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第二章・監国の王女
136.狙うはハッピーエンド
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「はぁ………」
仕事をしながら深くため息をつく。私の気分を表すかの如くどんよりと空を覆う曇からは、パラパラと雪が降り注いでいる。
「どうしたんだよアミレス。今日だけで何回ため息ついてんの?」
長椅子の背もたれに腕と顔を乗せ、カイルがこちらを見てくる。
「…私ってやっぱり弱いんだなぁって思って」
「そもそもお前強かったんだ」
「別に強くはないわよ。人よりは戦える……と思ってたけど、実際はそうでもなかったってだけの話」
「ふーん、何か心折られるような事あったん?」
何処か軽い口調でカイルは私の話に相槌を打つ。だがその軽いノリのおかげで私も心境を吐露しやすい。
動かしていた手を止め、ペンを机に置いて私は愚痴をこぼす。
「昨日さ、貴方が来るまで私アルベルトと戦ってたのよ」
「おう。それは知ってるぜ、見てたから」
「見てた…? まぁいいか。それでね、私……魔法と剣どっちも使う戦い方が得意だからさ、まず魔法を使ったの」
「おお、魔法剣士みたいな? めっちゃかっけーじゃんお前」
「それはどうも。いざ魔法を使うとね、アルベルトの影に取り込まれちゃったのよ、私の魔法は全部。それで仕方なく剣だけで応戦してたんだけど…」
はぁ、とまた息を吐く。
魔法を扱えないとなると、私が持つ他者へのアドバンテージはほとんど無くなってしまう。故に相手と同等かそれ以下の状況で戦う事を余儀なくされるのだ。
アルベルトと戦った時……純粋な力の差では大人にも男の人にも勝てないと、改めて思い知った。どれだけ私が策を巡らせても、剣を扱えても、力勝負や体力勝負となれば勝てる可能性がかなり減ってしまう。
最初から殺害目的の戦闘や守る対象のいない戦闘であれば、その限りでは無いと思いたいけど……生憎と、私の人生最大の敵は殺せない。
そのくせ、相手は極悪非道の男だから平気で私の仲間を人質に取ったり手を出したりするかもしれない。もしそうなったら、私は確実に負けて殺されるだろう。
「力でも、体力面でも、私はどう足掻いても男の人や大人には敵わないの。今まで何とか渡り合えたのは、相手が先入観で私を侮ってくれたから……ずる賢く魔法と愛剣の能力を使っても、多分、私はフリードルや皇帝には勝てないと思うの」
ただ殺すだけならまだ勝ち目はあった。でも、この体がそれを許さないから。簡単に殺されないように強くなろうと決めたはいいけど、果たして強くなった所でフリードルや皇帝相手に私は戦えるのかと不安になったのだ。
「……そりゃ、お前は女の子なんだから男に力で敵う訳ねぇだろ」
カイルがボソリと何か呟いた。何て言ったのと聞き返そうとした時、
「なぁ、アミレス。お前はまだ愛されたいって思ってんの? それとも、『愛するお父様の手で死ねるのならば本望です』って思ってんの?」
まだ幼さの残る顔で真剣な表情を作り、カイルはそう問うて来た。
それはアミレスのSSにもあった、家族を心から愛している彼女らしい一文…。
「半分半分よ。私はそんな事思ってない……けど」
「アミレスがそう訴えかけてくる感じ?」
けど、と言葉を詰まらせた所、アミレスの残滓の事を話した覚えは無いのに、カイルがズバリ言い当ててきた。まるでそれをよく知っているかのように、理解ある優しい瞳で。
「……えぇそうよ。もしかして貴方も覚えがあるのかしら」
「まぁな。俺は兄貴達とか心底どうでもいいんだけどさ、カイルはずっと認めて貰いたがってるんだよ。お陰様でもうかれこれ十年近く自分の心に嘘をつき続けてるっての」
カイルは天を仰ぎながらやれやれ、と肩を竦めていた。
そう言えば、ゲームでカイルは家族に認められたがっていたものね。彼もまた、私と同じようにこの体の残滓に悩まされているみたい。
自分の心に嘘をつき続けてる、なんて……言い得て妙ね。
「話は戻るが──…この世界が俺達の知ってるいずれかの未来に進むとして、お前は八割近い確率で死ぬ。俺だって場合によっては他の奴のバットエンドで皆殺しに巻き込まれたり、厄災に世界を滅ぼされて皆死ぬ。皆殺しの例を挙げるとロイやセインのルートのバットエンドだな」
カイルがどこからともなく取り出したペンで紙にカリカリと何かを書き始めた。それを見る為に私は立ち上がり、カイルの元へと駆け寄った。
紙には『アミレス&カイルが死ぬイベント』と書かれていて、その下に次々と私達の死因が書き出されてゆく。
「やたらと主要キャラが死にがちなアンディザの世界で誰も死なない完全ハッピーエンドなんて存在しない。だから誰かの犠牲は許容しないといけない。だから聞きたいんだが、お前は誰の犠牲なら許容出来る?」
ペン先をこちらに向け、カイルは非情な質問を投げかけてきた。……これは、主要キャラの中から誰かを選び出せって事なのよね。
──誰を、選べって言うの? だって皆それぞれに辛い過去や悲しい今があって、幸せな未来が待っているのよ? それを私の一存で壊して踏み躙るって事………?
「……っ」
そんなの出来ない。フリードルと言えばいいんだろうけど、きっとカイルもそれを望んでいるんだろうけど、私にはそれが出来ない。
「ふむ、俺の中にあるカイルの訴えもそうだが……お前の中のアミレスの訴えも大概やばそうだな。どんだけ憎んでてもフリードルの名前を出せないとか。じゃあ、とりあえずはー……暫定としてミカリアとかアンヘル辺りを犠牲にするか」
仕方ないなぁと言いたげな口調でカイルはミカリアとアンヘルの名前を出した。
「……ねぇ、本当に誰かが犠牲にならなきゃいけないの?」
「そりゃあ犠牲無しで大団円を迎えられるのなら俺だってそれを選ぶさ。でも無理だろ、特にこの二作目の世界だとよ。ミシェルと攻略対象の愛物語を盛り上げる為の舞台装置として、この世界は踏み荒らされるんだから」
「…それはそうだけど、私はやっぱり知ってる人が犠牲になるのは見過ごせないわ。とても、自分勝手な事だとは思うけど……」
「それは誰だってそうだろ。誰が見ず知らずの人の生き死にまで気にするんだ? 俺達は神じゃねぇんだから、手の届く範囲を守るだけで精一杯だ。手の届かない範囲まで守ろうとしたり心を痛めるのは生きる人の傲慢でしかないんだよ」
カイルは私の言葉を肯定し、ぴしゃりと言い放った。その上で彼は更に続ける。
「だから俺達人間が手の届かない範囲まで守ろうなんて傲慢な事を考えりゃ、出来る事はただ一つ。この世界の運命を捻じ曲げる事だけだ。幸いにも俺達にはそれが可能なだけの記憶と知識があり、既にオセロマイトを救ったという実績もある。だから俺達で変えるんだよ、この世界の運命を」
ニヤリとキメ顔でカイルが笑う。この世界の運命を変える──本当にそんな事が可能なのか、いや…そんな事をして大丈夫なのか?
もし、何処かで変えた運命の皺寄せが来たらどうなってしまうの、と来るかも分からない未来の可能性を考えては不安になる。それと同時に私の脳裏にはもう一つの疑問が浮かんだ。
「……………話変わりすぎじゃない? 主要キャラの犠牲がどうのって話はどこ行ったのよ」
「さっきの犠牲云々は『どのルートを潰すか』って話だったろ、まさか分かってなかったのか…? 確かに何か違う話してるなとは思ったけどよ、おいおいちゃんと汲み取ってくれよ」
「いや無理でしょ」
カイルが鼻持ちならない顔して煽ってくる。あの会話の流れでそれは無理だよ。どう考えても誰を見殺しにするか選べみたいな聞き方だったわよ。
「我が友アミレスならば余裕で汲み取ってくれるかと思ったんだが……期待し過ぎだったか」
およおよ、と嘘泣きをする仕草でカイルはふざけた事を口にした。
「会って一日の相手にあんたは一体何を期待してるのよ…話の腰を折られた気分だわ」
「折ったのはお前の方だけどな」
「うるさい」
「いてっ、暴力反対ー!」
漫才のツッコミのようにカイルの頭に華麗な一撃をキメる。まるで小学生の喧嘩のようにしばらく騒ぎ、やがて落ち着いた私達は向かい合うように座り、何事も無かったかのように話を再開した。
「で、アミレスさん的にはミカリアとアンヘルならどっちのルートを警戒したい?」
「うーん……アンヘルかな。アンヘルのルートでも私死ぬみたいだし…」
「え? それならミカリアのルートのバットエンドのがやばいだろ。帝国滅びんだぜ?」
「それは多分、大丈夫だと思う。多分」
「え、何で??」
カイルがきょとんと首を傾げる。そう言えばカイルに言ってなかったわね。
「私、ミカリアと友達になったのよ。オセロマイトの一件で力を貸してもらった事を切っ掛けにね」
「マジで?!」
「最終的には名前で呼べって言われたわよ」
「マジじゃん……」
一度は信じられないとばかりに大声を発して立ち上がったカイルだったが、納得したのかすぐさまススス…と静かに着席した。
カイルもかなりアンディザをやり込んだプレイヤーのようで、ミカリアに名前で呼ぶ事を許されるというその意味を分かっているようだ。
そう、私のバックには国教会の聖人様がいるのよ! 驚いたか!
「まぁ実を言うと俺も一回だけアンヘルと接触したんだけどさ」
あれ、そんなに気にしてない?
「昔城で開かれたパーティーに珍しくアンヘルが出席してたんだよ、そりゃあ俺は興奮気味に話し掛けたさ。そして無視された。俺よりも立食のスイーツの方が大事だったらしい」
「あぁ………」
悲しげに明後日の方を見て語るカイル。私はそれを聞いて大きく納得してしまった。だってアンヘル、大の甘党だものね……。
フォーロイト帝国との国境付近に領地を構え、魔導兵器の研究・製造を代々行って来たデリアルド伯爵家。その一族の生き残りにして最後の吸血鬼とまで言われる混血の吸血鬼、現辺境伯アンヘル・デリアルド。
彼は甘いものと魔導兵器にしか興味をそそられない変わり者なのだ。そして吸血鬼のくせに血の味がそんなに好きじゃないらしい。
純血の一族に生まれ、両親もまた純血の吸血鬼であったにも関わらず生まれた混血の吸血鬼……っていうのがアンヘルの闇なのよね。結局その理由はゲームでも明らかにならなかったんだけど。
何かとヒロイン含め主要キャラ達の家庭環境に問題があるゲーム、それがアンディザなのだ。
仕事をしながら深くため息をつく。私の気分を表すかの如くどんよりと空を覆う曇からは、パラパラと雪が降り注いでいる。
「どうしたんだよアミレス。今日だけで何回ため息ついてんの?」
長椅子の背もたれに腕と顔を乗せ、カイルがこちらを見てくる。
「…私ってやっぱり弱いんだなぁって思って」
「そもそもお前強かったんだ」
「別に強くはないわよ。人よりは戦える……と思ってたけど、実際はそうでもなかったってだけの話」
「ふーん、何か心折られるような事あったん?」
何処か軽い口調でカイルは私の話に相槌を打つ。だがその軽いノリのおかげで私も心境を吐露しやすい。
動かしていた手を止め、ペンを机に置いて私は愚痴をこぼす。
「昨日さ、貴方が来るまで私アルベルトと戦ってたのよ」
「おう。それは知ってるぜ、見てたから」
「見てた…? まぁいいか。それでね、私……魔法と剣どっちも使う戦い方が得意だからさ、まず魔法を使ったの」
「おお、魔法剣士みたいな? めっちゃかっけーじゃんお前」
「それはどうも。いざ魔法を使うとね、アルベルトの影に取り込まれちゃったのよ、私の魔法は全部。それで仕方なく剣だけで応戦してたんだけど…」
はぁ、とまた息を吐く。
魔法を扱えないとなると、私が持つ他者へのアドバンテージはほとんど無くなってしまう。故に相手と同等かそれ以下の状況で戦う事を余儀なくされるのだ。
アルベルトと戦った時……純粋な力の差では大人にも男の人にも勝てないと、改めて思い知った。どれだけ私が策を巡らせても、剣を扱えても、力勝負や体力勝負となれば勝てる可能性がかなり減ってしまう。
最初から殺害目的の戦闘や守る対象のいない戦闘であれば、その限りでは無いと思いたいけど……生憎と、私の人生最大の敵は殺せない。
そのくせ、相手は極悪非道の男だから平気で私の仲間を人質に取ったり手を出したりするかもしれない。もしそうなったら、私は確実に負けて殺されるだろう。
「力でも、体力面でも、私はどう足掻いても男の人や大人には敵わないの。今まで何とか渡り合えたのは、相手が先入観で私を侮ってくれたから……ずる賢く魔法と愛剣の能力を使っても、多分、私はフリードルや皇帝には勝てないと思うの」
ただ殺すだけならまだ勝ち目はあった。でも、この体がそれを許さないから。簡単に殺されないように強くなろうと決めたはいいけど、果たして強くなった所でフリードルや皇帝相手に私は戦えるのかと不安になったのだ。
「……そりゃ、お前は女の子なんだから男に力で敵う訳ねぇだろ」
カイルがボソリと何か呟いた。何て言ったのと聞き返そうとした時、
「なぁ、アミレス。お前はまだ愛されたいって思ってんの? それとも、『愛するお父様の手で死ねるのならば本望です』って思ってんの?」
まだ幼さの残る顔で真剣な表情を作り、カイルはそう問うて来た。
それはアミレスのSSにもあった、家族を心から愛している彼女らしい一文…。
「半分半分よ。私はそんな事思ってない……けど」
「アミレスがそう訴えかけてくる感じ?」
けど、と言葉を詰まらせた所、アミレスの残滓の事を話した覚えは無いのに、カイルがズバリ言い当ててきた。まるでそれをよく知っているかのように、理解ある優しい瞳で。
「……えぇそうよ。もしかして貴方も覚えがあるのかしら」
「まぁな。俺は兄貴達とか心底どうでもいいんだけどさ、カイルはずっと認めて貰いたがってるんだよ。お陰様でもうかれこれ十年近く自分の心に嘘をつき続けてるっての」
カイルは天を仰ぎながらやれやれ、と肩を竦めていた。
そう言えば、ゲームでカイルは家族に認められたがっていたものね。彼もまた、私と同じようにこの体の残滓に悩まされているみたい。
自分の心に嘘をつき続けてる、なんて……言い得て妙ね。
「話は戻るが──…この世界が俺達の知ってるいずれかの未来に進むとして、お前は八割近い確率で死ぬ。俺だって場合によっては他の奴のバットエンドで皆殺しに巻き込まれたり、厄災に世界を滅ぼされて皆死ぬ。皆殺しの例を挙げるとロイやセインのルートのバットエンドだな」
カイルがどこからともなく取り出したペンで紙にカリカリと何かを書き始めた。それを見る為に私は立ち上がり、カイルの元へと駆け寄った。
紙には『アミレス&カイルが死ぬイベント』と書かれていて、その下に次々と私達の死因が書き出されてゆく。
「やたらと主要キャラが死にがちなアンディザの世界で誰も死なない完全ハッピーエンドなんて存在しない。だから誰かの犠牲は許容しないといけない。だから聞きたいんだが、お前は誰の犠牲なら許容出来る?」
ペン先をこちらに向け、カイルは非情な質問を投げかけてきた。……これは、主要キャラの中から誰かを選び出せって事なのよね。
──誰を、選べって言うの? だって皆それぞれに辛い過去や悲しい今があって、幸せな未来が待っているのよ? それを私の一存で壊して踏み躙るって事………?
「……っ」
そんなの出来ない。フリードルと言えばいいんだろうけど、きっとカイルもそれを望んでいるんだろうけど、私にはそれが出来ない。
「ふむ、俺の中にあるカイルの訴えもそうだが……お前の中のアミレスの訴えも大概やばそうだな。どんだけ憎んでてもフリードルの名前を出せないとか。じゃあ、とりあえずはー……暫定としてミカリアとかアンヘル辺りを犠牲にするか」
仕方ないなぁと言いたげな口調でカイルはミカリアとアンヘルの名前を出した。
「……ねぇ、本当に誰かが犠牲にならなきゃいけないの?」
「そりゃあ犠牲無しで大団円を迎えられるのなら俺だってそれを選ぶさ。でも無理だろ、特にこの二作目の世界だとよ。ミシェルと攻略対象の愛物語を盛り上げる為の舞台装置として、この世界は踏み荒らされるんだから」
「…それはそうだけど、私はやっぱり知ってる人が犠牲になるのは見過ごせないわ。とても、自分勝手な事だとは思うけど……」
「それは誰だってそうだろ。誰が見ず知らずの人の生き死にまで気にするんだ? 俺達は神じゃねぇんだから、手の届く範囲を守るだけで精一杯だ。手の届かない範囲まで守ろうとしたり心を痛めるのは生きる人の傲慢でしかないんだよ」
カイルは私の言葉を肯定し、ぴしゃりと言い放った。その上で彼は更に続ける。
「だから俺達人間が手の届かない範囲まで守ろうなんて傲慢な事を考えりゃ、出来る事はただ一つ。この世界の運命を捻じ曲げる事だけだ。幸いにも俺達にはそれが可能なだけの記憶と知識があり、既にオセロマイトを救ったという実績もある。だから俺達で変えるんだよ、この世界の運命を」
ニヤリとキメ顔でカイルが笑う。この世界の運命を変える──本当にそんな事が可能なのか、いや…そんな事をして大丈夫なのか?
もし、何処かで変えた運命の皺寄せが来たらどうなってしまうの、と来るかも分からない未来の可能性を考えては不安になる。それと同時に私の脳裏にはもう一つの疑問が浮かんだ。
「……………話変わりすぎじゃない? 主要キャラの犠牲がどうのって話はどこ行ったのよ」
「さっきの犠牲云々は『どのルートを潰すか』って話だったろ、まさか分かってなかったのか…? 確かに何か違う話してるなとは思ったけどよ、おいおいちゃんと汲み取ってくれよ」
「いや無理でしょ」
カイルが鼻持ちならない顔して煽ってくる。あの会話の流れでそれは無理だよ。どう考えても誰を見殺しにするか選べみたいな聞き方だったわよ。
「我が友アミレスならば余裕で汲み取ってくれるかと思ったんだが……期待し過ぎだったか」
およおよ、と嘘泣きをする仕草でカイルはふざけた事を口にした。
「会って一日の相手にあんたは一体何を期待してるのよ…話の腰を折られた気分だわ」
「折ったのはお前の方だけどな」
「うるさい」
「いてっ、暴力反対ー!」
漫才のツッコミのようにカイルの頭に華麗な一撃をキメる。まるで小学生の喧嘩のようにしばらく騒ぎ、やがて落ち着いた私達は向かい合うように座り、何事も無かったかのように話を再開した。
「で、アミレスさん的にはミカリアとアンヘルならどっちのルートを警戒したい?」
「うーん……アンヘルかな。アンヘルのルートでも私死ぬみたいだし…」
「え? それならミカリアのルートのバットエンドのがやばいだろ。帝国滅びんだぜ?」
「それは多分、大丈夫だと思う。多分」
「え、何で??」
カイルがきょとんと首を傾げる。そう言えばカイルに言ってなかったわね。
「私、ミカリアと友達になったのよ。オセロマイトの一件で力を貸してもらった事を切っ掛けにね」
「マジで?!」
「最終的には名前で呼べって言われたわよ」
「マジじゃん……」
一度は信じられないとばかりに大声を発して立ち上がったカイルだったが、納得したのかすぐさまススス…と静かに着席した。
カイルもかなりアンディザをやり込んだプレイヤーのようで、ミカリアに名前で呼ぶ事を許されるというその意味を分かっているようだ。
そう、私のバックには国教会の聖人様がいるのよ! 驚いたか!
「まぁ実を言うと俺も一回だけアンヘルと接触したんだけどさ」
あれ、そんなに気にしてない?
「昔城で開かれたパーティーに珍しくアンヘルが出席してたんだよ、そりゃあ俺は興奮気味に話し掛けたさ。そして無視された。俺よりも立食のスイーツの方が大事だったらしい」
「あぁ………」
悲しげに明後日の方を見て語るカイル。私はそれを聞いて大きく納得してしまった。だってアンヘル、大の甘党だものね……。
フォーロイト帝国との国境付近に領地を構え、魔導兵器の研究・製造を代々行って来たデリアルド伯爵家。その一族の生き残りにして最後の吸血鬼とまで言われる混血の吸血鬼、現辺境伯アンヘル・デリアルド。
彼は甘いものと魔導兵器にしか興味をそそられない変わり者なのだ。そして吸血鬼のくせに血の味がそんなに好きじゃないらしい。
純血の一族に生まれ、両親もまた純血の吸血鬼であったにも関わらず生まれた混血の吸血鬼……っていうのがアンヘルの闇なのよね。結局その理由はゲームでも明らかにならなかったんだけど。
何かとヒロイン含め主要キャラ達の家庭環境に問題があるゲーム、それがアンディザなのだ。
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