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第二章・監国の王女

139.狙うはハッピーエンド4

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「確かにアルベルトは闇の魔力を用いた殺人を既に七度行っており、それは【帝国法第六十一条・闇の魔力を用いた犯罪防止法】及び【帝国法第二十三条・殺人法】に定められる処罰が適用される事は分かっております。ここで彼に処罰を与えなければ遺族が浮かばれないと言う事も分かっております。しかし、どれだけ非情であろうとも法は正しくあらねばならない。彼が犯して来た様々な罪──それによる処罰を軽くしなければならない最悪の免罪符がある以上、わたくしは彼の減刑措置を求めます」

 私は何も間違った事は言っていない。それぐらいの気概で私は訴えかける。死刑でさえなければいい、アルベルトに少しでも弟に会える可能性を──時間を与えたいのだ。
 ダルステンさんとケイリオルさんの反応を待つ。どちらかが口を開くその瞬間まで、私はじっとダルステンさんを見つめていた。

「………王女殿下、お伺いしたい事があります。まさかとは思いますが、貴女は帝国法を全て覚えていらっしゃるのですか?」

 すると突然、ケイリオルさんがおずおずと聞いて来た。何を言ってるんだろうか、この人は。

「はい。皇族ならば帝国法全三百三十一条全項覚えていて当然と、ハイ……専属侍女に言われたので。皇帝陛下も皇太子殿下も当然、全て暗記していると彼女が言うのでわたくしも八歳ぐらいの頃に全て覚えましたが…」

 ケイリオルさんの方を見上げ、そういうものなんでしょ? とばかりに首を傾げる。
 昔、歴代皇族全員のフルネームを覚えさせられた後、私は帝国法全てを覚えさせられた。気の遠くなるような作業ではあったが、その時ハイラが笑顔で、

『当然、皇帝陛下も皇太子殿下も全てそらで暗唱出来ると思いますよ。何せ、御二方とも帝国を担う御方ですから』

 と煽って来たものだから(※被害妄想)、私もムキになって全条全項覚えてやった。フリードルに出来て私に出来ぬ筈が無い!!
 これもまた、私が記憶力には自信があると自負している理由の一つなのである。

「………成程、侍女の方が。思い返せば、貴女の教育は全て侍女の方が担っていたそうですね。やはり彼女はとても優秀なのですね…機会があれば助手にでもなって欲しいぐらいですよ」
「えっ」
「あら、わたくしの侍女を引き抜こうとしていらっしゃいます? でもごめんなさいまし、彼女はわたくしの元に半永久的に就職すると以前より申し出てくれているので譲れませんわ」
「えっ」
「それは残念です、振られてしまいましたか。彼女のような優秀なひとが補佐に来てくだされば、私の仕事も多少は楽になると割と本気で思っておりましたので」

 ケイリオルさんと私がにこやかに会話をする傍で、ダルステンさんは私達を交互に見るように顔を動かし、その度に困惑の声を漏らしている。
 ハイラの助けが必要なくらいブラックな職場で働いてるのか、ケイリオルさん………でもそうか、皇帝の側近かつ各部統括責任者なんて役職なんだもの、忙しくない訳がない。それなのに時間を取らせてしまって本当に申し訳なくなってきた。
 だがしかし、実の所ハイラもかなり忙しい人なのだ。ハイラが毎年必要無いと上に言い放ってるとかで、東宮には全然新しい侍女が来ない。
 皇宮の一つと言う訳でそれなりにだだっ広い東宮を、何とこれまでハイラ一人で管理して来たのだ。有り得ない事に。
 たまにハイラの知り合いって言うお手伝いさんが何人か現れてめちゃくちゃ掃除してたりするのは見かけるし、最近ではシュヴァルツとナトラが掃除にハマってて少し人手が増えたみたいだが、それでも明らかに異常な人員不足である。
 フリードルのいる西宮、皇帝のいる北宮はどちらも五十人前後の侍女や召使がいるにも関わらず、我が東宮には正規の侍女はハイラ一人、お手伝いが四~五人とどう考えても少ない。
 だが私以上に東宮に精通し、こと侍女業の専門家のようなもののハイラが『問題ありません』『信頼出来ぬ者などこの東宮には不要です』と頑なだからど素人の私はあまり強く言えないのだ。
 だがもし、ハイラの身に何か起きそうであればその時はもう王女権限で侍女を雇おう。ハイラはきっと、自分の領分を侵されるのを嫌がるだろうけど……これも彼女の為なのだ。
 まぁ、そもそも野蛮王女の元に働きに来てくれる人がいるならばの話だけどね。

「話が逸れてしまいましたね。貴方はいつまで混乱しているつもりなんですか、ダルステン部署長?」
「い、いやだって仕方ないだろう……あまりにも予想外過ぎてだな」
「いいから早く。王女殿下をいつまでお待たせするつもりなのですか」

 ケイリオルさんに促されたからか、ダルステンさんが慌てたようにごほん、と咳払いをして。

「…王女殿下の意見は分かった。恥ずかしながら、何も言い返せないな。無礼を承知で言うが、最初は権力を盾に法を無視しろと言われると思ってたんだ。だが実際は異様なまでに法について調べて来ていて……こっちが余計な事言う隙も無いぐらい捲し立てられては、頷かざるを得ないってモンですわ」

 ダルステンさんの表情が少し和らぐ。それはつまり…。

「アルベルトは、死刑にはならないんですよね…?」
「あぁ。ていうか元より我々もその結論には至ってたんですが。王女殿下はどうやら、法に詳しいからこそ深読みしてしまい直談判に出たみたいだ」

 ホッと胸を撫で下ろしていた所で私の体はピタリと止まった。

「………最初からアルベルトは減刑される予定だったと?」
「当然。帝国法に則りきっちり処罰は与えるが、それも終身投獄とか終身奉仕とかの予定だったんだ。隷従の首輪の被害者を死刑には出来んよ」

 まさかの私無意味だったと言う。ここまで勇気を振り絞って頑張ったのに、特に意味の無い努力だったのだ。なんたる骨折り損のくたびれ儲け。
 本当に全くの杞憂でしかなかったのね、私の不安は。

「…はぁぁぁぁぁぁ……」

 ガックリと項垂れてため息をつく。せっかくケイリオルさんに頼み込んでダルステンさんを連れて来てもらったのに。まさか意味がなくなるなんて。
 何だかこのまま終わるのは嫌だ。そんな気持ちが私の中に湧き上がる。どうせだからとダメ元で彼等にお願いしてみよう。

「ダルステン部署長、アルベルトへの処罰は終身奉仕にしていただけませんか? 死ぬまで帝国に身命を捧げる、それは罪人には過分な罰かと心得ますが……しかしただ投獄するだけでは、罰とは言えません。やはり命を懸けさせるぐらいの罰にしなければ」

 ゆっくりと顔を上げ、私はもう一度ダルステンさんの目を見て話す。私は姑息な人間だから、姑息な手段を取るわ。

「まぁ確かに一理あるが………王女殿下には何か具体案があるのか?」
「はい。ただ、これに関してはケイリオル卿への嘆願となりますが…」
「おや、私ですか?」

 今度はきょとんと首を傾げるケイリオルさんの方を見上げ、

「アルベルトを──諜報部で引き取っていただきたいのです」

 今日一番の大勝負に打って出た。この発言にはさしものケイリオルさんやダルステンさんも驚きのあまり固まっている。城勤めの人達に関する人事の一切を担う彼ならば、諜報部にアルベルトを所属させる事だって出来るだろう。
 そしてきっと、諜報部に行けば……アルベルトはサラと──エルハルトと再会出来る。だから私はアルベルトを諜報部で引き取ってくれと、無茶な事を言っているんだ。

わたくしは思うのです。これまでの七度の殺人及び様々な犯行を一度たりとも捉えられず、その正体さえも明かされる事のなかった殺人鬼……その隠密技術は騎士や兵士には不向きな才能と言えましょう」
「だからこそ諜報部に?」
「そうです。とは言えども、わたくしは諜報部の実態など存じ上げませんし、その諜報と言う単語からある程度の仕事内容を予測し、そのような仕事であればアルベルトも何の問題も無く従事出来るだろうと判断しただけに過ぎません。何か…諜報部にまつわる勘違い等あればこの場でお教えいただけると幸いですわ」

 布によって隠されたケイリオルさんの顔を真っ直ぐ見据えて言い放つ。私は確かに諜報部の細かい実態は知らない。私が知っているのはサラが明かしたほんの少しの情報のみ。
 だが少なくとも、諜報部が世界各地で諜報活動をしているのは確か。何せサラも潜入任務中のスパイとして毎度出てきていたもの。
 サラも若いのにかなり優秀な諜報員と言われていたんだし、その兄で戦闘能力が高く闇の魔力の扱いにも長けたアルベルトなら、きっとそれが天職かのように才覚を発揮出来る事だろう。

「………間違っておりませんよ。諜報部は概ね、王女殿下の推測通りの組織かと。彼を諜報部にですか……ふむ、確かにそれも有りですね。罪人でありながら、彼は確かに投獄して檻の中で燻らせるには少々惜しい力を持つ。それを有効的に活用しつつ、終身奉仕として死ぬまで帝国に身命を捧げさせるとは。中々に考えましたね」

 お、これは中々の好感触では? と思ったのも束の間。

「しかし、それでも我々が動くに足る理由にはなり得ない。ただ罰をそう下せばいい、と言われてしまえばそれで終わりではありますが……その前に改めてお伺いしたいのです。貴女はこの件に、何故そこまで深入りするのですか? どうしてそう頑なに彼を死なせまいとするのか、我々が納得出来るだけの理由をお教え下さいませ」

 ケイリオルさんから放たれる冷たい威圧感が私を飲み込もうと大きく口を開けた。心の奥底が怯えている。何故かこの身に覚えがあるプレッシャーに、私の意思とは関係無く体が震える。
 だがそれでも──本物の竜を前にしたあの時に比べれば、人間の放つ威圧感など余裕で耐えられよう。私は一度ゆっくりと深呼吸をして、

「彼を信じたからですわ。彼の言葉と、涙と、心からの叫びを信じたから…わたくしは彼を死なせないと決めたのです。この帝国の王女たるこのわたくしがそうと決めたから──……これだけで、わたくしがこの件に首を突っ込む理由足り得るかと思いますが、いかがですか?」

 ニコリ、と今の私が出来る最も上品な笑顔を作った。
 ずっと私が下手に出ている必要なんて無い。私は王女だ、どれだけ皇帝に嫌われていようとれっきとしたこの国の皇族だ。なればこそ、これぐらい傲慢に振舞って当然だろう!

「どうしてもと仰るのであれば、袖の下もお送りしましょう。とっておきのものを用意しておりますので」

 袖の下と聞いて、ダルステンさんがピクリと反応する。司法部部署長たる人だもの、当然賄賂なんてものは嫌うに決まっている。
 この袖の下はブラフだ。先程語った理由だけで納得させる為の、予防線。もしかしたら『まだ足りない』とか言って逃げられる可能性もある。だからこそ、念の為にこうして逃げ道を潰そうと袖の下を送る、なんて事を言ったのだ。
 まぁしかし、袖の下は本当に念の為の予防線でしかない。そもそも、皇族の言葉に真っ向から反論するような人はそうそういない。例え相手が私であっても、だ。だから彼等はあの理由に納得せざるを得ない。
 何せこれに反論すると言う事は皇族の決定にケチをつけるようなもの──下手したら侮辱罪や反逆罪に該当するやもしれないからだ。

「ふ、ふふ………はははっ! そう来ましたか、いやぁ一本取られた気分ですねぇ。そう言われてしまっては我々も納得せざるを得ません。分かりました、王女殿下のご希望通りの処罰を彼に下しましょう。ダルステン部署長もそれで宜しいですね?」
「……あぁ、そのように処理しようか」

 突然ケイリオルさんが楽しげに笑い始めたかと思えば、ダルステンさんも口元に薄らと笑みを浮かべて立ち上がった。何だかよく分からないが、二人共とても楽しそうである。
 まぁでも、どうやらこの勝負は私の勝ちのようだ。無事にアルベルトの死刑免除と諜報部への所属を承諾して貰えたのだから、大勝利と言えよう。
 ならば私はもう帰ろう。あまり長居してしまっては忙しい彼等の時間を無駄にする事になってしまうからね。

「では、わたくしはこの辺りで。この度はわたくしの身勝手な望みが為にお時間を取らせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。そして心より感謝致しますわ」

 立ち上がってはドレスを摘み一礼する。部屋を出ようかと言う時にケイリオルさんがこちらまで駆け寄って来て、

「東宮までお送り致します、王女殿下」

 と提案してくれたのだが…忙しい貴方にそんな事させられないと。「わたくしももうすぐで十三歳ですから、一人でも大丈夫ですわ」とやんわりお断りし、一人で東宮に凱旋した。
 そして無事交渉成功と話すと、シルフやハイラが皆して褒めてくれたので私としてもとても満足の行く結果となったのだ。
 ……──そして現在に至る。だからもう処罰の方は心配していないのだけれど、実は私にはまだやる事がある。
 隷従の首輪の被害者でもある実行犯、アルベルトと隷従の首輪所持者にして黒幕、シルヴァスタ男爵……その両名の秘匿裁判に、私は重要参考人として出頭する事になったのだ。
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