの自分勝手だって分かってる。とんでもない酷い考えだって分かってる。分かってるけど………それでもボクは、あの日あの子に加護を与えた事を後悔はしていない。
 どんな効果があるか詳しくは知らないままかけたあの加護のおかげで、図らずともアミィは何度も死を回避出来た。そう考えると、寧ろアミィに加護を与えていて良かったと思えた。
 緑の竜の権能や、毒やら病やら呪いやらがアミィに効かない理由がボクの加護なんじゃないかって気づいてからは、色々とボクの方でもあの加護について調べてみた。
 そして分かった。あの加護は、ボクが思っていたよりもずっと面倒なもので……加護属性ギフトの件もそうだが、アミィを不幸にしかねないものだと。

「もし、アミィが加護属性ギフトを持ってると周りの人間に知られたらどうなると思う」
「そりゃあ………姫さんの家族の事ですから、徹底的に姫さんを利用してその力と人生を搾取するんじゃないですかね。姫さんが死ぬ事は無くなるかもしれませんけど、姫さんの願う幸せからは完全に遠ざかるでしょう」

 チッ、と舌打ちをして苛立たしさを何とか紛らわそうとするエンヴィー。彼の見解は概ねボクのそれと同じだ。
 あの子を殺そうとする非情な家族が、莫大な価値を有するアミィを放っておく訳がない。利用されて擦り切れるまで使われて棄てられるのがオチだ。

「そうだね、それはボクも分かってた。だから一応…加護属性ギフトがそう簡単には発現しないようにこっそり封印したんだ」
「封印……つっても、まだ発現してすらいないモンをどうやって封印したんですか?」

 エンヴィーは素直に疑問を口にした。ボクはそれに、紅茶を少し含んでから答える。

「ある一定の条件を満たさないと解けない封印をあの子に施した」
「条件って?」

 相当気になるのか、エンヴィーは前のめりで固唾を呑む。その頬には緊張しているのか冷や汗が一粒見受けられた。
 最初からこの"条件"はエンヴィーには教えるつもりだった。うっかりボクの自己満足からあの子に与えてしまった過分な力…これに対するせめてもの償いとしてボクが用意した、最後の砦。
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